【第一巻発売中】弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ)   作:銀髪卿

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遅くなり申しわけありません。更新です。


〈勇者〉vs『海淵世界』①

 〈勇者〉アハトの世界を両断する斬撃により、淵源城ノアはその正面装甲を70%、剥がされた。

 

 その一撃により、ノア内部に途轍もない衝撃が充満する。

 激しい揺れに見舞われたノアの各所に悲鳴が響き渡り。

 同時に、謁見の間の玉座に鮮血が散った。

 

 

「父上!?」

「お父様!?」

 

 突然大量の血反吐を吐きこぼした源老に、第一王子ベラムと第一王女アイナンナが目を剥いた。

 

「……問題ない」

 

 源老ノルドレイは息子、娘の心配を片手で制し、玉座に深く腰掛ける。

 

「お前たちは、民の安全確保に努めよ。被害状況の確認を急げ」

 

「しかし、父上!」

 

「……急げ。儂は、ここを離れるわけにはいかんのだ」

 

 頑なな父親に、二人の子は互いに目配せをし、頷く。

 

「わかりました。しかし、医者の手配はお許しください」

「お父様に倒れられては困ります」

 

「……わかっておる」

 

 子供たちの心配に一度だけ頷いた源老は、肘掛けを強く握り込んだ。

 

「次は……耐えられぬか。制約をもってしても……これが、私の限界か」

 

 弱まる心臓の鼓動。胸の上から握りつぶすように手に力を込めて、源老ノルドレイはモニターの向こう側、中央戦場に降り立った〈勇者〉アハトを睨みつける。

 

「私たちを、ここで完全に潰すつもりか、『悠久世界』……!」

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

「……なに? 今の」

 

 海が割れた。否、切り裂かれた。

 

 イノリは、その剣気を一度だけ見たことがあった。

 『悠久世界』にて、雲竜キルシュトルを切り裂いた一撃。〈勇者〉アハトの斬撃。

 

 ノルンのような水に関わる概念を保有していたわけではない。

 アハトはただ、己の身に備わった全てで、純然たる力ひとつで海を断ち切った。

 

「中央……ストラちゃんが……!」

 

 この時、イノリの意識は完全にギルベルトを排除していた。

 仲間が暴虐極まりない斬撃に巻き込まれた可能性に、一刻も早く安否を確認したい欲求に駆られ、無意識に足が後ろに向いた。

 

「——おっと。ここから動くことは許さねえぞ」

 

「——っ!?」

 

 ギルベルトが動く。

 

 自身の足下に無瑕を与え、決して砕けない足場を生成。

 強力な反発を受けたギルベルトの全身がバネのように加速し、瞬きの間にイノリの背後に迫った。

 

「「やらせん!!」」

 

 イノリに伸ばされた手を間一髪、スズランとスミレが受け止める。

 

「ぬぅ……おんもっ!?」

「イノリ! 油断厳禁!」

 

「……っ、ごめんスミレさん!」

 

 つんのめるように急制動。

 イノリは再び魔眼を(ひら)き、ギルベルトへと向き直った。

 

 不意の一撃を防がれたギルベルトは、なおもつまらなさそうな表情から動じない。

 

「たった今から、俺たちの役目はアハトの邪魔をさせねえことだ。羽虫の一匹すら通さねえよ」

 

 

 中央はアハトの斬撃によって分断された。

 斬撃が通り過ぎてなお迸る凄まじい剣気の余韻は常人の侵入を拒む結界となり、左右の戦場の連携を断つ。

 

 アハトの投入を事前に知っていたのは『悠久世界』側だけである。

 事前に中央の軍を二分し、左右への援軍及び中央への“壁”として配置する判断。

 

 『海淵世界』はこれに対して完全に遅れを取った。

 

 中央の死傷者数は不明。

 戦艦二つが跡形もなく消し飛ばされ、連携が完全に絶たれた今、〈異界侵蝕〉二名を撤退に追いやったことによる有利は一瞬にして覆された。

 

 ギルベルトは冷徹に、軍人として告げる。

 

「被害を把握する時間も、更なる援軍を送る暇も与えねえ。今日ここで、俺たちは『海淵世界』を終わらせる」

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

「……正気かテメェ。世界が消えれば、テメェも消えんだぞ」

 

 アハトの投入によって覆った盤面。

 ライラックの海炎とザインとリンカの魔剣の直撃を受けてなお、シャクティは倒れなかった。

 

 常人であれば死に瀕する重傷。

 しかしシャクティは〈異界侵蝕〉に名を連ねるだけの頑強さと、源老への妄執で意識を繋ぎ止めていた。

 

「消える……? ははっ、むしろ好都合だ!」

 

 故郷の海を滅ぼし、自らも潰えることにシャクティは一切躊躇わない。

 

「忌まわしい全て……この肉体ごと消えるのなら! ははっ! はははははははははっ!」

 

 狂ったように笑うシャクティを横目に、ザインは一歩、ライラックに寄り小声で話かける。

 

「ラルフ。あの斬撃を見てどう思った」

 

「……多分、行っても足手纏いにすらなれねえと思う」

 

 冷静に。

 消耗の有無に関わらず、戦いの土俵に立つことはできないだろうとライラックは分析する。

 

「あと……これはただの願望だけどさ」

 

 ライラックは、“ラルフ”として旅をしてきた仲間を信じた。

 

「エトなら、援軍になれんじゃねぇかって思う」

 

「……あの謎“性”物か」

 

「それエトに言わないでくれよ、絶対暫く泣き喚くから」

 

「ハッ! この戦いの後に泣き喚く余裕があったら大物だな!」

 

 軽口を叩き合うライラックたちの前で、再び大聖堂が顕現。オルガンの重厚な音が響き渡る。

 

「ライラック! 君をここから先へは行かせない!!」

 

「元より、あんたが塞ぐ道なんて行く気ねえよ!」

 

 〈異界侵蝕〉相手に臆面なく啖呵を切るライラックに続き、ザインも挑発がてら中指を立てた。

 

「逆だ。俺たちが、テメェをここに縫い付けんだよ!」

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 たった一度の斬撃で中央が()()し、戦場は左右に分断された。

 都市国家リーエンから、淵源城ノアまでの一直線に地続きの道が構築され、アハトの目の前を遮るものは何もなかった。

 

「——我が身を喰らえ! ウロボロス!!」

「世界よ! 僕の愛に震えたまへ!」

 

 アハトの戦場到着から僅か1.3秒、〈円環者〉イナ・ヴィ・エルランと〈寵愛者〉ラグナリオン・エルトライヴが急襲を仕掛ける。

 

 イナの血肉を喰らい目覚めた鞭剣が猛然とアハトに喰らいかかり、ラグナの生み出した空間震が放射状の波動となってアハトを飲み込んだ。

 

 対するアハトは挨拶代わりに全周へ剣気を放出。

 ほんの一瞬鞭剣と空間震を押し留め。

 腰の剣を抜き放ち、一閃。

 

 空間を断ち切る斬撃がわずか一刀で二人の強襲を迎撃する。

 

「〈円環者〉と〈寵愛者〉か」

 

 冷静に敵戦力を見定めるアハト。

 その頭上に〈守護者〉リントルーデの魄導が渦巻き、特大の拳が顕現した。

 

「——無論、俺もいる!!」

 

 真上からアハトを圧殺せんと魚鱗の拳が振り下ろされる。

 

 アハトの選択は、迎撃。

 

 振り上げられた剣の切先と拳が激突、僅か一瞬の拮抗でアハトの真下の大地に放射状の罅が広がり、轟音を立てて砕け散った。

 

「第三王子リントルーデ、当然いるか!」

 

 二撃目。

 振り下ろされた拳をバックステップで避けたアハトに対して、リントルーデの柔軟な肉体がしなり、槍のような蹴撃が追撃に飛んだ。

 

「肉体の柔軟性から繰り出される近接格闘……お前の主戦場だな」

 

 アハトは冷静に左手の甲で蹴りを弾き——弾かれた足が踏み込み、真正面。

 至近距離からリントルーデ渾身の正拳突きが見舞われた。

 

「オオ——!」

 

 剣の間合いの内側で放たれた拳は剣気の防御を打ち払い、紙一重で柄頭によって受け止められた。

 

「〈守護者〉……情報よりも速い」

 

「私たちを無視すんなぁ!」

「〈勇者〉よ! 君はここで倒す!」

 

 見定めるような視線のアハトの両側面、イナとラグナが挟撃を仕掛ける。

 

 明らかに生物の骨肉を思わせる脈動を得た鞭剣が唸りを上げてアハトの左腕に巻きつき、喰らいつく。

 

 同時にラグナの拳がアハトの右肩に触れ、大地震にも匹敵する凄絶な振動エネルギーを叩き込んだ。

 

「三人、いい連携だ」

 

 アハトは嘘偽りない賛辞を述べ。

 

「——だが、俺には届かない」

 

 刹那、アハトの右腕が霞み。

 

 リントルーデ、イナ、ラグナ……三名が突如として吹き飛ばされ、全身に無数の浅い切り傷を刻まれる。

 

「「「〜〜〜っ!?」」」

 

 ゼロコンマ……否。

 時間という尺度でその恐ろしさを説くことは最早不可能である。

 アハトは今の瞬間、〈異界侵蝕〉三名の知覚を上回る速度で無数の斬撃を放った。

 

 アハトが眦を決し、剣気が咲き乱れる。

 

「有史以来。〈勇者〉の戦場に、敗北は一つとして存在しない」

 

 無傷である。

 

 〈異界侵蝕〉という一つの到達点に辿り着いた人類三名の攻撃を真っ向から受け、アハトはかすり傷ひとつ受けていなかった。

 

「これは、『悠久世界』の盤石を意味する。歴代の〈勇者〉、ただ一人の例外なく。俺たちに敗北はあり得ない」

 

 ギルベルトのような“無瑕の概念”を有しているわけではない。

 アハトはただ純粋に、鍛え上げた肉体一つでこれを受け止めたのである。

 

「『海淵世界』アトランティス。俺は〈勇者〉として、お前たちを討ち果たそう!」

 

 

 一歩、掻き消える。

 

 

 その瞬足に気づけたのは、リントルーデただ一人。

 

「——避けろイナァっ!」

 

「え、……は?」

 

 首元に、剣があった。

 イナの理解を置き去りに、振り抜かれた剣を自発的に行動した轍の剣(ウロボロス)が我が身を盾に受け止める。

 

「がっ……ぁ!?」

 

 吹き飛ばされる。

 受け身もまともに取れず転がったイナを気にする余裕は残る二人にはなく。

 

「ラグナァ! 援護に回れ!!」

「任せたまへ!」

 

 反射的に飛び出したリントルーデの接近を援護するべく、ラグナの空間震がアハトを押し潰すように拡散した。

 

 剣気を砕き、アハトに実剣での対処を強制する。

 拮抗は一瞬。

 空間震は何閃刻まれたかもわからない斬撃によって霧散させられ、しかし、それでも値千金の一瞬を。

 リントルーデがアハトに肉薄するまでの時間を稼いだ。

 

「『淵源の激流よ、暴威を示せ』!」

 

 荒れ狂う海を従えたリントルーデの拳がアハトの防御を掻い潜り、鳩尾をしたたかに殴りつける。

 

「……っ!?」

 

 大太鼓を鳴らしたような接触音と共に、ほんの僅か、アハトの足が地上から離れた。

 全身に響く確かな一撃にアハトの表情が僅かに歪む。

 

 リントルーデの猛攻が始まる。

 

「ハアアアアアアアアアアアアッ!!」

 

 圧縮した魄導の鎧と激流に踊る海を従えた超近接格闘戦。

 アハトの剣の間合いを完全に潰し、前へ、前へ。

 拳、肘、肩、腰、膝、足……ある程度までの竜であればフィジカル一つで圧倒する、規格外の膂力と速度、その真価を引き出す柔軟性から繰り出される怒涛の連撃が確実にアハトの防御を削り取ってゆく。

 

「〈寵愛者〉、よく見えている……!」

 

 アハトは巧みな体術で直撃を避け、間合いを取ろうとみじろぎをする。

 だが、その離脱をラグナリオンが許さない。

 

「押し込むんだリントルーデ!」

「言われずとも!!」

 

 アハトへの有効打を諦めたラグナは、バランスを崩させることのみに役割を絞る。

 

 ラグナは自らの視界、及び声が届く範囲内であれば自由自在に“揺れ”を発生させることができる。

 

 容易く津波を引き起こせるだけの振動を、ラグナはアハトの体勢を崩すことのみに贅沢に使い込む。

 

 直接的な打点にならずとも、〈異界侵蝕〉の攻撃である。

 体幹を揺らす一撃はさしものアハトであっても不動とはいかない。

 

「アハトよ! 貴様に自由は与えん!」

「隙は僕が潰させてもらう!」

 

 リントルーデの乱舞を脅威と認識するために、防御によって無理な体勢を余儀なくされるアハトは、たった一つの振動であってもバランスを乱される。

 

「〜〜〜っ、イナちゃん! 復活!!」

 

 さらに背後、ダメ押しとばかりに復帰したイナが鞭剣を振るう。

 より一層血肉を喰らった轍の剣(ウロボロス)が叫びにも似た風切り音を響かせ、背後からアハトを強襲する。

 

「出血大サービス! ウロちゃん、もってけ!!」

 

 アハトに反撃の隙を与えてはならない。

 僅かでも剣を振るう瞬間を持たせてはならない——それが三人の共通認識。

 

 アハトの恐ろしさを知っているがゆえに、三人が選ぶ選択肢は“ハメ殺し”。

 

 最初の一撃で、アハトの全てを削り切る。

 そのために、三人は全力を振り絞る。

 

「〈勇者〉を食え! 轍の剣(ウロボロス)!!」

 

 背骨を穿つ痛烈な一撃。

 さしものアハトも軸を揺らされ、リントルーデの猛撃が加速する——

 

 

「——惜しかったな」

 

 

 その、ほんの僅か前に。

 

 リントルーデの激流が、アハトによって完全にいなされた。

 〈守護者〉の両目が驚愕に揺れ。

 

「〈勇者〉の戦いに、敗北はない」

 

 アハトの()()が、リントルーデの胸部を深々と切り裂いた。

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