【第一巻発売中】弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ)   作:銀髪卿

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〈勇者〉vs『海淵世界』② 契約履行

 〈勇者〉アハトが戦場に投下された。

 時を同じくして、エヴァーライト(王国を照らす光)の玉座に一人の珍客が訪れる。

 

「単刀直入に聞くぞ。なんで()だったんだ?」

 

 客の名は、ジルエスター・ウォーハイム。

 『極星世界』ポラリスの統治者にして、自らも〈魔王〉として〈異界侵蝕〉に名を連ねる男である。

 

 暗い、光の届かない部屋。

 互いを照らすのは夥しい電子機器の淡い輝きのみ。

 悠久の王とジルエスターは、一対一で向き合っていた。

 

「前々から用意してたのは掴んでる。だがタイミングが解せねえ。構造の滅亡から僅か50時間での宣戦布告。慌てすぎじゃねえのか?」

 

 ジルエスターの問いかけに、玉座に腰掛ける王は微笑みを崩さず無言を貫く。

 

「〈勇者〉を出したのも理解できねえ。よしんば〈勇者〉単独で海淵を攻めさせるんならまだ理解できる。だが、守りを捨ててまで、他の手駒も纏めて投入させる? どういうつもりだ」

 

 ジルエスターは問う。

 『海淵世界』を滅ぼすだけなら、今回の戦争はあまりにも回りくどいと。

 

「極論、〈勇者〉で()()()()かませばノアは沈むだろうが」

 

『……それをしてしまえば、我らの盤石が揺らぐ。貴方もそれをわかっているはずだ』

 

 悠久の王は、〈異界侵蝕〉を古における()()()に喩えた。

 

『抑止力だよ。無闇にそれを振り翳せば、未来に待つのは破滅だ』

 

「んな体裁気にしてるやつが今回みてえな急ぎ足の戦争仕掛けてんのが解せねえって言ってんだよ」

 

 のらりくらりと質問を躱わす悠久の王を前に、ジルエスターは躊躇いなく舌打ちをかます。

 

「【救世の徒】が動き出したこのタイミングで、なんで心臓をガラ空きにしてまで均衡を崩しに行く」

 

『均衡は、すでに崩れた。……いや、元々の均衡すら、ただの偽りだ』

 

「禅問答をしにきたわけじゃねえ」

 

『わかっているとも。……取引をしたのだよ』

 

 暗闇の向こう側に隠れて見えない悠久の王の表情が、ジルエスターには何故かこの時だけは明確に笑って見えた。

 

『この戦争に限り、【救世の徒】は動かない』

 

「……何を差し出した」

 

『関知していない。これは、ロードウィルの仕事だ』

 

「部下に丸投げかよ」

 

 情報を引き出せない微かな苛立ちに、ジルエスターは自分を完全に棚上げして舌打ちを一つ。

 

 少なくとも無防備な『悠久世界』を一度は見逃すことを了承する程度には、【救世の徒】側に利がある取引だったことは間違い無いとだけ、ジルエスターは理解した。

 

 しかし、“今”動く理由にはならない。

 取引材料があったのなら、早急に、各世界の疑念を募らせてまで戦争を起こす必要はなかった。

 

 守護の要である〈勇者〉アハトを起用してまで、徹底的に『海淵世界』を叩く必要はないはず……ジルエスターはそう考えた。

 

『……今だからこそ、動くのだよ』

 

 そんなジルエスターの思考を読み切って、悠久の王は暗闇の奥で微かな笑い声を響かせた。

 

『混沌とするこの先の未来を誘導するための一手。それがこの戦争だ』

 

 すべては、この先の混沌を悠久が掌握するために。

 悠久の王は、万事が掌の上だと豪語する。

 

「……そうかよ」

 

 〈魔王〉は、()()の余地なしと背を向けて。

 

「残念だが——テメェの思い通りにはならねえぞ、枯れ木の王」

 

 去り際、捨て台詞のようにつぶやいた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 衝撃、深さ、共に許容範囲内。

 出血——危険域。

 

 その叫びに、思考は介在しなかった。

 

「ノルンーーーーーーーーーーッ!!」

 

 〈守護者〉リントルーデの絶叫に、遥か上空で待機する〈代行者〉ノルンが応える。

 

「仕方ないなあ……!」

 

 戦場の維持に自分の止血。そこに追加してリントルーデの()()

 重傷の身ではかなりの重労働。だが、〈守護者〉きっての頼みであれば仕方がない。

 

「二ヶ月は公務サボらせてもらうよ……!」

 

 

「半年は休ませてやるとも!」

 

 互いに届かない声で軽口を叩く。

 

 ノルンの遠隔操血で応急処置を受けたリントルーデが踏み留まる。

 

「アハトォ!」

 

 裂帛の気合いと共に追撃に振り下ろされた大上段の斬撃と撃ち合う。

 

 断ち切られた海を背景に圧縮された剣気と魄導がぶつかり合い、際限なく火花を散らした。

 

「お前たちの連携は、まともに受ければこちらが負ける」

 

 優勢は、()()()に〈勇者〉アハト。

 様子見を止めたアハトの斬撃が軽々とリントルーデの拳を凌駕し弾き飛ばした。

 

 苦楽を共にしてきた三人の〈異界侵蝕〉の連携は容易に崩せるものではない。

 事実、リントルーデの激流の拳を受け流したアハトの両腕は、その衝撃を完全にいなすこと叶わず、強い痺れを残していた。

 

 痺れによって僅かに乱れた力の制御は左手の手刀の威力を減退させ、リントルーデを両断するには至らなかった。

 

 〈勇者〉の戦場に求められるのは、悠久の盤石の証明。

 絶対的、完全な勝利である。

 

「だからこそ、俺はお前たちを圧倒する!」

 

 ——それが、〈勇者〉としてのアハトの役割であるために。

 

 両足で地を削りながら後退したリントルーデへアハトが容赦なく追撃を仕掛け、距離を詰める一瞬、空間の余白を埋めるように夥しい斬撃が放たれた。

 

「ぐっ……!」

 

「リンちゃんばっか虐めてんじゃないよ! 轍の剣(ウロボロス)——!」

 

 アハトの死角を狙いイナの鞭剣が牙を剥く。

 しかし、その軌道すらアハトは読み切っている。

 

 霧がかかったように右手が霞み、一瞥すらせずに鞭剣が粉微塵に等分された。

 

「『偏愛の心電図(ハートビート・ロア)』!」

 

 間髪入れずラグナリオンが指を鳴らし、アハトを圧殺せんと振動の波状攻撃を撃ち込む。

 振動同士が融和し、無薄の波長が入り乱れて複雑怪奇な“圧”を生み出す。

 

「威力だけならシャクティを上回る……それだけだ」

 

 しかし、アハトは剣の一閃で全てを斬り伏せ、再び突貫してきたリントルーデを真っ向から迎撃した。

 

 その、真横。

 

 ラグナリオンがアハトに肉薄する。

 

「——!?」

 

 感覚の誤認。

 距離感を()()()()()アハトは、ラグナの接近速度を見誤った。

 

「遠距離がダメでも——」

 

 ラグナの右手が、アハトの右の肋を鷲掴んだ。

 

ゼロ距離(これ)ならどうかな!?」

 

 ——大震動。

 マグニチュード10.0、自らにも反動が押し寄せるラグナリオン全身全霊の愛が炸裂する。

 

「づっ……!?」

 

 ゼロ距離から放たれた尋常ならざるエネルギー波に、アハトの肉体がその場から弾き飛ばされた。

 

 イナとリントルーデが追従する。

 

「『淵源の守護者が波濤を呼ぶ!』」

 

 リントルーデの凛とした詠唱が響き渡る。

 魄導が輝きを帯び、逞しい両腕を中心に幾何学的な魔法陣が描き出された。

 

「『文明の蓋世は潰えよ 傲慢なる大陸は必然の斜陽を迎える!』」

 

 それは、詠唱と顕現の予兆のみで世界を軋ませる、〈守護者〉リントルーデ・フォン・アトランティス最大の切り札。

 

「『千の夜、神雷濯ぐ世界に嵐の航海者は祈らず!』」

 

 両手の拳が胸の前で撃ち合わせられ、聖戦(たたかい)の銅鑼が鳴り響く。

 

「『方舟の護り手は此処に在り!』」

 

 その御手に纏うは、かつて世界を沈めた神罰の荒天。

 

「『——創海伝・方舟建創記(スィエラノア・アトランティス)』!!」

 

 顕現するは古代、世界の形を変えた神の怒り。

 歴代の〈守護者〉に口伝のみで受け継がれ、しかし六人しか招来に至らなかった『海淵世界』の秘奥……最大の神秘である。

 

 リントルーデが拳を振りかぶると同時、雷轟と暴雨が弾けた。

 

 中央戦場の全てが新たに降り注いだ雨によって海に飲まれ、〈勇者〉アハトの自由を奪う。

 

「これは……!?」

 

 荒れ狂う海面に辛うじて立ったアハト、その目の前には、すでに拳が置かれている。

 

「——フンッ!」

 

 その拳は、世界を揺らす。

 半ば反射的に、迎撃に振り抜かれた剣をいとも容易く押し返したリントルーデの拳が〈勇者〉の全身を捕らえる。

 

「かっ——!?」

 

 今日初めて、アハトの表情が険しく歪んだ。

 存在そのものを否定するような、世界の神秘が凝縮された拳。さしもの〈勇者〉も、直撃を受ければ無事では済まない。

 

「我らが海は! 決して! 貴様ら悠久には屈さぬぞ!!」

 

 〈守護者〉の魂の咆哮が響き渡り、嵐の中でこそ目を惹く、鮮やかで力強い乱舞が幕を開ける。

 

 神雷を牽引する四肢が振るわれる度に大気が唸りを上げ、アハトの肉体を確かな力が撃ち抜く。

 剣の防御を意に介さない、こと攻撃力においては〈代行者〉ノルンを凌ぐ『海淵世界』最大火力の全力全開の猛撃。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおーーーーっ!!」

 

 言葉を、苦悶の呻きすら許さないリントルーデの超近接乱舞。

 

 更に、イナとラグナもこれに続く。

 

轍の剣(ウロボロス)……!」

「『偏愛の心電図(ハートビート・ロア)』!」

 

 再びの挟撃、今度こそ炸裂する。

 

 〈異界侵蝕〉三人の最大火力がたった一人の人間に叩き込まれる。

 如何なる防具も、武具も。この力の奔流に耐える術はない。

 

 歴代〈勇者〉が継承してきた神器は儚くも砕け散り、リントルーデの拳を再三受け止めた剣はついに限界を迎えて悲鳴を上げて叩き折られた。

 

 ノルンの操血が追いつかない挙動。

 限界を超えたリントルーデの“舞い”に鮮血が散り、偉丈夫の頬が赤く染まる。

 

 しかし、止まらず。

 この舞踏は、〈勇者〉アハトを倒しきらぬ限りは止まらない。

 

 かつて、あらゆる大陸と文明が絶滅するまで降り注いだ雨のように。

 『悠久世界』の盤石の象徴が沈むまで、神秘の顕現は終わらない。

 

 

 しかし。

 

 

「『——海を断つ』」

 

 

 それを超えるがゆえに。

 アハトは、歴代最強の〈勇者〉と讃えられるのだ。

 

 

 ただ一太刀。

 アハトの右手が新たな剣を握り、真縦に振り下ろす。

 

 たったそれだけで、神秘の海が弾け飛んだ。

 

「————」

 

 言葉を失ったリントルーデは、ただ、目を見開く。

 

 ストン、と。

 

 音もなく、最大の切り札を打ち破られた〈守護者〉の腹部に剣が()()()

 

「こふっ」

 

 ほんの僅か、動揺で乱れた魄導の制御を見逃さず、アハトの剣が防御の脆くなったリントルーデの腹部を貫いたのだ。

 

「良い攻撃だった……本心だ」

 

 アハトは無慈悲に剣を振り払い、リントルーデの臍から左脇腹を切り裂いた。

 

「リントルーデ……!」

 

 ラグナは咄嗟に、リントルーデの肉体を後方に弾き飛ばす。

 即死の追撃を受けないように、あれでは死なぬと、リントルーデの頑強さに賭けて。

 

 だが、その一瞬の“情”はアハトの前では致命的な隙だった。

 

「ラグちゃん避け、て——」

 

 危機を発したイナ共々、ラグナが胸部を深々と撫で切りにされる。

 

「がっ……!?」

「ぁああ〜〜ッ!!」

 

 剣圧で吹き飛ばされ大地に叩きつけられたラグナとイナがくぐもった声を漏らし、その一撃の痛みに悶えた。

 

 ただ一刀。

 しかし、魂を抉る〈勇者〉の斬撃は、〈異界侵蝕〉であれど受ければ致命傷になり得る。

 

「……ァハト、ォ……!!」

 

 そんな一撃を二度受けてなお、〈守護者〉リントルーデは血反吐を撒き散らしながら、千切れそうな体を無理くり固定し、膝をついて〈勇者〉を睨んだ。

 

 己の全てを賭けて世界を守らんとするリントルーデの気迫に、アハトは無言で敬意を示す。

 

 それゆえに、一切の容赦なく剣を振り抜いた。

 

 世界を揺らす斬撃は、届かず。

 

 自らを幾重にも折り畳み、盾のような形状になった鞭剣がリントルーデへと振るわれた斬撃を受け止めた。

 

「……なんか、そんな気がしてたんだ」

 

 自らに血化粧を施したイナは、暗い瞳で鞭剣を従えて。

 リントルーデを守るように、アハトの前に立ちはだかった。

 

「きっと……此処なんだろうって」

 

 瞬きの間に閃く斬撃。

 全てを受け止めることは叶わず、イナの体に深々と斬痕が刻まれる。

 

「……〈円環者〉、お前は」

 

 アハトは、イナを抉った斬撃の奇妙な手応えに驚きを隠せなかった。

 

 そんなアハトの動揺未満の感情の揺れを最後の隙と捉えたイナは、リントルーデを振り返る。

 

「リンちゃんは、まだ死んじゃダメ」

 

「イナ……?」

 

「リンちゃんには、約束守ってもらわないといけないからさ」

 

「……! 待て、イナ!」

 

 イナが何を為そうとしているのかを悟ったリントルーデは、千切れそうな体を引きずって前へ。

 しかし、アハトの前へと一歩踏み出したイナには届かず。

 

「リンちゃん。ちゃんと生きて——ちゃんと、私を殺してね」

 

 〈円環者〉は、静かに覚悟を決めていた。

 

「約束だよ。……ううん、君的に言えば“契約”か」

 

 イナは両手を無防備に広げ、心臓に、鞭剣の先を突き立てた。

 

「履行するよ。契約通り、私の体を君にあげる。だから……!」

 

 初めから、誓っていたことがある。

 欲しいもののためなら、成し遂げたいもののためなら、イナという女はなんでもすると。

 

 それがたとえ、世界の敵になる行為だとしても。

 

「だから、ありったけを」

 

 躊躇うことは、ありえない。

 

「君の全部を、私に寄越せ!轍の竜(ウロボロス)——!!」

 

 軋むような歓喜の雄叫びを上げた轍の剣(ウロボロス)がイナの心臓を食い潰し、人類へ根源的恐怖を与える“存在圧”が世界を満たす。

 

「ああぁああああぁアアアアアアアァ『aaaAAAAAAAAAAAAAAAAAーーーーーー!!!!』

 

 空間を震わせる人ならざる咆哮がイナの口から放たれ、変質する。

 

 肌は黒く鱗を纏い、悍ましくも雄々しい鬣の模倣か、イナの小豆色の髪は半ば黒く染まり怒髪天を衝く。

 肩甲骨を破り禍々しい翼が生え、右腕は鞭剣と一体化し、イナの体を巻き込むようにとぐろを巻いた。

 

 剣の先端は、人ひとりを容易く飲み込めるだけの竜の頭部に。

 口角を上げていると傍目からもわかる頭蓋は喜悦に満ちた咆哮を上げる。

 

『ハァッ、ハァッ、ハァッ……aaa』

 

 世界に、一頭の新たな竜が生まれ落ちた。

 

 名を、〈円環竜〉イナ=ウロボロス。

 

『世界も……リンちゃんも…………』

 

 円環が回る。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()首を伸ばした轍の竜(ウロボロス)が、アハトの剣を一息に噛み砕く。

 

 アハトの両目が、驚愕に見開かれた。

 

「——ッ!」

 

『——私が、守るッ!!』




今後は隔日投稿(余裕があったら毎日)を維持します。よろしくお願いします。
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