【第一巻発売中】弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ)   作:銀髪卿

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〈勇者〉vs『海淵世界』③ リベンジャー

 一目惚れ、と言う他ないのだろう。

 

 穿孔度(スケール)15にただ一頭のみ封印される滅亡惨禍の爪痕、ヨルムンガントの討伐、そして再封印。

 

 大艦隊を率いたのは、当時まだ二十歳でありながら『海淵世界』の最大戦力に名を連ねていた第三王子リントルーデだった。

 

 凱旋での堂々たる姿と横顔に、当時12歳だったイナはハートをそれはもうガッツリと撃ち抜かれた。

 その日、イナは両親に向かってこう宣言した。

 

 ——『私、あの人のお嫁さんになる!!』

 

 幼い子供の可愛らしい突飛な発言だと、両親は軽い気持ちで笑って流したと後に語る。

 だから翌年、イナが軍養成学校への入学を志願した時、彼女の両親は大層驚いた。

 

 まあ要するに、イナ・ヴィ・エルランは本気だった。

 冗談抜きで、人生の全てを賭けてリントルーデの隣に一生居座ることを、この瞬間に誓ったのである。

 

 その覚悟は並大抵のものではなかった。

 なにをしてでも、なにがあっても必ず成し遂げると強く誓った。

 耳に届く、明らかにおかしい“誘い”に乗った果てに碌でもない結末が待っていることが容易に想像できようと、少女の決意は揺らがなかった。

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 円環の竜が空間一帯を埋め尽くしていた。

 

『ooOOOOOOoOOOOOOOOO……!!』

 

 久方ぶりの受肉に、ウロボロスは無尽の体躯を存分に伸ばして歓喜を表現する。

 イナの右半身を喰っての顕現。未だ制約が残る形に不満はあったが、それ以上に良質な贄の肉体から得られた新たな体の高揚は、数千年を生きるウロボロスにとっても久しく得られない感慨だった。

 

 だから、目の前の人の形をしただけの理不尽を倒したいという贄の願いを叶える程度の助力を、ウロボロスは惜しむつもりは毛頭ない。

 

「——。」

 

 再誕した竜を前に、アハトは何も語らず。

 

 ただ短く息を吐いて、踏み込んだ。

 

 

 その戦いの()()を、リントルーデとラグナリオンは捉えることができなかった。

 

 刹那に数十……或いは百を超えるか。

 アハトとウロボロスの姿が霞み、夥しい激突が響き渡った。

 

 ウロボロスの全身に夥しい斬撃痕が刻まれ、直後、再生する。

 歪な形の顕現であろうと、竜が等しく有する尋常ならざる回復能力は健在である。

 契約に差し出した心臓すら再生したイナが、身を蝕むウロボロスの本能を解放する。

 

『〈勇者〉を食え! ウロボロス……!』

 

 イナの言葉に従い、竜が剣気迸る斬撃圏に躊躇いなく突貫。

 アハトの斬撃と真正面から衝突した。

 

 一合の衝突に大気が震え、大地が揺れ、海が騒めく。

 剣気と、ギルベルトをはじめとした先遣隊たちによって分断された戦場にも届くだけの怒号と、禍々しい魔力の波動。

 

 それらはごく一部の戦士たちを除いて、余波だけで戦場から戦いを消し去るほどの凄まじさを孕んでいた。

 

 厄災と、厄災すら容易に屠る男の目にも止まらぬ攻防が続く。

 

 優勢はアハト。

 しかし、その表情は険しい。

 

「円環の竜を御するか……!」

 

 本能の中に混ざる、確かな理知的思考。

 竜の凶暴性が前面に押し出されていながらも、その力の発露にある種の指向性を持たせる添え木のような理性が見え隠れする。

 

 轍の竜の唯一性……伸縮自在の無尽の体躯を活かした超至近距離での一撃離脱(ヒットアンドアウェイ)を実現する。

 

『oOOOOOOOO……!!』

 

 本能と理性の天秤が、アハトの斬撃速度に匹敵する連撃を繰り出す。

 アハトを中心にとぐろを巻き、大気と摩擦を起こした鱗が赫赫と輝きを帯びた。

 

「潜在的脅威は雲竜に匹敵するか……、!?」

 

 空と海と大地を縫い合わせるように、ウロボロスの無尽の体躯が無数の轍を生み出す。

 アハトの眼前。音も前兆もなく、最初からそこにいたようにウロボロスの顎が牙を剥いた。

 

「……っ!」

 

 アハトの人外じみた経験と勘から成り立つ予測を完全に凌駕する正面堂々の不意打ち。

 イナが獣の雄叫びを上げ(ことわり)がねじ曲がる。

 

 真正面からの咬撃を、アハトは完璧なタイミングで受け流し側面に躍り出た。

 

「フッ……!」

 

 短い気合いと共に振り下ろされた剣が竜の首に吸い込まれ。

 

 しかし、断ち切れず。

 

「!」

 

 透過し、アハトの両目に僅かな驚きが宿る。

 

 流転する世界に断絶はなく。

 ゆえに、アハトの剣はウロボロスの首を断てない。

 

 ウロボロスが有する流転の力。

 限りなく概念に近い次元にまで昇華された力はイナという類を見ない良質な、そして相性のいい生贄によって強度を増した。

 

 その結果、ウロボロスの流転……途切れない力は〈勇者〉の剣を持ってしても断ち切れないものとなる。

 

「『——竜を断つ』」

 

 それが、アハトでなければ。

 

 須臾の間に閃いた無数の斬撃がウロボロスの頭部を細切れにする。

 

 

 以前、イナはエトラヴァルトに『魔剣とは何か』を講じた。

 

 

 ——『そんな魔剣たちに共通するのは、『人の手によって生み出されるものは魔剣足り得ない』っていう原則。唯一この原則を破れるのは、あの〈勇者〉くらい』

 

 アハトがその手に持つのは、たった今生み出された“竜殺しの魔剣(ドラゴンスレイヤー)”。

 

 

 ウロボロスを殺すためだけに、今この瞬間に鍛造された魔剣である。

 

 

『……っ!? まだ……!』

 

 即時再生。

 全盛期、危険度15を誇った竜の再生力は、竜殺しの力に阻害されながらも、ものの数秒で失われた頭部を取り戻す。

 

 しかし、その数秒。

 

「『厄災を断つ』」

 

 アハトがイナの右腕を消し飛ばすには、十分すぎる時間だった。

 

aaAAAAAAAA(アアアアアアアアア)〜〜〜〜〜ッ!!?』

 

 肉体と同時に魂に直接波及する斬撃がもたらす桁外れの激痛にイナが苦悶の声を上げる。

 

『わ゙だじは……い゙い゙がら…………!!』

 

 それでも、イナ=ウロボロスは戦いを止めない。

 倒れ伏すリントルーデとラグナリオン……そして『海淵世界』を守るために、女は己の身を厄災の化身へと捧げゆく。

 

『もっと寄越せ! ウロボロス!!』

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 ——自分は今、何をやっている。

 〈守護者〉は問う。自らの現状を。

 

 身を捨ててまで自分を助けようとする仲間の奮戦の背後でただ痛みに負け倒れている。

 

「……ふ、ざ、けるな」

 

 ——何が〈守護者〉だ。

 ——何が第三王子だ。

 ——何が『海淵世界』の要だ。

 

「俺は……!」

 

 たかが腹を掻っ捌かれた程度で。

 魂を抉られたような痛み程度で。

 

「俺は、何をしている……!?」

 

 命を擲つ友の奮戦の後ろで、のうのうと観戦するだけなど。

 

「俺は……〈守護者〉だぞ……!?」

 

 地を舐める手に力が入り、拳を作る。

 魄導が鎧を形取り、切り裂かれた腹部に固定具として定着する。

 震える全身を、怒りでさらに奮い立たせて。

 

「俺が……護らなくては……!!」

 

 誓ったはずだと、リントルーデは己の過去を顧みる。

 

 

 ——『何も、言えないのですか。父上』

 

 玉座に就き、一層無口になった父。

 シャクティが去り、源老への不平不満は募る一方だった。

 リントルーデは、答えを得られない毎日を過ごした。

 

 ——『わかりました』

 

 リントルーデは、それでもいいと割り切った。

 源老ノルドレイは、決して無関心ではないと知っていたから。

 ただ一つ、玉座を離れない理由を頑なに答えないだけだと。

 

 ならば、答えられない何かがあるのだと。

 それは、『海淵世界』を守るために必要なことなのだと、リントルーデは自分に都合よく解釈することにした。

 

 ——『俺が父上に降りかかる災難を受け止めよう。貴方が、もうこれ以上背負わなくて済むように』

 

 だからこそ。

 都合よく捉えるのなら、それに見合うだけの力をつけるのだとリントルーデは誓った。

 

 

 そして、もう一人。

 護ると誓った女がいる。

 

 ——『イナ・ヴィ・エルランです! よろしくお願いします!』

 

 元気に、ぎこちない動作でお辞儀をしたまだ成人すらしていない少女。

 数十年ぶりに見つかった〈円環竜〉ウロボロスの適合者。

 

 自ら適合を志願したと聞いた時、リントルーデとラグナリオン、そしてノルドレイは大層驚いた。

 自ら最悪の結末を志願したのだから。

 

 ——『なんでって? そりゃあリンちゃんと結婚するためだよ!』

 

 ドヤ顔で『これが最短最適解!』と言い切られた時、リントルーデは生まれて初めて“言葉を失う”というものを経験した。

 

 ——『あとね、結婚できなくても、私の最期はリンちゃんに委ねたいって思ったんだよね!』

 

 その決意は、リントルーデが知った時、既に揺るがぬ芯になってしまっていた。

 

 ——『殆ど脅迫のようなものではないか……』

 

 呆れた声を洩らしたリントルーデに、イナは臆面もなく『それが最善だったからね!』と言い切った。

 

 ——『だからリンちゃん。私をちゃんと殺してね』

 

 させないと、誓った。

 

 ——『お断りだ。決して、そんな未来は訪れさせん』

 

 結婚云々以前に、イナは海淵の民。

 リントルーデが護るのは、当然のことだった。

 

 ——『決してお前を、竜にはさせん。俺が、絶対に』

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

「そう、誓っただろう……リントルーデ……!!」

 

 歯を食いしばりは地を吐きながら立ち上がる。

 

「神秘の海よ……神罰の荒天よ……!!」

 

 魔法はまだ、途切れてはいない。

 立ち上がったリントルーデから迸る尋常ならざるプレッシャーに、アハトが目を見張る。

 

「俺の全てを捧げよう……! だから、俺に……」

 

 一線は超えてしまった。

 だが、死なせない。殺させない。

 

 その役割は、出会った時からリントルーデ・フォン・アトランティスのものなのだから。

 

「その神秘を、今一度……!!」

 

 再び、世界を沈めた大嵐がリントルーデの四肢に宿る。

 

「俺に! 〈守護者〉の任を果たせるだけの力を!!」

 

 魄導が爆発し、脅威的加速でリントルーデがアハトの真正面に立ちはだかる。

 

「オオオオオオオオオッ!!」

 

 全てを押し潰す怒涛の拳が炸裂する。

 力を振り絞ったリントルーデの拳とアハトの剣が交錯し、竜殺しの魔剣が砕け散る。

 

「『海を、神秘を断ち切る』!」

 

 一本では足りぬと、アハトは両手に海を断ち切る魔剣を鍛造。

 リントルーデに応えるように二刀流で真正面から撃ち合った。

 

「ヌゥンっ!」

「フ——!」

 

 一合一合が世界を揺らす。

 

 大地を砕き、空が荒れ、地が震える。

 〈勇者〉と〈守護者〉。互いに世界の守護をその背に背負う者同士、一歩も譲れない戦いだった。

 

「嗚呼……愛が」

 

 その想いに呼応するように、ラグナリオンもまた重傷を負ってなお立ち上がる。

 

「その愛に……僕も、応えよう!!」

 

「ウロボロス……そんなもんじゃないでしょ!」

 

 再生を終えたイナが、リントルーデと並ぶように戦線に復帰する。

 

「私の身体、もっと持ってけ……!!」

 

 僅かに黒く濁ったように変色した血が世界を呪うように滴り落ち、それでも澄んだ瞳は勇者を捉える。

 

 三度、三人の〈異界侵蝕〉の猛攻がアハトを襲う。

 それぞれが穿孔度(スケール)7の異界を複数回単独踏破した実績を有する、現行人類の頂点と言っても過言ではない者たちの全身全霊の攻勢。

 

 練り上げられた力と巧みな連携。

 

 だが、それでも。

 

「『我が名はアハト。この身は、ただ一振りの剣である』!!」

 

 魄導を纏った二本の剣が円環の轍と神秘の海を一刀の下撃砕し、リントルーデの胸部とイナの右半身を引き裂いた。

 

『aaaaAAAAAAAAAAAAAA------!!?!?』

「がっ、ぁ————————」

 

 更に、一歩戦いに遅れるラグナリオンを振動防御ごと横一文字に切り捨てる。

 

「カハッ……!!?」

 

 それでも、〈勇者〉アハト(人類の限界点)には届かなかった。

 

 神秘の海が霧散し、轍の竜がミミズのように地を這う。

 振動は、弱々しい鼓動の音のみ。

 

 三人の頂点たちは、一振りの剣を前に絶対的な敗北を喫した。

 

「…………」

 

 アハトは、静かに歩みを進める。

 苦し紛れに足首に巻き付いてきた竜を一瞥することなく寸断し、倒れ伏すリントルーデたちを素通りし、ノアを目指す。

 

 今、ノアを墜とせば『海淵世界』は滅びる。

 それを理解しているアハトは、右手に海を断ち切る魔剣を握った。

 

 

『……ま、て』

 

 か細い、虫の羽音のような声でイナが呼び止める。

 

『……いいよ、ウロボロス』

 

 守るために、捧げなくてはならない。

 

『私の“心”も、持っていって……』

 

 生涯、捧げる相手を決めていた。

 だが、守れないのなら、仕方ない。喪う方が、もっとずっと嫌だから。

 

 澄んだ瞳から涙を流しながら、イナは何もかもを厄災へと捧げる。

 

「イ、ナ……や、めろ……!!」

 

 支えきれず、何度も立ち上がるのに失敗しながら、リントルーデはイナにやめろと声をかける。

 

「その、役目は……俺が——」

 

『私の、ほんとに全部、あげるから……!!』

 

 覚悟なんて決まっていなかった。だが、そうする以外に道はないから、イナは、僅かでも可能性を残すために歯を食いしばった。

 

「……呪いは」

 

 その執念を危険視したアハトが立ち止まり、海を断ち切る魔剣を手放し、竜殺しの魔剣を握る。

 

「統合の後、悠久にソレが残るのは看過できない」

 

 アハトの瞳がイナ=ウロボロスの魂を捉える。

 その瞳は“観魂眼”にあらず。しかし、斬撃が魂を直接傷つけるように、その瞳はある程度の輪郭を観測する。

 

「『一振りの剣の名において——」

 

 振り上げられる剣。

 リントルーデとラグナに防ぐ術はなく。

 

『ウロボロス……!』

 

 心の捕食すら間に合わない。

 

 

 刹那、猛然と地を駆ける銀の彗星がアハトの知覚領域に侵入した。

 

「……!」

 

 その時、自分はきっと笑っていたのだろうと、後にアハトは語る。

 

 その名前を、存在を聞いた時。

 もしかしたら、という予感があった。

 〈勇者〉としての使命を果たす。ただそれだけだったはずの戦争に、僅かばかりの期待が生まれた。

 

「来たのか……本当に」

 

 アハトは半ば無意識に、焼き直しのように剣気で斬撃圏を構築——突破され、アハトの眼前に再戦者(リベンジャー)が現れ、その奇妙に細長い剣を叩きつけた。

 

 迸る銀の斬撃がアハトの迎撃とぶつかり合い、拮抗する。

 覚悟を乗せた蒼銀を纏う瞳が真正面からアハトを射抜いた。

 

「もう、胸を貸してもらう気はねえぞ」

 

 

 ほんの一瞬の、数秒程度の差だった。

 

 だが、リントルーデたちが足掻き、イナが、覚悟がなくとも身を捧げ、その数秒を稼いだ。

 

 だから、たった一人。

 この戦場の特異点になれと、戦争の予定調和の破壊を任された男が間に合った。

 

「アンタを斬る」

 

 銀の髪を自らの魄導の放出で揺らす青年は、半年前とは別人のように成長した姿で。

 今度は、自らが乱入者として〈勇者〉の前に立ちはだかった。

 

「リベンジマッチだ!〈勇者〉アハト!!」

 

 銀三級冒険者、〈剣界(ソードスフィア)〉エトラヴァルトの参戦に、〈勇者〉アハトがほんの僅か、口角を上げた。

 

「——来い、エトラヴァルト!」

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