【第一巻発売中】弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ)   作:銀髪卿

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今日は早めの更新です。


使命と欲望

 〈星震わせ〉バイパー・ジズ・アンドレアス。

 この星でただ一人、いずれの世界にも属さない()()の〈異界侵蝕〉。

 

 歩く厄災、世界の我儘、蛮王……様々な通り名を持つこの男は、全世界から【救世の徒】と並んで最重要警戒対象に指定されている。

 

 仕える主人を持たず、拠るべき世界を持たず、ただ己の心にのみ従う。

 そんな男が、悠久と海淵、七強世界に名を連ねる二つの戦争への介入を決行した。

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

「そこの魚人と()()()()()。邪魔だ、退()いてろ」

 

 バイパーは背を向けたままコイン状の治療石を指で弾いてイナに投げ渡した。

 

「……っとと!」

 

 受け取ったイナは意図を悟り、すぐさまエトの治療を開始する。

 

「〜〜〜〜〜エトくん!!」

 

 そこに、ただ一人時の流れを無視したイノリが到着し、倒れ込むようにエトのそばに駆け寄った。

 そのまま彼を抱きしめるようにして胸に耳を押し当て、確かに鳴り響く鼓動に強く安堵の吐息を漏らした。

 

「大丈夫だよ、イノリちゃん。エトちゃんは無事」

 

 治療を続けながら、イナはエトへの感謝の言葉を述べる。

 

「私たちも、エトちゃんのおかげで助かった」

 

 竜の再生力により殆どの傷を完治させたイナは、右半身を無理やり人の形に収束させた。

 

「うん、みんな無事で良かった。……というか、なんでバイパーさんがここにいるの?」

 

 部外者中の部外者、あまりにも接点が存在しない赤肌の鬼人に、イノリは訝しげな視線を向けた。

 

「テメェは……エトラヴァルトの連れか?」

 

 朧げに、確かそんなのがいたなー、くらいの興味のなさでバイパーは豊穣の地での記憶を掘り返した。

 

「俺ぁそこで呑気に伸びてるやつの様子を見にきただけだ」

 

 面倒くさそうに最低限の情報だけ告げたバイパーは距離を取ったアハトに向き直り——

 

「——エト様ご無事ですか!? ……ん? バイパーさん、何故こんなところに!?」

 

 ギルバートに背負われながら現着したストラが騒ぎ立てた。

 

 ——ピキリ、とバイパーの額に青筋が走る。

 

「テメェら、ゾロゾロと揃いも揃って同じことを——」

 

「すみません私は聞いていなかったもので。イノリ、バイパーさんは何故ここに?」

 

「エトくんのこと助けに来てくれたんだって」

 

 明らかに苛立ってるバイパーを思いっきり放置したストラに対して、イノリが微妙にバイパーの発言とは異なる内容を伝える。

 伝言ゲームのような内容の変化。しかし、事実だけ切り取れば全くもってその通りなため、バイパーは舌打ちを一つ、「勝手にしろ」と匙を投げた。

 

 外野が増えたことにバイパーは怠そうに首を鳴らし、前方で油断なく剣を構えるアハトを睨みつける。

 

 対するアハトは、空いた左手で再び胸の傷をなぞる。

 エトラヴァルト渾身の一刀による出血は既に止まっていたが、それより先には至らない。先ほど本人が言ったように、この傷は、アハトの肉体に生涯刻み込まれるものとなった。

 

「〈星震わせ〉バイパー、何故お前が『海淵世界』に手を貸すんだ」

 

「俺が? 勘違いしてんじゃねえよ頭でっかち。俺の目的は始めからエトラヴァルトただ一人だ」

 

 嘘偽りなく、最初からバイパーの眼中に『海淵世界』はない。エトを助けるため、結果的にリントルーデたち海淵の者も()()()()()()のだ。

 

「剣を下ろさねえってことはよぉ、テメェ、退く気はねえな?」

 

 黒い結膜と金色の虹彩。凶暴性を余すことなく発露させ自らを睨みつけるバイパーの双眸を、アハトもまた強く睨み返す。

 

「俺の使命はノアを落とすことだ。この体動く限り、撤退はない。——〈勇者〉の戦場に、敗北はあり得ない」

 

 まるで自分に言い聞かせるように。

 そんなアハトを前に、バイパーは凄絶に嗤う。

 

「使命感野郎が——。なら、()り合うしかねえよなぁ!?」

 

 金色の魄導が星を揺らす。

 気迫の放出だけで万象を威圧する超越した戦意と共にバイパーがゲラゲラと声を上げた。

 

「俺はコイツを殺させたくねえ! テメェはコイツらを殺して先へ進みてえ! なら!」

 

 拳を握りしめ、一歩一歩。

 バイパーは大地を震撼させながらアハトの眼前に立つ。

 

「——交渉決裂ってやつだ」

 

 その表情は、むしろアハトの選択を楽しんでいるようだった。

 

「一つ聞きたい。バイパー、お前は何故、エトラヴァルトという個人に執心している」

 

「……ぁあ?」

 

 アハトの問いに、バイパーは『なんだそれ』と心底失望した表情を浮かべた。

 

「俺に理由(それ)を問うかよ、テメェ。なあ、いちいち理由が必要か? どいつもこいつも縮こまって窮屈じゃねえか!」

 

 金眼を見開き、古くから生きる蛮王はたった一つの真理を叫ぶ。

 

「コイツがいりゃあ世界が! 未来が! もっと面白くなんだよ! それ以上の理由なんていらねえだろうが——なあ!?」

 

 振り上げられた赤肌の拳。

 傍観していたリントルーデは、かつてない悪寒に全身を貫かれた。

 

「イナ、ラグナァ! 対衝撃結界を前に!!」

 

 刹那、世界が砕けた。

 

 アハトの剣とバイパーの拳が激突し、そのあまりの衝撃に空間が割れる。

 結界を通して届くふざけた余波に、リントルーデが声なき悲鳴を上げた。

 

「〜〜〜〜〜〜っ!?」

 

「衝撃だけで……うっそでしょ!?」

 

 イナの視線の先、結界に守られなかった大地が木っ端微塵に砕け散り、拳と斬撃のただ一合で海底に砂嵐が吹き荒れた。

 

 

 世界を揺るがす一撃は、戦場の端にまで届く。

 『悠久世界』軍後方にて体を休めていた〈人形姫〉フィラレンテと〈破城槌〉タルラーは、直接向けられていないにも関わらず心臓を鷲掴みにされるような絶大なプレッシャーに反射的に立ち上がった。

 

「タルラー、感じましたか?」

 

「ったりめえだろ。こんなもん、気づかねえ方がおかしい」

 

 タルラーは、自分の肌をビリビリと刺激する金色の威風に武者震いをした。

 

「間違いねえ……バケモンだ」

 

 

 

 剣気と金色の魄導の激突。

 僅かな拮抗から間もなく、ジリジリとバイパーの拳がアハトの剣を押し込み始める。

 

「どうしたアハト! テメェの剣はこんなにヌルくねえはすだ!」

 

「……っ!」

 

 拳と剣が拮抗するという事象は、魔法や闘気……ひいては魄導による強化が罷り通るこの星において往々にして頻繁に起こりうる。

 

 しかし、こと〈勇者〉アハトの剣となれば話は別である。

 その剣に断ち切れぬものはなく、エトラヴァルトの“誓剣”のような特大のイレギュラーでもない限り、剣の概念を有するアハトの斬撃は絶対的な優先権を誇る。

 

 そんな斬撃を、バイパーはあろうことか素手で受け止めていた。

 

「——気に食わねえなぁ」

 

 バイパーの凄みが一段増す。

 怒りの矛先は、今まさに拳を交える〈勇者〉アハト。

 

「テメェ、俺をどうやって出し抜くか考えてやがるな?」

 

 金色の瞳がアハトの意図を見抜いた直後——

 

「俺を前に、余所見してんじゃねえよ」

 

 バイパーの右脚が跳ね上がりアハトを防御の上から蹴り飛ばした。

 

「ぐっ……!?」

 

 ミシミシと骨が軋む馬鹿げた一撃。

 ミサイルのような速度で吹き飛ばされたアハトが体勢を整え空を断つ。

 

一瞬にして世界を致命の斬撃が満たす。

 

「クカカカカッ! そうだ! それだよ!!」

 

 しかしバイパーは意に介さず。

 己の身で全ての斬撃を受け止め、弾き飛ばし、金剛の拳を真正面からアハトの顔面に叩きつけた。

 

 アハトはこれを額で直接受け止める。

 

「づうっ……!」

 

 空間を叩き割る拳を身一つで受け止め、脳を揺らされたアハトの鼻からどろりと真紅の血が吹きこぼれる。

 

「——クカカッ!」

 

 戦意は揺るがず、アハトの青い瞳がむしろ殺気を増しバイパーを睨みつけ、振り抜かれる鬼人の左腕に、閃。

 

「フッ——!」

 

 アハトの密集した斬撃がバイパーの拳を粉微塵に消し飛ばした。

 

 次の瞬間、アハトの右半身を激烈な衝撃が襲う。

 一撃を与えたのは、斬り飛ばしたはずのバイパーの左腕。

 

「なぜ——!?」

 

「ボケてる暇はねえぞ! アハトォ!!」

 

 水切り石のように大地を転がったアハトに、バイパーの容赦のない追撃が叩き込まれる。

 詠唱も祝詞もなく、ただ魄導を纏っただけで空間を叩き割る狂った破壊力を宿す拳の連撃(ラッシュ)

 

 並の者でなくともまともに受けることは困難な()()()()。アハトは、これを全て、完璧に斬り伏せた。

 

「『鬼を断つ……!』」

 

 空間の破壊すら起こらない、威力を完全に殺す完璧な応刀。

 自らの攻撃を悉く捌かれたバイパーは、心底楽しそうに笑った。

 

「クカカ! そうだ! それがテメェの全力! テメェの本能だ!」

 

 蛮王はなおも止まらず拳の乱打を叩き込む。

 腕が切り飛ばされ、首が半ばから断たれ、腹を抉られ、脚を細切れにされ……その全てが何事もなかったかのように再生する。

 

 一瞬の後、コマ送りのように出鱈目な再生力で、バイパーはアハトの斬撃を実質的に無効化する。

 

「その、再生力は——!?」

 

「また疑問(それ)かよ! 俺が俺であることに理由なんざ必要ねえ!!」

 

 〈勇者〉の二刀流から繰り出される世界最高の斬撃を無為に帰す最高峰の再生力。

 魂を直接叩くアハトの剣を、魂で直接受け止める、エトラヴァルトにも不可能な度が過ぎた耐久性。

 

 力の源は、圧倒的な“自我”。

 ただ、強い。

 彼がバイパー・ジズ・アンドレアスであるがゆえに。

 

 バイパーを相手に、それ以上の言葉は不要である。

 

 拳の余波と斬撃の余燼が世界を満たす。

 その名残りに触れただけで常人では消し飛んでしまうほどの、リントルーデたちの結界すら軋み、悲鳴を上げるほどの力と力のぶつかり合い。

 

「全力では、なかったのか」

 

 リントルーデは、恐るべき事実をその目で実感する。

 

「アハトはまだ、力の底を隠していたのか……!?」

 

 

 天井知らずに加速していく。

 一太刀振るう度に研磨され、鋭さと重さを増す斬撃。

 空間を抉る拳に対抗するように、アハトの斬撃もまた世界を断つ。

 

「テメェがその気なら、エトラヴァルト諸共に、ノアはとっくに海の藻屑だった!」

 

 殴り合いを敢行しながら、バイパーは余裕の表情でアハトに問いかける。

 

「なんで全力を出さなかった!? なんでテメェは手加減した!?」

 

「俺は、手加減など——!」

 

 袈裟斬りを読んだバイパーの肘打ちを、アハトは返す一刀で迎撃する。

 轟音と共に拮抗する中、アハトはバイパーの発言に異を唱えた。

 

「していなかったさ! 本気だったとも!」

 

「——ああ、そうだろうよ! 無自覚だったんだからなあ!!」

 

「〜〜〜〜っ!」

 

 否定と共に膝を畳んだ至近距離の前蹴りがアハトの内蔵を抉る。

 エトにつけられた傷をなぞるような蹴撃にたたらを踏み、アハトは不利な体勢でバイパーの拳を受け止めた。

 

「期待したんだよ、テメェは! エトラヴァルトが来るかもしれねえと! テメェの渇きを満たせるかもしれねえと!!」

 

 金色の双眸が、〈勇者〉の心を見透かすように獰猛に輝く。

 

「心臓が跳ねたろ! 心が躍ったろ! ずっと求めてきた相手が、期待を、想像を超えてきたことに血が沸騰しただろ!!」

 

「そんな、ことは——」

 

 一瞬、揺れる。

 〈勇者〉の使命と、自らの欲望。

 自分は本当に切り離せていただろうかと、アハトは刹那、わからなくなった。

 

「クソガキは応えた! テメェの望み通り目の前にやってきて! テメェの予測を! 世界の想像を上回った!! ——なあ、認めちまえよ使命感野郎!!」

 

 バイパーの拳撃が激しさを増す。

 揺れた一瞬、時間にしてコンマ数秒。バイパーを前に、それはあまりにも悠長な自問自答である。

 

「素直になれよアハト! 欲と快の赴くままに、テメェの望むままに世界を蹂躙する!! それが俺たち——〈異界侵蝕〉だろうが!!」

 

 金色の魄導が拳に集約し、バイパー必殺のアッパーカットが世界ごとアハトの肋を叩き壊す。

 

「がっ、ぁ……………ぁあっ!!」

 

 嗚咽、鮮血。

 瞬間、アハトの両腕が霞み、バイパーの両腕と顔の左半分を木っ端微塵に斬断した。

 

「ぉおおおおおおおおっ!!」

 

 なおも止まらず、餓狼の如く眦を決したアハトの右脚が斬性を帯び、ダメ押しとばかりにバイパーの胸を深々と斬り抉った。

 

 両者、痛み分けのように距離を取る。

 

「クカカカカ……! 良いじゃねえか、それだ。その顔だよ!!」

 

 闘争本能を剥き出しにしたアハトの獣のような表情を前に、バイパーはゲラゲラと喉を鳴らした。

 

 1秒足らずで全ての傷を癒やしきったバイパーに対して、再生力自体は()()()凡庸なアハトは胸を叩き、肺に溜まった血を無理やり吐き出した。

 

「どうだ、まだやるかよ、アハト」

 

「言ったはずだ〈星震わせ〉。〈勇者〉の戦場に、敗北はあり得ないと……!」

 

 ここに至り、アハトは今日一番の戦意を漲らせる。

 戦場全体に……否、世界の端まで届く常識外の覇気を放出し、敵味方限らずその命の輝きを見せつける。

 

 

「……っ、づ、ぁ」

 

 その覇気に当てられるように、エトラヴァルトが目を覚ました。

 

「エトくん!?」

「エト様、ご気分は——」

 

 目を開けた瞬間、エトは未だ自分が戦場にいることを把握して、同時にいるはずのない二人の仲間が視界に入ったことに困惑した。

 

「イノリ……なんで……」

 

 あたりを見渡し、アハトとバイパーを視界に収める。

 

「…………バイパー?」

 

 イノリとストラの二人に支えられながら体を起こしたエトを、バイパーは一瞬だけ振り返った。

 

「起きたかクソガキ」

 

 たった一言。

 義務のように言って、バイパーはアハトに向き直る。

 

「……そうかよ。まだ逃げねえかよ」

 

 あくまで〈勇者〉の使命に拘るアハトに、バイパーはもう一度『使命感野郎が』と吐き捨てる。

 鬼人の口元は、笑っていた。

 

「ならこの戦争ごと——ここで終わらせるしかねえよなぁ!?」

 

 暴虐の鬼人は背中で語る。

 『——目を逸らすんじゃねえぞ』と、エトラヴァルトは確かに言葉を受け取った。

 

「『朽ちし世界の落涙に地は震え! 栄華栄光の喝采に天は嗤う!』」

 

 史上最大規模の戦争を終結へと叩き込む、世界の我儘の詠唱が響き渡る。

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