【第一巻発売中】弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ)   作:銀髪卿

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彼方の呼び声

「ンッフフ! お久しぶりですねえ、エトラヴァルト!」

 

 そして時は今に戻り、翌日。

 

 気持ちのいい目覚めを一瞬にして最悪へと叩き起こす耳障りな笑い声と目障りな道化衣装に、俺は無意識に右手を掲げた。

 

「みんな、やれ」

 

 俺は号令一喝。

 しかし、不要。

 

「悪いエト、もうやっちまった」

「とりあえず宙吊りでいいですね」

「いっそ丸焼きにしちゃおうよ」

 

 三人はどこにあったんだとツッコミを入れたくなる(ぶっと)い荒縄で来訪者……リステルの宰相フェレスを雁字搦めに縛り上げて庭で宙吊りにしてしまった。

 魔眼すら開放した神速の術である。

 

「これはこれは……手荒い歓迎ですね。ボクのナビゲーションはお気に召さなかったようで」

 

あのハリボテ(一畳のイカダ)をお気に召したならソイツはただのド変態だなんだよクソ道化師」

 

 (ページ)開帳。

 シャロンの魔法で生成した鉄糸でより厳重に縛り上げ、万歳の姿勢で空中に固定されたフェレスの前にどかりと腰を落とす。

 

「で? 何の用で来たんだよ。リステルを留守にして大丈夫なのか?」

 

「大丈夫か否かで言えば、大いに問題ありですねえ」

 

「——お゙い゙」

 

「うわ、エトくんからすんごいドスの効いた声が」

 

 指を軽く曲げれば、フェレスを縛る鉄糸がギチギチと音を鳴らし、締めつけをよりきつくした。

 さしものフェレスも危機を感じたのか、青くなった顔に冷や汗を流して『ンッフフ……!』と焦り気味に笑い声を上げた。

 

「落ち着いてください、騎士エトラヴァルト。キミは知っているでしょう、ボクの魔眼()を」

 

「まあ、んなこったろうとは思ったけど。つまり、当面はリステルは安全なんだな?」

 

「勿論ですとも! 他ならぬキミの活躍で、暫くの安全は確保されました」

 

「ずっと安全って言い切らないところに不安を感じるんだが……まあ今はいいや」

 

 俺はひとまず溜飲を下げ、鉄糸を解除してフェレスを庭の地面に叩きつけて解放した。

 

 この未来も見えていたのだろう、綺麗に受け身を取ったフェレスは服についた土埃を浄化魔法で綺麗さっぱり拭いさり、いつもの不敵な笑みを浮かべた。

 

「……今、さらっとすげえ綺麗な受け身したな」

「地味に魔法の発動も爆速でしたね」

「白塗りの怪しい人のくせに……」

 

 三人の……主にイノリのチクチク言葉に頬を引き攣らせるフェレスに、俺はさっさと本題に入れと睨みを効かせる。

 

「で? わざわざ未来見てまでこっちに来たってことは、それだけの理由があるんだろ? 源老への謁見か?」

 

「ああ、そちらは既に済ませてきました。後日、王がいらっしゃるので。その前に菓子折りの一つでも渡しておこうと思いましてね」

 

 親戚の挨拶じゃねえんだぞ、とツッコミそうになる舌を抑え、続きの言葉を待つ。

 

「今日の本題は、何を隠そうキミに関わることですよ、エトラヴァルト」

 

 少し……ほんの少しだけ。

 ほんっっっっとうに僅かばかり、フェレスが真剣さを帯びる。

 

「まず初めに。先の戦争にて、リステルへ一人、『悠久世界』から〈異界侵蝕〉が侵攻してきました」

 

『——はあ!!?!?!!?』

 

 開幕爆弾情報に、俺たちは揃って素っ頓狂な声を上げた。

 

「おまっ……なんでそんな大事なことを!?」

 

 ——なんでもっと早くに言わなかった?

 

 泡を食って立ち上がった俺を宥めるように、フェレスは右手を俺の左肩に置いた。

 

「落ち着いてください、エトラヴァルト。リステルに被害はありませんでした。というのも……その侵攻は彼の独断だったのですよ。そも、彼にリステルを滅ぼす気はありませんでした」

 

 ひとまず聞け——そんな気配を漂わせるフェレスに従い、俺は深く呼吸を繰り返し、部屋の中へ戻る。

 

 改めてソファに腰掛けフェレスと向き合う。背中に置かれたイノリの手のひらの温かさが、少しだが心を落ち着けてくれた。

 

「訪れた者の名は、〈旅人〉ロードウィル。彼は、独自の目的を持ち、この戦争を利用してボクに接触をはかってきました」

 

 少し悩む素振りを見せた後、フェレスは意を決したように俺の両目を覗いた。

 

「結論から言いましょう。彼は3冊目の本……《残界断章(バルカローレ)》の所有者でした」

 

『………………、はあ?』

 

 再び四人揃って、今度は疑念に満ちた声を上げる。

 いよいよ意味がわからず、俺はフェレスに『もっと説明しろ』と詰め寄った。しかし——

 

「これ以上は言えません」

 

 フェレスはあっさりと情報を出し渋った。

 

「ここでこれ以上をキミに話すのは不味いと、ボクの魔眼が告げているんですよ」

 

 (ページ)開帳。

 俺は、気がついた時には指を動かして鉄糸を生成。

 正気に戻った時、フェレスは俺の目の前で芋虫の真似事をしていた。

 

「お前も……っ! お前も曖昧族かよ……っっ!!」

 

「「「ああ……魂の叫びが聞こえる」」」

 

 冷静な三人を他所に、俺は『むーむー』と唸り笑顔で冷や汗を流すフェレスに掴み掛かった。

 

「マジで……! 仄めかすならもうちょっと情報よこせよ! アンタも! 《終末挽歌(ラメント)》も……!!」

 

 おかげさまで、俺は自分に関わることに限って自分の感覚に頼り切って話さなくてはならないのだ。

 人間、自分のことは案外自分が一番知らないと哲学的に語られるものだが……いや、そういう次元じゃないだろうと。

 

「何がどう不味いのかさっぱりなんだが……つか、3冊目って」

 

 脱力する俺の横でイノリが首を傾げる。

 

「エトくん、実は三兄弟だったの?」

 

 しらん。

 

「隠し子的なアレか?」

 

 そんなセンシティブではない。……ないよな?

 

「というか、《終末挽歌(ラメント)》は以前『この星でたった一人の……』とか宣ってませんでした?」

 

 そうじゃん。またアイツいい加減なこと言ってやがったな。

 

「せめてなんの概念だったかくらいは教えて欲しいんだが……あと敵なのか味方なのかとか」

 

 轡を取り外し、フェレスに呼吸の自由を与える。

 

「〜〜ンッフフ! 迂闊にキミを揶揄うことはできなくなってしまいましたねえ」

 

 フェレスは困り顔で『仕方ありませんねえ』と呟いた。

 

「正直綱渡りですが……はい。他ならぬキミの頼みなら、ボクも応えましょう」

 

「そうしてくれると助かる……いやマジで」

 

 次またリントルーデみたいな反応されたら本気で傷つく自信がある。いい加減、まともな情報を話したいのだ。

 

 俺の想いが通じたのか、はたまたただ遊ばれていただけなのか。どちらでもいいが、フェレスは話してくれる気になったらしい。

 

「まず、《残界断章(バルカローレ)》は概念ではありません。また、ボクが得られた情報もあまりに少ない」

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 この時、フェレスは嘘をついた。

 ごく自然に、エトラヴァルトに手渡す情報を極力絞るために。

 

 ——情報を与えてはならない。

 これはフェレスの未來視に関わる話であると同時に、〈旅人〉ロードウィルが直接フェレスに忠告した言葉だ。

 

 エトラヴァルトは全てを知る()()を抱えていながら、()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

「彼は《残界断章(バルカローレ)》を、『《英雄叙事(オラトリオ)》と《終末挽歌(ラメント)》、そのどちらにも記されなかった物語未満の欠片の集合』と断じました」

 

「…………」

 

「…………」

 

「……」

 

「……」

 

「え、それだけ?」

 

「ええ、これだけです——ンッフフ! 鉄糸を手繰るのはやめてください。今のキミの制裁は人が死にますよ?」

 

 珍しいフェレスの本気の懇願に、俺はひとまず糸を解いた。しかし……

 

「あんだけ明かしますよな雰囲気出しといて一言だけって、アンタなあ……」

 

「ボクもこればかりは……持っている情報が少ないんですよ」

 

 財布をひっくり返す仕草をするフェレスに、イノリたちが胡乱な目を向ける。

 

「本当かなぁ?」

「この人、徹頭徹尾怪しいのほんと才能だろ……」

「エト様、“直感”で嘘ついてることがわかったりしませんか?」

 

「残念ながら直感くんは最近仕事しないんだよな」

 

 アハトとの戦いの終局では万の斬撃全ての軌道を脳裏に浮かべるくらいには冴え渡っていた直感だが、最近はサボり気味である。

 俺が省エネモードだからというのも一因にはなってそうだが、どうにも最近、直感は内側……《英雄叙事(オラトリオ)》に向いているような気がしてならない。

 

「そもそも、この人が本気でこっちを騙しにきたら見抜けないだろうしある程度諦めてる」

 

 こっちの全てを“観測”した上で口八丁で誤魔化してくるに違いない……というわけで。

 

「——わかった。これ以上は深く聞かねえから。最後に一つ、アンタの所感を教えてくれ」

 

「彼は敵ではありませんよ、エトラヴァルト」

 

「……!」

 

 こちらの質問を先読みしたフェレスの言葉に息を呑む。

 目を瞬かせる俺の反応が気に入ったのか、フェレスは上機嫌に笑った。

 

「そも、リステルを落とせば終わっていた戦争でした。しかし〈旅人〉ロードウィルはそうしなかった。これは、彼が敵ではない十分な証拠になりませんか?」

 

「正直不十分だと思うが……何か“()た”のか」

 

「ええ……まあ。キミと彼が並び立つ絵なら、一つ」

 

「マジか」

 

 何をどうしたら『悠久世界』の〈異界侵蝕〉と肩を並べることになるのかさっぱりなんだが。

 

 やはり困惑する俺の顔を見て、フェレスはまたも上機嫌に笑い、ソファから立ち上がった。

 

「さて、ボクはこの辺で失礼します。あまり長いことサボっていては、シャルティア君にどやされてしまいますからね」

 

「もう手遅れだろそれ……」

 

 大佐の綺麗な赤髪が怒髪天を衝く姿が容易に想像できる。

 

「ンッフフ! それではエトラヴァルト、キミの健闘を祈りますよ」

 

 来た時と同じように、フェレスはぬるっと姿を消す——

 

「——ああ、一つ忘れていました」

 

 その直前、ドアノブに手をかけた状態でフェレスが振り返る。

 その顔には、胡乱な笑みが張り付いていた。

 

「突然押しかけたお礼を。——イノリさん」

 

「…………。え、私!?」

 

 突然名指しされ驚くイノリに、フェレスは『はい』と澱みなく頷いた。

 

「アナタに一つ助言を。——『幻窮世界』へ行きなさい」

 

 それは、助言というより命令のような強い口調だった。

 

「そこで、アナタは姉に関する重要な手がかりを見つけることができますよ」

 

「——!!」

 

 真横で呼吸が止まる気配があった。

 

「——では、今度こそお暇させていただきますね。ンッフフ!」

 

 耳障りな笑い。

 同時に、念話で脳裏に届く声。

 

--<用心なさい、エトラヴァルト。安寧は、そう長く続きませんよ>--

 

「また意味深なことを言い残しやがってクソが——」

 

 結局謎の方が多くなってんじゃねえか——そんなことを愚痴ろうとした、その時。

 

 ——ジリリリリリリリ! とリビングの電話が鳴り響いた。

 

「「「「……………………」」」」

 

 直感は、何も言わなかった。

 しかし、俺たちはこれでも冒険者。パーティーを組んでから約二年、冒険者としての活動期間の方が短かろうとそれなりに、常人はまず経験しない死線を超えてきた。

 

 なので、勘自体は並以上に研ぎ澄まされている。

 

 そんな俺たち四人の勘が、揃いも揃って告げる。

 

「「「「アレ、絶対碌でもないやつだ!」」」」

 

 吉報なはずがないと、俺たちはげんなりと肩を落としてリビングに戻る。

 

「も〜! フェレスさんに意味深なこと言われたばっかりなのに〜〜!!」

 

 混乱しっぱなしだと愚痴ったイノリが、やや乱暴にスピーカーモードのボタンを押す。

 

『——皆いる!?』

 

 瞬間、切羽詰まった様子のイナちゃんの声がリビング中に響き渡った。

 

「うおっ……!?」

 

 キーーーンと耳に響く喧しい小豆の声に、ラルフが顔を顰めながら音量を下げる。

 そして、四人で目配せをして頷いた後、代表して俺が返答した。

 

「いるぞ。どうしたんだ?」

 

『あ、良かったエトちゃんいた!』

 

 エトちゃん言うな。

 

『ちょっとごめん! 大至急、謁見の間に来てほしいの! 源老が呼んでる!!』

 

「親父が……?」

 

 イナちゃんは普段から喧しいが、今日のそれは普段と違って明らかに緊急性を要する響きだった。

 そんな彼女から飛び出た“源老”という言葉に、俺たちは自然に表情を引き締め、半ば無意識に虚空ポケットから装備品を引っ張り出し始めた。

 

「わかった! 10分で行く!」

 

『10秒で来て!』

 

「「「「無茶言うな!」」」」

 

 どのみち、道路交通法を完全に無視することが確定した。

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 衛兵の特別許可を貰って長い廊下を全力で走り謁見の間に滑り込む。

 

「「「「遅れてすみません!!」」」」

 

 以前の会議にいた面子からザイン、スミレ、スズランを除き、そこにラグナ、ノルン、イナちゃんの三人を加え。

 更に王族揃い踏みという『海淵世界』の上層部大集結だった。

 

 そんなとんでもない場所に最後に到着した俺たちだったが、リントルーデが苦笑しながらフォローを入れてくれた。

 

「気にしなくていい。貴殿たちへの連絡は最後になってしまったからな」

 

 ……イナちゃんが目を逸らす気配があった。後で問い詰めよう。

 

「突然の招集、お疲れ様です〜」

 

 ほっと一息ついた俺たちに、第四王女フレアがコップに注がれた冷水を手渡す。

 

「あ、ありがとうございます……いや、貴女はなんで今日もメイド服を?」

 

「花嫁修行中ですので〜」

 

「「「「な、なるほど……?」」」」

 

 花嫁とメイド服は結びつかなくないか……?

 

 ——疑問はさておき。

 冷水で喉を潤した俺たちが姿勢を正すと、どこか焦りを感じさせる表情をした源老が口を開いた。

 

「——今から43分前、救難信号が届いた。アラートは“赤”……世界存亡の危機を報せるものだ」

 

 僅かに人の波が騒めき、ベラムの咳払いですぐに収まる。

 

「信号は、我ら海淵にとどまらず全世界に向けて発信された。文章、音源、画像、動画……一切の追加情報はなかった。発信元は——『幻窮世界』リプルレーゲンだ。

 

 

『————!!?』

 

 

 七強世界に数えられる世界から届いた、世界存亡の危機を報せる信号。

 今度こそ、騒めきを止めることはできなかった。

 

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