【第一巻発売中】弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ)   作:銀髪卿

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『■■■■』■■■■■■■

 翌朝、発着場には船の整備及びセタスの健康管理を行う海軍の姿があった。

 

「お! 来ましたね皆さん!」

 

 両手を振って全身で挨拶してくる魚人のトイと、代表して俺たちの出発を見送りに来たリントルーデ。

 二人の姿を認めた俺たちも手を振り返した。

 

「準備はすでに完了している。いつでも出られるぞ」

 

 第三王子のお墨付きに、背後の整備班たちが力強くサムズアップで応える。

 

「ありがとう、リントルーデ」

 

 ただ一言。本当はもっと時間をかけて感謝を伝えたいし、話しておきたいこともある。——だが、なにより時間がない。

 出発予定時刻には間に合うが、そも、『幻窮世界』の救難信号が届いてからすでに半日以上が経過している。

 救援には、もはや一刻の猶予も残されていないと考えるべきであり。ゆえに、俺たちに歓談の時間はない。

 

「見送ることしかできんのが歯がゆいな。さあ、乗ってくれ」

 

 俺たちは首肯を返し、そのまま船に乗り込んだ。

 

「進路は既にこの子が把握しています」

 

 調教師と思われる女性に撫でられた幻想生物セタスは、『クォーン』とひと鳴きし快調をアピール。

 

「ライラック様たちは、到着まで船内で体を休めていてください」

 

 船に乗り込んだ瞬間、より一層の緊張が俺たちを包み込む。

 四人で使うにはかなり広い船内。椅子に座った時の軋みがやたらと大きく響いた。

 

「最後に一点だけ——ライラック」

 

 リントルーデは腹違いの弟に優しく笑いかける。

 

「父上から伝言だ。『——無事に帰ってこい』と」

 

 ラルフは無言で言葉を受け取り、暫し硬直。

 

「…………。ああ、行ってきます」

 

 そして、柔らかな声音で出発の挨拶をした。

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

「「「《英雄叙事(オラトリオ)》の継承放棄者ぁ?」」」

 

 激しい波とセタスのやや荒めな運転でも微動だにしない船内にイノリたちが当惑した声を漏らした。

 

「エトくん、それどういうこと……?」

 

 『幻窮世界』リプルレーゲンへと出発してからしばらく。

 船の旅にも比較的落ち着いた頃、俺は《英雄叙事(オラトリオ)》から得られた『幻窮世界』に関わる情報を3人に共有した。

 

 と言っても、得られた情報はあまりにも少なく……というかほとんどなかったので、いきなり番外編みたいな情報を伝える羽目になったのだが。

 

「俺もスイレンから聞かされただけだから詳しくは知らない……というかほぼ記録されてないんだけどさ。スイレンの次の継承者……そいつは『幻窮世界』の出身らしいんだけど」

 

 懐かしむように語っていたスイレンの一言一句を思い出す。

 

「《英雄叙事(オラトリオ)》を認識した上で、『自分は相応しくない』って継承権を捨てた……要するに、《英雄叙事(オラトリオ)》を切り離したらしいんだ」

 

 言葉にすることも難しい。

 まして、実行するとなればその難易度は計り知れない。

 

「ってことはその人は……自分の魂を完全に知覚してたってことだよな?」

 

「多分な」

 

 ラルフの言うとおり、《英雄叙事(オラトリオ)》は歴代継承者の魂に寄り添う。

 嫌な言い方をすると、“継承者の邪魔にならない寄生”である。

 

 俺の事例は例外だ。多分“変身”関連がものすごく邪魔になっていた。

 

 ——話が逸れた。

 

「……とまあ、共有する情報が特定個人のものくらいしかなかった。『幻窮世界』に関しては、不自然なくらい情報が不透明だ」

 

「……罠の可能性も考慮すべきかもしれませんね」

 

 ポツリと、ストラかそんなことを呟いた。

 

「各世界の戦力を自世界内に誘引し、討ち取る。このような意図があってもおかしくありません」

 

「「「…………」」」

 

 俺たちは無言で、ストラの懸念を肯定する。

 

 その可能性を考えなかったわけではない。

 だが、フェレス卿がイノリの家族について言及し、あまりにも都合のいいタイミングで救援要請があった。

 

 ほぼ確実に、俺たちはフェレス卿の手のひらの上だ。

 それでも、踊らされるのが最善だった。

 

 敢えて盲目に、愚直に。

 俺たちは“正義感”と“義務感”を盾にこの作戦を強行した。

 

 全ては『幻窮世界』を救うため……()()()()

 

 イノリの家族、姉のリンネに関わる情報を見つけ出すために。

 

「ストラちゃんの言うことはもっともだけど……それでも、俺らは行くべきだよな? エト」

 

「ああ。2年間、掠りもしなかったイノリの家族に関する情報があるかもしれない。俺が『羅針世界』で兄貴……シンと会って以来の進歩になるかもしれないんだから」

 

 そう告げると、隣に座るイノリが控えめに、しかし強く俺の手を握る。

 

 汗ばんだ手のひらは冷たく、小刻みに震えている。

 見えるかもしれない、だからこそ、()()()()()()()()()()()という不安が彼女の心を蝕んでいた。

 

「イノリ」

 

 俺は、毅然とした態度で言い切る。

 

「必ず見つけ出そう」

 

「……ん」

 

 新たな覚悟が芽生え、俺の心に積もる。

 重さは力となり、より一層、“誓剣”はその重量を増してゆく。

 

 

 それからしばらくは、現地に到着した際の対応をある程度パターン化するために議論を重ねてゆく。

 

 安全に上陸できた場合。

 幻窮側の戦力と組めた場合、敵対した場合。

 集団での行動が不可能になった場合。

 睡眠時の対策。

 万が一の補給はどうするのか。

 リンネ捜索の優先順位。

 

 三十を超える場面を想定し、一つ一つ、可能な限り現実的かつ迅速な案を詰めてゆく。

 

 

 ——そうして、到着まであと10分。

 

 およそ15時間をかけて“世界の境界”が目視できる範囲へと肉薄する。

 

「全員、装備の最終確認を」

 

 意識を切り替えた俺の号令に、ラルフが剣と戦斧の柄を撫で、ストラが二本の短杖(ワンド)を腰に挿す。

 イノリは短刀型の魔剣、白夜・極夜を腰に、魔弾の射手(フライクーゲル)を太もものホルスターに仕舞い込んだ。

 

 俺は虚空ポケットの中で誓剣……“黎明記”の柄を握り、左腕に“鎖”を展開、籠手のように纏った。

 

 俺から目配せを受けたイノリが頷き、リーダーとして音頭を取る。

 

「突入時は警戒を最大限に。結果的に相手を威嚇することになってもいいから。私たちの身の安全を最優先に、周辺の状況把握を速やかに終わらせるよ」

 

「「「了解!」」」

 

「もし内部でバラバラになった場合は安全確保を最優先に。拠点が未完成で、尚且つお互いの状況がわからない場合は、『幻窮世界』から脱出後、すぐに『海淵世界』へ救難要請をすること!」

 

「「「了解!」」」

 

「あとは……うん。エトくん、シャロンさんとかはなんて?」

 

 イノリの唐突なパスに、俺の内側で少しギョッとするような反応が起こった。

 来ると思っていなかったのか……というか、この反応は。

 

「…………呼ばれてる?」

 

「「「え?」」」

 

 このタイミングで、《英雄叙事(オラトリオ)》から……というか。シャロンたちが俺を内側へ呼んでいた。

 

「ちょっと行ってくる」

 

 俺は目を閉じ、早急に意識を内側へと潜らせた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「どうした?」

 

「どうしたもこうしたもこっちの台詞だよー!」

 

「うおっ!?」

 

 出会い頭、プンスカと可愛く頬を膨らませたルーランシェが俺の胸をポカポカ叩いた。

 

「ずーっと呼んでたのに、エト、全然気づかないじゃん!」

 

「は? ずっと……? いつから?」

 

 全くその気配を感じていなかった俺は、思い切り眉を顰めた。

 そんな俺の態度に、ルーシェは一層頬を膨らませる。

 

「昨日、エトが《英雄叙事(オラトリオ)》の中で探し物してた時から!」

 

「…………何言ってんだ?」

 

「ルーシェの言ってることは本当だよ」

 

 シャロンが合流し、ルーシェの言説を肯定する。

 

「彼女だけじゃなくて、私やエルレンシア、ヘイルにスイレンも。みんなで呼びかけたのにぜんっぜん! 無反応!」

 

「んな馬鹿な——」

 

 別々の存在だった頃ならまだしも、合一した今、そんな不具合が生まれるとは思えない。

 一体何が……そこまで考えて、引っ掛かり。

 

「まさか……!」

 

 俺は、反射的に魄導を《英雄叙事(オラトリオ)》へと、俺の魂へと流し込み()()する。

 

 すると、一本。

 

 意識の底に染み付いていた記憶の蓋を破壊したのと同じような感覚と共に、杭が抜け落ちた。

 

「これ……イノリの兄貴か……?」

 

 怒りや驚愕より、困惑が勝つ。

 認識の齟齬、意思疎通の阻害をするように杭が埋め込まれていた。

 《英雄叙事(オラトリオ)》の能力を十全に発揮させないための楔として。

 

「なんで……」

 

 疑問が噴出し、しかし。今、これを本題にすることはできない。

 

「エト、どうしたの?」

 

「気にすんな、あとで話す。それより、なんで俺を呼んでいたのかを——」

 

「そう! それ!!」

 

 ビシッと元気よく、ルーランシェが俺の鼻先に指を突きつけた。

 

「エトたちみんな、ず〜〜〜〜〜〜っと! なんの話してんの!?」

 

「なんのって……なんのことだ?」

 

 致命的な誤謬があった。

 俺とルーシェたちとで、大きな誤解が、ある。

 

「——(それがし)が話そう」

 

「スイレン」

 

 静観を貫いていた逞しい鬼人が、ズイ、と一歩前に出る。

 

「エトラヴァルトよ、以前、某が話した“継承を放棄した少女”を覚えているな?」

 

「ああ、もちろん」

 

 覚えているもなにも、少し前にイノリたちへ共有した話題だ。

 

「確か、シンシアって名前の」

 

「然り。シンシア・エナ・クランフォール……《英雄叙事(オラトリオ)》を手放した少女だ。……()()()()()()殿()()()()。——一体、何を言っている。何をしている?」

 

「だから、みんなもさっきからなにを言おうとして——」

 

 困惑を重ねる俺に、スイレンは。

 

「——貴殿は、一体どこを目指している。『幻窮世界』リプルレーゲンは」

 

 わけのわからない音を発した。

 

 

「少女が《英雄叙事(オラトリオ)》を継承した時点で、すでに滅びていたのだぞ?」

 

 

「……。…………。………………、は」

 

 

 脳が、その言葉の許容を拒んだ。

 

 

 その直後、現実の肉体が異変を感じ、俺はほぼ反射で意識を浮上させてしまった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「——なにがあった!?」

 

 目覚めて速攻、俺は強烈な引力を感じた。

 

「わ、わかりません! 計機は全て正常値……なのに、何かに引っ張られています!!」

 

 凪の世界に、俺たちだけを引っ張る強烈な、抗いがたい引力が発生していた。

 

「全員伏せろっ!」

 

 抜剣。

 俺が誓剣に魄導を流し込み、3人がギョッと目を剥いてその場に伏せる。

 

「記録再現……!!」

 

 船の上半分を切り飛ばし軌道を確保。

 繰り出すは界断つ斬撃。

 

「——オオッ!」

 

 俺は〈勇者〉アハトを模倣した一撃を引力が発生する方向……『幻窮世界』へ向けて全力で振り抜いた。

 

 ——斬撃が、()()される。

 

「防がれた!——っなぁ!?」

 

 次の瞬間、引力がより一層激しくなり、俺たちの肉体は船から弾き出されてしまう。

 

「うおおおおおおおお!? どうなってんだこれぇ!?」

 

 船は対象外。

 俺たち四人とセタスの体が空を滑るように、『幻窮世界』へと引っ張られる!

 

「——み、みんな防御姿勢っ!!」

 

 空中でもがく中、必死に叫ぶイノリに従い、俺たちは各々衝撃に備えた。

 

 肉体が世界を隔てるベールを通過し——

 

『うえええええええええええ!?』

 

 眼前に現れた()()に、俺たちは恐怖から絶叫した。

 

「らっ、ら、ららら落下注意〜〜〜〜!!」

 

 目の端から涙を流すイノリの声。しかし、応える余裕はない。

 

「エトォ! 魄導で強化しても底が見えねえんだが!?」

 

「上もねえ! 真っ暗でなにも——」

 

 凄まじい速度で落下する俺たち。

 そこにふと、浮力。

 

 そして、強烈な抗いがたい()()が襲う。

 

「なに、これ——」

「意識が、保てません……」

「グゴ〜〜!」

 

 あっさりと意識を失ったラルフに『寝るの早っ!』と突っ込む余裕などなく。

 魄導を全開に、太ももが抉れるくらい指でつねり痛みを生んでも、無駄な足掻き。

 

「なにが、どう、なっ…………」

 

 俺たちは、なす術もなく引力の渦に飲み込まれた。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 暖かな陽気。

 傾いた日差しに教室の中は夕焼けに染まり。

 開いた窓から吹き込む秋の風は心地よく、俺を至上の惰眠へと誘う。

 

「——くん。エトくん!」

 

 寝落ち直前の心地よさを存分に味わう俺の肩を、聞き慣れた声とともに揺する誰か。

 

 ちょうどよくチャイムが鳴り響き、俺は仕方なく体を起こした。

 

「ふぁ……。イノリ、授業終わったのか?」

 

 視界には、制服に身を包んだ黒髪の少女。

 

 制服……そう。俺も着ている。

 学生が着ることを義務付けられた、あの。

 

「授業もなにも、もう最終下校時刻だよ! エトくん寝過ぎ!」

 

「世界が俺に眠れと言う……」

 

「またわけわかんないことを〜! 帰るよ起きて!」

 

「……仕方ない」

 

 イノリに急かされ、ついでに下校のチャイムにもケツを叩かれ。俺は大きな背伸びをして、机横に下げられた学生鞄を取った。

 

「エトくん、今日鞄開けなかったでしょ? 全くもう……ほら、帰ろ?」

 

「……だな、帰るか」

 

 帰る。

 そう、帰るのだ。

 

 ——どこに?

 

 虚空からの声。

 

 そんなの、家に決まってるだろ。

 俺は応えて、教室をあとにした。

 

 

 

 

 

 ——『第:||章 たとえ明日が来なくても』。

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