【第一巻発売中】弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ)   作:銀髪卿

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今日も至って平和な1日

「コロッケ単品が爆発するのは、まあ想定通りというか予定調和というか……」

 

 深夜、人気のない閑静な住宅街を一組の男女が歩く。

 互いに疲れ切った表情で、それでも並んで歩く様は側から見れば微笑ましいものだったりするのだろうか。

 

 ——なんて、らしくもないモノローグを垂れ流すくらいには疲労と疑問で俺の思考は死んでいた。

 

「流石に5秒目を離した隙に()()()()()()()()のは想定外すぎるんですが」

 

 思い切り睨みを効かせると、隣を歩くミゼリィは『ううっ』と呻くように肩を窄めた。

 

「面目ありません……」

 

 料理という一点において……いや、この人割と私生活壊滅だけど。()()()()料理という領域、ミゼリィはあまりにも、はっきり言ってポンコツだ。

 

 つい先ほどの悲劇。

 しっかりと黒焦げになっていたクリームコロッケの亡き骸と共に、その棺桶である鍋が謎の爆発を引き起こした。

 

 本当になんでだよ。

 

 ステンレスが千切れ飛び、散弾銃の如く俺たちに襲いかかってきたあの一幕。恐怖以外のなにものでもなかった。

 

「鉄の破片が160℃の油を従えて全方位に飛び散って……俺たちじゃなければ死んでましたよ」

 

「公認探索者の特権でしたね」

 

「英雄視してる人ら、白目剥くと思いますよ」

 

 

 ——公認探索者。

 

 この呼称は、全世界各地に存在する“ダンジョン”を攻略し、人々の生活の安寧を守る義務を背負った者たちを指す。

 

 探索者は“探索省”に配属された公務員だ。

 政府の指示に従い日々各地で発生するダンジョンへ潜入、内部に跋扈する危険なモンスターたちを駆逐し、ダンジョンを“切除”するのが基本の仕事である。

 

 そして、俺やミゼリィ、イノリの兄貴シンはその“公認探索者”だったりする。

 で、余談だが俺と先輩が暮らすアパートは住人全員が公認探索者だ。

 

 ミゼリィは中学三年の時、俺は中学二年の時にミゼリィに一年遅れて任命された。

 なお、ミゼリィが任命された時点でシンは既に探索者であり、おまけに“世界最強”の名前を背負っていた。

 

「エト、私は公認探索者の全員が“覚醒”と同時に何かしらのデメリットを与えられた説を提唱します」

 

 深夜も空いてるホームセンターで片付けと修理のための道具を買った帰り道、ミゼリィは突拍子もないことを口走った。

 

「なんですか急に」

 

 なお、この時間に漆喰や吸油シート(大容量)、錆取りや新しい鍋を買い揃えていく男女ペアはあまりにも異端だったらしく、店員は盛大に困惑していた。

 

「いやですね。私の料理下手、流石にあんまりじゃないかと思うんですよ」

 

「そうですね。あんまりです」

 

「なので、私たちは力の代償にデメリットを背負ってしまったのではないのかと!」

 

「先輩、自分の不器用を世界に押し付けないでください」

 

「そんなあ!」

 

 ミゼリィはやや大袈裟にショックを受けて肩を落とした。

 思いきり戯言だったが、ここで冷たくあしらうのもアレなので俺はそのままミゼリィの話に乗ることにする。

 

「ちなみに、先輩以外の人のデメリットは?」

 

「カイルの魚化やデュナミスの裸族、レミリオの性癖(人妻萌え)です」

 

「それは他人にとってのデメリットでは?」

 

「他にはラルフさんの形容し難い女運の無さとか?」

 

「絶妙に否定しづらい事例上げるのやめません?」

 

 下げてあげる手法で一瞬信じそうになったが、俺は騙されないぞと強い心を保つ。

 

「大体、シンみたいな究極生命体がいる時点でその理論は破綻してますよ」

 

「シンさん、ほんとめちゃくちゃですよね……」

 

 人類の希望、世界最強、人型最終兵器など……たった一人でいくつもの肩書きや期待を背負う俺たちの先輩にしてイノリの兄貴。

 

「あの万能具合、まるで…………」

 

 喩えようとして。

 ミゼリィは、そのまま言葉を途切れさせた。

 

「……先輩?」

 

 少し心配して顔を覗くと、ミゼリィは困ったような笑みを浮かべた。

 

「……えと。すみません、何を言おうかド忘れしちゃいました」

 

「ボケるにはまだ早いですよ。ほら、早く歩いて。朝までに修復しないと大家にぶち殺されます」

 

「そ、そうですね!」

 

 全くもって比喩表現ではなく、ガチで殺しにくる物騒な大家の存在に顔を青くしたミゼリィと俺は足早にアパートへ帰った。

 

 修復は無事終わったことを、ここに明記しておく。

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 ——灰色。

 ——灰色の雲が流れている。

 

 風を追い越す勢いで流れる雲が頭上を覆っていた。

 地平の彼方まで赤錆びた大地と灰の空が埋め尽くす、何もない空虚な世界。

 

『——ごめんなさい』

 

 その果てに向かう途中、後悔に背中を震わせている人がいた。

 

『——ごめんなさい。私が、()()弱かったから』

 

『——ごめんなさい、ごめんなさい……!』

 

 遠くから、しかしはっきりと耳に響く懺悔の言葉。

 

 夢だとはっきりわかった。

 

 ——夢の中でも夢をみるのか?

 

「……? 何を言ってるんだ?」

 

 不可思議な問いかけはすぐさま溶けて消える。

 後に残るのは、そこらじゅうにこびりついた怨嗟と悲嘆、懇願と悔悟の羅列。

 

「……アンタは、なんで泣いてるんだ?」

 

 赤錆びた大地に染みる涙はない。

 大地を割って咲く花はない。

 

 それでも俺には、その人が泣いているとはっきりわかった。

 

『——ごめんなさい。私は、相応しくない』

 

『私は貴方たちみたいに、歩くことができない」

 

 返事はなく、こちらを振り向くことはない。

 その人はただ、一雫の涙と共に。

 

 自分の胸から一冊の本を手放し、最後、こちらを振り返った。

 

「私に、■■の名は相応しくない」

 

 一瞬交わった瞳はとても空虚で、何かを決断したそれだった。

 

 ——その瞬間(とき)、風が吹いた。

 

「……っ!」

 

 前触れなく吹いた強風に、俺は反射的に目を閉じる。

 

 ——足音。

 

 何かが急速に近づいて、そして、胸に触れた。

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

「——っ!」

 

 夢は、そこで唐突に途切れた。

 目覚めると、いつものそこはかとなく不安にさせる頼りないひび割れた漆喰の天井。

 俺の耳元では、携帯電話が喧しくアラームを鳴らしていた。

 

「…………朝、か」

 

 変な夢だった。

 奇妙な()()()。触れられた胸に手を当てれば、そこだけがやけに熱を帯びていた。

 

 それに、()()()

 古ぼけた表紙、黄ばんだ分厚い(ページ)。妙に意識が引き寄せられたが、あれはなんだったのだろうか。

 

「つか、時間やば……」

 

 そろそろ出なければ、イノリを玄関で待たせてしまうことになる。始業には余裕で間に合うが、待ち合わせに遅れれば始業まで小言を言われることになる。

 

「パン残ってたっけ……って、あ」

 

 なので急いで支度を——というところで、携帯電話の着信履歴が目に入る。

 履歴に残る名前は——“探索省”。

 

 俺は、うっすい我が家の壁をコンコンと叩いた。

 

「先輩、まだいますか?」

 

 少しして、壁の向こう側から苦笑混じりの声がする。

 

「——いますよ。どうしました?」

 

()()が入りました。イノリにはメール入れておくので、今日の護衛をお願いします」

 

「……わかりました。気をつけてくださいね、エト」

 

「わかってますよ。それじゃ、行ってきます」

 

 動きやすい服を棚から引っ張り出し、愛用の革の胸当てや膝当てを装着。

 

 その間、何件かメールの着信音が響いた。

 少し騒がしくしてしまったことと、俺とミゼリィの会話が筒抜けだったことが要因だろう。出不精の諸先輩方からの激励と()()()()()()()()をせびるメールを開封した。

 

「自分でいけって話なんだがな……まいいか、行ってきます」

 

 こんなボロアパートだからこそ、泥棒対策に施錠は忘れずに。

 まあ、ここの人ら物騒だからモノ()りに入ったら逆に(モノ)取られたなんてことになるだろうけど——まあ、なので泥棒の安全を守るための施錠だ。

 

「目的が逆転してんだよなあ……さて、今日の場所はと」

 

 メールに記載された住所をマップアプリにコピペし、ルート算出。

 俺は少しだけ心のアクセルを踏み込み、軽快に走り出した。

 

「そういや——」

 

 ふと沸いた疑問。

 

 そういえば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ま、いいか」

 

 走っているうちに、疑問は風のように溶けて消えた。

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 ダンジョンとはなんなのか。

 発生からおよそ80年経った今なお、その正体は不明のままだ。

 

 世界のどこかに突如として生まれ、異形のモンスターを排出し人々や文明に牙を剥く機構。それが現在、辛うじて判明しているダンジョンに関する人類の知識。

 

 また、これらに対抗するように出現した超常の力を持つ者たち。

 俺やミゼリィ、シンなどがこれに該当している。

 

 

 俺たち探索者は、政府に認められるだけの一定の実力と実績を有した者から順に“管轄”を与えられる。

 その管轄内でダンジョンが発生した場合、速やかに駆逐する義務がある。

 

 ……というわけで、俺は朝から学校を合法的にサボってダンジョンへと踏み込んだ。

 

 

 内部は、一言でいえば夜行種(ナイトウォーカー)の棲家だった。

 

「昨日イノリが変なこと言ったから——」

 

 迎えにきたよ、と言わんばかりに四方八方から群がってくるグールを筆頭にした屍肉共を両手の()()()で解体してゆく。

 

 100Mを1秒足らずで悠々走破できる身体能力を獲得した俺にとって、一般的な夜行種は敵ではない。

 俺の腕が霞む度にモンスターの首が落ち、四肢が千切れ飛ぶ。

 

 ——これは完全に余談だが、シンは100Mを0秒で走破する。ちなみに、200M、400M、1500M、5000M……果ては42.195kmですら0()()で走り抜ける。

 全く意味がわからない。

 

 俺はあの人ほど出鱈目ではない。ないのだが……常人の枠はとっくに飛び越えているので、()()()()()()()()()()であれば遅れは取らない。

 

「——駆逐完了。多分、最後に斬ったヴァンパイアが()()だな」

 

 俺の背後で、痩身の青ざめた肌の鬼が格子状に解体され、腐臭を撒き散らしながら崩れ落ちた。

 

 ダンジョンの()とされるボスの討伐は、ダンジョンの駆逐における絶対条件だ。

 どんな理屈かは未ださっぱりだが、ダンジョンはそのボスを楔にしているらしく、ソイツを討伐すれば少ししたのち、ダンジョンは消滅するのだ。

 

「ここまで大体2時間弱……帰りは20分で済むとして」

 

 俺は地上に帰った後の大体の時間を計算し、げんなりと肩を落とした。

 

「12時……ああ、午後の授業には間に合っちまうのか」

 

 前にも似たようなことがあった。

 

「あの時サボったら、イノリがえらい怒ったんだよなあ」

 

 それに、帰りの護衛の件もある。

 

 ……どうやら、大人しく登校するしかないらしい。

 

「——あっ! そういや制服も教科書も全部家に置きっぱなしじゃん!」

 

 そう諦めかけた俺に光明が差す。

 

 公認探索者は()()()()()()()()()()()()、ダンジョン外での力の行使を認められている。

 

 裏を返せば、ダンジョン駆逐後は一般人同様に通常の移動方法に頼らなくてはならないのだ。

 ダンジョン発生地点から家までおよそ1時間。そこから学校までが同じようにおよそ1時間。

 

 つまり、学校に着くのは2時……!

 

「ダメだ! 六限には絶対に間に合っちまう……!!」

 

 俺は諦めて登校することにした。

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 エトラヴァルトがダンジョンを駆逐して少し経った昼休み。

 イノリは、隣のクラスに在籍するストラとラルフの二人と屋上で昼食を共にしていた。

 ちなみに普段はここにエトやミゼリィがいるのだが、エトは仕事、ミゼリィは生徒会の雑務で席を外している。

 

「イノリ、今日は箸の進みが遅いですね。やはり()()がいないからですか?」

 

「ん〜」

 

 コロコロつるん、と。

 イノリは弁当箱の上のミニトマトを箸でつついて転がしながら唸り声を上げた。

 

「エトくんもさ、兄ぃもさ。強いのは知ってるんだけどさ〜? ちょっと働きすぎじゃないかな〜って」

 

「あの二人、“公認探索者”の中でもぶっちぎりの二人だからなあ」

 

 イノリの懸念を肯定しつつも、ラルフはある程度仕方ない話だと言う。

 

「二人じゃないと対処できない規模とかあるし、二人が()()()()から管轄が広いってのもあるから」

 

「それはわかってるんだけどさ〜?」

 

 理屈ではわかっていても、やはり感情面では納得いかない、不安が軽減されない。

 

「二人とも、もうちょっとサボってもいいのに〜って。あ、エトくんが学校サボるのは無しね」

 

 ここにいない青年が謎の落胆にがっくりと肩を落としていることなどつゆ知らず。

 イノリはふと、ストラに視線を向けた。

 

「ちょっと気になったんだけど、ストラちゃんなんか変わった?」

 

「いえ、化粧も髪型も、なにも変えてませんが」

 

 突然何を言い出すんだ、と眉を顰める。

 そんなストラに対して、イノリもまた疑問符を浮かべる。

 

「そうかな……? なんか、前はもっと丁寧だったと言うか……エトくんに対して、なんか雑になった気がして」

 

「気のせいでは? わたしは()()()()()()でしょう」

 

「……そっか。ごめん、忘れて?」

 

 気を取り直したイノリは、ミニトマトを口の中に放り込んで弁当箱を閉じた。

 

「ごちそーさま! エトくん午後から来るかなぁ?」

 

 そこに、疑問も一緒にしまい込むように。

 

 ——そう、気のせいだ。

 だって、世界はこんなにも理想的なのだから。

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