【第一巻発売中】弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ)   作:銀髪卿

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宵闇を越えて

 その少女は、故郷を奪われ、国を奪われ、自由を奪われた。奴隷区に落とされ、毎日十六時間を超える過酷な強制労働を強いられた。

 およそ人らしい扱いなど受けることなく、命をボロ雑巾のように搾取される日々。少女は、誰もが諦めて命を散らしていく中、それでも必死にもがいて解放を叫んだ。

 

 ある日、世界に終末が訪れた。

 地の底から魔物の大軍が出現し世界を飲み込む——後世で大氾濫(スタンピード)と呼ばれる事象により、少女たちを虐げてきた者たちは無惨に飲み込まれた。

 

 奴隷に落ちた者たちは迫り来る終焉をただ茫然と見つめ——少女はただ一人、剣を手にして立ち向かった。

 そして、勝利を……解放を掴み取った。

 

 〈解放の英雄〉。

 またの名を、〈白鋼の乙女〉シャロン。

 

 一年前に滅亡した、小世界“ラドバネラ”。

 そこで1000年以上もの間語り継がれてきた、眩い英雄譚である。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 理不尽。不条理。

 白く美しい少女はその矮躯からは到底想像できない荒唐無稽な腕力によりグレーターデーモンを軽々と吹き飛ばした。

 砲弾のように吹っ飛ばされた藍色の悪魔の身体が悪趣味な神殿を吹き飛ばし、瓦礫の中に埋もれてしまった。

 

「狸寝入りすんなよ!」

 

 そこに、容赦なくシャロンの追撃が敢行される。

 疾走と同時に右拳が大気を殴りつけ、出鱈目な拳圧が瓦礫を吹き飛ばし回復を図っていたグレーターデーモンを丸裸にした。

 

『い、ノチの、輝キ……歴史、の、簒奪者……!』

 

「人聞きが悪い、な!!」

 

 拳と拳が衝突し、他を寄せ付けない拳撃の応酬が繰り広げられる。

 恐るべきことに、シャロンとグレーターデーモンの膂力は拮抗していた。

 そして、四腕の悪魔と少女が張り合えているという事実は、単純計算、少女は悪魔の倍速いことを戦いの行く末を見守る者たちに告げていた。

 

「つ、強え……!」

「女になったと思ったら、いきなり化け物みたいに強くなったぞ!?」

 

 エトラヴァルトの“変性”と急激な強化に、その場にいた者たちは揃って唖然茫然とし、ここが戦場であることを忘れたかのように戦いに魅入っていた。

 

「つか、可愛いな」

「ああ。ドレスが萌える」

「俺、あの白い靴に踏まれてえよ」

「こんな緊急時にお前ら何言ってんだ……?」

 

 一部の冒険者が冷笑や軽蔑の視線を送られる珍事の側で、悪魔と少女の戦いは続く。

 

 優勢はシャロン。

 これまでとは比較にならない白銀の闘気を全身から漲らせ、グレーターデーモンと正面から殴り合い、あまつさえ押し勝っている。

 

 1ミリ、1センチ。足裏が伝える地面を擦る感覚に、藍色の悪魔は自分が目の前の小柄な女に押し負けつつあることを自覚し、逆上するように吼えた。

 

『オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/——!!』

 

「うわっ!」

 

 全方位に物理衝撃派を引き起こす咆哮(ハウル)に、自重の軽いシャロンは軽々と吹き飛ばされた。

 大きく後方へ飛んだシャロンへ、悪魔はすかさず追撃を仕掛ける。

 

 海を泳ぐクラゲのようにドレスを風圧に揺らすシャロンへ、今度は悪魔の拳圧が容赦なく襲いかかった。

 

「エトくん危ない!!」

 

 イノリの警鐘を受けたシャロン(エト)がキッと悪魔を睨みつけ、空中で身を捻り体勢を整えた。

 

「だいじょ〜ぶ!」

 

「……ん!?」

 

 直後、シャロンの左足を中心に()()()が描き出される。

 右手で地面を掴み衝撃を低減、そのまま体を起こし、左足が大地を削り、迫る拳圧に対して振り抜かれた。

 

「よっこいせ!!」

 

 可愛らしい掛け声と共に前方の地面が隆起し、鋼鉄へと変質する。鋼鉄と化した地面は拳圧を容易に受け止め、更に、悪魔の視界からシャロンの次の動作を隠蔽した。

 

 右の拳が引き絞られ、魔法陣が展開される。

 

「おりゃあああああ!!」

 

 気合いと共に拳は鋼鉄の壁を殴りつけ——変質。

 壁の前面に鉄杭(パイル)が出現し、拳の威力そのままに射出される。

 

『roro——!?』

 

 思わぬ反撃にグレーターデーモンは追撃を止め、即座に四腕と剛翼を交差させ防御姿勢を取った。

 放たれた鉄杭は剛翼を突き破り、左右の腕一本ずつを深々と抉り停止、その場で魔法の効力が切れ、土に戻った。

 

『ooooo……!』

 

 大打撃を受けたグレーターデーモンが、今日、初めて膝をついた。

 たかが膝をついただけ。勝負が決したわけではない。だが、生まれた綻びに島は大歓声に包まれた。

 

『うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』

『すげえええええええええええええええええ!!』

『可愛いーーーーーーーーーーーーーーーー!!』

 

 贈られる無数の声援に、シャロンは満面の笑みで愛嬌を振り撒くように手を振りかえした。

 

「応援ありがとねー!」

 

『foooooooooooooooooooooooooooooooo!!!!』

 

 空前の盛り上がりの見せる戦場。

 その中心に立つシャロンは、急に、——スン。と真顔に戻った。

 

 右足が軽く地面を叩き、少女の目の前に鉄の柱が生まれる。少女は、なんの躊躇いもなく思い切り鉄柱に頭突きをかました。

 

「フンッッッッ!!」

 

 ゴォーーーン! とド派手な音が鳴る。

 額に滲む血を拭った少女は、思い切りため息をついた。

 

「危ねえ……呑まれかけた」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 なんとかギリギリ正気を保った俺は、ジンジンと痛む額を押さえ長ら魔法の感触を再度確かめる。

 

「久しぶりに使ったから、少し鈍ってるな」

 

 俺の器は、全てを《英雄叙事(オラトリオ)》に占有されている。本来であれば魔力や気力の受け皿になるはずの器は独占状態。

 魔物を狩まくって器を広げても、それに合わせて《英雄叙事(オラトリオ)》が幅を利かせる終わらないイタチごっこだ。

 

 しかし、俺が《英雄叙事(オラトリオ)》を開いている時に限って、器の制約は一時的に解除される。

 今に関して言えば、俺はシャロンに関わる力に限るが、魔力も、気力も自由自在だ。

 しかし、代償と言うべきか。

 

「え、エトくん……?」

 

 俺の背後で、イノリが恐る恐る声をかけてきた。

 

「どうした?」

 

「あ、エトくんだ。……じゃなくて! さっきの何!? あのぽわぽわした返事とか仕草とか! 丸っきり女の子だったんだけど!?」

 

「グハッ……!」

 

 イノリの指摘に心に甚大なダメージを受けた俺はその場で膝をつき胸を押さえ……お、おさえ——どうしよう。手の置き場がないぞ!?

 

「今はエトくんだけど、さっきまで本当に別人みたいだったんだけど!?」

 

「ぐぬぉおおおお!? や、やめてくれイノリ……それ以上は俺が死ぬ!」

 

 代償に、叙事詩を完全解放すると、精神が肉体に引っ張られる。

 

 俺の精神は今、シャロンの肉体と綱引きをしている状態であり、平時であれば拮抗以上征服未満な関係を維持できるが、戦闘やらでテンションが上がると急速に“そっち側”に引っ張られるのだ。

 あまり長時間完全解放をすれば元の肉体に戻った時に変な仕草が残ったり、精神がやや歪んだりと様々なリスクがある。

 ゆえにこれは奥の手中の奥の手であり、限界使用時間は180秒きっかりだ。

 

「白いし、可愛いし、私より胸大きいし! とんでもなく強いし! ほんとうに何が起きてるの!?」

 

 つまり、こんなことしてる場合ではない。

 

「悪い! 色々話さなきゃだけど時間ねえんだ!」

 

「後でちゃんと話してよー!?」

 

 イノリの質問攻めを無理やり打ち切り、俺は背中からエストックを抜き放った。

 剣は未だに不壊を貫いている。それは、俺が俺であり続けている何よりの証拠。

 

「90秒で片をつける!」

 

 前方、異界から無限の魔力供給を受け傷を完治させたグレーターデーモンが雄叫びを上げた。

 一層強まる瘴気に対して、俺もまた白銀の闘気を放出し対抗する。

 

『オ/オ/オ/オ/オ/オ/——!』

 

「次で決めてやるよッ!」

 

 踏み締める大地に魔法陣を構築、疾走と共に解放——無数の鉄杭(パイル)を大地に生成・射出する!!

 

 鋼鉄の弾幕に対して、グレーターデーモンは左右の上腕を掲げ世界から光を奪い、細かく分割した光を連射した。

 小分けになろうがその威力は健在。俺の鉄杭をいとも簡単に殲滅し、おまけのように俺に対して光の弾幕を張った。

 

「化け物め……けど!」

 

 俺の心臓が力強く脈打つ。

 鼓動に魔力が乗り、波濤が全身を満たす——身体強化魔法。

 

 俺の身体が一層の加速を見せ、舞い上がる土煙と悪魔の照準を置き去りにする!

 風を切り裂き肉薄——白銀に煌めくエストックが猛威を振るう。

 

「ハアァアアアアアッ!」

 

『roooooo——!!』

 

 剣と四腕・一対の剛翼による凄まじい連撃の応酬。

 互いの攻撃の余波で大地が抉れ、瓦礫が粉微塵に吹き飛ぶ。

 一合打ち合う度に右腕を痺れさせる確かな一撃に口角を吊り上げる。

 

 俺は、半ば無意識に左足を地面に押し付け、悪魔の直下に魔法陣を展開した。

 山羊の瞳が驚愕に歪み、咄嗟に後方に退避し俺と距離を取った。

 

 構わず、俺は魔法陣をより拡大し魔力を注ぎ込んだ。

 

「喰らいやがれ!!」

 

 雷光が迸るように大地を駆け巡り、俺の前方から無数の鋼鉄の蔦がとぐろを巻いて出現——宙空を駆け抜け、全方位からグレーターデーモンへ矢のような連続攻撃をみまう。

 

『ヨイ、やみヨ……!』

 

 その攻撃の全てを受け止め、或いは貫通させ。

 自身の胸部に埋まる核たる魔石だけを守りそれ以外の全てを犠牲にした藍色の悪魔の両手に、今日最大の破滅の光が収束した。

 

「野郎……!」

 

 両手の光は、受け止めるか逸らすかしなければ確実に一帯を吹き飛ばす力を内包している。しかも、それが二つ。

 イノリの『極夜』だけでは受け止めきれない。

 

 だから、俺が取れる行動はたった一つだけ。

 

「ここだ——ここが、この世界の! 俺たちの旅路の分岐点だ!!」

 

 胸に宿る力に、軌跡に語りかける。

 

「あの光の向こうへ! 奪われた光を超えて! この宵闇を終わらせる!!」

 

 体の正面で剣を両手で持つ。

 周囲に散らばる武装の残骸に魔法陣を描き、溶けるように流動した鋼鉄がより集まり、エストックを極大の大剣へと仕立て上げた。

 

「——200%を寄越せ! 《英雄叙事(オラトリオ)》ッ!! 」

 

 ——ドクン、と一際強く心臓が跳ね、今日1番の密度と熱を宿す白銀の闘気が嵐のように吹き荒れた。

 

 光が、解放される。

 

 俺は正面から立ち塞がり、大上段に大剣を構え、裂帛の気合いと共に振り下ろした。

 

「斬り、伏せる————ッ!!!!」

 

 激突する。

 

 終局を与える光と、再演された白銀の闘気が激突する。

 大気が弾け、両者の接触のみで立つことすらままならない暴力的な颶風が吹き荒れた。

 

『オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/——ッ!!』

 

「ダラァアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 

 両者一歩も引かず。皮膚が裂け、肉が破裂し骨が折れ曲がろうと、互いの全てをぶつけ合うように二雄は吼えた。

 

 

「頑張れ!」

「負けるなー!」

「踏ん張れ〜!」

「スカート捲れろー!」

「こっち見て笑って〜!」

「負けんじゃねえー!」

 

 

 俺の背に無数の——いくつか度し難いものが混じっているが——声援が送られる。

 

 その声は、守りたい人たちの声。

 この暗闇から、絶望からの“解放”を求める叫びだ。

 

 その願いに応えなければ、俺は。この乙女に!

 

「認められたって! 胸張れねえだろぉがよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 

 全力を超えて、俺の剣が光を断ち切った——!!

 

「まだ!!」

 

 倒れそうになる体を両足で支え、グレーターデーモンへと駆け抜ける!

 

 制御を失った魔法が解け、残るは僅かな銀光とエストック、そして己が身一つ。

 

 ——あと、5m。

 

 魔石を砕く。

 危険度6の悪魔を、絶望を切り裂く!!

 

 眦を決し——俺の決意を、悪魔は嘲笑った。

 

 目の前、()()が晴れた。

 笑い転げる悪鬼によって隠蔽されていたのは、グレーターデーモンの口腔に集束する光。

 

 

 直感が告げる。一体だ。これは、最後の生き残りだと。

 残り一体にまで数を減らしたルンペルシュティルツヒェンは、最後の最後、『物語』を終わらせにきた。

 

 回避は、どう足掻いても間に合わない。

 

「ク、ソ……」

 

 光が、放たれる——

 

「奪えッ、『極夜』ーーーーー!!」

 

 そこに、黒晶の瞳に覚悟を乗せた少女が——イノリが割り込んだ。

 歯車を回し、魔法の過剰使用で目や耳、鼻、口から鮮血を流し、それでも尚。少女は苛烈に笑っていた。

 

 光を、純黒の刀身が遍く吸い込んだ。

 そして、右手。握力を失い取りこぼしそうになっている透白の輝きを宿す短刀とイノリの手を、俺の手が上から握り込んだ。

 

 イノリと目が合い、視線で頷き合った。

 

「「——『白夜』!」」

 

 高々と掲げた短刀から光が放出される。

 

「言ったはずだよ」

「お前は、」

「私たちが」

「「——ぶっ倒す!!」」

 

 二人の右手が振り下ろされ、グレーターデーモンとルンペルシュティルツヒェンは、抵抗の間も無くその肉体を消失させた。

 

 ——ゴト。と。他のものとは明らかに格が違う大きさ、純度の魔石が目の前で落下して。

 

 俺とイノリは、もつれあうようにその場に仰向けに倒れた。

 

 ——限界時間。

 俺の身体から(ページ)が溢れ、“変性”が解ける。

 元の体に戻った瞬間、肉体は本来の怪我に加えてシャロンの肉体で負った怪我すら表出させる。

 

「〜〜〜〜〜〜〜ッ!!」

 

 声にならない悲鳴を上げ空を見上げれば、そこには、曇天が晴れゆく景色。

 

 宵闇に奪われた光は世界に返還され、『湖畔世界フォーラル』は本来の昼を取り戻す。

 

「……エトくん」

 

「…………おう」

 

 返事をすることすら億劫だったが、想いは共有しておきたかった。

 

「めっっっっちゃ疲れたねー」

 

「もう、それ以外ない……」

 

 激動の後はいつもこうだ。喜びとか、後で感じるので。

 今はただ、休みたかった。

 

 抜けるような青空の下、俺とイノリは互いに満足げな笑みを浮かべ、眠るように気絶した。

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