【第一巻発売中】弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ)   作:銀髪卿

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君はだれ

『——運命とか、宿命とか。因縁とか……色々あるのかもしれないけど。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?』

 

「なんのことだよ、マジで」

 

 ヘイルの言葉が、頭から離れない。

 

 思わせぶりな態度を取られた。なんだか最近、()()()()()()()()()という心の叫びが聞こえたが……それすら何のことか分からない。

 

 自分の中に、自分の知らない何かがある。

 それがどうしようもなく気持ち悪い。

 今までもそうだったのだろうか? 分からない。

 

 だが、自覚してしまった。

 それなら、もう今まで通りではいられないのだ。

 

「夜の海って暗いんだな」

 

 みんなを起こさないようにコテージを抜け出してただ一人、夜半の海へ。

 浅瀬でチャプチャプと足音を立てながら意味もなく砂浜を歩いた。

 

「——夜中のビーチは侵入禁止だぞ、青年」

 

「なら、違反者2人だな」

 

 背後からの声に振り向くと、ハート柄の可愛らしいパジャマに身を包んだクラインが腰に手を当て、カッコつけた立ち姿で俺にウィンクをした。

 

 普段ヘアゴムでまとめられている新緑色の長髪は、今は無造作に広がり海風に揺れていた。

 

「眠れないのかい? 明日、バテてしまうよ」

 

「ちょっと、ヘイルの言葉が気になってな。どうにも、俺は記憶が欠けているらしい」

 

「ほう、それは興味深いね。参考までに、どんな記憶がないんだい?」

 

 くるくると、ハート型のサングラスを指で回すクラインに、俺はかいつまんでヘイルの言葉を打ち明ける。

 

「俺は、俺が望まないものまで背負っていたらしい」

 

「ふむ……なるほどね。合点がいったよ」

 

「……なにが?」

 

 俺の話を静かに聞き届けたクラインは、納得がいったと大きく頷いた。

 

「なに。青年、君の行動の変化だよ。記憶と性格には密接な繋がりがあるというのが私の持論でね。というか、記憶と環境、あと健康かな? 大きな括りだとこの三つ、人の性格に欠かせない要素なんだ」

 

「はあ……」

 

「私が知る君は、面倒くさがりながらも規則や法律を遵守していた。どんな時も、だ。だが、今の君はそこを重要視していない。どころか、ついさっきは私を巻き込んで冗談まで言っただろう? それはきっと、君が自分の違和感に気づいたからだ——なんて、一人合点したんだよ」

 

 夜闇の中でなお輝く翡翠の瞳が俺を見据える。

 

「納得いってないみたいだ。少しセンシティブな話題を上げると、“認知症”がこれに該当する。穏やかだった人が老後、酷く攻撃的になるケースは多々あるだろう? これは、記憶や健康のバランスが崩れることで起こることだ。認知のブレが、性格や思想に影響を与えるのは自明の理なんだよ」

 

「つまり俺は……やっぱり、何か忘れてるのか」

 

「そうかもしれないね。だから少し、荒療治してみよう」

 

 瞬間、クラインが砂浜を蹴って俺に肉薄。左手の手刀を俺の喉元目掛けて突き込んだ。

 

「——ッ!?」

 

 突如迫る命の危機。

 同じ公認探索者であり先輩でもあるクラインの不意打ちに対して、俺の脳は最適解を探るように激しく記憶を精査した。

 

 結果、俺は反射的に右手を背にやり。

 右手は何も掴むことができずに空を切った。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

 俺とクラインの双眸が同時に揺れる。

 

「君は——」

 

 手刀は、俺の喉の薄皮一枚を切り裂いて停止していた。

 

「……それほどまでに、()()が大切だったんだね」

 

 つう——、と。

 俺の瞳から、幾条にも雫がこぼれ落ちた。

 

「なんで、忘れて——」

 

「違うよ」

 

 クラインは、強く俺の言葉を否定する。

 

「青年。君は奪われないために、()()()()()()()()()()()()

 

 細く、少し冷たい指先が俺の目元の涙を拭う。

 

「わかるとも。私は心の専門家だからね。およそ“神秘”というものに、私は敏感なんだ。ほら……もう、思い出した」

 

 導かれるように、俺は右手を強く握り込む。

 そこには、慣れ親しんだ柄の感触……“誓剣”の重みがあった。

 

「何が、どうなって……!? つか、アンタら誰——」

 

 同時に溢れ出す無数の記憶。

 ここに来るまでの旅路。無視できない情報……そして、夢に呑み込まれる直前の騒動。

 

 濁流の如く押し寄せる情報の暴力に眩暈を覚え、俺は寝巻きの裾や臀部が濡れるのも構わずその場にしゃがみ込んだ。

 

「っづぅ……!」

 

「おや、記憶を取り戻した途端に他人扱いなんて寂しいね」

 

 クラインという名前の、後にも先にも俺の人生に登場したことがない見知らぬ女は少しだけ眉尻を下げ、本当に寂しそうに呟いた。

 

 俺はこの人を知っている。

 一年の歳月をかけて、クラインの情報を蓄積した。

 だが、そこに至るまでの関係は。多分、植え付けられたものだ。

 

「アンタは、俺を……」

 

「無論、知らないとも」

 

「どうなってんだよホント……!!」

 

 思わせぶりに。

 俺の事情を知っているように振る舞っているようで。

 こっちのことを、的確に混乱させてくる。

 

「実のところ、“君自身を知らない”というのが正しいんだ。私はこの世界で、“クライン”という配役として。“エトラヴァルト”という配役を受けた青年を知っているだけなんだ」

 

「ちょっと待て、この世界って……」

 

「その辺は元凶に聞くといい、すぐに会えるからね。とどのつまり、私たちの関係は『この世界にとって都合のいいハリボテ』なんだ」

 

 クラインは俺の手を掴み、やや強引に俺を引っ張り上げた。

 

「海風は肌や髪がベタつくね。せっかく湯船に浸かったのに、勿体無い。……さて、この世界が偽りだと知った今。青年、君はどうする?」

 

「待ってくれ……まず、順に整理したい」

 

「もちろんいいとも。微力ながら私も手伝おう」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 ——まず第一に、俺はエトラヴァルト。『弱小世界』と揶揄される悲しき故郷、リステル出身の騎士である。

 

「何が田舎出身のお上りさんだ、設定考えたやつ(この野郎)覚えとけよ」

 

「脱線してるよ、青年」

 

 クラインの冷静なツッコミにハッとして咳払い。

 

「えっと。俺たちは今、地図上は『幻窮世界』の上にいて……でも、意識は“この世界”に囚われていると?」

 

「その認識で合っているよ」

 

「んで、俺はこの世界に囚われる時、自発的に記憶の封印をした……と? なんか、言われてみるとそんなことした覚えが」

 

 朦朧とする意識の中で、まさぐられるような不快感があった。

 だから()()()()()()()()()()()()()に対して、俺は自分から鎖を巻きつけて……。

 

「そうか、わけ身を」

 

 ——聖女の鎖のわけ身。

 常日頃から俺に巻きついていたアレを、俺は精神防御に使ったのだ。

 

 ラルフのあの悍ましい呪いの触媒として、同族(?)の鎖が使われていたように、俺の精神に対しても……非実体的なものに対して、やはり鎖の束縛は有効だった。

 

 俺は鎖を使い、“死者に関する記憶”を意図的に封印した。

 

 結果、そこに関わる全ての記憶が連鎖的に、一時的に俺から消失。

 原点とも言える記憶たちを失った俺は、ものの見事にこの世界へと取り込まれるに至る。

 

「なるほど、君は中々面白いモノを持っているみたいだね、青年。私が覗けなかったのも道理だ」

 

「しれっと俺の記憶をまさぐろうとしてんじゃねえ」

 

 力強く睨みつける俺に対して、クラインは『ごめんごめん』と軽い調子で謝った。

 

「興味があったからつい、ね。謝罪するよ」

 

「——まあ、俺の記憶云々はいいんだよ。俺自身が原因ってわかったからな。問題は……」

 

「この世界がなんなのか——だろう?」

 

 訳知り顔(教える気はない)のクラインを殴りたい衝動を抑え、俺は神妙に頷いた。

 

「誰がなんのために作ったのか、それを知りたい。そして」

 

 原理とか理屈はどうでもいい。

 

「ここを出る」

 

 現状の打開にはそれしかない。

 

「……そうかい。やっぱり、君はその道を選ぶんだね」

 

 クラインは淋しげな気配を滲ませる。

 そんな彼女に、問う。

 

「クライン。アンタは、この世界に残るのか?」

 

 クラインは新緑色の髪を揺らすように、そっと首を横に振った。

 

「残るもなにも、私はここから出ることができない。私は……いや、あのアパートに住む君とヘイルを除く13人は、全て誰かの記憶から抽出された“影法師”だからね」

 

「そう、なのか……?」

 

 少し、信じられなかった。

 目の前で流暢に話す相手が、誰かの記憶でできた“影”だというのは、正直現実味がない。

 

 “記録の概念保有体”である《英雄叙事(オラトリオ)》ですら、彼らの魂の残滓を抱えていなければまともな会話は成り立たない。

 

 或いは、この世界も何かしらの概念によって構築されたモノなのだろうか。

 いや、だとしても……

 

「その人は、随分とアンタに詳しかったんだな」

 

 クラインはぱちくりと瞬きをした後、自慢げな笑みを浮かべた。

 

「そうとも。あの子……シンシアは、私たちのことが大好きだったからね」

 

「シンシア……?」

 

 最近聞いたばかりの名前がクラインの口から出たことに僅かに心臓が跳ねた。

 が、クラインはここを掘り下げる気はないらしく、話の焦点を再び俺に戻してきた。

 

「それにしても、随分と()()()()()()をするね、青年」

 

「……そう、か?」

 

 俺は自分の顔に手を這わせてみる。が、触診では自分の表情なんて分かるはずもなく。

 

 だが……ああ。

 クラインは嘘を言わない。俺は、この一年でそれを知っている。

 

「……そうかもな」

 

 虚構でも、植え付けられた記憶が始まりでも。

 ここにいたのが紛れもない俺である以上、今日の海だって、本物なのだ。

 

「今日の海は、楽しかった」

 

 俺は、心の底から笑顔を浮かべた。

 

「——それなら良かった。最後に、いい思い出を提供できたらしい」

 

 クラインは満足げに頷いて、ポケットからハート型のロケットペンダントを取り出し、半ば強制的に俺に握り込ませた。

 

「これは?」

 

「思い出みたいなモノだよ。君が()()()()に帰った時、寂しくて泣きそうな時に開けるといい」

 

「泣きそうって……俺の実年齢はそんな餓鬼じゃねえよ」

 

「なに、私からすれば赤ん坊のようなものだよ。……さあ、行きなさい青年。出口はヘイルが用意してくれている。場所は——」

 

「大丈夫。ちゃんと分かるよ」

 

 俺は、ここからずっと遠くのアパートの一室……101号室を想像する。

 

「じゃあな、クライン」

 

「うん。頑張りなさい、青年」

 

 俺は世界を切り裂くように一歩、踏み出した。

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 アパートにたどり着く……その、前に。

 

 真夜中、道中の交差点に一人、

 

「待ち伏せされているのは、正直予想外だった」

 

「予想よりだいぶ早かったからな。少し急いだ。——ああ、ただの見送りだ。そう構えなくていい」

 

 ダンジョン帰りなのだろう、動きやすそうなジャージ姿のシンは、俺を引き止めようとはしなかった。

 

 夜色の髪は、真夜中の景色によく馴染んでいた。

 赫赫と、彼の左目が赫く燃えている。

 

「一つ、教えてくれ」

 

 真っ直ぐ。

 シンの横を通り過ぎる軌道で問う。

 

「アンタは影法師か? それとも、本物か?」

 

「——」

 

 一瞬の沈黙。

 シンは、重々しく口を開いた。

 

「ここにいる俺は、影法師だ」

 

 予想通りというか、なんというか。

 シンもまた、自分が記憶から生まれた存在であることを自覚していた。

 

「そうか。……なら、イノリに伝えてくれ。『待っている』って」

 

「承った。……本物だったら、どうするつもりだったんだ?」

 

「——とりあえず、一発ぶん殴る」

 

 暴力的な俺の回答に、シンは何も言わず、ただ頷くようにため息をついた。

 

「ぶん殴って……あとは、アンタとイノリに任せる。アンタに会うことが、イノリの目標だったからな。でも、影法師なら別だ。——ちゃんと、伝えてくれ」

 

「お前が伝えないのか?」

 

 それも考えた。……いや、そうすべきだと考えていた。でも、

 

「影法師でも、二人と引き剥がすのは違うだろ。だから……信じて待つことにする」

 

 俺の回答に、シンは……多分、笑ったのだろうか?

 頬を痙攣させた不恰好な表情を浮かべた。

 

「イノリを信じているんだな」

 

「なんだその顔……いや、いいや。これでも、運命共同体だからな。だから、共同体として——俺は外から攻めてみることにする」

 

 男の横を、通り過ぎる。

 

「現実で、必ずアンタを見つけ出す。一切合切、聞かせてもらうからな」

 

 返事はなく。

 互いにアスファルトを蹴り付ける音だけが交差点に木霊した。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 ドアに鍵はかかっていなかった。

 一歩部屋に踏み込むと、そこは無数のモニターが無作為に輝く、とても目に悪いつくりをしていた。

 

「……良いの? エトラヴァルト」

 

 ヘイルは、まるで俺が来ることを予知していたように、玄関の方に向けた椅子に腰掛けていた。

 

「ここでなら、君は『君のための人生』で終われる」

 

 それは引き留めるための文言ではなく、俺の意思を問うものだった。

 ——少なくとも、俺はそう解釈した。

 

「この先に進めば……運命も、因縁も……もっと多くのものを。()()()()()()()()()()()()を背負わされる」

 

 ——『電脳世界』アラハバキの英雄。たった一人でアラハバキの技術を三世代進歩させた男。《英雄叙事(オラトリオ)》先代継承者ヘイル。

 

「君だって気づいているんだろう? 《終末挽歌(ラメント)》も、《残界断章(バルカローレ)》も。()()()()()()()()()()()()()()』とは呼ばなかったじゃないか!」

 

 真に迫った……これはやはり、説得の言葉なのだろう。

 

「《英雄叙事(オラトリオ)》の……あの本たちの因縁に、君は関係ないだろう……!!」

 

 ヘイルは両手を広げ、出口を塞いだ。

 

「エトラヴァルト。君はここで降りるべきだ。……君はもう、十分頑張っただろう?」

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