【第一巻発売中】弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ) 作:銀髪卿
「初めまして、僕はエルリック! 『幻窮世界』リプルレーゲンで“案内人”をしています! よろしくお願いしますね、外の人!」
焦茶色の帽子に藍色のオーバーオール。
溌剌とした瞳に快活な声。
自らを“案内人”と称したエルリックの笑顔に邪気はなく、俺たちへの純粋な興味が溢れていた。
——それはさておき。
エルリックが俺と紅蓮の探知網をすり抜け、あまつさえ紅蓮が『得意分野だぜ?』と呆れるほどドヤ顔をしていた偽装・欺瞞をものともせずに俺たちを“外の人”と断じたのは事実である。
当然、俺と紅蓮のエルリックに対する警戒心は一気に跳ね上がった。
俺は紅蓮に直通の
(紅蓮! なんとか切り抜けろ!)
(無茶言うなよ! コイツ、完全に俺の欺瞞をすり抜けてやがる! 今更誤魔化し効かねえって!)
(おいふざけんな! 俺、本当なら立場上堂々とできるんだぞ!? お前と行動するからコソコソすることになってんだぞ!?)
(清々しいほどのなすりつけだな!? 決めたのはエトだろ!?)
「あのう、内緒話は終わりましたか?」
((めっちゃバレてる!!))
焦り散らかして念話を中断し、俺たちはエルリックの目を見た。
「あーっと、エルリック? 俺たちは別に内緒話なんかしてないぞ?」
「そーそー! 俺らただの観光客なんでー!なんも企んでないんでー!」
俺たちの選択は、堂々としらばくれるというものだった。
というか紅蓮の野郎、転移や霧化で逃げるのが基本戦術なせいなのか知らないが、誤魔化し方が半端なく下手だ。
いっそ泣きたくなるくらい、清々しい棒読みである。
イノリやストラから常々『わかりやすい』と言われる俺ですらここまで酷くない……はずだ。
「大丈夫ですよ〜」
あからさまに怪しい俺たちの弁明に、エルリックはニコニコと快活な笑みを見せる。
「中身までは聞かないので、気にしないでください!」
やっぱりバレていた。
俺は紅蓮と目配せをして、頷く。
——とりあえず話を聞こう、と。
「エルリック、“案内人”ってのはどんな仕事なんだ?」
「おや! 僕の仕事に興味がおありですね?」
俺たちが興味を示す素振りを見せると、エルリックは目を輝かせてグイッと一歩前へ、俺たちとの距離を一層詰めた。
「案内人とはその名の通り、リプルレーゲンに訪れた外の人にここを案内する仕事です! 人気のお店や
エルリックはドヤ顔でトントンと自分の側頭部を叩いた。
「お任せください! リプルレーゲンについては、ここにマルっと詰め込まれています!」
「ほお〜、そいつぁ良いじゃねえか!」
紅蓮の横顔には、それはもうわかりやすく『コイツ利用してやろうぜ』と書いてあった。
念話で確認するまでもなく、俺たちの方針は固まった。
「ちょうど良いや。なあエルリック! 俺とエトの二人、案内してくれ!」
紅蓮の要望にエルリックはドンと胸を叩いて頷いた。
「お任せください! 案内人として、しっかり役目を果たしましょう!」
紅蓮は、それはそれはわっっっるい顔を浮かべた。
「——あっ! ちなみに料金ですが……」
案内の前に、と。
エルリックは一枚の紙をポシェットから取り出して俺たちに手渡した。
「こちらにある通りです!」
「「えーと、なになに」」
俺たちは手元を覗き込み……二人揃って、顔面蒼白に至る。
なんというか、今でこそ余裕で払えるが。
半年前の俺が見たら即刻諦めて回れ右するような金額だった。
「なあエト。金、貸してブヘェッ!?」
紅蓮の清々しい笑顔に思い切りアッパーカットを決めた。
「トイチで手を打ってやる」
「お、恩人に対する態度じゃねえ……!」
血に汚れた右手を拭く俺と、わざと受けて地面に伸びる紅蓮。
そんな俺たちの姿を見たエルリックは、ぱちくりと瞬きをしてからニッコリ笑った。
「うふふ! 仲良しですね!」
ハハハ、仲よ死ですよ。
◆◆◆
エトラヴァルトが紅蓮と行動を共にし始めた頃……いや。
シーナに別れを告げた直後と言うべきか、これすらも正確とは言い難い。
現世と夢世では時間の流れが違う。
夢世の時間は現世の百倍以上の速度で流れるゆえに、正確な対比はできない。
ゆえに、
エトラヴァルトが去った後も、世界は滞りなく運営されていた。
それは、エトラヴァルトという個人が記憶の“忘却”、あるいは“封印”という荒技を用いて極限まで夢世に対する反映をゼロに抑えていたという理由がひとつ。
もう一つは、どんなに荒唐無稽なものであっても、“夢”は整合性を与えるゆえに。
今日も、世界は穏やかに、破綻なく回る。
そんななんでもない1日。
ラルフとストラは学校の最寄り駅に併設された喫茶店にて、とある珍客と顔を合わせていた。
木製の壁と石製の床。
都会の中の自然をコンセプトに作られたカフェは屋内の観葉植物が日差しを遮ることもあってか、大通りに面しているにも関わらず隠れ家的な薄暗さを演出していた。
そんな喫茶店の角席で、三人の少年少女が対面する。
「あれ……? 君ら、四人組じゃなかった? いたでしょ、エトラヴァルトと黒髪の女が」
エトの名前のみを覚えていた少年は、左手の携帯ゲーム機に視線を上げて対面に座るラルフとストラの両名を見た。
「やっぱり、もう出て行った後だった?」
「——そうですね。ジゼルさんの言った通り、エト様はすでにこの世界を去っていました」
「やっぱり。道理で“格ゲー”がつまんなくなるわけだね」
そう言って少年……『悠久世界』エヴァーグリーンの〈異界侵蝕〉、〈片天秤〉ジゼルはゲーム機の電源を落とした。
エトラヴァルトの失踪は、学校では“転校”という当たり障りのない内容となっていた。
“公認探索者”という設定を有していたエトには、“仕事上の都合で転校した”というわかりやすいシナリオが適応されたのだ。
誰もがこれを疑わない。
影法師も、夢に取り込まれた囚人も、誰も。
ラルフたちも平然とこれを受け入れ、『そんなこともあるだろう』と日常を送っていた。
——だが、三日前。
下校中だったラルフとストラに前触れなくジゼルが接触した。
「そろそろ目を覚まさないと遅刻するんじゃない?」
ラルフは後に、『何かがつり合う感覚があった』と。
心の綱引きが正常化される気配を如実に感じた、と語る。
そうして今日、ラルフたちは今後の展望を語るべく喫茶店に集合していた。
「——まず前提ね。今回、僕ら悠久は【救世の徒】以外と敵対することはないから。これ、世界の総意ね」
メロンソーダで喉を潤わせ、ジゼルは敵対の意思がないことを表明する。
「戦争仕掛けた手前、信じてもらえるとは思わないけど、一応ね。今回の僕の仕事は『幻窮世界』の救済だよ」
両手を上げて戦いの意志がないことをアピールするジゼルだが、対面に座るラルフとストラの緊張感は微塵も揺らがなかった。
「……ストラちゃん、どう思う?」
「今現在、彼に敵意がないのは事実みたいですね。ですが、警戒を解く理由にはなりません」
ストラの懸念は、自分たちの目を覚まさせたジゼルの正体不明の力。
「助けられはしましたが、その手段が判然としないので無条件に承諾することはできません」
「うん、そりゃそうだよね」
わかっていたことだ、とジゼルはストラの警戒をあっさりと受け入れた。
そして、信頼を勝ち取るために更なる情報を開示する。
「ちなみに、僕の力は“天秤の概念”ね。この夢の世界と君らのパワーバランスをちょっとだけ整えたんだ」
「ブッ——!?」
あっさりと力の正体をバラしたジゼルに驚いたラルフが鼻からコーヒーを吹き出した。
「ラルフ、汚いですよ」
「〜っ、無茶言わないでくれ! そりゃビビるだろ!」
「まあそうですね。良いんですか? あっさりと手の内を明かしても」
ラルフが机を拭くのを待ってから、ジゼルは防音結界を展開した。
「……魔法、使えるんですね」
「腐っても〈異界侵蝕〉だからね。世界に取り込まれるのは避けられなかったけど、力の維持くらいしないと。それに、ぼちぼち他の人たちも目覚め始める頃だし」
慎重に行こう——ジゼルはそう前置いて、本題に入る。
「それじゃあ君らを目覚めさせた理由なんだけどね」
ジゼルは脈絡なく、飲みかけのメロンソーダが入ったグラスを石製の床に向けて落とした。
目を見開くラルフとストラの前でグラスは床と垂直に落下し——天秤が傾く——石製の床を砕き、突き刺さった。
「——この夢の世界、そろそろ飽きたからぶっ壊そうと思って。力、貸して欲しいんだよね」
敵の胎内であっても力の行使は可能。
それを証明したジゼルは、グラスを拾い上げて得意げに鼻を鳴らした。
◆◆◆
「世界をぶっ壊すって、そんなことできるのか?」
大前提、不可能ではないのかと。
ラルフは
ジゼルの“天秤”によって取り戻した鋭い感性から、ラルフは肌に触れる世界がそれと同種の非常識を孕んでいることを朧げながら察していた。
「本来なら難しいだろうね。でも、この世界ならできる」
ジゼルは、その証明に一人の青年を挙げた。
「そもそもエトラヴァルト……君らの仲間の失踪が物語っているだろ?」
「「確かに」」
二人は目を覚ました翌日……つまり二日前、エトラヴァルトが生活拠点にしていたアパートを訪れた。
15部屋満室だったはずのそこには二つの空き部屋が生まれていた。
そこで2人は、やたらとテンションが高い褐色金髪男(上裸)と全身ハート印まみれの新緑色の髪の女に絡まれた。
得られた情報は、エトが確かにこの世界を去ったというもの。
「ジゼルさん、一つ確認させてください」
目の前の〈異界侵蝕〉の言葉には一定の真実性がある。
それを認めた上で、ストラには未だに不可解なことがあった。
「そもそも、わたしたちは『幻窮世界』を目指していました。しかし、目を覚ませばこの不可解な世界にいます。そして、わたしは未だに『幻窮世界』とこの世界を別種のものであると断定することができていません」
ストラたちの視点では、今いるこの世界こそが『幻窮世界』であると断言できない理由がない。
「仮にこの世界が『幻窮世界』でない場合、破壊には賛成です。わたしたちは一刻も早くエト様と合流したいので」
この世界を壊すというジゼルの提案に乗る上で、この世界が『幻窮世界』ではないという確信がストラたちには必要だった。
「なので、ジゼルさん。わたしたちが貴方の策に乗る条件として、この世界が『幻窮世界』でないことを示してください」
「なるほど、道理だね」
ストラの提示した条件に、ジゼルは快く頷いた。
「いいよ、協力者を得るためには必要な行為だからね。また三日後ここで会おうか」
そうして会議はお開きとなった。
刃傷沙汰に発展することなく、非常に温厚な対話。しかし、ジゼルが最後に放った一言は、ラルフとストラの心に一滴の影を落とした。
その、帰り道。
茜色に染まった空を見上げ、ラルフは陰鬱につぶやいた。
「イノリちゃん、来るかな」
「それ以前に、会えるかどうか……ですね」
『ああそうだ。次は、今日来なかった黒髪の子も連れてきてくれると助かるよ』
ジゼルが残した一言。
エトラヴァルト失踪以降、イノリは学校に来ていない。
家に行っても居留守を使われているのか、この半月、ラルフたちはイノリの消息を知らない。
「もしかして、エトみたくもういなくなってるとか?」
「だといいんですが……そうじゃない場合、少し不味いかと」
イノリの兄、シンの武勇伝は今日も響き渡る。
過去最大規模のダンジョンをたった1人で討滅したと、今朝のニュースにもなっていた。
「イノリにとっては……場合によっては、この世界を壊すことは」
どういうわけか、彼女が探し求めていた兄と姉がいる。
この世界のほとんどが影法師であることを、ジゼルを含めて彼女たちは知らない。
だから、イノリの家族の存在はあまりにも不可解な事象。
同時に、世界を壊すという目的において最大の障害となり得る。
「ひとまず、会ってみるしかありませんね」
「だな、根気強くいこう」
この日も2人はイノリの自宅へ向かったが、会うことはできなかった。