【第一巻発売中】弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ)   作:銀髪卿

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幻窮回帰行①

 ——現在の輪廻回数・9回。

 

 

「毎週来ると、流石に新鮮味は無くなってくるな……」

 

 8回目となる〈駒鳥〉遊園地で、俺は9回目となる晴れ渡る青空を憔悴を隠しきれない表情で見上げた。

 

 唯一、遊園地行きを回避した3回目の輪廻を除き、俺は毎回この遊園地に足を運んでいる。

 馬鹿みたいに長いジェットコースターの悲鳴とか、子供達の笑い声とか、人目を忍ばずに愛を育むカップルとか。

 全てが同一人物で構成されているそれらを繰り返し見ていると、エルリックや、この遊園地の建設者兼名誉園長である〈駒鳥〉ハーヴィーには申し訳ないが飽きてきたと言う他ない。

 

「そういう意味じゃ、ちょっと羨ましいかもな」

 

 ベンチに腰掛ける俺の視線の先では案の定コーヒーカップをぶっ壊し、氷漬けにされながらエステラとエルリックに折檻される紅蓮の姿。

 

 記憶がリセットされるというのは許しがたい話だが、毎回新鮮な気持ちで楽しんでいるアイツの姿には少しばかり羨望を覚える。

 

「……アンタたちも、あんな気持ちだったのか?」

 

 俺が腰掛けるベンチの脚は、一本だけ、極端に歪な形をしたものがある。

 まるで誰かが蹴り付けた後、慌てて、力づくで元に戻そうとしたように奇妙に曲がりくねった形だ。

 

——『痛ぁーーーーーーーーっ!!!!』

——『あー! またルーナが足ぶつけてる!』

——『う〜っ、エイミーうるさいっ! ま、またアタシだけ……! み、みんな不幸になっちゃえばいい……!!』

 

 耳の奥に届く過去の声に、思わず目を細める。

 

「初めての景色に、周りが見えなくなるくらいはしゃいでたのか?」

 

 俺は目を閉じて、俺と混ざり合った一冊の本に——エトラヴァルトという個人を形作る上で欠かせないもう一つの人生に語りかける。

 

「《英雄叙事(オラトリオ)》。お前は、俺に何を伝えたいんだ?」

 

 輪廻を繰り返す度に鮮明になっていく記録の数々。

 今も脳裏に蘇る景色に、問う。

 

「これは、誰の記録なんだ?」

 

 回答はなく。

 けれども、鳴り響く鎖の音色の向こうで、本の山に身を埋めていた誰かが振り向いた気がした。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 《英雄叙事(オラトリオ)》による検索を実行——承認。

 

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◆◆◆

 

 

 

 

 

 ——2000年前・『幻窮()()』リプルレーゲン

 

 

「ようこそ親愛なる隣人、俺たちの遊園地へ!」

 

 その日『幻窮世界』の神都オーラスで、ひとつの巨大なテーマパークが開園した。

 

 名を〈駒鳥〉遊園地。

 

 『幻窮世界』を守護する英傑十二人、“秘纏十二使徒”に数えられる〈駒鳥〉ハーヴィーが主導し建造された、リプルレーゲン最大の遊び場である。

 

「——ああ、ようやくここまで来たぜ」

 

 開園セレモニーを経て入場を開始した、世界の各所から遥々足を運んでやって来た人々。

 〈駒鳥〉ハーヴィーはスタッフの詰所である“お菓子の城”のバルコニーから、彼らの期待と興奮に満ちた表情を眺めては金髪をかきあげ、だらしなく相好を崩した。

 

「シンシア! 聖歌隊の歌は満足か!?」

「はい!」

 

 ハーヴィーの問いかけに、バルコニーの入り口付近に立っていたシンシアは、流水色の髪を振り乱して何度も強く頷いた。

 

「皆さん素晴らしい歌声でした! もっと聴いていたかったです!」

「そりゃあ良かった! アイツらも喜ぶぜ!」

 

 専門家の掛け値なしの賛辞にハーヴィーは満足そうに笑い、もう一つの疑問をリーダーへと投げかける。

 

「クライン、セレモニーの出来はどうだったよ!?」

「私? ハーヴィー、相手を間違えてないかい?」

 

 ハーヴィーの後ろ姿を眺めていた、服や靴、小物など。目に見えるものからそうでないもの何もかもをハート柄で埋め尽くす奇怪な格好をした女、〈王冠〉クラインの疑問に、ハーヴィーは『当たり前だろ』と首を縦に振った。

 

「お前は俺ら()()使()()のトップなんだからな! お前の言葉は信用できる!」

「それは私を信用しすぎじゃないかなあ? ま、部下の要望だから応えるけどね」

 

 渋々要求を受け入れたクラインは、欄干にもたれかかるようにして眼下をゆく来場客たちを眺めた。

 

「私は十分楽しめたよ。でも、一番の証明は彼らの笑顔、だろう?」

「……そりゃそうだ」

 

 豆鉄砲を食らったような顔をしたハーヴィーは、その後、『俺としたことが』と鼻を擦って恥ずかしさを誤魔化すように笑った。

 

「ありがとよクライン」

 

 ハーヴィーの礼に、クラインは得意そうに鼻を鳴らした。

 

「礼を言われるほどじゃないさ。ところでハーヴィー、私たちだけこんなVIP待遇で良かったのかい?」

「良いも何も、お前らを一般と纏めておくわけには行かねえだろ!」

 

 

 クラインを筆頭に、彼女が『幻窮世界』全土から探し集めた人材十三名。

 ハーヴィーもその一人であり、彼らは十三使徒と呼ばれている。更に、世界を守護する突き抜けた十二名は“秘纏十二使徒”と名付けられ、各々の“神秘”を冠した。

 

 他世界に何一つ情報を渡さず、ただ、存在のみで畏怖を与える。

 どんな障害が押し寄せようともその身一つで蹴散らす彼らの姿は幻窮の民にとっては英雄そのものであり、その人気はあまりにも熱狂的だ。

 

 そんな彼らが世界全土から集う一大イベントのど真ん中にひょっこり顔を出そうものなら、イベントが丸ごと乗っ取られかねないのだ。

 それがたとえ、同じ使徒の催しだとしても。

 

 

 何を馬鹿なことをと呆れるハーヴィーのため息と視線にクラインとシンシア、そしてもう一人、イヌ耳フードをかぶった少女が揃って疑問符を浮かべた。

 

「そんなことないっしょ? 私らだけ列すっ飛ばすの、正直申し訳ないっしょ」

「そうですよハーヴィー! 私たちも平等にすべきです!」

「そうだぞハーヴィー。お姉さん関心しないなあー」

 

 イヌ耳フード——〈猟犬〉ティルティエッタの特徴的な口調と、畳み掛けたシンシアとクラインの賛同する声に、ハーヴィーは白目を剥く勢いで大袈裟に天を仰いだ。

 

「馬っ鹿言ってんじゃねえよ! お前らみたいな有名人あん中に放り込んでみろ! 開演セレモニーどころじゃなくなるっての!?」

「いやあ、照れるっしょハーヴィー」

「褒めてはいるけど照れんじゃねえ!」

「ジョーダンっしょ。わかってるから、他のメンツにはちゃんとシンシアが()()仕掛けてるっしょ」

「ならいいんだけどよ……つーか、いつの間にいなくなりやがったアイツらはぁ……!!」

 

 自分たちが有名人だと、世界を守護する〈秘纏十二使徒〉の一員であると特に自覚のあるティルティエッタの言葉に、ハーヴィーはひとまず納得した。

 号令無しに遊びに行った他の使徒は殴ると決めたが。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 親子連れで楽しめるような穏やかな遊具。

 多感な思春期の子らの無謀に付き合うように居を構える絶叫アトラクション。

 非日常を盛り上げるパレード。

 併設されたホテル街は夢を終わらせない工夫が凝らされている。

 

 完結された、〈駒鳥〉のための開放的な空間。

 誰もが穏やかに羽を伸ばせるそこは、ハーヴィーが正しく望んだ空間だった。

 

 

 

 そんな遊園地を、シンシアもまた謳歌していた。

 油の多い料理と冷たい飲み物は喉や体のパフォーマンスの維持のために避け、しかし休日を楽しむためにホットティーとノンフライのドーナツを購入。

 

「良いですね、遊園地! みんな笑顔ですし、ハーヴィーは頑張ってましたし……むぐむぐ……成功して良かったです!」

 

 久しぶりのドーナツを頬張り、スキップ混じりの歩調で他の使徒を探し歩いていた。

 

「あ! あそこにいるのはガル、タ…………ええ?」

 

 そんな理想の地を朗らかに楽しんでいた少女の視線の先で——

 

「ガルタス! テメェどんだけ食ってんだよ!? 他のお客様の分が無くなるだろうがっ!!」

「むぐぐ! むぐぐぐぐぐ! むぐぐぐぐぐぐ!!」

「食いながら喋んなぁ! 良い子が真似しちゃうだろうがっ!?」

 

 建設者であるハーヴィーが、仲間の凶行に悲鳴を上げていた。

 

 絶叫するハーヴィーが掴みかかった先にいるのは、両手一杯に様々な料理を抱えた3M以上の体躯を誇るただの大きな()()

 

 ——〈無尽〉ガルタス。“秘纏十二使徒”の作戦参謀を担当する、普段は建設業に従事するちょっとだけ大柄な男だ。

 

「許せハーヴィー! 作戦参謀は知力が資本! 脳を動かすには栄養が必須! これはお前のためでもあむあむ!!」

「限度があるわっ!! お前の食事量に耐える設計はしてねえんだよウチは! あと喋ってる途中に食うなぁっ!!」

 

 園長であるハーヴィーの必死の叫びに、ガルタスは惜しがりながらも食べる手を止める。

 

「あむ、あむ……仕方ない。シンシア、代わりに食べるか?」

「あ、いらないです」

 

 目の前に差し出された肉汁溢れる肉まんを、シンシアは丁重にお断りした。

 少女の塩対応に巨漢はしゅんと肩を落とす。

 

「……なら、子供たちに配りに行こう」

 

 移動を始めた巨漢の背中を見ながら、ハーヴィーは苦労が滲むため息と共にどこかへと電話をかけた。

 

「あー、俺だ。今から大食らいが食料配布やるから……ああ、怪しいけど使徒だから、ああ。キャスト二人つけて対応しといてくれ」

 

 電話を切ったあと、もう一度ため息をついた。

 

「さて、次は誰がトラブルを起こすのかね」

「トラブルは起きる前提なんですね……」

「ああ、そりゃあな」

 

 苦笑いのシンシア。唯一トラブルの種を持たない少女の存在に癒されたハーヴィーは、気合いを入れ直すように自身の太ももを叩いた。

 

「ウシ! もういっちょ気合い入れて——」

 

「いたいた! ハーヴィーせんぱーい!」

「え、エイミー! ま、まって足、は、は、速い……!」

 

 気合いを入れ直したハーヴィーの瞳は、植え込みの木の陰から飛び出した二人の女の声で瞬く間に濁った。

 

「気合い、入れたかったんだけどなぁ」

「あ、あはは……」

 

 意気消沈するハーヴィーと苦笑いするシンシアのもとへ、身長こそ低いが体つきは成人した女性である……『電脳世界』アラハバキの一部界隈で“合法ロリ”と呼ばれる体格の少女が二人、駆け寄って来た。

 

「探したぞー先輩! あ、シンシアちゃんやっほー!」

 

 快活な声の主、〈祭日〉エイミーのハイテンションにハーヴィーが思い切り顔を顰める。

 

「あー、こっちは見つけられたくなかったぜ」

「エイミーさんお疲れ様です」

「うむ! 走り回って疲れた! まだ走るけど!」

 

 堂々と胸を張るエイミーは、即座にハーヴィーへギラついた視線を向けた。

 

「先輩先輩! パレードとやらはいつやるんだ!?」

「18時開始予定だ」

(ワレ)、出たい!」

「却下」

 

 有無を言わさぬ即断だった。

 

「えー! なんでさー!」

 

 それでもエイミーは子供のようにごねた。

 

「いーじゃん! 我、〈()()〉だよ!? お祭りといったら我でしょ!!」

「よかねえよ! パレードはお前の遊び場じゃねえんだから! また今度お前用にイベント拵えてやっから大人しくしてくれ!!」

「言質取った! 約束だかんね先輩!」

「だぁー! また俺は流れに任せて面倒な約束を!」

 

 子供のように喜ぶエイミーと、だから会いたくなかったんだと嘆くハーヴィー。

 対照的な二人を前にしてシンシアは肩を震わせて笑い、遅れてやって来た黒髪の女、〈災禍〉ルーナはベンチに倒れ込みながらぜえぜえと呼吸を荒げた。

 

「え、エイミー、もっと、もっとゆっくり……!」

 

 自他共に認めるクソザコ体力であるルーナの懇願。

 

「よしルーナ! 次はあのバカでっかいやつ乗りに行こう!」

 

 しかし、エイミーは容赦なく絶叫系アトラクションを指定した。

 ハーヴィーの『お前悪魔か?』というドン引きとシンシアの『少し休んだらどうですか?』という気遣いを一顧だにせず。

 

「ノンノン! こういうのは行ける時に行くのが我スタイル! さあ行くぞルーナ!」

「ま、まって……!」

 

 なんとかついて行こうとしたルーナは立ち上がり——瞬間、ゴォーーーーン! とド派手な音を撒き散らしながら足の小指を椅子の脚に引っ掛けた。

 

「痛ぁーーーーーーーーーっ!!?」

 

 椅子の脚が小指の強度に負けて変形する、威力とか色々おかしい衝突で発生した痛みに悶絶したルーナが地面を転げ回った。

 

「「ああ……っ」」

 

 その様子に、ハーヴィーとシンシアは『()()()』と天を仰ぎ。

 

「あー! またルーナが足ぶつけてる!」

 

 ルーナはいつもの事だとケラケラ笑った。

 人でなしの反応に、涙目のルーナが恨み節を漏らす。

 

「う〜っ、エイミーうるさいっ! ま、またアタシだけ……! み、みんな不幸になっちゃえばいい……!!」

 

 〈災禍〉を冠する女が手当たり次第に周りを呪おうとする割と洒落になってなさそうな事象だが、まさに()()()()()()なのでそこは誰も気にしなかった。

 

 エイミーは未だ痛みに苦しむルーナをひょいと担ぎ上げた。あと、ついでに歪んだ脚をメキャッと腕力で再生した。直ってない。

 

「そんじゃ先輩、シンシアちゃん! またパレードの頃にね!」

「はい、お気をつけて。ルーナさんも……本当、気をつけてくださいね?」

「おーうさっさと行っちまえー。んで楽しんでこーい」

 

 二人に見送られ、ルーナを担いだエイミーは子供のように駆けて行った。

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

「…………ふぅーーーーーーーー」

 

 記憶が途切れ、俺はそこで長い長い息を吐いた。

 脳を駆け巡る新たな記録の数々は、“記録の概念保有体”になったからだろうか、混乱する事なく理路整然と整理されていく。

 ……が、それはそれとして。

 

「記録の内容が濃いんだよなあ……!」

 

 俺はめくるめく登場人物たちの、リステルのアホ共を思い出すキャラの濃さに胸焼けを覚えた。

 

 お淑やかなシンシア。

 お調子者だが、周りに振り回される苦労人なハーヴィー。

 リーダーらしいクライン。

 今回の記録だけでは人柄が掴めないティルティエッタ。

 大食らいのガルタス。

 自由奔放なエイミー。

 不幸体質なルーナ。

 

 そして、全員が件の“秘纏十二使徒”……或いはその関係者か。

 

「シンシア……今のところ、ただの普通の女の子だよなあ」

 

 覚者なんて呼ばれるようには見えないし、《英雄叙事(オラトリオ)》が選んだ理由も、放棄した理由も見えない。

 

「というか、なんでこのタイミングでこの量の記録が……?」

 

 状況的には俺が遊園地にいるからなのだろうが、解せないのは、それがこの9()()()()起こったことだ。

 

 《英雄叙事(オラトリオ)》と一体化したとはいえ、俺はまだこの本の全てを掌握したわけじゃない。未だに触れられない場所は多いし、それだけ記録は深大だ。

 

「輪廻の中で、何かが変わったのか……?」

 

 なんとなくそんな気はしたが、確証は得られなかった。

 

「……まあ、後回しだな。そろそろ折檻が終わりそうだ」

 

 紅蓮へのお説教が終わる気配を感じ取った俺は、一旦思索を打ち切ってベンチから立ち上がった。

 ふと振り返ると、そこにはルーナの脚力でひん曲がり、エイミーの馬鹿力で矯正された歪な脚。

 

 鮮明な記録として残るそれに、思わず笑みがこぼれた。

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