【第一巻発売中】弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ) 作:銀髪卿
——ハーヴィー、なんで遊園地なんだ?
昔、〈駒鳥〉は問われた。
——客寄せのやり方なら他にもあるだろ。なんでわざわざ、面倒くさくて、難しくて、しんどいものを進んで作るんだ?
質問者を前に、英雄は。
——理屈じゃねえのさ、そういうのはよ!
〈駒鳥〉は、囀るような鼻歌混じりで笑い飛ばした。
——俺たちの世界に必要だからだ。俺が、必要だと思ったから作んだよ!
〈駒鳥〉は英雄だった。
『幻窮世界』に降りかかる数多の災害、他世界の侵攻・陰謀……それらを仲間と共に阻止してきた。
——足りねえって思ったんだよ。漠然とだけどな。外の脅威を退けて、そんで終わりか? 俺らの役割は、本当にそれだけか?って
それで十分だ、そう答える者は数多いるだろう。“秘纏十二使徒”の功績はあまりにも大きい。
それ以上を誰が求めるというのだ——そう告げる質問者に、しかし〈駒鳥〉は首を横に振った。
——俺はただ守りてえんじゃねえ。俺は、幻窮のみんなの笑うところが見てえ。だから、目一杯遊んで、笑って、みんなで笑顔になれる場所を作りてえって……だから、遊園地を作んだよ。
大空を征する竜を穿ち、猛禽を堕とし。
雛たちが、か弱い駒鳥たちが安心して羽を伸ばせるようにできたのなら。
——みんなが楽しく、自由に羽を伸ばせるテーマパーク……そんなのがあったっていいんじゃねえかって思うのさ。
〈駒鳥〉ハーヴィーは、設計図を片手にそう夢を語った。
◆◆◆
〈駒鳥〉遊園地は、男の願いに応えるように連日の大盛況を見せる。
話題が話題を呼び、『幻窮世界』各地から老若男女が足を運び、来場者は右肩上がりの盛り上がりっぷりであった。
その空前の盛り上がりに、シンシアは当初の予定を変更し滞在期間を延長。
「凄いですね、クライン。遊園地というものは」
その日、シンシアはたまたま予定に空きがあった〈王冠〉クラインと共に入園。観覧車下の広場で休憩がてら腰を落ち着けていた。
「ここ数日は毎日来ていますが、声が途切れることがありません。毎日違う人たちが来ていて……でも、みんな笑っています」
「そりゃあハーヴィーたちが努力したからだろうね。生半可な努力じゃこんないいものは作れない」
クラインは自身の“オーロラ色”の双眸を意図的に閉じ、魔力だけで道ゆく人たちの輪郭を捉える。
「私の
「そうですね。みんな幸せそうです!」
心の専門家を自称する女の太鼓判に、シンシア強く頷いた。
「ところでシンシア。話は変わるけど、今の私たちは周りからどう見えているんだい?」
自意識過剰でもなんでもなく、自分が目立ちすぎる自覚のあるクラインは、一向に見向きされない現状から欺瞞を施した張本人であるシンシアにそう問いかけた。
「どう見えている、ですか?」
「そそ。思えばどんな誤魔化し方をしたのかを聞いたことはないと思ってね。気になったのさ」
「えっと、普通の兄弟……でしょうか?」
オーロラの瞳に興味を浮かべるクラインに、シンシアは曖昧に答えた。
「クラインはTシャツとジーンズを履いた背の高い男性に、私は帽子とオーバーオールを着た少年に見えている筈です」
「ふむ、そこまで調節できるんだね」
それなりに明確なイメージのある回答に、クラインは意外そうに眉を上げた。
対するシンシアは、少し誇らしげに鼻を鳴らす。
「イメージを周りに委ねると、個人によって印象が乖離しちゃうんです。なので、
——今、こんなふうに。
シンシアの言葉に偽りはなく、二人は他人の目には兄弟として映っていた。
「なら、お手洗いに行く時は気をつけないとだ。うっかり女性用に入ってしまえば大問題だ」
「うっ……」
冗談めかして笑ったクラインの言葉に、ギクリと。
シンシアが肩と表情を強張らせる。
「シンシア、もしかして……」
その態度に、クラインはもしやと問う。
「前にやらかした?」
「…………はぃ。一昨日、ちょっとした騒ぎに」
なんとか誤魔化したけど——と、当時を思い出して恥ずかしそうに冷や汗を流すシンシアの横顔に、クラインは思わず吹き出した。
「ぷっ……あっははははははは!」
「わ、笑わないでくださいクライン! 私だって恥ずかしかったんですよ!?」
顔を真っ赤にしてむくれたシンシアにポコポコと肩を殴られながらも、クラインは腹筋の痙攣を止められなかった。
「いやーごめんごめん! つい、ね。本当は女の子なのに女性用に入って騒ぎに……なんて面白くってね。ふふふっ!」
「もー怒りました! クラインは絶叫アトラクション巡りの刑です!」
「ははは! それは困ったな、はは……!」
「むー!」
一向に笑いが止まらないクラインを、頬を膨らませたシンシアが引き摺るように移動する。
他人からは兄弟の微笑ましい一幕に見えるそれは、その実も、クラインとシンシア、両者の賑やかなじゃれ合いだった。
「ふふっ。それにしても大丈夫かい、シンシア? 私の記憶じゃ、君は絶叫系は苦手だったはずだが——」
「だ、大丈夫ですっ! ここに通って克服しましたから! なので叫ぶのはクラインだけですっ!」
なんとかして鼻を明かしてやろうと意気込むシンシアに、クラインはまるで我が子を見守るように穏やかな眼差しを向けていた。
「ほほう、それは楽しみだね」
◆◆◆
——結果的に、シンシアは二本目の絶叫アトラクションで破茶滅茶に腰を抜かしてダウンした。
「あばばばば! ばば、あばばばばばばばばばば!?」
「ふむ、二本目まで耐えたのは成長と言えるのかな?」
ケロリとした表情のクラインの足にしがみついて、少女とは思えない悲鳴を上げるシンシア。
全身に残る加速の、痺れのような名残りに恐怖がフラッシュバックし、少女は子鹿のように震えた。
「まったく、君にとって喉は商売道具だろうに」
綺麗なビブラートの悲鳴を響かせる少女の流水色の髪に手櫛を入れる。
「ちゃんと大事にしなよ?」
「う、ううっ……く、悔しいです……!」
余裕の表情を崩すことができなかったとシンシアは表情を青ざめさせながらも頬を膨らませた。
「いつか絶対驚かせます……!」
「ふふ、期待しているよ」
シンシアが落ち着くまで休憩しようというクラインの提案から、二人は飲み物を手に近くのベンチに腰を下ろした。
奇しくもそのベンチは開演初日に〈災禍〉ルーナと〈祭日〉エイミーによって脚が変形したそれであり、一連の流れをシンシアから聞いたクラインは額を押さえて呆れていた。
「あの子の不幸体質は……うん。スカウトした時より悪化してるね。エイミーに幸運を吸われてるのかな?」
困ったように笑うクライン。そんな彼女の横顔を見ていたシンシアは、ふと。
「——クライン。何故、私をスカウトしたんですか?」
自分の中に燻っている疑問を問いかける。
「私は、みんなみたいに闘う力がありません。特別な技能もない。ちょっとだけ誤魔化せる、それだけです」
クラインがスカウトしたのは、シンシア含めて十二人。
そして現在、“秘纏十二使徒”に列するのは、クラインを含め、
「時々思うんです。私は、みんなのような力がない。なのにどうして、クラインは私に声をかけてくれたんだろうって」
「どうして——か」
少女の質問に、クラインは4年前を……シンシアと出会った日を思い出す。
路上で歌っていた。
中古のギターと声一つで、自分で作詞・作曲した歌を。
観客は一人もいない。
誰もがほんの一瞬見向きするだけで、足を止めることはない。なんの変哲もない、たまに見る光景だった。
——だが、クラインにとっては違った。
「なんでか……それはね、シンシア。君が自分で見つけるべき答えだよ」
「……教えて、くれないんですか?」
不服そうな少女に申し訳ないと思いつつも、クラインは静かに頷いた。
「うん。君が自分で気づくことに意味があるんだ。でも、これだけは言える」
オーロラの双眸に、少女の魂の光を焼き付ける。
「シンシア、私は君を信じているよ」
「なら……」
よくわからないと、伝えられない意味がわからなかったシンシアは、しかし。
「クラインがそう言うなら、私、期待に応えられるように頑張ります」
それでも、自分を見つけてくれた人の期待なら、信じることができた。
「——すみませんお客様。こちらのアトラクションは身長制限がございまして」
僅かな静寂にするりと入り込むように、一人の男性キャストの謝罪の声がした。
「あれ、さっき私たちが乗った……」
「ふむ。そのようだね」
その男性キャストはシンシアたちが乗った絶叫アトラクションの入場管理を行っていた。
そんな彼の前には、身長制限に引っかかった一人の幼い吸血鬼が。
「チケットあるのに、乗れないのか?」
首を傾げる吸血鬼の子供に、男性キャストは申し訳なさそうに頭を下げた。
「はい。こちら安全のために125cm以上でないお客様はご搭乗できないことになっております」
キャストの言葉に吸血鬼の少年は暫し考え込む仕草をみせ。スッ——と。
足下に自分の血を蓄え、真っ赤な即席の上底ブーツを生成した。
「ブフッ」
クラインが小さく吹き出した先で、少年は『これでどうだ』とドヤ顔をした。
「これなら、身長足りるだろ」
「え、えっとお……」
予想外の方法で制限を乗り越えようとする少年の発想力に男性キャストが困惑する。
「——おっ、坊主。中々イカした靴じゃねえか」
そこに、自由に園内を歩き回っていた〈駒鳥〉ハーヴィーが顔を出した。
「けどズルはいけねえな。坊主、名前は?」
屈んで目線の高さを合わせたハーヴィーに、吸血鬼の少年は少ししてから口を開いた。
「——紅蓮。紅蓮・ヴァンデイル」