【第一巻発売中】弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ)   作:銀髪卿

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贋作少女の願い

「指輪を買いたい……?」

 

 その日、プリシラは来店の鐘を鳴らした珍しい客、もとい仲間にぱちくりと瞬きを繰り返した。

 裏の工房から暖簾をくぐって顔を出したプリシラの前には、流水色の綺麗な髪を揺らしてはにかむシンシアがいた。

 

「はい。前から買いたいと思ってたんです」

 

 それは、遊園地やその他イベントでの舞台出演料で生計を立てられるまで歌姫(アイドル)として成長したシンシアにとっての一つの目標だった。

 

「プリシラに工房を見せてもらった時から、貴女が作ったアクセサリーが欲しかったんです」

本物(あなた)が……?」

 

 その言葉に含まれたニュアンスは、言った本人であるプリシラにしかわからない。

 こんなありふれた量産品なんて身につける必要どこにもないほどに完成されているあなた(シンシア)が、自分のくだらない技能から生み出されたもの、いらないだろうと。

 

「えっと……ダメ、ですか?」

 

 なのに、なんでそんな寂しそうな顔をするんだと。

 プリシラは自分の前で律儀に財布を持って返答を待つシンシアを前に、なんというか、とてもいたたまれなくて。

 断るには、目の前の友の願いはあまりにも純粋すぎた。

 

「………………ダメじゃないわよ」

 

 思わず承認すると、シンシアは花が咲くように満面の笑みを浮かべた。

 まったくもって、二十歳を過ぎたのにいつまで経っても子供みたいに純粋に笑うものだと、プリシラはシンシアのあり方を羨ましく思った。

 

「ありがとうございます、プリシラ! 早速選んでもいいですか?」

「あ、それはダメ! ちょっと待ちなさい!」

 

 待てをされた、餌を待つ子犬のようにピタリと動きを止める姿がおかしくって、プリシラは工房を振り返りながら小さく笑う。

 

「せっかくだから、いちから作ってあげるわ」

「え、いいんですか!?」

「とーぜんよ! ほら、中入って! 時間ある? 指の採寸から始めるわよ!」

 

 

 ——装飾品は嫌いだ。

 というより、プリシラは着飾ることが嫌いだ。自分という生を覆い隠すようで、それはどうにも自分を偽るようで、自分ではない何かに変わってしまうような忌避感がある。

 

 それでも宝石商を、装飾店を営むのは収入が必要だから。クラインたちにおんぶに抱っこで暮らすのは我慢ならなくて、でも、自分の力で稼げる業種は自分の嫌いなことばかり。

 まったくもって矛盾だらけであべこべな、自分という芯がない人生だとプリシラは自虐する。

 

「……私、プリシラがお仕事しているところを見るの、好きです」

「物好きね」

「そんなことないですよ。真剣でカッコいいですから」

「お世辞言っても安くはしないわよ」

「大丈夫です。むしろ払わせてください」

 

 会話をしながらも視線は逸らさず、指の採寸の後は宝石選び。形や大きさ、光沢など考慮すべき事柄はたくさんある。

 

「真剣、ね……そう見える?」

「はい。まっすぐな目をしています」

「…………そう」

 

 素っ気ない返事だけして、もう一度集中。

 五感の全ては目の前の原石に。しかし、頭の中は全く違うことを考えていた。

 

 ——真剣。そう言われて、不思議と悪い気はしなかった。嫌いな仕事、嫌いな技能。それでも、自分の仕事を褒められるというのはどうにもくすぐったかった。

 

 ——オーダーメイドを提案したのはせめてもの抵抗だ。

 店頭に並ぶ量産品ではあまりにも釣り合わないから。

 

 形の違う原石を削り、設計図をなぞるように均一に仕立てる。個性を奪って同じものを並べて愛でるための技能なんて気持ち悪くて仕方ない。

 それでも、そんな自分の手で生み出されたものでも。シンシアは欲しいと言ってくれたのだから。彼女が自分で稼いだ金で買いたいと言ってくれたのだから。

 

 だからシンシアという歌姫に相応しいものを、世界にたった一つのものを贈りたいと。そう、プリシラは願ったのだ。

 

「ねえ、本当にいいの? 宝石なんて、どれも同じようなものじゃない」

「そんなことないですよ。だって、プリシラが作ってくれるものですから」

「……それでも、同じよ」

 

 拗ねるようなプリシラの言葉に、シンシアは作業に集中する彼女が見ていないのをいいことに優し笑みを浮かべた。

 

「私にとっては、違うものですよ」

 

 

◆◆◆

 

 

 ——何故、今になって思い出すのだろう。

 

 プリシラは途切れゆく意識の中で想起された記憶を視た。

 いつもと変わらない、けれど、ちょっとだけ頑張った日の記憶。ただ、日常の一場面を切り取っただけ。

 

 ——このあと、どうしたんだったか。

 ——確か、完成した指輪をあげて……あれ?

 ——後日、渡したんだっけ? 思い出せないや

 

 痛みはとうに消えた。

 そも、今のプリシラには痛みを感じる器官がない。

 

 ハーヴィーとティルティエッタはものの数秒で蹴散らされた。その死に際は呆気ないもので、竜は蠅を鬱陶しがるように爪を薙いで二人をバッサリと切り裂いた。

 

 そして、プリシラも同様に。

 贋作(ミメシス)が間に合ったのはほんの数体だけ。たった一桁の偽物をぶつけたところで、その数十、いや数百数千倍を超える大群相手には焼石に水だった。

 

 だから、逃げられなかったプリシラは当たり前のように大氾濫(スタンピード)に呑み込まれた。

 四肢を千切られ、内臓を潰され、骨をしゃぶられ、肉体は余すことなくゴミのように捨てられた。

 

 石ころなんかより、ずっとずっと酷い末路だ。

 

 ——あーあ、最悪な人生ね。人生未満の、おままごとだったわ。

 

 神秘に触れていたからだろうか。

 肉体が死んでも、プリシラの魂はまだほんの少しの猶予期間を得ていた。

 とはいってもできることなんかない。真っ暗で何も見えない、何も感じられない中で、何か大きな流れに引っ張られるような感覚があるだけ。

 『幻窮世界』の最期を見届けることもできなければ、クラインの戦いを見守ることもできない。

 

 ——結局、何も成せないまま。偽物のまま。

 

 失意の中、死んでいくのか。

 お似合いの末路じゃないか……そう、自嘲しようとして。

 

 ——あ、そうだ。アタシが付けたんだ。右手の小指に。

 

 付けて欲しいと子供のように要求するシンシアに、仕方なく、という建前で。

 “なりたい貴女になれますように”と、どの口が言うんだと笑いたくなるような願いを。

 

 でも、仕方ないだろうとプリシラは言い訳を並べる。

 本物でも悩んでいることがあって、努力してて、汗を流していて。そんな姿を知っているから、彼女が、シンシアが理想とする何かになれますようにと願うのは、自然だった。

 その頑張りを後押しできたなら。未来で、彼女の中に他でもないプリシラがいたら、本物になれる気がしたから。

 

 ——そもそも、本物ってなんだっけ。アタシ、何を目指してたんだっけ。

 

 いよいよ曖昧になっていく意識。

 ほどけて遠ざかる神秘、世界。

 プリシラという個体が消えていく感覚に、すでにない体が幻痛のように震えた。

 

 ——誰かの代わりになりたくなくて、他でもないプリシラとして。アタシ自身で、何かを残したくて。何かになりたくて。

 

 その瞬間(とき)、ふいにプリシラは自問した。

 

 

 それじゃあコレは——

 

 『幻窮世界』を守りたいのは。

 シンシアの願いが叶って欲しいと想うのは。

 みんなが死んで、悲しいのは。

 あの男が許せないのは。

 何もしないで、何も成せないで終わるのが怖いのは。

 

 コレは、一体誰の願い?

 

 

 ——アタシのものよ。

 

 答えは、初めから。

 

 ——それは全部、アタシのものだ!

 

 呪った生まれも、忌まわしい過去も、そこから抜け出したいと願ったのも。

 シンシアに似合うものを作りたいと突き動かした衝動も、何もかも。

 全ては、プリシラという個人から生まれたものだ。

 断じて、他の誰かに与えられたものではない。他の誰かに命令されたものでもない。

 

 ——自分で否定して、勝手に誰かのものにしてたまるもんですか……!!

 

 偽物のまま死にたくないと願い、クラインの手を取ったあの瞬間から、プリシラという個人は偽物ではなく……どうしようもないほどの自我(エゴ)を持った一人の人間だった。

 

 ——ここにあるもの、全部アタシのものでしょうが!!

 

 刹那、食いつぶされたはずの全身に灼熱が疾走した。

 仮想の神経系がかつてない熱を放ち、不在の肉体が不屈を叫んだ。

 本能が抵抗を、理性が手段を(プリシラ)が未来を求めた。

 

「——なに、勝手に手放してんのよ」

 

 その声は、確かに世界に響いた。

 声帯はおろか肉体を失った死者のもの。それでも、そこに揺蕩う魂の残滓は生前すら上回る熱を帯びる。

 

「——クソッタレな力も、その手綱もアタシのものでしょうが! まだ死んでない……だから、最後まで力寄越しなさいってのよ……!!」

 

 それは途切れたはずの世界との繋がりを無理やり繋ぎ直す蛮行だった。

 

 ——なんて簡単だったのだろう。

 

 最初から、答えを持っていた。

 それに気づいていないだけだった。

 

「守りたいのよ、あの子の願いを。これは、アタシの願い、アタシのエゴだから」

 

 仮想の両手を空に伸ばす。

 グレイギゼリアの魄導で闇色に染まった空。それでも、その向こう側に広がっているはずの青空へ透かして。

 

「もう、今までみたいに笑えないかもしれないけど。……それでも、あの子が生きてたら。もしかしたら、私の最期、知るかもしれないじゃない」

 

 崩れてゆく魂を通して、最後の神秘を発現する。

 

「その時、胸張って『私の仲間は凄かった』って言えるような最期くらい、迎えないといけないのよ……!」

 

 痛みも、恐怖も、その力も。

 全て自分で味わった。

 ならば、イメージできる。複製できる!

 

「全部もってけ、〈贋作工房〉……!」

 

 単純な話だ。1から1を引けば0になる。

 だから、特大の一をぶつければいい。

 

贋作(ミメシス)大氾濫(スタンピード)————!!」

 

 

◆◆◆

 

 

 それは、地の底から響く雄叫びのように。

 大氾濫(スタンピード)の最前列が『幻窮世界』に喰らいつく寸前。

 とうに踏み越えたはずのある一点が、大火山の噴火にも似た凄まじい爆発を引き起こした。

 

 秘纏十二使徒、〈贋作〉プリシラが今際の際に残した最後の抵抗。それは今日、秘纏十二使徒が葬ってきた大氾濫(スタンピード)の再現である。

 

 竜も、獣も分け隔てなく。贋作の軍勢は氷海を渡る魔物の行進を分断するように溢れかえった。

 

 ——それは、大氾濫(スタンピード)を喰らう大氾濫(スタンピード)

 

 一千万をたやすく凌駕する軍勢の召喚を終わる直前の命で成し遂げる、それは紛れもない偉業。

 いかな〈異界侵蝕〉に相当する戦力とて、それは度が過ぎた奇跡だと誰もが称賛する、決して未来には語り継がれない物語。

 

 たとえ生前のプリシラが万全であってもなし得なかった複製に、大氾濫(スタンピード)は今日、三度目の停滞を余儀なくされた。

 

 

◆◆◆

 

 

 天地を震わせる大叫喚は、クラインとグレイギゼリアの両名にも届いた。

 

「…………ありがとう、プリシラ」

 

 自分の仲間が使命を果たしたことを疑わないクラインは、一瞬の瞑目の後、(かたわら)に突き刺さった剣を抜剣しグレイギゼリアに斬りかかる。

 

「——認めよう。彼らは確かに英雄だった」

 

 対するグレイギゼリアは剣状の世界の破片を握り応戦。

 ()()()()()()()()()()を蒐集したことで生まれた、《終末挽歌(ラメント)》に記された終末の景色。

 漂う破片のひとつひとつが世界の残影なれば、滅びたとて、破片はかつて世界を構成していた要素そのもの。

 それらが、放たれる無数の矢を弾くことはなんら不思議ではない。

 

「英雄ならば、僕の計画を狂わせることも必然だろう。——だが」

 

 純粋な膂力でクラインを弾き飛ばし、グレイギゼリアは両者の間に無理やり距離を空けた。

 

「それでも最後に、本懐を遂げるのは僕だ」

「させないよ。私の命に変えても、『幻窮世界』をお前には渡さない!」




いつもお読みいただきありがとうございます。
滅亡惨禍、まもなく終結です。
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