【第一巻発売中】弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ)   作:銀髪卿

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〈英雄〉の舞台、絶唱の〈歌姫〉

 大地を照らす文明の光。

 幻想の夜に踊るネオンとサイリウムに彩られ。

 なおも強く光を放つ星々の下、蒼銀の彗星が地平線を駆け抜ける。

 

「—————— ァ  ! !」

 

 エトラヴァルトが猛る。

 自らの鋭い雄叫びすらも置き去りに、騎士は竜の喉元に誓剣を叩き込んだ。

 

『グ、オオオオオオオオオオオオッ!?』

 

 間一髪、滑り込ませた結晶の防御。しかし竜殺しの一撃は停滞を知らず。

 誓剣の出鱈目な重量のまま、竜の喉元が深々と斬り抉られた。

 

『〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!?』

 

 無声の絶叫と共に吹き出す鮮血。その一滴すらエトラヴァルトに触れられない。

 喉を叩き切った騎士は、一息も待たずに竜の右翼を断ち切っていた。

 

 縦長の瞳孔に、かろうじて軌跡だけが映った。

 

(——速過ぎる!)

 

 瞠目する暇もないエトラヴァルトの加速に、ジークリオンは内心で戦慄した。

 今この瞬間にも細断される結晶の体躯。反撃はおろか捕捉すらままならない、最速の竜のお株を奪う超高速機動。

 

(あの連戦で! この激戦で! その傷で! 今日、最も速いだと!?)

 

 追いつけないと本能が悟る。愚鈍な竜の肉体では翻弄される。リスクを排した戦いでは蹂躙される!

 

(こちらもリスクを負わねば、一瞬で食われる!)

 

 円環の斬撃が逃れるようにジークリオンは竜の肉体を捨てた。

 未だにシンシアから受けた傷が癒えない竜人の肉体へと回帰する。

 

「エトラヴァルト……」

 

 〈歌姫〉の、天の星へと届かんばかりの声が響く。

 

「いい歌だよな、ジークリオン」

 

 空中で羽ばたいたジークリオンは目撃する。崩壊を始めた結晶の抜け殻の上で、全身にピタリと貼り付けるように蒼銀の輝きを纏うエトラヴァルトの姿を。

 

「不思議だよな。こんなにボロボロで追い詰められてんのに、今が一番体が軽い」

 

 エトは自らの魄導と、『幻窮世界』から流れ込む力の奔流を混ぜ合わせ呼吸する。

 旋律(メロディ)が心臓を鳴らし、歌声が魂を奮い立たせる。

 

「なあ、ジークリオン。あんたがどれだけ強くても」

 

 もう尽きた。そう思っていたはずの力の器は、いっぱいの声援に包まれて、気がつけば満たされていた。

 

「今だけは、負ける気がしない」

 

 白熱する意識。静かに赫灼と燃え上がる心と共に、告げる。

 

「勝負だ」

 

 ——踏み込んでいた。

 ジークリオンが呼吸をすると同時にエトが肉薄。肩口に誓剣が触れていた。

 

「本望だ」

 

 そして、受け止めていた。

 結晶を纏った左拳の甲が、()()になったことで減衰した“竜殺しの概念”と拮抗し、誓剣と鍔迫り合った。

 

「お前を倒す!」

「貴殿を屠る!」

 

 火花が散った時には既に、二人の雄は夜空を切り裂くように疾駆していた。

 

 

◆◆◆

 

 

「なんですか、あれは……?」

 

 軌跡を捉えることすら不可能な戦い。

 地上から見上げていたストラの目では、エトの背中を捉えることすらできなかった。

 

「エト様が見えない……あれが、人間に出せる速度……?」

 

 知っている。エトラヴァルトが通常の尺度では測れない存在であることを。焦がれたその人は、自らを証明した〈英雄〉だと、ストラは共に旅をしてきたから知っている。

 

「でも、でも、あれは……!!」

 

 

 

「勝てよ、エト。絶対に……!」

 

 ラルフには理解できてしまった。その姿は見えなくても、夜空にほうき星のような尾を残す蒼銀が命を燃やしていることを。

 まるで地上に墜落する前に燃え尽きる流星のように、命を賭して輝いていることを。

 

「詳しいこととかわかんねえけど、今、この歌のために戦ってるんだろ!?」

 

 ラルフにできるのは、たった一つ。声を張り上げることだけだった。

 

「だから勝てよ、エト!!」

 

 

◆◆◆

 

 

(——空中で、俺様に追いすがっている!?)

 

 剣と拳の応酬の最中、ジークリオンが再び戦慄する。

 

 温存と安全策を捨てた亜光速飛行。最速の竜の真骨頂。

 その加速を、生身の人間であるエトラヴァルトが追従する!

 

(世界……いや、舞台か! 〈歌姫〉が歌い続ける限り! この舞台が主役たるエトラヴァルトを援護する!)

 

 エトの背中を風が叩く。

 進む先に足場が生まれる。

 駒鳥の遊園地は、駒鳥が自由に羽ばたくための場所。

 ゆえに、シンシアの歌が響く今、エトラヴァルトがあり得ざる空中戦に身を躍らせるのは必然だった。

 

「この世界全てが〈英雄〉の舞台というわけか!」

 

 お伽話の、竜殺しの英雄譚の再現。

 それは、加速するエトラヴァルトの猛攻によって徐々に現実へと引き寄せられてゆく。

 

 今日、幾度となく交わった誓剣と竜爪は、この瞬間、最も激しい火花を散らした。

 

「『豊穣の大地に希う 開花を恵む陽天の加護をここに』!」

「——ッ!?」

 

 亜光速戦闘の最中に響く詠唱にジークリオンが息を呑む。

 

「『竜を貫く撃剣を 我が名はここに刻まれた』!」

 

 激化する空中白兵戦の中、詠唱が澱みなく紡がれる。

 唄の完成を阻止せんとジークリオンが吼え、しかし、止まらない。

 ここに至り、エトラヴァルトの“直感”が冴え渡る。

 より美しく、無駄を廃した円環の斬撃が、迫る竜爪をことごとく叩き落とした。

 

「破断する——『鬼哭葬送』!」

 

 上を取ったエトが両腕で振りかぶった凄絶な袈裟斬り。ジークリオンは反射的に両腕を交錯させた。

 

「『結晶竜殻(ルーナ・セスタス)』!」

 

 数多の攻撃を防いできた、ジークリオンが最も信頼する防御魔法が展開された。

 

 接触の刹那、結晶の護りが木っ端微塵に撃砕される。

 

「この、威力は——」

 

 散り散りになる破片の向こう側。

 蒼銀の眼差しを認めた竜の瞳が、驚愕に、あらん限りに見開かれた。

 エトラヴァルトは、渾身を叫ぶ。

 

「堕ちろおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 裂帛の気合いで振り抜かれた斬撃が、結晶の竜人を地上へと撃墜した。

 

「がは——っ!!?」

 

 大地を粉砕する墜落の衝撃に、ジークリオンの意識が明滅する。

 シンシアの炎拳に抉られた胸傷に重ねるように刻まれた斬撃は、千年来、久しく感じていなかった死の気配と生の実感をジークリオンに与えた。

 

「俺様を、地に堕とすか……エトラヴァルト!」

 

 憤怒と歓喜に叫ぶ竜主の見上げた先、土煙を切り裂いてエトラヴァルトが誓剣を構えた。

 

「『鬼哭葬送』!」

 

 二撃目。

 大上段から叩きつけられる剛力の一刀を、竜人は紙一重で躱わす。

 大地に触れた切先を始点に、大地が扇状に爆散する。

 空振りの煽りで倒壊するリゾートホテルを背景に、ジークリオンが左拳をエトの胸部へと叩き込む。

 

 カウンター気味に振り抜かれた鳩尾へのアッパーカットは、エトが誓剣を軸に宙へ身を投げたことで不発。

 しかし、倒立の姿勢で回避したエトの先には、ジークリオンの竜尾が死角で待ち構えていた。

 

「獲ったぞ!」

 

 エトの首元に竜尾を突き込むと共に、視線誘導に輝いた右の竜爪が胸を穿った。

 

「“——電脳遷移”」

 

 時間にしてゼロコンマ1秒未満。

 エトラヴァルトが肉体を電子情報へと書き換えたことで、ジークリオンの一撃がすり抜けた。

 

「馬鹿な——」

 

 愕然と呟く。

 あり得ないことだった。

 ジークリオンの一撃は確かにエトラヴァルトを捉えていた。死角から、決して見えないはずの一撃だった。

 

(直感で避けた? あり得ない!)

 

 完璧なタイミングの一撃だった。エトを回避に追い込んだ時点で、あの形に持って行った時点で確実に当たるはずだった。

 

(俺様の攻撃を事前に知っていなければ、こんな動きは——)

 

「余所見すんなよ、ジークリオン」

「——ッ!?」

 

 首筋に冷や汗を垂らしたジークリオンの動揺を、蒼銀の瞳は見逃さない。

 

「『鬼哭葬送』!」

 

 三撃目。

 猛然と横一文字に振り抜かれた誓剣が大気を叩き、馬鹿げた風圧がジークリオンの体勢を崩した。

 

「ぐう……!?」

 

 足裏で大地を削り、ジークリオンは地上戦を不利と悟る。

 即座に空への離脱を敢行。両翼を広げ強く羽ばたいた。

 

望郷を守護せし(クレイウィル・)白亜の若葉(コルアスタ)——!」

 

 その行動をまるで予知していたかのように、エトラヴァルトが展開した白亜の草木がジークリオンの頭上を覆った。

 

「この……!」

 

 竜の瞳が揺れる。

 決して破れない強度ではなかった。だが、ことごとく自分の手を先回りするエトラヴァルトの異様な“圧”に、ほんの一瞬だけ飛翔を躊躇った。

 

 その一瞬が、エトラヴァルトの肉薄を許した。

 

「『鬼哭葬送』……!」

 

 四撃目。

 竜爪を砕く。

 

「『鬼哭葬送』!」

 

 五撃目。

 竜牙を散らす。

 

「『鬼哭葬送』ォ!」

 

「貴殿は——ッ!」

 

 六、七、八……限界を知らぬ連続斬撃がジークリオンに防戦を強いる。

 

 一撃、一撃が結晶を砕き、鱗を切り飛ばす。

 ジークリオンを大地に縛り付けるように、猛烈な斬撃が息つく暇もなく降り注ぐ。

 

(——なんだ? なんだ、この……息の詰まるような戦いは!?)

 

 ジークリオンはひたすらに困惑する。

 まるで鳥籠の中に押し込められたようなとてつもない窮屈。

 

(俺様の手が、ことごとく読まれている……先読みされている!)

 

 大地から迫り上がった白亜の壁を足場に、エトラヴァルトが縦横無尽に疾走する。

 三次元機動と剛力の斬撃がジークリオンの反撃を封殺し、一方的に暴力を叩き込む。

 

(世界の援護……それは理解できる! だが! それだけでは説明できない!! あまりにも不可解だ!!)

 

 だが、ジークリオンが……最後の竜がなにもできず、させてもらえず。ただ防戦一方を強いられるのはあまりにも常軌を逸していた。

 

(呼吸の安定、動きのキレ、攻撃の鋭さ、地形の理解、手札の活用……どれを取っても、数分前のエトラヴァルトとは一線を画す!)

 

 ジークリオンは戦いの中での成長を否定しない。それは決して現実逃避の可能性ではないからだ。

 日々の鍛錬が死線を征く中で実戦へと結びつくことは往々にして起こり得る。

 

 だが、今のエトラヴァルトの成長はあり得ない。()()()()()()()

 

 ジークリオンは知り得ないが、魄導の会得による飛躍に匹敵する成長だった。

 

 それは異常の一言に尽きる。さらに——

 

(それに、あまりにも勘が良すぎる! わかっていたとも! エトラヴァルトの“直感”が鋭いことなど! だが、これではまるで、まるで……)

 

 そこまで思考して。

 

 熱閃(ブレス)()()を左の貫手で潰されながら、ジークリオンはある一つの仮定に辿り着く。

 

「〈歌姫〉の、〈王冠の瞳〉。まさか、そういうことか!?」

 

 駒鳥遊園地に響き渡る〈歌姫〉の絶唱。

 汗を散らし、髪を振り乱し。喉を振り絞って力の限り。そして、笑顔を絶やさずに歌い続けている。

 そんなシンシアのオーロラ色の双眸が見つめる先は、舞台に立つ最前線の英雄(エトラヴァルト)

 

 歌とリンクするエトラヴァルトの心臓の鼓動が、ジークリオンに真実を突きつける。

 

「——魂の鼓舞か!!」

 

 竜人は、自分の背筋が冷える気配を察した。

 

「〈歌姫〉の歌が、エトラヴァルト! 貴殿の魂を一段上へと引き上げているのか!!」

 

 

 それは、言うなれば潜在能力の強制解放。

 歌姫の舞台、瞳の見つめる先の主役に贈る最上の祝福(バフ)

 歌姫が歌い続ける限り、身体能力やセンス、思考力、魄導の運用……ありとあらゆる力が一段上の次元へと昇華する。

 その祝福は、エトラヴァルト固有の能力……反則級の“直感”にすら作用する。

 エステラ、オズマ、ジークリオンの三名の猛攻からシンシアを守り続けた際の、『未来予知じみた直感』。

 

 その昇華は、最早直感の枠に収まらない。

 

「エトラヴァルト、貴殿は今……()()()()()()()()()!?」

 

「『鬼哭葬送』」

 

 返答は凄絶な袈裟斬り。

 ジークリオンを防御の上から軽々と吹き飛ばす暴威。

 

「——ッ、『晶華(イドラ)』ァ!!」

 

 危機を悟った瞬間、ジークリオンは自らの最後の切り札を出した。

 透明色の結晶(クォーツ)が稲妻のように竜人の体表を駆け抜ける。

 色の圧縮。透き通る光を自ら発した竜の()()()()()()正拳突きがエトラヴァルトを吹き飛ばした。

 

「ガッ!?」

 

 ほんの一瞬先の未来を視ていた。わかっていた上で、エトは防御を滑り込ませることしかできなかった。

 

「野郎、いくつ切り札あるんだよ……!」

 

 体勢を整え正面を向いたエトの視界の中央、胸部を中心に、花が咲くように全身へと広がる透明な結晶(クォーツ)を纏ったジークリオンが大地を踏み締めた。




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