【第一巻発売中】弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ) 作:銀髪卿
命を燃やす〈歌姫〉の声は、遥か地の底にまで届いていた。
「……もう怒りは良いのかな、紅蓮」
「うるせえよ、裏切り者」
〈片天秤〉ジゼルの問いかけに、攻撃の手を止めた紅蓮がぞんざいに答えた。
玉座のある地底を原型がなくなるほどに破壊した両者の戦いの終わりは唐突だった。
「歌が、聞こえねえだろうが」
「敵の立場でいうのもあれな話だが……君は止めるべきじゃないのか?」
「ああ、そうすべきだろうな」
紅蓮はふわりと浮かび上がり、地上を目指す。
「でもな……こればかりは無理だ」
その目は郷愁に染まり、怒りを収めた紅蓮は穏やかな表情で耳を澄ます。
「何が〈覚者〉だ。俺が知ってんのは……ああ、〈歌姫〉だった」
『幻窮世界』の紅蓮・ヴァンデイルは、「幹部失格だな」と呟いた。
「俺はずっと……この歌を聴きたかったんだ」
◆◆◆
——二人の戦いは最早、当初の目的を廃した何かへと変わっていた。
“無限の欠片”を求めたジークリオンと、シンシアを護ると誓ったエトラヴァルト。
だが〈歌姫〉は既に再起した。
そして竜と騎士は眼前の敵に全精神を注ぎ込む。
「この姿を見せたのは貴殿で二人目だ、エトラヴァルト」
透明な、内側に淡い光を内包する
全身を
「互いにもう、交わす言葉はないだろう」
「——ああ、そうだな」
ゆえに互いに求めるのは、戦いの先にある勝利、ただ一つ。
駒鳥遊園地に閉園を告げる鐘が鳴り響く。
シンボルの城は足下のライトアップで荘厳に照らされた。
夜空を彩る光の帯を
アンコールを望む手拍子に、〈歌姫〉は声の限り応える。
長い長い
ここから始まり、そして終わる
演者は二人、奏者は一人。
奏でる歌の名は——《
緩やかに回る観覧車の下、二人は正真正銘、最後の闘争に身を投じた。
「「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッ!!!!」」
激突する。
誓剣と竜爪が互角に弾け、鎖と竜尾が唸りを上げた。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
ジークリオンの外殻が自らの速度に耐えきれず自壊する。ひび割れた
「オオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
エトラヴァルトが魂を燃焼させる。
既に砕けた魂。揺蕩う欠片を意思という名の猛火に
“予見”へと昇華した“直感”をもってしても対応が困難な竜人の圧倒的な速度に食らいつく。
「『
「『鬼哭葬送』!」
狭まる視界。白熱する意識。己の意思に焼き切られそうな灼熱を胸が発する。
——あと何日生きられる?
——あと何回、俺は全力で戦える?
——あとどれくらい、走ることができる?
——いや、そもそも。今の俺は
ふと湧いた疑問。
〈勇者〉アハトとの戦いを経てからずっと燻っていて、けれども目を逸らし続けていた事実が顔を覗かせる。
……エトラヴァルトは遠くない未来に朽ち果てる。〈勇者〉の一刀で、男は既に
この命は一体、いつ
——そんなこと、全てが終わってから考えればいい。
そう、
——全ての約束を! 誓いを! 果たすまで終われない!! それさえわかっていれば十分だ!!
「『今ここに星々の輝きを
死力を尽くした詠唱が紡がれる。
「『果てなき旅路 幻想の隆盛 旭光を呼ぶ群星よ、我らは明日への道を刻む』!!」
ジークリオンは言った。友のためになすべきことをすると。
ならば同じだ。エトラヴァルトもまた、親友のために、友のために、この命を燃やしているのだから!
「『碑文をなぞり、足跡を辿る』!」
「食い殺せ、『
ジークリオンが叫ぶ。
自らの肉体を、骨すら透明な
今更詠唱を止められるなどとは思わない。
ジークリオンは確信している。たとえ喉を断ち、肺を抉り取ってもエトラヴァルトは唄うと。
だから詠唱の最中、ほんの僅かに感度が鈍る近接戦で叩き伏せる。
最上の敬意をもって、詠唱の完成を待たずして殺し切る!
「オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/ーーーーーーッ!!!!」
真体の雄叫びに勝るとも劣らない特大の気迫をぶつけ、最大の
「ァ……、づぁ…………ッ」
円環の防御でも追いきれない超速の絶技に、エトの喉が苦悶を漏らした。
肉が抉れ、骨が弾けた。鎖によるサポートの限界を超え、左腕が肩口から千切れ飛ぶ。
「〜〜〜〜〜〜ッ、『無窮の、荒野』!」
「——ッ!!?」
「『語り部が謡うは、揺蕩う未来灯す篝火』!!」
それでも、エトラヴァルトは唄い続けた。
自分もまた、唄を止める気はないと。その身を見つめ続ける〈歌姫〉に応えるように、血反吐と共に怒鳴るように詠唱し続けた。
「『この手が綴るは未到の地平』——ッ!!」
再演する。
円環の斬撃が
「『概念昇格』」
本来なら“間”とは言えないそれは、二人にとってはあまりにも致命的な隙となる。
そして、エトラヴァルトが有する、最強の“一瞬”が埋め尽くす。
「『
「『
誓剣が摩擦する。
竜爪が輝く。
刹那を刻む千の衝突。
「「————————ァ!!!」」
互いに立場は違えど、抱える想いは同じだった。
思いの丈に優劣はなく。
実力はジークリオンが上回る。しかし、エトラヴァルトの背には〈歌姫〉がいた。彼女が背負った『幻窮世界』があった。
よって、全ての条件は互角であり。
ゆえに勝敗を決めたのは、互いが用いた武器の
夜空を昼のように染め上げる眩い閃光。
……カシャン、と。
ガラス細工が壊れるような。
激突の結末にしては呆気ない破砕音が響いた。
「…………ぁあ」
無防備を晒した竜人は両目を見開き……そして、小さく笑った。
「『輝け……』」
誓剣の切先が、ジークリオンの胸部に触れた。
収束するのは、七色の魔剣。
「『アルカンシェル』——!」
パレードのおしまいを飾る虹が煌めいて、ジークリオンの胸を貫いた。
夜空を切り裂く、天へと昇る虹。
カーテンコールを惜しむ拍手が鳴り響く中、見届けたシンシアは静かにお辞儀をした。
「みんな……声援ありがとう!」
◆◆◆
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ…………っ、くあ」
最後の一撃を打ち込んだ瞬間、俺は膝からその場に崩れ落ちた。
地べたを舐めなかったのも、誓剣を手放さなかったのもただの意地。もう、指先一つ動かせる気がしなかった。
「…………貴殿の」
「あ?」
土埃が晴れた先で、胸に大穴を開けたジークリオンが天を仰いでいた。
「貴殿の、勝ちだ。……エトラヴァルト。いや」
俺の背後から、バタバタと慌ただしい足音が駆け寄ってきた。
「——エト! 生きていますか!?」
「シンシア……」
アイドル衣装から白装束のドレスへと姿を変えたシンシアが俺の肩を支える。
オーロラ色の双眸は回転を止め、駒鳥遊園地は、まるで一夜の幻であったかのように、霧に溶けて消えてゆく。
「あれだけ歌って……元気だな」
「……ええ。歌と踊りは別腹ですから」
シンシアは茶目っ気を出して笑った。
「英雄たちよ……」
そんな彼女見て……恐るべきことに、胸に大穴を開けながらもジークリオンが上体を起こした。
「貴殿らの勝ちだ……〈歌姫〉。数々の非礼を詫びる」
竜人は吐血しながら、どこか清々しく笑う。
「本来なら頭を下げるべきだが、許せ。その気力もない。せめて、謝罪は受け取れ」
「その割には、だいぶ図々しい口調ですね」
「性分というやつだ」
消耗しきったアルカンシェルでは魂を砕けなかったのだろう。色々と出鱈目な話だが、ジークリオンはあんな状態でも生きていた。
「——こっ酷くやられたね、ジーク」
そこに今一番、聴きたくない声がした。
俺とシンシアの視線の先め、胸の大穴を氷が塞ぐ。
「二ヶ月はまともに動けないんじゃない?」
「そう、思うなら……もっと丁寧な治療を要求する」
「嫌だよ。私だって疲れてるんだから」
乱暴な応急処置をしながら、エステラがジークリオンの隣に着地した。
「エステラ……!」
言葉とは裏腹に疲労の気配を見せないエステラ。
心臓が嫌に跳ねた。
「ストラは、どうなった……?」
「生きてるよ。もうすぐこっちに来る……ああ、そう緊張しないで良いよ。私たちはもう、『幻窮世界』から手を引くから」
エステラの以外極まる発言に、シンシアが自分の右目を瞼の上から撫でる。
「この眼を、取らないんですか?」
「喉から手が出るほど欲しいよ。でもね、竜が誇りを賭けて戦ったから、その勝負に泥を塗ることはできないんだよ」
「そういうことだ。貴殿らは……生存を勝ち取った」
負けたと自分で宣言しているのに不遜な態度。喋るのも億劫な俺と、胸に風穴が空いたのに平然と喋るジークリオン。どっちが勝者か、これではわからなかった。
「その右眼は、またいずれ……別の機会に奪いに来るとも」
ジークリオンの再戦の誓いに、俺とシンシアは共に啖呵を切った。
「……奪わせねえよ」
「次も、返り討ちにします」
「期待、しておこう。……紅蓮」
ジークリオンの背後に空間の裂け目が生まれた。
その向こう側に、灰の降り積もった廃墟と、天を衝く結晶の尖塔が見えた。
「エトラヴァルト。いずれまた、再開しよう」
「お断りだ、化け物」
俺の捨て台詞にジークリオンは楽しげに笑みを浮かべ——
「ほら、怪我人はさっさと帰った帰った!」
エステラに首根っこを掴まれ、無理やり裂け目へと引き摺られていった。
「ま、待てエステラ! 俺様は怪我人だぞ!?」
「だからとっとと休めって言ってんのさ。……エト、またね」
「今度は、敵にならないことを祈ってる」
俺の返答を聞き届けたエステラは、引きずるジークリオンに勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
そんな二人を遮るように、虚空から這い出てきた〈死神〉オズマが裂け目を潜る。
そして、最後に裂け目を生み出した紅蓮が俺たちを一瞥した。
「紅蓮。お前たちの目的は……なんだ?」
「今のアンタにゃ知る権利はねえよ。この星の真実を知った時、もういっぺん聞きに来い」
とてつもなく不機嫌な声を出して、紅蓮は俺たちに背を向ける。
「——紅蓮さん!」
その背中を引き止めるようにシンシアが名前を呼んだ。
「……遊園地、どうでしたか?」
「………………」
足を止めた紅蓮は、長い沈黙を貫いた。
「悔しいが……………………………なんだ」
そして、背を向けたまま。
吸血鬼は自分の後頭部をガリガリと掻いた。
「悪くなかった。………………アンタの、歌も」
「……っ! そうですか」
「もう二度と来ねえよ、畜生」
そう言って、紅蓮は裂け目の向こう側へ去っていった。
見届けた俺たちは、ようやく肩の力を抜いた。
「エト。ありがとうございました」
「……ここから、どうするんだ?」
「わかりません」
首を横に振った彼女だったが、その声は決して、何かに迷っている者のそれではなかった。
むしろ、やることは決めている……そんな覚悟のある人間の力強い声音だった。
「ひとまずは、みんなのお墓を建てようと思います。それから……『幻窮世界』のことを、世界中に伝えに行こうと思います」
「ああ。それがいい」
それが、繋ぐということなのだから。
近づいてくる俺を呼ぶ仲間二人の声を聞きながら。
俺たちは、長い長い戦いの終わりを噛み締めた。
激闘、決着。
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