【第一巻発売中】弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ)   作:銀髪卿

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プロローグ 明日へ向かって歩き出す

 ことの顛末を話そう……なんて。今回の出来事はあまりにも壮大すぎて簡単にまとめられるものではなかった。

 

 だから順を追って説明する前に……一つの旅路の結末をここに記録しようと思う。

 《英雄叙事(オラトリオ)》の継承者として。——そして、記録の概念保有体として。

 

 

◆◆◆

 

 

「これで……よし!」

 

 自らの手で名前を彫り終えたシンシアが晴れやかな笑みを浮かべて立ち上がった。

 

 事態収束から数日。

 俺の怪我の容態やシンシアへの聞き取り等が理由で、俺たちは各々の世界への帰還を少し先延ばしにしていた。

 

 そして帰還が決まった今日。赤茶けた大地の上に、一つの石碑が建つ。

 

 

『幻窮の大地、その果てを刻む』

 

 一言、簡潔添えられた言葉の下には英雄たちの名が刻まれる。

 

〈王冠〉クライン

〈駒鳥〉ハーヴィー

〈星宿〉オフェリア

〈猟犬〉ティルティエッタ

〈門番〉アルジェ

〈無尽〉ガルタス

〈祭日〉エイミー

〈災禍〉ルーナ

〈浮世〉ヤウラス

〈贋作〉プリシラ

〈応報〉アカリ

〈忠義〉エンラ

 

 そして石碑の最後は、『全ての幻窮の民に〈歌姫〉が捧ぐ』と締めくくられた。

 

「わがままを聞いてくれてありがとうございます、エト」

「この程度、わがままの内にも入らねえよ」

 

 弔うという行為は、今を生きる者にとって重要な儀式なのだから。

 シンシアはようやく、彼らを見送ることができたのだ。

 

「良かったのか? ここ、あと一ヶ月も経てば無くなるのに」

「良いんです。だって、彼らが生きたのは幻窮(ここ)だから」

 

 シンシアは異界を閉ざす決断をした。……というより、彼女が“秘纏十三使徒”の〈歌姫〉を名乗った時点で、シンシア・エナ・クランフォールは異界主ではなくなっていたらしい。

 

 ——私と異界を繋いでいた鎖はもうありません。

 

 彼女はそう言った時、軽くなった首元を撫でていた。

 

「それに、他の世界に建てる必要はないんです。これから先は、私が刻みに行くから」

「そっか。……そうだな」

 

 いずれ消えるものだとして。

 この石碑はきっと、ここに建てられたことに意味がある。ここで戦った彼らに贈るものなのだから。

 

「ところでエト。その……」

 

 シンシアの視線が、俺の左腕()()()()()()に向いた。

 

「その腕はやっぱり、治りませんか?」

 

 すっかり軽くなってしまった左肩。今は籠手の形になった鎖がそこにはあるだけだ。

 

 ジークリオンとの死闘の末、俺は左腕を失った。

 

「多分無理だ。俺の魄導じゃ治せない」

 

 今後は鎖に左腕の代わりを務めてもらうことになる。普段は好き勝手に動いて貰って、必要な時は籠手の形で神経に接続、義手として動かすのが最善だろうか。

 

「リハビリ必須だな」

「必要とあらば、私も手伝いますよ」

「ああ、頼むよ」

 

 シンシアの歌を聞く中で何かを掴みかけていた気がするんだが……残念ながら鍛え直しだ。

 

「それにしても、その鎖……」

 

 何か引っかかりを覚えたのか、シンシアは顔を近づけてまじまじと鎖を凝視する。

 彼女の圧にたじろいだように、鎖が先端を揺らして小刻みに震えた。

 

 まるで意思があるような……なんて誤魔化した言い方は無意味。明確な意思を持って動くこの出自不明の“聖女の鎖のわけ身”を、シンシアは『むむむ』と唸りながら暫く見つめていた。

 

「……あ」

 

 そんな折、何かを思い出したように呟いた。

 

「これ、クラインが持ってた物に似てます」

「……マジで?」

 

 予想外の接点に思わず声が出た。

 

「はい。最期の頃は持っていなかったんですけど……少なくとも、私をスカウトしてくれた時には、こう、腰に巻きつける形で」

 

 説明しながら、シンシアはもう一度『あっ』と声を上げた。

 

「そうです! 丁度、ラルフさんの魂にくっついている奴とそっくりでした! 鎖の先端が()()()()になっているところまで!」

「マジか」

 

 俺は鎖に目を落とし……なぜ先端を隠す。

 やたらと人間くさい反応で先端を隠した鎖を引っ掴み、引っこ抜く。

 鎖の先端は、涙のような形をしていた。

 

「…………ティアドロップ」

 

 ふと、何故かそんな単語が脳裏を過ぎった。

 

「エト?」

「なんか……知ってる気がする」

 

 無意識に《英雄叙事(オラトリオ)》の記録を探っていたのか……それとも、イルルに見せられた記録の中で断片に触れていたのか。

 

「まあいいか。で、シンシア。これからどこに——」

 

「エ〜ト〜く〜ん〜?」

 

 ゾワっと背筋が泡立つ。

 

「もう、終わってるよね?」

「お……おう」

 

 俺の背後に音もなく忍び寄っていたイノリの放つ正体不明の圧に慄いた。

 恐る恐る振り返ると、満面の笑みで……何故だろうか。笑顔なのに笑っていないと感じるのは。

 

「シンシアさん。エトくん、貰ってくね」

「あ、はい。……どうぞお構いなく?」

 

 有無を言わさぬイノリの言葉にたじろいだように、シンシアは一歩後ずさってから小刻みに首肯を繰り返した。

 

「——それじゃ、行くよエトくん」

「あ、はい。それじゃシンシア、先に行って……」

「い〜く〜よ〜!」

「あだだだだだだだ腕もげるもげる!?」

 

 イノリの両腕が、がっしりと俺の右腕を抱え込む。そして、ズルズルと俺を引きずって船へと引き上げ始めた。

 

「ほら早く帰るよ! 私がいなかった間の一年間、洗いざらい話してもらうんだから!!」

「いだだだっ……いや、もう結構話しただろ!?」

「駄目! 七十回くらい繰り返した内容全部話してもらうからね! 運命共同体としての命令!」

「んな無茶な!?」

 

 フンフン! と鼻息が荒いイノリに引きずられて『幻窮世界』を去っていく。

 なんとも締まらない別れではあるが……俺は『夢』で出会った彼らにそっと別れを告げる。

 

「楽しかったよ。……ありがとう」

 

 いつか消える物語。けれども俺が生きている限り、《英雄叙事(オラトリオ)》が受け継がれていく限り。たとえ幻の世界であったとしても、彼らとの日々を刻み続けようと、そう誓った。

 

 

 ——そういえば。

 フェレス卿が言っていた『リンネさんの手がかり』ってやつは、結局なんのことだったのだろうか?

 

「……今度シンシアに聞いてみるか。なんかわかるかもしれないし」

「エトくん」

「あっはい」

「私といる時はシンシアさんの話、禁止令」

「いや、イノリにとっても重要なことで——」

「それでも禁止! 相棒としてのアイデンティティ!」

「わ、わかった! わかったから引っ張るのはやめでででででででで!?」

 

 頬を膨らませたイノリは歩幅を広げ、抵抗できない俺は船に着くまで情けない悲鳴を上げ続けた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「エトの周りには笑顔がたくさんありますね」

 

 とても騒がしい出発になってしまったな、なんて、私は小さく微笑んだ。

 最後の別れだというのに、こんな締まらない雰囲気でいいのだろうか、なんて思いと同時に、これくらい明るい方がいい、と思う自分もいた。

 

「湿っぽい別れは、もうやりましたから」

 

 だから最後はとびきり明るく、元気に行こう。

 

「私はこれから世界を巡ります。いろんなものを見て、聞いて、食べて……伝えていきます」

 

 私は石碑に誓う。

 

「だからみんな……私のこと、見ていてくださいね! この星で一番輝く、〈歌姫〉になってみせますから!!」

 

 青空の下、私はとびっきり笑顔を浮かべた。

 

「さようなら、ありがとう……大好きです!!」

 

 そして私は背を向ける。

 

 幻窮の大地はここで終わる。

 『幻窮世界』は私と共に進んでいき、そして、私が死んだ時に共に終わる。

 

 けれども、物語は続いていく。私が伝える限り、その言葉が未来につながる限り。

 

「これでようやく……貴女からのバトンを受け取ることができました。ね、クライン」

 

 その名前を呟いた時、一筋の風が吹いて私の髪を優しく撫でた。

 

「さようなら、私の英雄たち。さようなら、私の愛した大地」

 

 

 私の名前は、シンシア・エナ・クランフォール。

 『幻窮世界』リプルレーゲン唯一の生き残りにして、最後の守護者。

 秘纏十三使徒の〈歌姫〉。

 

 そして、愛する彼らを未来に語り継ぐ、《英雄叙事(オラトリオ)》に刻まれた歌い手です。

 

 

 ここから、一歩。

 私は、明日へ向かって歩き出す。







第八章 目覚めを叫ぶ英雄戦歌、これにて完結です。
ここまで読んでいただき誠にありがとうございました。

まずはスタートから半年、長い時間をかけてしまいましたことをここにお詫びします。
そして、それでもここまで読んでいただいたこと、重ねてお礼申し上げます。本当にありがとうございました。


第九章に関しては、今章のように不安定な投稿にならないように諸々準備してから投稿を始めようと思います。今暫くお待ちいただければ幸いです。

最後にもう一度感謝を。
『弱小世界の英雄叙事』をここまで読んでいただきありがとうございます。今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。
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