【第一巻発売中】弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ)   作:銀髪卿

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七夕SS (時系列・第二章「シャロンちゃん大暴れ」の後)

「ねえねえエトくん! 図書館で知ったんだけど、今日は“七夕”っていうお祝い事があるんだって!」

「七夕——今日が!?」

 

 ちょっとテンション高めに帰宅したイノリの言葉を聞いた瞬間、俺は即座に白紙を破り短冊を作成。

 一筆したため、竹はないからてるてる坊主みたいにカーテンレールに吊るし、茜色の空に向かって渾身の祈りを捧げた。

 

「元の体に戻れますように! 元の体に戻れますように! 元の体に戻れますようにッッ!!」

「うわびっくりした! どうしたの急に?」

 

 はたから見れば奇行以外のなんでもない俺の挙動に、玄関で硬直したイノリは若干引き気味だった。

 

「いや、七夕って聞いたからつい……」

 

 シャロンの肉体から元の体に戻れなくなってしまって数日。

 解決の糸口が見えない今、仮にただの催しだと分かっていても体は反射的に縋ってしまった。

 

「エトくん、七夕って知ってたの? もしかしてリステル発祥?」

「いや、俺も又聞きだぞ。けど、聞いてからは学園での恒例行事になってはいた」

 

 お祭り好きの我が親友、アルスが『今日は七夕なる催しがあるらしいよ!』ってハイテンションで持ってきたのが始まりだった。

 他にも彼女によって持ち込まれた催し事は多々あり、あまりにもいろんな世界から無節操に持ち込むもんだから先生たちから『月に一つまでだ!』とお叱りを受ける羽目になった……俺が。

 ……改めて思うと凄まじく理不尽だ。改めるまでもなく当時の俺も感じていたけど。

 

 そして今、俺が置かれているこの状況も凄まじく理不尽だ。

 

「願って叶った試しがないけど、願わずにはいられなかった」

「藁にも縋るってやつだね」

「今縋ってるの、笹だけどな」

 

 その笹すらないから虚無に縋ってる……なんか虚しくなってきたな。

 

「ちなみにイノリは願うなら何を——」

「兄ぃとお(ねえ)が見つかりますように!」

「うん、そうだよな」

 

 聞くまでもなかった。

 あと、その願いは切実に叶えたいものだ。

 

「俺らの願い事、やっぱり神頼みじゃどうしようもないな?」

「神様とからいたら蹴っ飛ばしちゃうからね」

「同意だ。絶対に邪神だからな」

 

 力を使うと女体化するとか、マジでふざけてるとしか思えない。

 人にこんな業を背負わせやがって。ぶん殴ってやる。

 ……って怒ってもどうしようもないんだよなあ。

 

「とりあえず、色々切らしてるから買い物行くか」

「だね。笹あったら買う?」

「…………一応、小指の爪の先くらいの可能性に賭けて」

 

 未練たらたらな発言にイノリが苦笑した。

 

「そういえば、ラルフくんって七夕知ってるかな?」

「アイツ謎に博識だから知ってるんじゃね?」

 

 知ってたら……うん。

 まあ、ほぼ確実に『モテたい』って叫んでそうだな。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「可愛い女の子たちにキャーキャー言われてチヤホヤされますようにッ!!」

 

 ちょうど、エトラヴァルトが1人の仲間のことを考えていた時。

 スラムの奥深くで、1人の男の魂の叫びが響き渡った。

 

「ハーレムを築けますように————ッ!!!!!」

 

 半地下から空に向けて渾身の祈りを捧げる赤髪の男……ラルフの凄まじい気迫に気圧され、近くの“剣”の面々や違法取引の売人たちはそそくさと退散する。

 彼らの心は、すなわち、ひとつだった。

 

 ——関わりたくねえ……!

 

「どうしたお前。いつにも増して気持ち悪いこと叫びやがって」

 

 そんな中、1人の勇気ある男……もとい、ラルフの師を勤める男が辟易とした表情で弟子に荒ぶる理由を問いただした。

 

「ザイン師匠……!」

「やめろ、なんで目が潤んでやがる。チッ、その顔で寄るな気持ち悪ぃ! なんだっていつもの三倍くらい気持ち悪くなってんだお前は!」

「弟子に対して言い過ぎだろ!?」

「押しかけてきた才能ねえ奴にはこの程度がちょうどいいだろ」

「いつにも増して辛辣!!」

 

 ザインから散々な評価と、おまけにゴミとカスを見る絶対零度の視線を受けてもラルフは怯まなかった。

 

「いやさ師匠。今日って世界によっては『七夕』ってイベントがあるんだよ」

「急に冷静になりやがって……いやいい。それでいいからもう叫ぶな」

「何も言ってな——ぶへっ!?」

 

 先んじてラルフの頭を鞘でぶっ叩いたザインは、聞き覚えのない単語に意識を巡らせた。

 

「たなばた……、聞かねえ言葉だな」

「まあ、『魔剣世界』とは縁なさそうだなとは思うよ」

「察するに欲望をぶちまけるものらしいが……」

 

 ラルフの奇行のせいで妙な認識を植え付けられたザイン。なお、元凶のラルフは大真面目だし『欲望』というか、本人的には切実な願いだったので修正が入らなかった。

 

「お伽話みたいなもんだよ。空の上で離れ離れになった2人が、年に一度だけ逢えるっていう。で、俺たちも便乗して願い事を笹の葉に吊るして、燃やして空に届けるんだ」

「なるほど、叶わねえ願いの供養か」

「師匠、俺も泣く時は泣くんだぞ?」

 

 ほぼ直接的に『お前の願い叶わないから諦めろ』とブッ刺されたラルフが胸をおさえて悶えた。

 

「そんな馬鹿なことしてる暇があったら、とっとと剣を抜けっつってんだよ」

「わかったよ……はあ」

 

 駄々を捏ねても仕方がないことを根底では理解しているラルフは、師の言葉に従って抜剣した。

 

「…………師匠、この辺で笹生えてるところないか? 後で短冊と一緒に燃やすから」

「未練しかねえじゃねえか」

 

 コイツ一旦ぶった斬ってやろうかな、とザインは仄かな殺意を芽生えさせる。が、すぐにその意味がないことに思い至った。

 

「いや、意味がねえな。そもそも降り出したからな」

「え。何が?」

「雨に決まってんだろ。それとも剣の雨に当たるか?」

 

 ザインの言葉に、ラルフがわなわなと震えた。

 

 七夕とは、星の海を渡り、二人の男女が再会を果たす日。

 つまり、星の海に雲がかかると……その再会は果たせないものとなる。

 

 にわかに強まった雨足が、半地下の空間に音を届けた。

 

「ほらな?」

「あ、ああ…………!」

 

 ザインの目の前で、ラルフがぐしゃりと両膝をついた。

 

「ちっっっっくしょーーーーーーーーーー!!!!」

 

 慟哭が響き渡る。

 師匠がどでかいため息をつく目の前でラルフの双眸から流れ落ちる雫はまさしく、涙雨と呼ぶに相応しい哀愁が漂っていた。

 

 ……このあとキレたザインによる剣の雨が降ったが、ラルフは悲しみを糧になんとか生き延びた。

 のちにラルフは、『あの日は本物の殺意があった』と身を震わせながら語った。

 

 

◆◆◆

 

 

「雨、降っちゃったね……」

「降っちゃったなあ……」

「雨降るとさ、再会、できないんだってね」

「……俺の今の状態と交換してやりてえよ」

「流石に、物理的にひとつになるのは嫌なんじゃないかなあ?」






【ご報告】
本日7/7、弱小世界の英雄叙事詩、ついに発売しました!!
発売元はSQEXノベル様、イラストはチーコ先生に担当していただきました!
加筆修正と断章を加え、チーコ先生の素敵なイラストで彩られた第一巻、何卒よろしくお願いします。

また、SSも三本書き下ろさせていただきました!

SQEXノベル公式サイト「しりとりはたまに本音が漏れる」
リンク↓
https://magazine.jp.square-enix.com/sqexnovel/special/2025/jakusyosekaino01_ss.html

電子特典「大解剖! エトラヴァルトの性別判定!」
・各電子書籍サイトからお買い求めいただけると幸いです。

メロンブックス様「冒険者ラルフの悲惨なパーティー勧誘事情」
リンク↓
https://www.melonbooks.co.jp/detail/detail.php?product_id=2990705

以上の三つとなります!

また、amazon等通販サイトでもお買い求めいただけます!
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こうして発売まで辿り着けたのはひとえに更新頻度ボロボロな本作を読み支えてくださった読者の皆様のお陰です。誠にありがとうございます!
今後とも、よろしくお願いいたします!
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