【第一巻発売中】弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ)   作:銀髪卿

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強襲

「あ、エトくん来たよ!」

 

 入り口付近に立っていたイノリがいち早く俺たちの到着に気づく。

 彼女以外にもフェレス卿、ストラ、シンシア、ミゼリィ、シャルティア大佐の姿も見える。

 特に、ストラとフェレス卿の絡みは珍しい光景だ。

 が、玉座だというのに肝心の現王ハイレインがいなかった。

 

「イノリ、ハイレイン様は?」

「今、源老と〈魔王〉の二人と別室で協議してるって」

「おおう……」

 

 ——胃痛、ヤバそうだな。

 なんて、つい場違いな感想を抱いてしまった。しかし一大事ではあるため、頑張ってほしい。

 

「エト様、念話でおっしゃっていた密会相手とは……?」

「ああ、今紹介する」

 

 俺が一歩左に身をずらすと、玉座のある空間に野暮ったい黒髪の小人族が堂々と入ってきた。

 

「あれ、確か『幻窮世界』で……」

「貴方は——!?」

 

 反応は様々。しかし、その人物に強く見覚えのあったストラがあんぐりと口を開けて驚きを表現した。

 その、ある意味で予想通りの反応に、小人族の〈異界侵蝕〉は少し楽しそうに笑った。

 

「テンプレな驚きをありがとう——〈片天秤〉ジゼルだ。久しぶりだね、〈竜喰い〉」

「と、いうわけで密会相手のジゼルだ。偶然にも今回の話と関係があったから連れてきた」

 

 努めて肩の力を抜いた紹介をすると、グサグサと。皆の容赦のない視線が俺の全身を貫く。

 唯一、フェレス卿だけは愉快そうに笑っていた。

 

「エト様! なぜ、よりによってエヴァーグリーンの……リステルと敵対関係にある世界の〈異界侵蝕〉を連れてきちゃったんですか!?」

「そうだよエトくん! それに“密会”って! 報連相(ほうれんそう)は基本だよ!」

「ほうれん草……? イノリさん、なぜ食材の話を?」

 

 約一名食べ物に意識を持っていかれていた奴がいたが、この際一旦放置。

 

「いや、昨日の夜に()()()()()()()()が届いてさ」

「罠の可能性は考えなかったのですか!?」

「もちろん考えたぞ? というかストラ、近い。近いから一旦落ち着けって。あと、これ証拠な」

 

 いきりたつ茶髪の魔女を押し留め、ついでに証拠提出として格ゲーに勤しむジゼルの手からゲーム機を取り上げた。

 

「あっ……」

 

 一瞬、ものすごく切なそうな顔をした小人族に罪悪感が湧く。が、すぐにどこからともなくもう一台取り出しやがったので、心置きなくストラに手渡せた。

 サブ機あるならなんでこの世の終わりみたいな顔したんだコイツ……。

 

「確かに、ゲームのチャット機能を使ってますね……場所と時間の指定をエト様に一任したのですか?」

「そりゃあね。こっちが無理言って話したいって言ったわけだし」

 

 大事な話し合いだというのに、ジゼルは躊躇いなくサブ機を起動させながら片手間に頷く。

 

「ちゃんと『海淵』に隣接した場所を選んだのは良かった。無警戒じゃないことを知れたしね」

 

 なぜ、無茶を言ってきた側が偉そうなのか。あと、電子音がうるさい。

 

「まあ、ってことでジゼルと密会してたわけだが……」

「私からの念話で中断したということですね」

「その話が無関係じゃないってとこもある。ジゼル、説明頼む」

 

 そう言うと、ジゼルはものすごく嫌そうな顔をした。

 

「えー。さっき話したじゃん。君が言ってよ」

「お前は何のためにここまで来たんだ……」

 

 さっきまでの真面目モードはどこに行ったんだ。

 あと、仮にも敵対する世界に単身で踏み込んでるってのに呑気すぎるだろ。

 面の皮が10cmくらいありそうなヘイルに、イノリが半眼を向ける。

 

「ねえエトくん。この人、敵なんだよね?」

「なはずなんけど……ちょっと個人間では意気投合してる奴が《英雄叙事(オラトリオ)》の中にいてな……ヘイルなんだけどさ」

 

 生前、プログラマー兼、生粋のゲーマーだったヘイルは、同じくゲーマーなジゼルを非常に好意的に見ている。

 というか、ゲームでフレンド登録をして以降は定期的に遊んでた。

 

 シーナの夢境で少なからず交流してきたことも発覚したわけで。

 所属世界的には敵対関係だけど、個人間では一概に険悪とも言えない……ヘイルはそんな位置付けになっている。

 

「俺も頭では敵だってわかってるんだけど……ジゼルは戦争で前線に出てこなかったし、妙に敵として見づらいんだよな」

「なんだか不思議な関係ですね」

 

 煮え切らない俺の態度に、シンシアがそう呟いた。

 

「どうにも敵意が見えないと言いますか……ジゼルさんの“魂”、敵地にいるのにすごく穏やかです」

 

 瞳をオーロラ色に染めたシンシアの言葉に、ジゼルが僅かに視線を上げた。

 

「……〈王冠〉クラインの観魂眼。やっぱり継承してたんだ」

 

 なんとなしに呟くジゼルに、俺とシンシアが小さく息を呑んだ。

 

「クラインを知ってるんですか!?」

「僕ってこう見えて長寿だからね。滅亡惨禍も経験した。だから、使徒には感謝してるんだ」

「そう、だったんですね」

 

 観魂眼は、その言葉に嘘がないことを見抜いただろう。

 俺の直感も、ジゼルからは何も感じなかった。だからこそ、彼が今の言葉を当たり前に思っていることは明白だった。

 

 ここにもまた、残ったものがある。

 その事実に、シンシアは感極まったように口をギュッと引き結んだ。

 

「そう。だからこそ、今回の一件を……《終末挽歌(ラメント)》の凶行を、止めなくちゃいけない」

 

 やっと話す気になったのか。

 ジゼルはサブ機をポケットにしまい、この場に集う俺たちの顔を見渡した。

 

「話すよ。僕がエトラヴァルトを頼ろうとした理由を」

 

◆◆◆

 

 世界のどこかで、誰かが問う。

 

「……行くのか」

「そうする他あるまい。もっとも、上手くいくかは向こう次第だ」

 

 それでも、やらなくてはならない。

 そんな覚悟を、滲ませながら。

 

「……彼を、頼む」

「ああ、連れて行くとも。任せろ、友よ」

 

 それは、天高く飛翔した。

 

◆◆◆

 

「……とまあ、こんなわけで。ウチの尻拭いを頼むような形になって申し訳ないけど」

 

 ひと通りジゼルが説明し終えると、その場にいた全員が口をつぐんだ。

 

「ンッフフ……見えなかったのは、これでしたか」

 

 唯一軽口を叩くフェレス卿だが、顔色は優れない。

 シャルティア大佐に至っては、青い顔をして『少し風に当たってくる』と言い残し、バルコニーで項垂れる出る始末。

 

「ジゼルさんの発言を整理すると……私たちはこれから、七体の竜と、不特定多数の〈異界侵蝕〉。そして元凶の《終末挽歌(ラメント)》と交戦する必要があると?」

「ざっくり言うと、そうだね。ちなみに失敗したらこの星、滅ぶよ」

 

 ジゼルは呑気な声で『酷いボスラッシュだよね』なんてのたまった。

 

「もちろん、事が明るみになった以上少数精鋭なんて言ってられない。各世界に応援を要請し、〈異界侵蝕〉の派遣も視野に入れた大規模な()()()()()を編成するべきだ」

 

 世界を跨いだ大規模な作戦の必要性。

 それが〈異界侵蝕〉という到達点にある者から飛び出したという事実が、現在の状況がどれほど深刻であるかを俺たちに突きつける。

 

「ジゼル、ひとつ聞かせてくれ」

「なんだい?」

「ロードウィルを秘密裏に始末しようとしていたことは聞いた。けど、その意図がみえない」

 

 《終末挽歌(ラメント)》との内通が理由なら、それこそ〈勇者〉をけしかければ済む話だ。

 なぜ、わざわざ断られるリスクを冒してまで俺に話を持ってきたのか。

 

「なんで遠回りを選んだんだ?」

「簡単な話だ。僕がロードウィルに目をつけられていたからだよ」

「お前が……?」

 

 ジゼルがやや不満そうに頷く。

 

「一年前、僕が『幻窮世界』に派遣されたのはロードウィルの提言がきっかけだ。思えば、あれは僕の“天秤の概念”を警戒しての行動だった」

 

 ジゼルの概念……そう言われて、ひとつ、思い当たる節があった。

 ストラやラルフが夢境で主体を取り戻した時、ジゼルの助力があったと聞く。恐らくは……

 

「……意思の天秤か」

「流石、勘が鋭いね」

 

 前髪の奥でトパーズの瞳が輝く。

 

「僕の概念は、対象の思考の優先度を察知できる。たとえば、カレーを食べたいか、ハンバーグを食べたいか、みたいな」

 

 随分と平和的なたとえだが、それをロードウィルに当て嵌めるとなると穏やかじゃない。

 

「一年前に気づくべきだった。彼の天秤は、既に……いや、もしかしたら最初から『悠久』には傾いていなかった」

「ジゼルさんの概念で事前に察知できなかったんですか?」

「便利だけど、万能じゃないんだ」

 

 ストラの質問にジゼルは力なくかぶりを振った。

 

「自己暗示とか、あるいは幾つかの理由で理論武装されてたりすると見えづらくなるんだ。それに、怪しんで深く見すぎると……」

「バレるのか」

「そういうこと。君みたいな馬鹿げた直感がなくとも、聡い奴なら気づく。仮に気づかれたら、皇都が戦場になる」

 

 それは、ジゼルが最も避けたい末路だろう。

 『悠久』を守りたいのに、そこを戦場にするなんて本末転倒だ。

 

 ……なるほど、だから俺を頼ったのか。

 

「俺なら水面下でコンタクトが取れて、ヘイルの異能で電撃戦を仕掛けられた」

「そう。僕の“天秤の概念”も合わせれば、世界を跨いだ()()()()()()()()も可能だ。ロードウィルの背後を突いて、速攻で仕留めることもできた。んだけど……」

 

 そこで、黒髪の小人族はガックリと肩を落とした。

 

「先手を打たれちゃったんだよねえ」

「こればっかりは仕方ねえな」

 

 後手に回され、相手が先に盤面を整えてしまった。

 なら、こっちが取れる策は力押しのひとつだけだ。

 

「フェレス卿」

「ンフフ……なんでしょう?」

 

 道化の宰相は、俺が何を言おうとしているのか先読みしたのか、楽しそうに笑った。

 俺はひとつ、深呼吸をして……告げる。

 

「『四封世界』に向かう」

「部隊編成はどうしますか?」

「イノリ、ストラ、シンシアの三人を。協力者としてジゼルを招集する。『海淵』と『極星』にも応援要請を頼む」

 

 後ろを振り向き、仲間の顔を見る。

 

「ほっとくとリステルもヤバいからな。力、貸してくれ」

 

 俺の頼みに、イノリは屈託のない笑みを浮かべた。

 

「もちろん、運命共同体だからね!」

 

 ストラは真摯な眼差しで頷いた。

 

「力の限り」

 

 シンシアは逞しく胸を張った。

 

「任せてください!」

 

 ついでに、ジゼルはため息がてら承諾した。

 

「僕が持ち込んだ話だからね。やるだけやってみるさ」

 

 みんな、腹は決まっていた。

 ……一名。

 約一名、すごく不服そうに頬を膨らませてジト目を向けてくる会長がいるんだが……うん。わかってます。ちゃんと話します。だからそんなに睨まないでください。

 うん。一旦時間を作ろう。

 

「ひとまず、ハイレイン様が戻ってくるまでは一休みして——」

 

 言いかけて。

 

 ——刹那、直感が最大級の危機をがなり立てた。

 

「——全員戦闘準備ッ!!」

 

 いち早く反応したシンシアが戦闘装束に身を包み、ジゼルは左手に天秤を生み出す。

 ワンテンポ遅れてイノリとストラが、それぞれ短剣と杖を構えた。

 

 意識の網を王城を包むように広げ——直感が、バルコニーを見ろと叫ぶ。

 

「エト、何を感じと——」

「大佐ごめんっ!」

「ってぇ!?」

 

 叫ぶと同時に床を蹴り、反応が遅れた大佐を屋内へ乱暴に放り込んだ。

 内心で詫びながら外に意識を向けると——突風。

 

 嵐と紛うような風が吹き荒れ、俺たちの目の前に、極彩の竜人が滞空した。

 

「——存外、早い再会になったな。エトラヴァルト」

「お前……っ!?」

 

 宝石(シトリン)の髪が風に靡く。

 雄々しい両翼が空を覆うように広がった。

 腕を組み、こちらを見下ろす不遜な立ち振る舞い。

 それに相応しい、そこにいるだけで本能が警鐘を鳴らす暴圧。

 

「ジークリオン……!」

 

 【救世の徒】。

 〈竜主〉ジークリオン・エルツ・ヴァールハイトが、リステルを強襲した。






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