【第一巻発売中】弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ)   作:銀髪卿

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「あの馬鹿女、道草食ってるかと思えば俺に無断で何してやがる……!」

 

 『極星世界』ポラリスの魔王城執務室にて、〈魔王〉ジルエスター・ウォーハイムは舌打ちに怒りの吐息を吐き出す。右手ではまだ茶の入っていた陶器のコップを粉々に握り砕き、報告書を持ってきた部下の男を震え上がらせた。

 

「リステルじゃなくてイルナなんつう辺境にいやがって!」

 

 しかもエトラヴァルト他、悠久のジゼル、果ては救世のジークリオンと行動を共にしていると来た。

 

「テメェが()()したら、俺が(ともがら)の利益享受を認めるって言ってるようなもんじゃねえか! あ゙あ゙⁉︎」

 

 エトラヴァルトたちが『幻窮世界』で活動していたこの一年で、カルラ・コーエンは数多くの功績を上げた。

 その最たるものは《界竜》ヨルムンガンドの単独討伐だが、その他にも複数の異界を踏破し、〈魔王〉の右腕に足る実力者だと各世界にアピールを繰り返して来たのだ。

 そして〈異界侵蝕〉の中でも随一の機動力を誇るカルラは、各世界が求める〈魔王〉謁見への玄関役を担いつつある。

 勢力の拡大を続ける『始原世界』と『覇天世界』、そして情勢お構いなしに侵略を断行した『悠久世界』に釘を刺すべく、横のつながりを欲したジルエスターの働きかけの広告塔だ。

 つまる話、カルラは今や——本人にその自覚があったのかは果たして疑問だが——『極星世界』の一大戦力かつ()()()()となっていたのだ。

 

 そんな女が、【救世の徒】の盟主と『悠久世界』の〈異界侵蝕〉、果ては弱小世界に生まれた最新の〈異界侵蝕〉と世界に名を轟かせる英雄たちなんかと肩を並べて戦ったのだ——〈魔王〉への断りもなく。

 なんの説明もないままに、強い奴ら同士で手を組んで小世界で暴れたのだ。しかも、一名は全世界から共通指名手配を受ける大・大・大犯罪()

 実情はともかくとして、字面はとにかく最悪であった。

 

「俺の睡眠時間を削りに削った政略を台無しにしやがってぇ……!!」

 

 今この瞬間、〈魔王〉の政略:意訳『拡大する脅威に対抗するためにみんなで密な連携とっていこうね!』が、玄関役の暴走で白紙になった。

 

「だあークソッタレ! 白髪が増えるじゃねえか!!」

 

 なお、この場に「いやお前白獅子なんだから増えるも何も最初から白髪じゃん」なんて茶化せる強心臓の持ち主がいるはずもなく、空気は和むどころかより一層緊迫した。

 

「つーか、ウチの馬鹿はさておきだ……なんでエトラヴァルトたちがいる?」

 

 ほんの少しだけ冷静さを取り戻したジルエスターは、各方面への言い訳を紙にしたためながら違和感を思考する。

 

「あいつら、ついこの間に奴らとやり合っただろ。エトに関しちゃ左腕もがれた相手……元から繋がってたか?」

 

 以前、ジルエスターは豊穣の地でエトラヴァルトが【救世の徒】と内通している可能性を疑った。

 事実、エトおよびストラの両名は〈冰禍〉エステラと関わりがあり、友好的な関係を構築していた。当時は豊穣の地での功績や状況証拠などから総合して見逃したが、やはり内通していたのか——そんな考えを浮かべ。

 

「いや、ねえな。今はさておき昔のエトにんな腹芸はできねえ。あと身内の腕取るなんて馬鹿な真似するとは思えねえ」

 

 〈勇者〉に対抗できる個のパワーダウンを容認するとは思えない、そうジルエスターは自らの仮説を否定した。

 

「ってこたあ、共闘は一時的なものか? 西で画策してやがる《終末挽歌(ラメント)》への対抗って見方ができるが……にしても情報が速すぎる。〈天穹〉か、それ以外の情報網は間違いねえが……なら、なんで〈片天秤〉がいる?」

 

 カルラに関しては、どうせ『可愛い弟子に頼まれちゃしょうがないわねー!』なんてノリで同行しているんだろうと当たりをつけたジルエスターだが、〈旅人〉ロードウィルの離反を知らないゆえに〈片天秤〉ジゼルの動向が不明瞭だった。

 そもそもがこの一件、『弱小世界』の守護に全霊を尽くすエトラヴァルトが第二大陸まで足を運んでいるのが奇妙である。

 

「何がなんでも速すぎる。凄腕の転移使いが関わってるのは確定……ってこたあ〈天穹〉の関与は間違いねえ。いや、それ以前になんでエトの野郎は協力してる?」

 

 利益がない、わけではない。

 《終末挽歌(ラメント)》の脅威を早々に排除することはリステルの平穏に寄与するだろう。だが、他世界からの()()を容認してまで【救世の徒】と先行して動くことに利益がないのだ。

 時を待ち、各世界から精鋭を選抜して動くのが最善手、ジルエスターはそう考えた。

 

「アイツは頭の回らん馬鹿じゃねえ。つまりだ、速く動かなくちゃならねえ理由があるはずだ。先んじて動いた奴らの中に、俺たちが知らねえ情報を握っている奴がいる」

 

 そこまで思考したジルエスターは、一つの結論を出した。

 

「…………《英雄叙事(オラトリオ)》だな」

 

 あまねく英雄の生涯を記録した一冊の書物。“記録の概念”を宿し、今はその力をエトラヴァルトに移譲した謎多き概念保有体だったもの。

 その起源は定かではなく、一説によると滅亡惨禍より前とされる。

 

「リステルの守りを捨ててまでやらなきゃならん理由、ね……」

 

 ジルエスターは自らを博識だと思わない。為政者として必要な知識は最低限持ち合わせている自負こそあるが、学者のような者には劣ると自覚している。

 

「なんで、あんな()()が今まで知られていなかった?」

 

 ——その上で、彼は《英雄叙事(オラトリオ)》に関する知識を〈魔王〉として知っているべき知識だと位置付けていた。

 

 記録の概念。

 あらゆる事象を記録する、という文言はエトが口にしたものだ。概念の在り方は保有者によって変化し、その真価を引き出される。

 であるのならば、概念保有体として未だ未熟なエトですらそんな出鱈目なことが可能ならば。

 何代、何十世代にも渡り所有者の人生を記録し続けてきた本が秘める力は絶大なもので間違いない。

 なぜならば、概念とは事象に対して“言葉で名付け”られたもの。

 ゆえに、“記録”という“あまねく言葉”を書き記す力は、この世界において隔絶した可能性を秘めている。

 

「そんなもんが、どうして放置されてきた?」

 

 エトラヴァルトが台頭するまで一度として歴史の表舞台に立つことがなかった。

 ジルエスターは、それを明らかな異常事態だと口にする。

 

 人生の記録。そして再現、魂の保存、対話、継承。

 そんなものがひっそりと、歴史の影に隠れていた。——まるで、誰かの手によって意図的に隠されていたかのように。

 

「まるで矛盾してやがる」

 

 放っておかれるはずがない。

 誕生の瞬間から、あらゆる勢力がその力を欲したはずだ。

 ——ならば、ならばこそ。

 

「この矛盾が、今回のエトラヴァルトの()()の本意か」

 

 ジルエスターは一度深く息を吐いて、扉の向こうに控える従者に声をかけた。

 

「おい、〈異界侵蝕〉三人、あとポラリスに拠点を置く金級全員に動員をかけろ。あと、豊穣の地に遣いを出せ——戦争だ」

 

◆◆◆

 

 それは、エトラヴァルトたちが小世界イルナで竜と遭遇した半日後。

 

「エトと連絡が取れない?」

「うむ。こちらからの通信に一切反応がない」

 

 第七王子ライラックは、兄リントルーデの発言に首を傾げた。

 『海淵世界』アトランティスが主城、“淵源城ノア”の私室で、二人は向かい合って座ったまま話を続ける。

 

「兄貴、それいつからなんだ?」

「気が付いたのは半日前。父上とリステル王の会談が、リステル側で急を要する事態が発生したということで打ち切られた後だ」

 

 政治の問題なのか、武力的な問題なのか。

 前者ならばエトが反応するはずだと確認を取るべく、リントルーデがエトの自宅に通信を飛ばしたのが発端である。

 

「その後、部下に15分おきに断続的な通信を試みているが反応がない。宰相フェレスが王に代わって謝罪をされたそうだが、どうにも王都で混乱があったようだ」

「エトが出られないってなると、他世界の襲撃か?」

「それも考えたが、可能性は薄いだろう。なにせ、シンシア殿の公表を済ませたばかりだ。我ら海淵と極星の後ろ盾があるリステルを狙うには時期が悪すぎる」

 

 そも、〈異界侵蝕〉の中でも上位に位置するであろうシンシアと、事実上の〈異界侵蝕〉と目されるエトラヴァルトに勝る戦力など早々いない。

 可能性があるならば七強世界くらいのもの。その上で、動向を掴めないのならば可能性は排除していい。()()()()()()()()がない限り、〈異界侵蝕〉級の戦力の動向は他世界に知られているのが常なのだから。

 よって、リントルーデはその可能性を排除した。……実情は、より最悪な竜の訪問だったわけなのだが。これも襲撃が目的ではなかったことから、彼の読みは当たっていると言ってもいいだろう。

 

「さりとて、急を要する何かがあり、それが今もなお続いているのは間違いないだろう。……気になるか?」

「そりゃそうだろ。だって仲間なんだぞ?」

 

 第七王子ライラックは、冒険者ラルフでもある。

 共に旅をしたエトラヴァルトたちを心配するのは当然のことだった。

 

「できればすぐにでも飛んでいって無事を確認してえくらいだ」

「わかっているとも。だが……」

「わかってるよ兄貴。それができないことも」

「すまないな、ライラック」

「いいって。望んでこうなったんだから」

 

 第七王子として顔を知られた以上、ラルフは今までのような自由気ままな外出ができない身になってしまった。

 存在そのものが政治的な意味を持つという意味ではエトラヴァルトも同じだが、“統治者の一族”と“冒険者”では内実はまるで異なるものだ。

 

「あーあ! 俺が念話の魔法得意だったら良かったんだけどなあ! それか転移!」

「どちらも世界を跨ぐとなれば、それこそ概念保有体にのみ許されたような技だろうな」

「だよなあ……」

 

 エトならば、もしかしたらできるのではないかとよぎったラルフだが、その本人が今所在が不明なのだからどうしようもなかった。

 

「俺にできるのは、返事が来た時にちゃんと声聞くくらいか」

「それが最善だろう。友の言葉は勇気を与えるものだからな」

 

 兄弟は互いの目を見て、ふっと表情を緩めて笑い合う——その時だった。

 

「——急報! 急報!」

 

 慌ただしく床を叩く足音が響いたかと思えば、一人の兵士が大声と共に部屋の扉を開け放った。

 配慮のかけらもない乱暴な開け方にラルフはギョッと驚き、リントルーデは眉を顰める。

 

「何事だ」

「ご無礼をお許しください! リントルーデ様、ライラック様。至急、玉座の間へお越しください!」

「玉座……親父に何かあったのか⁉︎」

 

 まさか病に付したか——ラルフが表情を青くしたが、兵士は即座に否定した。

 

「いえ、そうではございません! 第二大陸へ忍ばせていた密偵より報告です。急を要する案件であると!」

 

 二人は顔を見合わせて、すぐに立ち上がった。

 

「報告ご苦労。ライラック、すぐに向かうとしよう」

 

 

 

 二人が玉座の間に入った時、そこには源流一族及び各回遊都市の首長または代理が揃っていた。

 そして、玉座に腰掛ける源老ノルドレイの前には首を垂れる兵士がいた。察するに、密偵からの報告を持って来た兵士なのだろう。

 関係者を前に緊張しているのか、体は小刻みに震え、擦れた鎧がカチャカチャと小さく鳴っていた。

 

「父上! リントルーデ並びにライラック、到着した!」

「……よく来た、二人とも」

 

 ノルドレイは険しい顔つきのまま軽く頷き、その後、視線を正面の兵士に向けた。

 

「報告せよ」

「——、はっ!」

 

 兵士は、声を震わせながら口を開けた。

 

「ほ、報告いたします。今から8分32秒前、第二大陸が覇権、『四封世界』フリエントが…………滅亡、しました」

『————っ⁉︎』

 

 玉座の間に激震が走る。

 声こそ出さなかったのは僥倖と言える。集まった者たちの息遣いこそ乱れたが、一瞬生まれたどよめきはノルドレイが手で制することで静まった。

 

「……続けよ」

「……はいっ。首謀者は、《終末挽歌(ラメント)》グレイギゼリア。現在は、第一大陸の『始原世界』を目指して、第二大陸を北上中——到着まで、猶予は5日と見込まれます」

 

 一言、一句。

 兵士は情報を正しく伝えようと、震える体を御して言葉を紡いだ。

 

「……情報を届けた密偵はどうなったんだ?」

 

 差し迫って『海淵世界』に危機がないことを察したラルフは、続いて、密偵の安否を気にした。

 緊急事態において情報の鮮度は重要だ。1秒でも早く確実な情報を得ることこそが適切な対応を導き出すことの必須条件なのだから。

 また、ラルフ本人は加えて本人の無事を祈っていた。

 

「それは…………私、本人です」

「は?」

 

 だが、返答は予想だにしないものだった。

 

「え……お前が、フリエントにいたのか?」

「……はい。その通りでございます」

 

 密偵を名乗る兵士は無礼を承知で源老から顔を背け、ラルフを見る。口元は横一文字に、唇から血が流れるほど歯を食いしばっていた。恐怖に震える目はまるで、自らの無力を嘆いているようだとラルフは思った。

 

「続く言葉、どうか最後までお聞き届ください。——【救世の徒】、〈竜主〉ジークリオンより言伝を預かっております」

『——————』

 

 今度こそ、集った者たちは声を我慢できなかった。

 

「どういうことだ⁉︎」

「接触を図ったのか⁉︎」

「盟主からだと⁉︎ 貴様なにを——」

 

「——お聞きくださいっ!!」

 

 兵士の叫びが、混乱を上回った。

 

「かの竜人はこう言いました。『此度の一件、我ら【救世の徒】はあらゆる協力を約束する。誓剣の騎士エトラヴァルトの献身に誓って』——と!」

「エトの……⁉︎」

 

 友人の名前にラルフが大いに動揺する。

 ラルフ以外にも、リントルーデやノルドレイ、並びに回遊都市関係者たちも軒並み揺れた。

 それほどまでに、〈勇者〉アハトを退けたエトラヴァルトの功績と信頼は大きかった。

 

「私は先ほど、〈天穹〉紅蓮・ヴァンデイル協力の下、彼の転移能力でノアへ帰還した次第です!」

「だから本人……いやそれよりもお前、エトに会ったのか⁉︎ エトは何して……ジークリオンと行動してたのか⁉︎」

 

 ラルフの矢継ぎ早の問いかけに兵士はより一層唇を噛み締める。

 表情は、絶望。

 

「——報告、いたします。私は『四封世界』フリエントにて、エトラヴァルト様、イノリ様、シンシア様、ストラ様、並びに〈鬼神〉カルラ様、〈片天秤〉ジゼル様、〈竜主〉リントルーデ——七名と接触。彼らは先行して《終末挽歌(ラメント)》の抹殺を企て——のち、()()!」

 

 兵士は両手を赤いカーペットに叩きつけ、床を砕く勢いで力を込める。

 

 

「撤退戦の折、〈黎明記〉エトラヴァルトが——死亡、いたしました!」

 

 

 刹那、ラルフの世界から音と色が消えた。








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