【第一巻発売中】弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ)   作:銀髪卿

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初代継承者

 〈黎明記〉エトラヴァルトの死亡、その半日前。

 

 〈顔無し〉アルトの介入により事態が収束したことで、アルトを加えた八名はオアシスで短時間の休息を取っていた。

 

「エトくんとシンシアさん、大丈夫かな?」

「原因と話をつけてくると言って、かれこれ30分も経ちますね」

 

 心配そうな声を出すイノリとストラの視線の先にいるのは、ベッドに横になって目を閉じるエトとシンシア。

 

「概念保有体とは、どのような感覚なんでしょうね」

「確かに気になる。こうやって寝ているように見えて、実際はそうじゃないんだもんね」

 

 エトは以前『明晰夢みたいなイメージ』と言っていたが、そもそも明晰夢を経験することがなかった二人にはよくわからない喩えだったことを思い出す。

 

「手が三本になるくらい違ったりするのかな?」

「それは流石に違うような……?」

「——それほど大きな差はない。我が友はそう言っていた」

「「え」」

 

 少女二人の疑問に答えたのは、いつのまにか部屋の中に入っていたジークリオンだった。

 反射で武器に手を伸ばす二人を前に両手を上げて降参を示した竜人は、部屋の入り口に立ったまま話を続けた。

 

「人が呼吸をするように、魔法使いが魔法を使うように、ただ営みの延長に概念があるだけだそうだ。エステラの弟子よ、貴様なら多少の理解ができるだろう」

「わたしですか……?」

「貴様は魔法を使えない無能者だった。その過去と今の感覚の違いが、おおよそ我々凡人と概念保有体の差異と言えよう」

「ああ、なるほど。それなら確かに覚えがあります」

 

 納得したようにストラが頷くと、横のイノリが不満そうに目を細めた。

 

「ストラちゃんだけ理解してるのずるい」

「そう言われても困りますよ。というか、イノリの場合は魔眼で置き換えてみては?」

「うーん、多分違う気がするんだよね」

 

 イノリは瞼の上から左目に手を添える。

 

「私の左目は体の一部ってより、なんかこう……“別のもの”って認識が強いの。この目が“無限の欠片”だって思ってるからなのかもしれないけど。私の場合、魔剣を使うときと同じなんだよね、魔眼」

「奇妙な感覚なんですね」

「時に——」

 

 二人の会話をじっと聞いていたジークリオンが機を見て口を開いた。

 

「小娘たちよ。貴様らは“無限の欠片”についてどこまで理解している?」

「「…………」」

 

 竜人からの突然の質問に少女二人は顔を見合わせる。

 

「理解というのは、知識と感覚どちらですか?」

「どちらもだ」

「これ、言ったら『お前たちは知りすぎた』とか言って殺されるやつ?」

「エトラヴァルトの機嫌を損ねるような愚は犯さぬとも。ただ、ここより先に進む上で確認が必要なのだ」

 

 ストラの真面目な質問とイノリの茶化すような発言、そのどちらにもジークリオンは実直に答える。

 

「《終末挽歌(ラメント)》グレイギゼリアもまた、“無限の欠片”を持っている。奴と戦う上で、性質の把握は必須だ」

 

 ジークリオンの言葉を受けて、二人は小さく頷き合った。

 

「私がわかるのは、私やシンシアさんみたいな所持者が複数人いること。あなたたちがこれを狙っていること。無限の欠片が持つエネルギー総量が、ひとつで世界のパワーバランスを壊しかねないこと」

「わたしも概ね同じ認識です。あとは“無限の欠片”は他の概念と重ねて保有できること、そしておそらく……譲渡が可能であるということ」

「……ほう」

 

 竜人が興味深そうに吐息を漏らす。

 

「まるで、他の概念では譲渡ができないような物言いだな」

「できないのでしょう、現実に」

 

 ストラは真っ直ぐに、ジークリオンの縦長の瞳孔を見上げた。

 

「可能なのは、死亡した保有体から能動的に奪うこと。例外は、簒奪の概念のような掟破りの概念」

「その根拠は?」

「豊穣の地と、繁殖の竜です」

 

 ストラは、『どうせ知っているのでしょう』と前置きをして自説を述べる。

 

「豊穣の概念は、こと()()の一点において極めて優れた概念です。極寒の、不毛の地に豊かな土地を生み出せてしまう。カルラさんの話では、豊穣の地の存在自体は知られていた。わたしがその立場なら、竜に対抗できる〈異界侵蝕〉を派遣してでも概念を奪い取ると思います」

「……なるほど。つまり貴様は、それがなかったから“奪えない”という結論に達したと?」

「もうひとつは《終末挽歌(ラメント)》の存在です。エト様は、奴が持つ“簒奪の概念”について言及していました。繁殖の王は、《終末挽歌(ラメント)》から渡された“簒奪の欠片”で『土地から概念を奪った』のだと。それが可能なら《終末挽歌(ラメント)》は直接概念を奪えばよかった。奪ってから与えれば、無駄な時間も工程も必要ない。——おそらくそれができない、もしくは相当な時間を必要としたのでしょう。“簒奪の概念”を用いてすらこの厳しい制約があるのなら、持たざる者が概念を奪うのは困難を極めるはずです」

「仮に方法があると俺様が言えば、貴様は信じるか?」

 

 竜人の問いかけに、ストラは間髪入れず頷いた。

 

「はい。しかし概念を用いる以外には、事実上達成不可能な無数の条件が必要だと見ています」

「——見事だ、ストラよ」

 

 ジークリオンはストラの名前を呼び、手を叩いてその考察を賞賛した。

 

「『幻窮世界』では貴様をエステラに敗北する程度の存在と見ていたが……どうやら俺様の見立てが甘かったようだ。良い頭脳を持っている」

「……そうですか」

 

 敵から贈られた裏表のない賞賛に、ストラは少しむず痒さを感じて声量を落とす。

 エトラヴァルトが『怖いけど変な奴』と評した片鱗が見え隠れして、なるほどこれかと納得できた。

 

「ジークリオン。つまり……」

「貴様の考える通り、概念の譲渡は事実上不可能だ。そして、無限の欠片の譲渡は可能だ」

「やはり、そうなんですね」

 

 ストラは少し考え込むようなそぶりを見せて、横のイノリを一瞥する。

 

「つまりこの戦い、《終末挽歌(ラメント)》にイノリとシンシアさんを狙わせてはいけない……そうですね?」「素晴らしい。まさに、俺様が懸念していた点だ」

 

 〈異界侵蝕〉、及びそれに準ずる者たちの戦いには、相性差ともうひとつ、無限の欠片の所有数が勝敗に大きく寄与する。

 『幻窮世界』を舞台にしたエトラヴァルトとジークリオンの戦いが武器の性能差で決着したように。

 逆に、『海淵世界』で巻き起こった戦争でイノリと〈金剛壊勿〉ギルベルトの戦いは、互いの持つ概念が決定打にならず、さらには所有する無限の欠片も同数であったことで膠着した。

 

「無限の欠片はただのエネルギー資源として活用しても脅威。だが真の恐ろしさは他の概念と掛け合わせることで比類なき力を生み出す点にある。今回であれば……」

「簒奪の概念による異界の掌握、ですね」

「奪われた時点で、我々の敗北は決定的となる」

 

 ジークリオンは二人に背を向けて部屋を出る。

 

「エトラヴァルトとシンシアが目覚め次第、出発する。それまでに今一度、覚悟を決めておくがいい。《終末挽歌(ラメント)》と相対したとなれば——俺様とて守り抜ける保証はないぞ」

「敵なのに、守ってくれようとはするんだ?」

「——当然だ」

 

 意外そうに呟くイノリに、竜人は背を向けたまま答えた。

 

「俺様はエトラヴァルトに『使え』と言った。駒となり守ること、今更違えることはせん」

 

◆◆◆

 

「……」

 

 家を出たジークリオンはイルルネメアを拘束した方角を一瞥し、すぐに目を逸らした。

 

「やはり貴殿は、あの……」

 

 離れていても鱗に感じる圧倒的な拘束力は、紛れもなく“聖女の鎖”そのもの。

 フリエントの聖女アリスティアと縁のある者にだけ扱えるとされる地上最高峰の封印・拘束具を扱う〈顔無し〉アルト、その正体に想いを馳せる。

 

「随分と親切にしているね、ジークリオン」

「……ジゼルか」

 

 家の壁に背を預けながら携帯ゲーム機を手に持つジゼルは、画面から目を逸らさずに意識の何割かをジークリオンに割く。

 

「君が肩入れするのはエトラヴァルトくらいだと思っていたんだけど。心変わりでもあったのかい?」

「何も変わってなどいないとも。俺様は、俺様の為すべきことのために必要なことをしているに過ぎん。——貴様こそ、何をしている?」

 

 竜人は背後を振り返り、縦長の瞳孔で小人を睨んだ。

 

「先ほどから力を行使しているようだが……」

「予定より遅れているからね。ちょっとばかり、《融和竜》を使って()()()をしてる」

「……! まさか“簒奪”と⁉︎」

「こういうの、君たちは“焼け石に水”って言うんだっけ?」

 

 ジゼルの頬に、一筋の汗が伝う。

 見れば、ジゼルは先ほどから一度たりともゲーム機を操作していない。全神経を《終末挽歌(ラメント)》との綱引きに使っている証左だった。

 

「……どれほど稼げる?」

「出たとこ勝負、かな?」

 

 ジゼルは少し苦しそうに、八重歯を見せて笑った。

 

「こっちも“欠片”を使ってるから、多少はやれると思うよ」

「貴様——ッ!」

 

 突如怒りの感情をみせたジークリオンの竜爪がジゼルの喉元に突きつけられる。

 魄導すら纏った殺意ある寸止めをした竜人を、ジゼルは強く睨みつけた。

 

「見誤らないでよジークリオン。()()がどれだけ大切でも、今だけは関係ない。“蒐集の概念(ラメント)”に異界の手綱を握られたら、その時点でゲームオーバーなんだよ」

 

 ジゼルは左手で額に浮かんだ汗を拭い、そしてジークリオンの手首を掴む。

 

「僕を殺したいならそうすればいい。それが本当に()のためになると思うのなら」

「…………」

 

 沈黙の後、ジークリオンはゆっくりと爪をおろした。

 

「……その欠片も、いずれ回収する」

「それでいいよ」

 

 ジゼルは欠片の保有にさして興味がなさそうに呟き、より、意識を“綱引き”に集中させる。

 目を閉じる小人を尻目に、ジークリオンは翼を広げ——

 

「……なんの用だ、小娘」

「ひとつ、質問があって来ました」

 

 追ってきたストラを肩越しに振り返った。

 

「ジークリオン。なぜ貴方は、情報を出し渋るのですか?」

「何を言う、小娘。敵に対して警戒を持つのは当然だろう。それがわからぬ貴様ではあるまい」

 

 広げかけていた翼をたたんで、ジークリオンはストラの方を向き直る。

 

「俺様はエトラヴァルトを高く評価している。ストラよ、貴様の頭脳もだ。——ゆえに、俺様は必要最低限の情報しか渡す気はない。《終末挽歌(ラメント)》を倒した先にこそ、俺様たちの目的があるのだから」

「わかっています。ですが——」

 

 ストラはエトが眠る家を一度振り返った。

 

「貴方は、エト様が知らない《英雄叙事(オラトリオ)》の謎を知っている——そうですよね?」

「……エトラヴァルトから何か聞いたか?」

「途中、念話で少し。救出予定の聖女と関係があると——貴方から聞いたと」

 

 一歩、ストラは体の震えを我慢して前に出た。

 

「作戦の勝率を上げるのなら、エト様にだけでも、詳しい内容を話すべきです」

「わかっているとも。だが——できぬ理由がある」

 

 ジークリオンは少しの間沈黙し、正面からストラの赤錆の双眸を観察した。

 

「……他言をするな、エトラヴァルトにもだ」

 

 殺気こそなかったが、強い威圧感を孕んだ言葉にストラが生唾を飲む。寒気を訴える肌を御して、少女は慎重に頷いた。

 

「貴様の言うとおり、俺様は《英雄叙事(オラトリオ)》について深く知っている。だが、言えぬわけがある。——ある契約を結んだ」

「契約、ですか」

「これは俺様の生涯二人目の友……《英雄叙事(オラトリオ)》初代継承者との約定だ」

 

 

◆◆◆

 

「なにも説明ができない……?」

 

 心象空間の奥、無数の本棚が並ぶ場所で。

 俺の疑念の声に、司書イルルはただ無言で頷いた。

 

「さっきの異常も、《融和竜》の外見がお前も瓜二つなのも、《顔無し》アルトのことも?」

「そういう契約でいやがりますから」

「契約とは……誰との、ですか?」

 

 俺と同じく困惑するシンシアの質問に、イルルはスッと目を逸らす。

 

「初代継承者、でいやがります」

「初代……」

 

 それはつまり、《英雄叙事(オラトリオ)》を一番最初に宿した者が契約を課したということ。

 きっと、イルルと長い間接触できなかったのも、記録の概念保有体になったにも関わらず初の接触がイルルからだったのも、その契約が絡んでいるのだろう。 

 

「初代は、貴方自身で全ての答えを見つけることを望んでいやがりました」

「ました……?」

「あの、イルルさん。それじゃあまるで初代がエトのことを知っていたような——」

「知ってやがったんですよ、初代は」

 

 驚く俺たちに、イルル更なる衝撃的な事実を告げる。

 

「彼は全てを知っていた。エトラヴァルト、貴方のことは勿論……《英雄叙事(オラトリオ)》5000年の歴史に刻まれる、全ての英雄のことすらも」

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