【第一巻発売中】弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ)   作:銀髪卿

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手招く死

 結論から言うと、イノリたちが確認に向かった東の塔——外壁を赤く染め上げた『エメクスの塔』の封印はいまだに健在だった。

 

 《終末挽歌(ラメント)》および何者かによる工作の跡も見受けられず。またシンシアが継承した“災禍の糸”が副次的にもたらす異変に対する察知能力——彼女曰くエトラヴァルトが持つ『直感』の機能限定版——にも引っかかるものは何もなかった。

 よってこの時点でイノリとシンシアの仕事は塔の監視と対《終末挽歌(ラメント)》までの力の温存に移行。幸いにも塔を中心に街が栄えていたため、二人は窓から塔を目視できる大衆酒場に立ち寄り食事をすることにした。

 したのだが……どういうわけか、懐かしい顔ぶれを見つけてしまった次第である。

 

 

「イノリさん、あの方達を知っているんですか?」

「うん、まあ。知ってるというか……」

 

 対面に座るシンシアの質問に、イノリは言葉を濁す。

 黒晶の瞳を右往左往させたのち、メニュー表で顔を隠したまま声を潜めて話し始めた。

 

「二年くらい前、『花冠世界』で競い合ったことがあったの。だから知り合い以上ギリ友人未満みたいな」

「そうだったんですね! ……あれ? じゃあ、なんでそんなに微妙な表情を? 険悪だったんですか?」

「えっとね、その時に起きた事件の主犯が《終末挽歌(ラメント)》だったの」

 

 異界の乗っ取りから、冒険者の虐殺。そして竜の召喚に至るまでの事件の概要を話すと、シンシアがゆるく頷いた。

 

「なるほど。奇妙な縁ですね」

「うん。あとね、今回の私たちって《終末挽歌(ラメント)》を止めるために来てるじゃん。そしたらハルファくんたちがいたわけで……」

 

 正確に言うならチカとヴィトウの二名がいないのだが、《終末挽歌(ラメント)》と関わりを持った時の関係者がここに集っているという事実がイノリの感情に名状し難い気持ち悪さを与える。

 

「運命的というには嫌な感じがしますね。エトに伝えますか?」

「うーん、言わなくていいと思う。見た感じ今回の作戦とは無関係だし。それに今のエトくんにこれ以上考えさせちゃうと嫌だから」

「……確かに、イノリさんの言う通りですね」

 

 エトは多くのものを自ら背負ってきた。

 それは彼が望んだ結果で、その行為自体が彼の強さをより一層引き上げる。

 だがその上で、()()()()()()()()が双肩にのしかかるのは想像を絶する負担だ。

 もし彼らの存在を教えた場合、なまじハルファたちのことを知っているゆえに、今のエトは余計に考えすぎてしまうかもしれないとイノリは危惧し、シンシアはこれに同意した。

 

「ただ、念のため動きには注意したいかも。ハルファくんたちが知らない間に利用されてるって可能性あるかもだし」

「そうですね。それじゃあ、塔の方は私が見張っておきますね」

「うん、お願い」

 

 しかし監視といっても、常に気を張り続けるわけではない。あくまで本命は《終末挽歌(ラメント)》の討伐。糸が切れないよう、二人は適度に気を緩めていた。

 

「もうそろそろ日が沈む頃かな?」

「かもしれませんね。ここはリステルよりも明るいみたいですけど、着いてからそれなりに経ってますし」

 

 少しずつ客足が増えてくる視界の端に映しながら、イノリはしばし窓の外に意識を向けた。

 

「夜はあまり動きたくないなあ」

「同感です。どうしても視界が悪くなりますからね」

 

 魄導(はくどう)や神秘の概念を使った探知もあるシンシアにとって、夜の暗闇はさほど影響はない。だが有視界を遮られるのがストレスになるのは間違いない。

 さらに言えば、魄導(はくどう)を使えず探知魔法に頼るしかなく、メインウェポンたる白夜・極夜の力を十全に発揮できない夜はイノリにとって天敵のようなものだ。

 シンシアはそのあたりの影響をなんとなくだが察した。

 

「【救世の徒】の捜索次第ですね。日が沈む前に動きがあるといいですけど……」

「だね。他のみんなも順調ならいいけど……」

 

 

◆◆◆

 

 

 『四封世界』西の最果て、『海淵世界』と隣接する寂れた土地にそびえ立つ青く艶やかな封印の一角もまた、健在。

 

「『カイセラの塔』……悠久の時が経とうと変わらないな」

 

 最も遠い地点を任されたにもかかわらず誰よりも速く到着したジークリオンは、まるで郷愁にでも浸るように憂を帯びた表情で塔の外壁を撫でる。

 

「アリスティア、偉大なる聖女よ。俺様は貴殿の献身を一日とて忘れたことはない」

 

 竜人は小粒な極彩色の結晶をいくつか生成して周囲にばら撒く。それらは等間隔に広がり塔を囲み、共振を起こして結界を生成した。

 

「エステラとは違い稚拙だが、気休めにはなるだろう」

 

 並の冒険者では近づくことすらできない自動反撃(オートカウンター)搭載の結界を稚拙と評しながら、隣で膝をつく鎧の騎士に目を向ける。

 

「駒は全て揃った。今こそ、貴殿の献身に報いる時だ」

 

 ジークリオンが決意を改めるように強く拳を握ったその時、彼の隣の空間が音もなく昏く窪んだ。

 

「ジーク、見つけたぞ」

 

 異変の正体……〈死神〉オズマの言葉に。

 

「——そうか!」

 

 竜人は、普段完璧に制御できている魄導(はくどう)の放出をわずかに乱れさせるほどの興奮を覚えた。

 

「すぐに同志を通してエトラヴァルトたちに伝えろ。始めると」

「任された」

 

 霞のように消えるオズマを見届けてから、ジークリオンは今一度『カイセラの塔』を見上げる。

 

「大地を賑やかすだけの芥世界も、私欲を肥やす愚物も……まもなく終わる。友よ、我らの悲願の果ては……今ようやく目に見えるところまで来たぞ」

 

 

◆◆◆

 

 

「何も問題ありませんね……?」

「そうね。もっとこう、うじゃうじゃとアイツの手駒がいると思ってたけど」

 

 たとえば忌まわしき偽証の悪鬼なんかを筆頭に、大氾濫(スタンピード)の再現すら可能な手駒の豊富さを知っているストラは、《終末挽歌(ラメント)》が要所である北の塔……夏を思わせる新緑、『アリアの塔』に異変が一つもないことに違和感を覚えた。

 

「本来の目的に集中できるのは喜ばしいですが……こうも放置されているのは不気味ですね」

「同感よ。モミジの一件もそうだけど、エトや〈魔王〉から聞いた限りだとアイツってすんごい用意周到っぽいのよね」

「はい。わたしも、何重にも策を張り巡らせている印象です」

 

 単純な個人としての戦力なら〈勇者〉には劣るだろう。しかし理を外れたような長寿と不死性、そして“蒐集の概念”を基盤にした大量の概念や魔物の軍勢。こと絡め手において、《終末挽歌(ラメント)》の右に出る者はいない。

 それは、今回の作戦に参加している者たちの共通認識だ。

 

「既に仕込みは終わっているのか、そもそも塔の封印は彼にとって関係のないものなのか……」

「他の塔に集中させてる可能性はあるかしら?」

「ないと思います。エト様、カルラさん、シンシアさん、ジークリオンの三人と一匹は単独の戦力として《終末挽歌(ラメント)》にとっても脅威のはずです」

「ふぅん……?」

 

 個人の戦力として上位に自分が入っていることに……というかストラがジゼルより上に自分を置いていることに気をよくしたカルラは、少しだけ口角を上げる。

 そんなチョロい鬼人の反応を気にすることなく、ストラは自らの見解を述べた。

 

「特にジークリオンは……あの人型の竜を瞬殺できる化け物が、()()()大氾濫(スタンピード)()()の物量で止まるとは思いません。なので《終末挽歌(ラメント)》がここで狙うべきは、均等な戦力分布により全員の戦力を少しずつ削ることだと思います」

「全員の最大値を少しずつ削るってこと?」

「そうです。エト様とシンシアさんがおっしゃっていたんですが……《終末挽歌(ラメント)》の不死性はあまりにも脅威です」

 

 《英雄叙事(オラトリオ)》で閲覧した秘纏十二使徒と《終末挽歌(ラメント)》の決戦を、エトは情報としてストラたちや『海淵世界』、『極星世界』の上層部に伝えている。

 当然話題にあがるのは、十名以上の〈異界侵蝕〉級の攻撃をその身に受け続けてなお致命に至らない飛び抜けた不死性だ。

 

「《終末挽歌(ラメント)》の魂のありようが、既にまともな生命でないことは確かです」

 

 魂を本へと移すことで肉体の不死性を担保する。《終末挽歌(ラメント)》は以前そうして〈王冠〉クラインたちを翻弄した。

 

「明確な対抗策が観魂眼しかわからない今、消耗線ではこちらが不利です。それがわかった上でジークリオンは電撃戦を選んだのでしょう」

「あの竜人も相当考えた上でエトに話を持ってきたってわけね。アイツの口振りからして、極星にも間者はいそうだし……なるべく多くの戦力を一度に調達しにきたと。中々上手いわね」

「はい、恐ろしく周到だと思います。おそらく以前からこの一件を見越して準備してきたのだと思います。ただ……」

 

 《終末挽歌(ラメント)》の取るであろう選択やジークリオンの慧眼を再認識したストラは、しかし。ここでひとつの違和感に囚われた。

 

「ただ、どうにも杜撰さが拭えません」

「どういうことかしら?」

「《終末挽歌(ラメント)》の計画には外様のわたしにもわかるほど穴があるんです」

 

 エステラから教わり、自らアレンジを加えた結界で塔の保護を進めながら、ストラは今回の作戦の違和感を紐解いていく。

 

「そもそも、電撃戦が有効な時点でおかしい。カルラさん、《終末挽歌(ラメント)》は、()()()()“簒奪の概念”を持っていたと思いますか?」

「いつからって……そんなの推測できる?」

「いいえ。正確な保有期間は分かりません。ですが、()()()()では確実に持っていました。——四百年前、モミジさんが犠牲になった()()()です」

「……っ!」

 

 カルラが僅かに息を呑んだ。

 

「繁殖の竜はモミジさんの肉体を奪った。つまり、四百年前の時点で彼らには()()という選択肢があったんです。《終末挽歌(ラメント)》から与えられた“簒奪の欠片”によって」

 

 しかも、トドメを刺したエトは『アイツとよく似た気配を斬った』と話した。ありようは、『花冠世界』で戦ったアルラウネもどきと似ているとも。

 つまり四百年前の時点で、概念を損なう事なく()()するという、極めて高度なものと推測できる技能すら披露していることになる。

 それができるということは、それ以上昔から概念を保有し扱いに習熟していたことになる。

 

「それじゃあ、この計画は相当昔から練られていたってことよね?」

「はい。ともすれば……ジークリオンの話が真実なら、《終末挽歌(ラメント)》の本懐は、一連の行動は全てこの計画に帰結する可能性すらあります」

「なるほど……? そう考えると確かに杜撰ね」

 

 カルラは、作戦の契機になった〈旅人〉ロードウィルの離反と竜の大移動があまりにも()()だと気づく。

 

「竜の移動は異界を奪う上で必要な行動だと思ってたけど……数百年前から進んでた計画の詰めにしては甘いわね」

「はい。気づかれないよう対策することも可能だったはず。それに、ジゼルさんの言うロードウィルの離反もタイミングが早すぎます。こんなの、まるで攻めてこいと言っているような…………」

 

 この時、ストラはジークリオンのとある発言を思い出した。

 

 ——『原初の異界は言わば起爆寸前の爆弾だ。俺様なら、相手の戦力が()()()()()時点で解放する』

 

 これを聞いた時、ストラはもっともな推察だと納得した。…………ならば。

 

 

 持ちうる情報が少ないストラですら納得できるような思考に、果たして《終末挽歌(ラメント)》が至らないことなどあり得るのだろうか?

 

 

「少数精鋭の電撃戦……事情に詳しいジークリオンなら当然考えつく——まさか、()()()()()()()()()()?」

 

 刹那、ストラの思考が加速する。

 原初の異界。

 四つの封印。

 核を担う聖女。

 そして、作戦の目的。

 発生するのは、少数のさらなる分割。

 

 ——()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「わたしたちは、誘い込まれていた……!」

「——っ⁉︎」

「カルラさん、飛んで!」

 

 瞬間、紅鷲の展開すら惜しんだカルラが自らの背に魄導の翼を広げ飛翔した。

 

「《終末挽歌(ラメント)》の目的はわたしたちの分断! ジークリオンの思考すら利用されています!」

 

 カルラに抱き抱えられながらもストラは思考を継続する。

 ここにきて、可能性は二つ。

 

「簒奪は既に終わっているか、完了に最後のピースが必要か、その二択です!」

 

 しかし前者だろうが後者だろうが、誘導の意図はひとつだった。

 《終末挽歌(ラメント)》がジークリオンの思考を読んでいるのなら、かの竜人が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「《英雄叙事(オラトリオ)》が……エト様が危ない!」

「——飛ばすわよっ!」

 

 南、白き壮麗な『アルシアの塔』へ向けてカルラが飛翔する。

 ジークリオンには及ばぬとも〈異界侵蝕〉トップクラスの移動速度。5分と経たずに世界を縦断できる加速。

 

『——緊急連絡だ!』

『——緊急連絡です!』

 

 しかし、その加速ですら間に合わない早さで事態は推移する。

 念話の声は、〈片天秤〉ジゼルと〈歌姫〉シンシア。

 

『エトラヴァルトと〈融和竜〉イルルネメアが再接触! 戦闘を開始した! あと、例の()()()の気配がある!」

『イノリさんと〈旅人〉ロードウィルが会敵! 戦闘に移りました! イノリさんに、私の声が届いていません!』

 

「遅かった……!」

 

 既に《終末挽歌(ラメント)》の術中。

 手のひらの上にいるという事実にストラが奥歯を噛み締めた。

 

「まだよ! 最短で移動して()()するわ!」

 

 紅の翼を羽ばたかせ、カルラは一直線にエトの元へ加速する。

 

 

 

 ——敗北まで、残り五分。

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