【第一巻発売中】弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ)   作:銀髪卿

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日没

 それは不可思議な景色。

 見る者によっては幻想的に、しかしまたある者にとっては悍ましく映るだろうか。

 空と大地に虫食いのような穴が無数に開き、ひび割れた境界からは無数の光粒が流れ出る。

 それらは世界を構成する情報であり、生命体で言うところの細胞と同義だ。互いを結びつける強度を失い、今まさに意味を失い、世界としての『死』を迎えようとしている。

 

 

 

「やあ、随分と虐められたようだね」

 

 そんな世界の崩壊など気にも留めず、《終末挽歌(ラメント)》グレイギゼリアは東へ。イノリに無限の欠片を奪われ、死を待つばかりだったロードウィルのもとを訪れた。

 とは言っても、イノリによって徹底的に破壊された老爺の体はかろうじて原型を保っているのみ

 

「……ふむ。察するに物質の時間を停止することで擬似的な無敵を生み出したのかな? ただの砂粒を防御不可能な攻撃にするなんてね。やっぱり、引き離して正解だった」

 

 アレがいればことはそう単純に運ばなかっただろうと、グレイギゼリアはイノリの評価を改めると同時に戦略の成功を確信した。

 

「君には随分と働いて貰ったね。これはその報酬だ」

 

 男は右手首を“切断”して、溢れ出た血をロードウィルの肉体に振りかけた。

 すると枯れ果てていた肉体は瞬く間に息を吹き返し、十秒と経たないうちにロードウィルは全快してしまった。

 

「儂は……死んだと思っておったが」

「血を分けた。僕に流れる“無限の欠片”を」

「おお……そうでしたか。感謝いたしますぞ」

 

 法衣を再生したロードウィルは、もうほとんど崩れている砂漠の上に膝をつき、恭しく首を垂れた。

 

「して、我が救世主よ。計画は」

「エトラヴァルトは……()()()()()()()は葬ったよ。誓剣諸共、跡形もなくね」

「おお……!」

 

 グレイギゼリアの言葉にロードウィルは歓喜の声を上げる。

 

「では、救世主。ここからは……」

「うん。予定通り“残響回廊(ロストソング)”を落とす。——つもりだったんだけどね」

「……? なにか懸念が」

「…………」

 

 悲願の一つを成し遂げたにもかかわらず、その表情はロードウィルとは対照的に憂いを帯びていた。

 

「どうやら、《英雄叙事(オラトリオ)》はまだ完全に消えてはいないみたいなんだ」

「なんと——」

「幻窮の忘形見かな、おそらくは」

 

 エトラヴァルトは〈勇者〉アハトとの一戦を経て、《英雄叙事(オラトリオ)》との融合を果たしている。

 それはこれまでの継承とは異なり、“記録の概念”を含めた完全な個人への移譲だった。なのでグレイギゼリアは、エトラヴァルトの死と《英雄叙事(オラトリオ)》の消滅を同義だと認識していた。

 

「いや、イルルの方かな? とすると……ネメアを使ったのは余計だったかもね」

「……ふむ。ところでその竜の姿が見えぬが」

「アレは用済みだからね、“天秤”に処分させた。足止めの役として十分な駒だったよ」

「そうであったか。では救世主よ、狙いは……」

「うん。《英雄叙事(オラトリオ)》の完全な破壊だ。とは言っても向こうから勝手に敵討ちにきてくれるだろうから、僕らはこのまま北上して“残響回廊”を目指すとしようか」

「御意に」

 

 二人は連れ立って北へ旅立つ。

 その最中にも世界の崩壊は進み、景色はおよそ異界とも形容し難い透明な空間へと変貌してゆく。

 もうまもなく『四封世界』は形を失い、空いた穴を埋めるように、細胞が傷を治すように、周辺の世界が拡大を始める。

 

 ——本来ならば。

 

「さて、まずは第二大陸を食い潰そう。こちらで先手を取り続ける」

 

 原初の異界は既に《終末挽歌(ラメント)》の手に落ちている。阻む結界はどこにもなく、つまり——滅亡惨禍は既に始まっていた。

 

「ロードウィル、威力偵察には君が出るんだ。()()()を使ってもいい、一人残らず始末しろ」

「——お任せを、我が救世主」

 

 その言葉を最後に、ロードウィルは行動を開始。一人残った《終末挽歌(ラメント)》は悠々と進軍を続ける。

 

()()()()は僕の手にある。勝負といこうじゃないか、未来を阻む者たちよ」

 

 

◆◆◆

 

 

「——クソッ!」

 

 怒りを吐き捨てたジークリオンの拳が木造の壁を粉砕した。

 

 完膚なきまでの敗北、潰走だった。

 エトラヴァルトを失った彼らは、第四世界の小世界アルダートのとある宿屋に身を寄せていた。

 そこはかつて、冒険者としての第一歩を踏み出したエトラヴァルトが利用した……イノリと出会った宿屋である。

 

「〈竜主〉様、何があったのですか?」

「…………英雄を一人、喪った」

 

 宿屋の女将……という肩書きを持った【救世の徒】の協力者である女の問いかけに、竜人は怒りに震える拳を額に押し当てる。

 

「我が友に、どうやっても顔向けできまい」

「……ひとまず、体をお休めください。紅蓮様とローグ様が人払いを済ませてありますので」

「そうか。…………では、そうさせてもらう」

 

 見たこともない弱気な姿の竜人に、女は深く一礼して部屋を後にする。

 途中、啜り泣く声が響く部屋の前を通り抜けて、キッチンへと戻った。

 

「……そうかい。あの子が、死んだのかい」

 

 呟いた女の表情は協力者のそれではなく、かつて、無謀な挑戦に身を投げた若い青年を見送った宿屋の女将のものであった。

 

 

◆◆◆

 

 

「ごめんなさい、ごめんなさいエト様っ。わたじは、なにも、な゙に゙も゙……っ! うっ、うああ……っ!」

 

 割り当てられた一室は、自らの弱さを懺悔するストラの嗚咽で満ちていた。ベッドの端で膝を抱え、少女は耐えず自らを責め続けている。

 

「…………」

 

 イノリは右目だけから静かに涙を流し、ただ茫然と窓から曇り空を眺めていた。左手の指に引っ掛けた眼帯を取り落としたことにも気づかず、魂が抜け落ちたように立ち尽くす。

 

「なにが師匠よ、そばにいながら、何もできないで——」

 

 カルラもまた、涙こそ流していないが、握り込んだ右拳からは心を代弁するように血が滲み、滴り落ちる。

 

「結局、なにも変わってないじゃない……っ!」

 

 かつて親友を失ったあの日と同等の無力感に苛まれ、左手で髪を掻き乱した。

 

 

 

「——ふざけんなよクソ野郎がッ!」

 

 蒼炎を纏ったラルフの拳が、ジークリオンの顔面を痛烈に殴りつける。

 

「なにテメェが傷ついたような顔してんだ⁉︎ あ゙あ゙⁉︎」

 

 紅蓮の取り計らいで潜伏する宿屋に合流したラルフは、悲嘆に沈むストラたちを一瞥するや否や、竜人のもとを訪れ怒りをぶつけた。

 

「ストラちゃんが泣いてんだよ! 自分を責め続けて、震えて! イノリちゃんなんて、魂抜けたみたいに一言も話さねえ!」

「…………言い訳はない」

「あ゙?」

「好きに殴れ」

「…………っ!」

 

 言われた通りに殴り飛ばした。

 受け身もろくに取らなかったジークリオンの体は木製のベッドを粉々に砕く。無論、その程度でラルフの怒りが収まるはずもなく、仰向けに倒れた体に馬乗りになると何度も拳の雨を降らせた。

 

「エトは……アイツは責任感が強すぎるから! 少しでもリステルに何かあるならって、そう言ってお前の策に乗ったんだろ⁉︎ それがわかっててエトを利用しやがって! なのに——なのになんでっ、テメェだけがのうのうと帰ってきてんだよっ⁉︎」

 

 息を切らしながらひたすら拳を振り下ろす。血が飛び散るのも、自分の拳が砕けるのも構わないで、ラルフは息を切らしながら殴打を繰り返した。

 

「許せねぇよ、お前を! 今ここでぶち殺してやりてぇ! でも——」

 

 ——だが、やがて止まる。

 

「でも、一番許せねぇのは……報告を受けるまで、なにも知らずに呑気に過ごしてた俺だ。——なにが仲間だ。肝心な時、アイツが一番しんどい時……俺はなにもできなかった」

 

 ふらふらと立ち上がると、ラルフはジークリオンの首根っこを掴み上げた。

 

「ここで死ぬなんざ絶対(ぜってー)許さねぇ。《終末挽歌(ラメント)》のクソ野郎の企みを潰して、全部精算して——エトの墓の前で詫びて、それからだ。俺たちがテメェをぶち殺す」

 

 頭蓋を突き合わせ、至近距離から縦長の瞳孔を睨みつけた。

 

「項垂れてる暇なんて1秒もねえんだよ——!」

「——その通りです」

 

 肯定と同時に、扉にノックがあった。

 音の主は——シンシアは返事を待たずに扉を開ける。

 

「ジークリオン、ラルフさん。話があります」

「シンシアちゃん……っ」

 

 目尻を赤く腫らした歌姫の姿に、ラルフは自責の念に駆られて顔を歪めた。

 

「ごめん、ごめん……っ! 俺は、こんな時になにも——」

「積もる話はあとです、ラルフ」

 

 目尻に涙を溜めながら、シンシアは竜人の前で毅然と立ち振る舞う。

 

「反撃の策を。項垂れている暇はないのでしょう」

 

 あちこちを血で濡らす二人を前に、シンシアは溜まった涙を指で拭い飛ばして眦を決した。

 

「教えなさいジークリオン。《終末挽歌(ラメント)》の取る行動を。奴の目的を」

「貴殿、は——」

「後悔も、謝罪も、今ではありません。項垂れる前に、私たちは全てを尽くさなくては」

 

 

 

「《英雄叙事(オラトリオ)》は私が継承しました」

「「——ッ!」」

 

 衝撃にラルフが言葉を失った。

 竜もまた、ゆっくりと目を見開いた。

 それは本来、協力関係とは言えど敵であるジークリオンに馬鹿正直に伝えるべき事柄ではない。だが、シンシアは伝えた。

 

「し……シンシアちゃん、本当か⁉︎」

「はい。物語は、確かにここに」

 

 歌姫が右手を振ると、手元に一冊の書が浮かび上がる。

 古ぼけた表紙のそれは、紛れもなく《英雄叙事(オラトリオ)》だった。

 

「ですが、元来の正当な継承とは異なるものです」

 

 強制的な分離(エスケープ)だと思います、とシンシアは語る。

 

「エトの、魂の残滓がありません。おそらく道連れにならないよう、彼が自ら概念を切り離したからです。ですが——エトの意志はまだ生きている」

 

 胸に手を当て、鼓動を感じる。

 

「《英雄叙事(オラトリオ)》がまだここにある。それがなによりの理由です」

 

 エトラヴァルトは死んだ。

 誓剣の消滅が如実に語っているそれは覆せない事実で、消せない傷で、取り返しのつかない敗北だ。

 しかし、それでもまだ。

 

「私たちが折れない限り、エトはまだ、ここにいます」

 

 まだ、シンシア・エナ・クランフォールが彼を知っている。

 

「他でもない彼の言葉に応じて継承した私が、まだ立っています」

 

 その立ち姿に、かつて竜と相対した際の『全てを諦めた少女』の面影はどこにもなかった。

 そこにいるのは、全ての意志を背負った最前線の継承者。“神秘”と“記録”を携えた、一人の英雄だった。

 

「この星を、《終末挽歌(ラメント)()()()には渡しません」

 

 その熱に、竜人はゆっくりと顔を上げた。

 仲間と呼ぶ以前に友である男も拳を握った。

 ——戦意が、蘇る。

 

「……………………………おそらく」

 

 竜が、熟考の末に口を開いた。

 

「奴は“残響回廊(ロストソング)”へ向かう。『魔本世界』アインツリベル、その最後の欠片を取りに行くだろう」

残響回廊(ロストソング)……全ての記憶が還る海、ですね」

「シンシアちゃん、知ってるのか?」

 

 問いかけにシンシアが控えめに頷く。

 

「そういう場所があると、クラインから聞いたことがあります。世界も、命も、全てが行き着く果ての海。穿孔度不明(オーバースケール)に相当する、生者は決して辿り着くことができない場所だと」

「生者は……って、そんな場所の実在どうやって証明したんだよ?」

「無論、死者の言葉だ」

 

 答えたのはジークリオン。

 

「“魂魄の概念保有体”カローナ・レオル。残響回廊(ロストソング)の管理者であり、この星で唯一、あちらと現世とを繋ぐ者だ。死者の心残りを解消するため、奴は度々こちら側へ現れる。あまりにも眉唾物すぎる話がゆえに、ついぞ真実として定着することはなかったがな」

「…………………エトも」

 

 それは、思わずこぼれ出た言葉。

 

「エトも、そこに行ったのか?」

「おそらくはな。だが、仮に俺様たちが辿り着けたとて、言葉を交わすことは叶わん。あそこは万物の終点。死者の魂は情報の濁流に飲み込まれ、大いなる一つの流れの中に消える。そういう場所だ」

「そう、か……」

 

 目から溢れようとするものを堪えるように上を向いて、ラルフは大きく息を吐いた。

 

「……忘れてくれ。それで、なんで《終末挽歌(ラメント)》は残響回廊(ロストソング)を目指すんだ?」

「奴の計画の一部だから、としか言えん。俺様も……いや、【救世の徒】も長年、奴の目的を探ってきたが、わかったことは少ない。しかし少なくとも奴が、()()()()()()()()()()()()世界の破滅を()()としていることだけは確かだ」

「違うやり方、ね」

 

 それはつまり、《終末挽歌(ラメント)》を退けた先で、【救世の徒】との全面戦争は避けられないことを意味する。

 出来ることなら共倒れしてほしいと考えるラルフだったが、それを論じてしまえばエトが“誓剣の騎士”の名をもって成立させた協力関係を壊すことになる。それはだけはあってはならないと、無理やりに私情を押しのけた。

 

「——わかった。で、肝心の残響回廊(ロストソング)はどこにあるんだ?」

「明確な入り口は存在しない。だが……一度に数多の世界が滅びれば、本来なら不可視であるその流れを辿った先に見つかるだろう」

「つまり、一刻も早く《終末挽歌(ラメント)》の侵攻を止める必要があるってことだな?」

「そうだ。『聖女の権能』が、全ての鎖が奴の手に落ちた以上、猶予はない」

 

 それこそ、今すぐにでも動員可能な全戦力をもって勝負をかけなくてはならないほど状況は逼迫している。だが、先の戦いで見せた《終末挽歌(ラメント)》の異様な強さに加え、聖女の権能までも手にしたとなれば、現行の戦力では足りないのも事実。

 可能な限り、“エトラヴァルト”の名を旗頭に……その死を利用してでも戦力を集める必要があった。

 ラルフもまた、他でもないその手段の一人。エトの友人であり、『海淵世界』の王子である彼の言葉があれば、少なくともアトランティスの軍を動員することができる。

 

「数を揃えたい。できるか、『海淵世界』の王子」

「できる。いや、やる。お前に指図されんのはムカつくけどな」

 

 腹を決めたラルフは、将来的に牙を剥く罠である危険を承知でジークリオンの策に乗った。

 

「それじゃシンシアちゃん、ここは一旦任せる。イノリちゃんたちのこと、頼んだ」

「………………………」

「シンシアちゃん?」

 

 急に反応が鈍くなった歌姫に、ラルフが眉を顰める。

 顔の前で手を振るも応答がなく、相当トリップしていることが伺えた。

 

「おーい、シンシアちゃーん?」

「——えっ、あ、はい⁉︎」

「どうしたんだ? 急に反応鈍くなって……」

「あ、すみません。何か引っかかりを感じたんですけど、それがわからなくて」

「そうなのか? なら思い出すの手伝うけど」

 

 思考の片隅に、まるで喉に小骨が刺さったような違和感が纏わりついていた。が、確かな焦燥感に駆られるシンシアは追求を止めた。

 

「いえ、いいです。《終末挽歌(ラメント)》とは無関係だと思いますし、今の会話に関わることなら作戦を詰める間に思い至ることもあるかなと」

「そうか? まあ、シンシアちゃんがいいならそれでいいけど——」

 

 ラルフの目配せにジークリオンもまた視線で返す。

 

「俺様にも異存はない。だが歌姫よ、僅かな違和感であっても、何か思い至ればその場にいた者に共有しろ。俺様たちでなくて構わん」

「わかりましたよ」

 

 

 まもなく、ラルフは紅蓮の手を借りて『海淵世界』へと帰還。部屋にはシンシアとジークリオンの二名だけが残った。

 

「貴殿は寄り添わなくていいのか」

「見た目の割に、そういう気配りができるんですね」

 

 シンシアの棘のある言葉にジークリオンは何か言いたげに眉を動かす。

 誰と言うまでもなく、イノリ、ストラ、カルラの三名のこと。エトの死を直接見てしまった彼女たちの傷は計り知れないものだ。

 

「…………あの場にいなかったラルフとは違うんですよ」

 

 腕組みをしたシンシアは目を細め、指先が二の腕に食い込むほど手に力を込めた。

 

「届かなかったんです。力を尽くして、手を尽くして——それでも、大切な人を失った。残るのは、埋められない心の喪失と、無力な自分への果てしない憤りです」

 

 それは皮肉にも、エトラヴァルトが戦争でアルスや友人たちを失った時と同じ。

 そして、魔物に蹂躙されるリプルレーゲンの民を前に、ただ声を張り上げることしかできなかったシンシアとも重なった。

 

「どんな言葉も慰めにならない。そばにいても、共に無力を噛み締めて痛みを助長することしかできない。——自分で、受け入れるしかないんです」

「…………俺様にはわからぬ話だ」

「そうでしょうね。でも、なにか察するものがあるから、何も言わないんでしょう? 貴方も、届かなかった側だから」

「……。勘の鋭さまで、エトラヴァルトから受け継いだか?」

「だといいですね。背負えるものが一つ増えます」

 

 そういう意味では、自分は運が良かったとシンシアは想う。彼女は《英雄叙事(オラトリオ)》という明確な形見を受け継いだ。だから、立ち上がるための芯があった。

 

 ——では、そうでない者は?

 

 会話は途切れ、部屋を静寂が包む。

 すると嫌でも隣室の音が耳に入る。啜り泣く、嗚咽混じりの小さな慟哭が。

 

 …………エトを救える可能性があったとするなら、それは《終末挽歌(ラメント)》に本人による迎撃を強制できたか否かだろう。

 逃がすための隙をねじ込めなかったことが間接的敗因と言える。

 その一点において、ストラは気づいていたのだろう。トドメに利用されたイノリとは違い、自分は、ただ相手にされなかったのだと。

 イノリの一撃は鋭かった。

 少なくとも、《終末挽歌(ラメント)》は予見した上で迎撃という手段を選択したのだ。自分は、見向きもされなかったというのに。

 その痛みは、無力は、想像するに余りある。

 その場にいた誰であろうと、少女の絶望の深さは理解が決して及ばない領域だった。

 

「歌姫よ、ストラは……あの少女は立ち上がるのか?」

「当然、立ちます」

 

 その上で、シンシアは断言した。

 

「エトから聞きましたから。彼女を冒険者に誘ったのは、他でもないエト自身なんだって」

「……そうだったか」

「火はここにあります。消えたりしません」

 

 それは脅迫にも似た信頼だった。

 シンシアはその一幕を知らない。人生を知らない。だが、少女が不屈の精神で可能性を掴み取ったのだと、それだけは知っているから。

 

「だから、今の私にできることをやります」

「——どこへ行く、歌姫」

 

 扉に手をかけたシンシアの背に竜人が問う。返事は——振り返ることなく。

 

「リステルへ。エトの最期を、伝えてきます」






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