【第一巻発売中】弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ) 作:銀髪卿
「——全回遊都市に告ぐ。進路変更、目標をアトランティス東部へ」
「異界都市の全武器庫を解放。第六、第八、第九、第十回遊都市は市民収容の際に武装を回収せよ」
「現在航行中の全輸送潜水艦は進路を東へ。もっとも近い回遊都市と合流したのち、配置転換の任につけ」
「存亡の危機と心得よ。繰り返す、これなるは存亡の危機と心得よ。我ら海の申し子、ただ一人の例外なく分水嶺に立っているものと心せよ」
「全アンカー回収完了。淵源城ノア、航行態勢に入ります!」
「
「全武装解禁! 全武装解禁! 3時間で調整を終えよ。その後配置を告げる!」
「——淵源城ノアより全回遊都市へ通達。転移門の使用を許可する。情報、人材、武装、あらゆる往来を許可する。存亡を懸けたこの一戦に我らの全てを投入せよ!」
「調整終了。ノア、航行を開始します!」
——四千五百年の長き眠りから目覚めた方舟が出発の汽笛を鳴らす。
鯨の鳴き声を無数に重ねたような重く、轟くような汽笛を合図に、方舟はアトランティス東部へ舵を切る。
「本当に動くのか…………。流石にすげえな」
そういう機能が備わっているという話は小耳に挟んだことがあった。だが実際、窓の向こう側で移り変わる景色を目にしたラルフは、穏やかではいられない今であっても、暫しの間その様子に目を奪われた。
「…………」
そんな中、思い起こすのは父の言葉。
◆◆◆
「我らアトランティスは総力を上げて
一般には預かり知らない、《
「〈守護者〉リントルーデ・フォン・アトランティス、〈円環者〉イナ・ヴィ・エルラン、〈代行者〉ノルン、〈寵愛者〉ラグナリオン、そしてライラックよ。お前たちは百騎の精鋭と共に別動体として動くのだ」
「別動体…………《
「その通りだ。先ほど連絡があった。『魔剣世界』レゾナの全軍と、〈魔王〉ジルエスター・ウォーハイムが直接率いる『極星世界』ポラリスの豊穣の民が、先ほど世界を発ったと。また、【救世の徒】と行動を共にする〈歌姫〉シンシアが戦線を率いるとの情報があった。お前たちは彼らと合流し、〈黎明記〉エトラヴァルトの仇を討つのだ」
◆◆◆
方舟としての機能を解放したノアの航行速度は凄まじいもので、予測では、僅か3時間弱で世界外縁に到達する見込みである。
先んじて移動を開始している回遊都市を追い越す勢いだというのに普段暮らしている時とまるで変わらない『乗り心地』というのは、あっという間に流れてゆく景色も相まって奇妙な感覚をラルフに与えた。
(最終防衛線は第二大陸北端の大世界、『霊峰世界』バスキエス。世界の殆どが山間部で魔物の侵入を防ぐ天然の要害って話だけど……)
ラルフの所感は、それはあくまでも気休め程度だろうというものだった。
(意味がない。どころか、最悪《雲竜》みたいなやつの一発で更地になる。多分、アピールが目的なんだ)
世界自体が要塞になっている、という触れ込みで少しでも多くの増援を集めることが目的だと推測する。
(
その瞬間まで頼ることしかできない歯がゆい思いを抱えるラルフは、いつのまにか部屋に侵入していた協力者に目を向けた。
「——で、その足止めはできるのか?」
「うん、できるよ。動ける人の中で最強の人を向かわせたから」
夢紫色の髪を揺らし、机に腰をかけた少女がニコリと笑う。ラルフにとっては見覚えのない見た目。しかし、雰囲気と声、そしてエトやイノリから聞いていた特徴と一致することから、その正体に気づく。
「えーっと、シーナちゃんだよな?」
「うん! 久しぶりだね。モテない方のお兄ちゃん!」
「余計なお世話だっ!」
【救世の徒】最高幹部、〈仇花〉シーナ・ティルファレア。肉体年齢を自由自在に変えることができる夢魔は、今回はだいたい14〜5歳くらいの容姿でラルフの前に現れた。
「話には聞いてたけど、本当に自在に姿が変わるんだな」
「まあね!」
「で、その最強の人ってのは? ジークリオンや紅蓮さんじゃないんだろ? 他の幹部か?」
「ぶっぶー。ハズレだよ〜」
ドヤ顔を華麗にスルーされたシーナは少しだけむくれ顔で否定。悪戯っ子の笑みを浮かべた。
「モテないお兄ちゃんも知ってる、誰よりも自由な人だよ」
◆◆◆
「………………想定より早いね」
地平線の彼方まで続く魔物の大行進。滅ぼした異界の魔物すら従えて勢いを増し続ける第二の滅亡惨禍は止まることを知らず。
最早並の世界では抗うことさえままならない濁流に、冒険者ギルドは『霊峰世界』を除く第二大陸の放棄を選択。
これにより、推定31億人の絶滅が確定的となる。
二千年前の滅亡惨禍以来の致命的被害。それすら凌ぐ侵攻速度だが、《
「まさか、ここでキミが動くなんてね」
虚無の瞳が見据えるのは遥か北、第二大陸最北端『霊峰世界』。
「少し面倒だね、
——そこに立つ、一人の鬼人である。
◆◆◆
世界の境界はすでに砕けた。
『霊峰世界』に隣接していた世界は竜の雄叫びと魔物の行進に焼き尽くされて形を失った。
視界に映るのは、見渡す限りの砂漠の大地。
砂を撒き散らす魔物の大洪水はそれだけで見る者の戦意を奪い、心を挫き、屈服させる。
——だが、この男は違った。
「……なあ。こんなもんかよ、アルト」
三メートルを超える鍛え上げられた赤肌の肉体。漆黒の虹彩に囲まれる金色の瞳孔が怒りに歪む。
「テメェが守ろうとした世界は、こんな呆気なく終わるのか?」
握られた拳は怒りに震える。そんな微細な揺れさえも、木々を恐れさせ、大地はひび割れる。
「……なあ。答えろよ、ティア」
しかし、溢れる言葉の色はどこかもの悲しく悲哀に満ちているようで。
「テメェが見せたかった『美しい景色』ってのは、こんなに吐き気がするものだったのか?」
紡がれる言葉のひとつひとつが、男の怒りと相反するような優しい声音。
「なら——俺が壊してやるよ」
次の瞬間、現れるのは愉悦。
「クカカッ……。こんな汚ねえ世界なんて、こんなつまらねえ未来なんて——俺が全部ッ!」
ありったけ胸を膨らませて息を吸い込んだ、〈星震わせ〉バイパーは。
「——————ッ、ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア——‼︎‼︎」
星を揺るがす大咆哮で、降り注ぐ砲撃ごと《流星》オクト・リラを消し飛ばした。
——さらに、続く。
「その砂漠を……穢すんじゃねぇええええええええええええええええええええええええええ——ッ‼︎」
胸を引き絞って右拳を振り抜き、裏拳。
この世のものとは思えない凄絶な轟音をもって大気が爆ぜる。
圧倒的な一撃は地平線を覆い尽くす魔物の軍勢を、彼方で咆哮を構えていた《脈竜》フルバールの前半身ごと根こそぎ木っ端微塵に帰した。
心臓たる魔石すら残さない徹底的な破壊。
息ひとつ乱さないバイパーは、間断なく地平の彼方から押し寄せるドス黒い濁流にむけて、嗤う。
「クカカカ……ッ。来いよ虫ども、俺が纏めて消しとばしてやるから……なぁッ⁉︎」
第二次滅亡惨禍。
星の命運を決める闘いの前哨戦は、無限の軍勢と絶対的な個の激突。
——
〈星震わせ〉バイパー・ジズ・アンドレアス
消し飛ばされたオクト・リラの見た目ですが、ドラミドロの羽が新劇のサハクィエルになった感じです。