【第一巻発売中】弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ) 作:銀髪卿
「バイパーが……⁉︎」
“世界の我儘”とすら称される男の参戦は予想になく、かの赤肌の鬼人の出現と《
「シーナちゃんが言ってた最強の人ってのは、やっぱり?」
「うん、彼だよ。動くかどうかは半々だったけどね」
これでひとつ賭けに勝ったねと、夢紫の髪を揺らしてシーナが笑う。
「これで
「《
「うん。いくら《
「つまり、援軍が見込める」
現状想定される対《
問題は、誰もが潰れ役などやりたがらないために最初に
第三大陸の覇者、『悠久世界』エヴァーグリーンが現時点で動きを見せない以上、〈勇者〉アハトの参戦は絶望的という向かい風もあった。
しかし、ここに来てバイパーという〈異界侵蝕〉の中でも頭ひとつ抜けた戦力が参戦した。〈勇者〉アハトに匹敵……ともすれば彼すら凌ぐ鬼人の存在は、それだけで勝機を見出す一筋の希望だ。
「俺たち海淵と極星が動いたことも知れたら、背中を押す材料として十分なはず」
ラルフは肘を膝に置いて、うつむき加減で瞳に瞋恚の炎を灯す。
「これで最低限、《
「だよ。これで、お兄ちゃんの仇を討つ準備ができた」
そこまで話して、ふと。
「…………ねえ、
「え?」
シーナが、ラルフの本名を呼んだ。
突然の名前呼びに困惑したラルフが顔を上げると、オーロラ色の瞳を輝かせたシーナが真剣な眼差しを向けていた。
「ここからは秘密の話。誰にも知られたくないから、場所を移したいの」
「………………今回の作戦に関わることか?」
「うん。
「わかった」
即答する。
全て信頼したわけではない。ただ、彼らの行動は今現在、誠意をもって応えるに値すると判断したからこそ。
そしてなにより、シーナが発した『お兄ちゃんの仇』という言葉。そこに込められた確かな怒りに、ラルフは彼女の言葉を信じると決めた。
「連れて行ってくれ」
◆◆◆
紅蓮の転移門によって連れていかれたのは、瓦礫の山の只中。割れた瓦屋根や砕けたコンクリート、焼けこげた木々、見知らぬ文字や記号が書かれた煤けた看板。
目に映るもの何もかもが荒廃していて、およそ命の気配を感じさせない、死の匂いすら通り越した虚無。そういう場所だとラルフの本能は直感した。
そして、瓦礫の山々の向こう側。
遥か天空へと突き立つ極彩色の結晶塔。
「ここは——」
「俺らの本拠地だ。『特異点』って呼んでる」
「【救世の徒】の……?」
紅蓮の言葉を疑う意図はなかったが、ラルフにはにわかに信じられなかった。
「なんで、ここへ?」
「シーナが万が一にも聞かれちゃいけねえって言ったからな。
盟主の許可を得た者でない場合は、
「んじゃ、俺は行くから。好きに話せよシーナ」
「ん、お迎えご苦労」
「もうちょい感謝の気持ちを持て甘党幼女」
「残念! 今は少女体でーす!」
シーナのしょうもない反論に舌打ちして、紅蓮はラルフを残して門の向こうに消えた。
「それじゃあ早速本題に入るね」
「あ、ああ……」
突然、敵の本拠地に踏み込んでしまったラルフは戸惑いながらも頷く。まわりを十分に観察したい欲をぐっと堪えて、シーナの言葉に耳を傾けた。
「話っていうのは、お兄ちゃんのこと」
「エトの?」
「うん。
「は——————」
その発言に、ラルフは我を忘れて少女の両肩に掴みかかった。
「本当かッ⁉︎ まだ、エトを助けられるのか⁉︎ どうやって、どこで………俺は何をすればいい⁉︎ シーナちゃ——」
「お、落ち着いて! 話、話聞いて! 肩痛い痛いっ、痛いから離してっ!」
「…………っ!」
痛みに歪んだ少女の表情と声に正気を取り戻し、ラルフは慌てて後退りした。
「ご、ごめんシーナちゃん! 怪我は……」
「大丈夫、私これでも
「ほんっとうにごめんなさいっ!!」
迅速の土下座だった。
「あの、シーナちゃん。それで、エトが助かるかもってのは……」
少なくとも未来を見据えるシーナに、ラルフは頭を下げながら発言の真意を問う。
「うん。オズマに聞いたんだけどさ、お兄ちゃんが死んだ時、
「——っ、そうらしい。俺も、ジークリオンとシンシアちゃんに聞いた」
「でもさ、おかしいと思わない?」
「えっと……何が?」
「だって、お兄ちゃんはジークと戦った時に左腕を取られてるでしょ? そして、その左腕の代わりに“聖女の鎖”を使ってた」
シーナは少し恥ずかしそうに、『これは内緒ね』と前置く。
「私、“夢”を通じてお兄ちゃんのこと観察してたの。いくらお兄ちゃんでも寝ている時は無防備だからさ、実はこっそり覗き見してたの」
「エトが知ったら怒っただろうな。いや、怒らなくてもお仕置きはあったかもな」
「だから内緒。でもね、だからこそ見えたの。お兄ちゃんが死ぬ時、意識が生と死の境界に立った時、限りなく夢に近づいた時。私は見た——
——ゾワリと、ラルフの全身が総毛立つ。
シーナの発言が、何を意味しているのかがわかったから。
「あの瞬間、“聖女の鎖”も一緒に消滅してる。ライラックならわかるでしょ、鎖は、
少女の指先が、ラルフの胸に突き立つ。
「私の観魂眼には見えてる。ライラックの魂には、まだ、
「俺の…………ってことは、《
「うん。ジークが『《
「もうひとつ、エトと一緒に消滅した可能性がある——!」
これは二つの証明。
ひとつは、《
そして、もうひとつ。
「エトの鎖は多分特別だった。エトの言葉に反応したり、自立して動いたり……明確な自我を持っていた」
「私も見てたよ。少なくとも
シーナは、ここに一筋の希望を指し示す。
「あの鎖が、
「………………っ!」
それは、言ってしまえば『だからどうした』という話でしかない。
仮に推測が正しいとしても、
希望と呼ぶにはあまりにか細く、不確かで、ともすれば蜘蛛の糸のようなより深い痛みと悲しみをもたらす事象でしかない。
だが、それでも。
希望を確かな現実に引き寄せる手段は、彼らの手に。
「神秘のお姉ちゃんと、鬼のお姉ちゃんのとこの巫女さん、そして私。それぞれ手段は違うけど、一千年を超える時間の中で力を蓄え続けた“観魂眼”が三対ある。
この戦いで、多くの命が散るだろう。
ならば、勝敗に依らず
シーナは今一度、オーロラ色に輝く瞳で、立ち上がったラルフの魂を覗き見る。
「そして、ライラックの鎖があれば、鎖同士の共鳴でお兄ちゃんを引っ張り上げることができるかもしれない」
「俺がエトを、助けられるかもしれない………?」
「これは作戦未満の大博打ってやつだよ。けど……私は価値があると思うの」
「シーナちゃんは、なんでそこまでエトに……」
二人に直接的な接点は少ない。
少女にとってはエトは最終的な敵で、言ってしまえば死んでいた方が都合がいい。
なのになぜ、自分を頭数に入れた博打を提案するのか?
ラルフの疑問に、シーナは自らの肉体を8歳程度の幼女に退化させた。
「だって前に貰ったお菓子のお礼、まだできてないの。それに、神秘のお姉ちゃんを守ってくれたの。私のお願いを聞いてくれたの。だから、私はお兄ちゃんを助けるの」
純真無垢な願いに、ラルフは拳で胸を叩いた。
「やろう、誰にも知らせられない大博打だ。誰も知らない希望を、俺たちの手で繋ぐんだ!」
次話、九章完結予定です