【第一巻発売中】弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ) 作:銀髪卿
「俺様の名はジークリオン・エルツ・ヴァールハイト。貴様には特別に、畏怖と敬意を込めて名を呼ぶことを許そう」
「態度でっっっか!」
ジークリオンと名乗った竜人の尊大極まる開幕一声に俺は表情筋を引き攣らせた。
堀を改造して作られた検問所の一室は狭く、木製の机がひとつと椅子がふたつだけ置かれている。光源は魔力充填式の天井照明で、光量こそ確保できているが窓ひとつないせいで閉塞感は拭えない。
そんな中で翼を広げた竜人が腕を組んで横柄に振る舞えば、その圧迫感たるや。目の前に座ると極彩色の視界占有率が凄まじく、万華鏡でも覗いている気分だ。
正直関わりたくない手合いなのだが、世話になってる人たちからの頼みだし無碍にするわけにもいかなかった。
「えーっと……だな。まず、俺はアルトだ。それで、ポーラを訪れた理由を聞きたいんだが——」
「待て。その前に貴様を見極めさせろ」
だから態度がでっかいのよ。
腕を組みながら、ジークリオンは縦長の瞳孔で俺をじっくりと観察する。ネメアと同じ爬虫類の眼。しかし、向けられる感情がこうも違うだけで不気味に感じるのか。
「貴様は果たして俺様が話すに能う強者か、見極める」
「ここで暴れるのは勘弁してくれよ、他の人たちに被害が出る」
崩落なんか起きたら一大事だし。
態度相応に強いのなら、こんな狭い部屋じゃあまりに手狭。俺もどこまで戦えるかわからないけど……体に刻まれた傷を信じて、
「それに
「………………」
急に存在感の消えた竜人の顔を覗くと、縦長の視線とかち合った。しかし、それはどうにもこちらを見下す視線ではなさそうで……。
「貴様はいま、我が身よりも他者を優先した」
「は?」
「俺様の翼を、爪を……この覇気を前にしてなお、俺様から逃げようとは微塵も考えなかった。違うか?」
尊大な態度はどこへやら。いや、口調はいまだに不遜極まりないけども。組んでいた両手は机の上に置かれ、見せびらかすように広げられていた竜の翼は綺麗に折りたたまれていた。
「貴様は、俺様を前にしてなお恐怖を御した」
「いや、ぶっちゃけおっかないとは思ってるけど」
「……ほう。ではなぜ平然としていられる?」
「これ逃げた後に来るイルルの鬼詰めの方がずっと怖えからだな。ああ、イルルってのは俺の上司のことな」
「…………フハッ」
何かがツボに入ったのか、ジークリオンは可笑しそうに喉をくつくつと鳴らして肩を揺らす。しばらくそうしていると、やがて耐えきれなくなったように天を仰いだ。
「フハハハハハハハ! 言うに事欠いて、俺様よりも仕事の方が恐ろしいとは! しかも言葉にするまで俺様に悟らせぬとは、よほど恐ろしいのだな
「ああ、死ぬほどおっかないぞ。ってことでできれば力試しは——」
「いい、不要だ。今の問答で貴殿が強き者であることは十分にわかった」
なんでだよ。
戦う気満々ではなかったけど覚悟を決めかけていたのに、壮絶に肩透かしを喰らった気分だ。
「恐怖を御した根源がどうあれ、貴殿は同胞と、なにより俺様の
「えっと……どうも?」
「非礼を詫びよう、アルト。俺様は貴殿と、そして貴殿が守るこの都市との対話に応じよう」
よくわからないまま、ジークリオンの力試しというやつは終わってしまった。彼の判断基準に適ったらしく結果的には認められたけど……口調の不遜さだけは改善されなかった。
◆◆◆
「目的は物見遊山だ。選んだ理由にさした基準はないさ、ただ歩いた先がここだったに過ぎん」
ジークリオンは言葉通り、その後の質問には非常に協力的だった。不遜な言葉遣いも生来のものと分かればそこまで気にならなかった。
「外界……なるほど。貴殿らはこの状況をそう呼称しているのか。悪いがいくつ世界を超えてきたかは定かではない。……10や20では効かないことは確かだが」
いくつもの外界を渡り歩いてきただけに、ジークリオンはこの状況への知識も豊富だった。俺たちも知らなかった状況や世界の法則など、調査隊垂涎の情報を彼は惜しげもなく教えてくれた。
——が、いくつかの例外はあった。
「えっと、そこの付き人さんなんだけど……名前は?」
「————」
この質問をした瞬間、ほんのわずかだけどジークリオンが剣呑な雰囲気を纏った。こちらへの警戒、というより……質問そのものへの忌避だろうか。
「……彼に名前はない。悪いが、フードを外すこともできない」
その発言が嘘だというのは、色々疎い俺でもわかった。
この間、フードを目深に被った
ジークリオンが度々彼を気遣うように意識を向けていることから、彼らが単純な上下関係で動いてないとはなんとなく察せられるし、のっぴきならない事情を抱えていそうなことも想像に難くない。
「………………わかった。まあ、俺もこんな格好だしフードのひとつやふたつ、この都市は許容してくれるだろ」
それを加味した上で、無理に聞き出す必要はないと思った。彼の姿勢は協力的だし、殺気や害意のような気配も感じない。無理に突っついて関係を悪化させる方が悪手だろう。
「恩に着るぞ、アルト」
「大袈裟だろ」
誰しも隠したいことのひとつやふたつあるものだ。——きっと、記憶を失う前の俺も。
◆◆◆
「なかなかの賑わいだな。俺様たちはいくつもの都市を回ってきたが、これほどの活気は久しく見ていないぞ」
「そうなのか? ここより規模のでかい都市があるって調査報告書にはあったけど……」
検問を終えてポーラ内部に踏み込んだジークはえらく上機嫌に景色へ視線を向ける。
竜人の肉体が目立ちすぎるのでコートを羽織って貰っているのだが、そもそもが2m近い背格好。元々筋肉質な上に翼までコートで隠そうとした結果、ジークの外見はかなりの巨漢になってしまい、それはもう目立つ目立つ。
「大きいゆえにだろう。限られた土地では養える命に限りがある。工夫をこらせど限界があるものだ」
「なるほど、ここは恵まれてるってことか」
「貴殿の話を聞くに、その調査の質も高いのだろう。未知でなくなってしまえば、人間とは存外慣れるもの。事象への適応力は全生命の中でも上位に位置するのだからな」
見慣れない偉丈夫がテンション高めに、かつ知的な話題を好みながら街を歩くものだから、それはもう周囲の目を惹きまくった。
「ところでアルトの連れの
事と次第と機嫌によってはめちゃくちゃ根に持つってことじゃねえか。竜人の癇癪とか洒落にならないからやめてくれよ。
「あ、いや……そういう意味もあるんだけど……」
俺が右隣を歩くジークに半眼で流し目を送っていると、左腕をがっしりホールドするクラインが遠慮がちに視線を上げる。
直視するのを嫌がっているのだろう、そのオーロラの目は絶妙に虚空に向けられていた。
「ジークさん、すんごいギラギラしてるからさ。直視すると眩しすぎるんだよ……」
「ほう。やはり俺様の鍛え抜かれた躯体はコートで覆っても隠し切れるものではないか」
「ううん。そこはすごく馴染んでるけど……」
「…………そうか」
わかりやすくしょげるなよ。隠すために着てもらってるんだからこれ以上目立たれると困るんだよ。
あと、クライン? これが馴染んでると? 190cm超えの巨漢が市井に馴染んでいるとでも? ……ああそうか。
……だとしたら、あの時の彼女は何を見て意識を飛ばした?
「私の目って、他の人には見えない色々が見えちゃうから……ジークさんのギラギラオーラが私には眩しいんだよねー」
「ほお……。
「クラインでいいよ。私もジークさんって呼ばせて貰ってるし」
俺を挟んで二人が握手を交わす。俺が歩きづらい点を除けば良い関係の始まりだな。
「えっと……そのさ、付き人さん? 名前ないんだよね、なんて呼べばいい?」
と、俺が歩幅に苦心している間に話題はジークの付き人へ。ロングコートについたフードを目深に被る、明らかに訳ありの人間。骨格から男だとは思うけど一言も喋らないから確定できない。
「ふむ……不特定多数と関わる上で呼び名がないのは不便か?」
「微妙なところじゃないか?」
ジークの質問に俺は肩をすくめた。
「『付き人さん』って呼べば十分判別はつくと思うけど……名前は、まああるに越したことはないかな。ウチの図書館の受付にも必要だし」
いくら都市内に入場を認められた者の付き人とはいえ、あからさまに素性を隠した人間を入れるわけにはいかない。
それにこういう事情を抜きにしても、呼び名くらいはあった方がいいんじゃないかと、個人的には思っている。
なるべく丁寧に俺の考えを伝えると、ジークは悩むような素振りで顰めっ面を浮かべた。
「ふむ、一理あるな。……お前はどう思う? 呼び名に希望はあるか?」
「……………………」
ジークの呼びかけに、付き人のフードがほんの少し持ち上がる。中で顔を上げたのだろうが、それでもフードの奥はよく見えなかった。
「…………必要、ない。俺には…………いらない」
ひどく掠れた、今にもかき消えそうな。辛うじて男性だと判別できる程度の声で付き人は答えた。
また、フードが下に傾く。その一連の動きを、ジークはひどく哀しげな表情で見ていた。
「許せクラインよ。こう言っている以上、俺様は無理強いできん」
「そっかー。でも、本人が嫌なら仕方ないね」
まだ絶妙に目が慣れないのか、クラインは相変わらず明後日の方向を向いて納得を示した。
「話は変わるがアルトよ。滞在中、俺様たちは指定の宿に泊まるとあったが——」
「ああ、うん。今そこに向かってるけど……他に寄りたいとこあるか?」
「いや、旅でそれなりに疲労が溜まっている。今日はそのまま休むつもりだ」
◆◆◆
魂のこと、竜人のこと。
箇条書きにすると二つだけ。なのに今日はやたらと疲れた。
できることなら早々と泥のように眠りたいところなのだが……
「明日じゃダメか?」
「ごめんなさいアルトさん。大事な話だからなるべく早いうちにしたくて——」
ジークと付き人を宿に送り届けて帰ろうとした俺は、とても申し訳なさそうな表情をしたシンシアに引き止められた。
「えっと……付き人さんのことで」
「んー、わかった。場所変えよう。イルルに報告もしたいから図書館の会議室行くか」
「ありがと、アルトさん」
「良いよ、俺らにも関係あることなんだし」
まだ体調が万全ではないクラインと連れ立って、捕食者のような眼差しを背に受けながらその場を後にした。
◆◆◆
「……ここなら数日は休めるだろう。大丈夫か、友よ」
カーテンの隙間からアルトたちの背中を見送ったジークリオンは、椅子やベッドではなく、部屋の隅に座り込んだ付き人の男を慮るように声をかける。
「ここしばらく休めていなかっただろう、今日は布団を使うといい」
「…………いや、いい。ジーク、あなたが使ってくれ」
「そうはいかないだろう。もう三ヶ月、まともな寝床を——」
「
掠れきった声でも、なお力強く。
ジークリオンの言葉を遮って、付き人の男はコツン、と後頭部を壁に当てる。わずかにはだけたフードの奥で、真紅の左目が凛と輝いた。
「二年、寝床に入ってない。それ以前に……」
男はフードを被り直して、その上から左目を覆った。
「こうなってから、もう何年も……まともに寝てない。今更だよ、ジーク」
「体はそうでも、心は別だろう」
「尚更だよ。休まるものか」
「………………そう、だとしても」
「悪い。あなたの善意はわかるんだ。けど……無理なんだ。俺は——」
◆◆◆
「いくつもの魂が見えたの。ジークさんじゃなくて、付き人さんから」
クラインは、思い出して気持ち悪くなったのか、若干顔を青くして口を覆った。
「彼、から……?」
「まーた厄ネタじゃねえですか……」
〈なになにー? 内緒話ー?〉
若干一匹空気の読めない蛇がいるのはさておき、俺とイルルは会議室でクラインから気絶の正体を知る。
「数百、数千……ううん。もっとたくさんの魂。それが……付き人さんの内側で蠢いてた。あんなの——普通の人間じゃあありえない」
クラインの言うことを信じるなら、付き人はすでに真っ当な人間ではない。名前がないというのも——個人としての存在が揺らいでいるから、なんて邪推ができてしまう。
「手段はわからない。けど、あの人は——他人の命を、文字通り“奪う”ことができるのかもしれない」
「…………イルル、グレイを叩き起こしていいか?」
「今ネメアに行かせやがりました。とっとと、野郎二人が辿ってきたルートの精査とその外界の現状を把握しやがらねえと」
「気をつけて、アルトさん、イルルさん。あの二人は——危険だよ」
◆◆◆
「俺は、もう真っ当じゃいられないんだから。全てを終わらせる、その瞬間までは——」
付き人は、祈るように呟いた。