【第一巻発売中】弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ) 作:銀髪卿
私には類い稀な才能がある。
天才、神童、麒麟児……そんなふうに小さい頃から言われてきた。
大人たちから寄せられる期待は、はっきり言って普通の子とは比べ物にならないものだった。けど、私はその全てに応えてきた。
重くないと言えば嘘になるけど、その重さを自分自身が誤魔化せるほどの成果を上げてこれた。
この目とセンスがあれば、大抵のことはなんでもできる。
魂というのは情報の宝庫だ。その人の性格や資質は勿論のこと、その時考えていることまでなんとなくわかってしまう。
そして私は、自分の魂を観測することもできてしまった。だから、『自分の使い方』というのを誰よりも理解できた。
伸び悩むとか、苦労するとか、正直無縁の人生だったと思う。
——早い話、私は調子に乗っていた。
大人たちの忠告を聞かずに外の世界へ飛び出したのは、自分を止められる人がそこにはいないと知っていたから。
見知らぬ土地、文化、生き物……どんな未知が待っていたとしても、この“眼”があれば怖いものなんかないって。わからないことなんかないって、自惚れていた。
だからなのかな。あの日……私はなにもできなかった。
燃え落ちる街並みを前に、激情に狂う彼を前に……失意に沈むあの人を前に、私は、ただ見ていることしかできなかった。
◆◆◆
翌朝の空はとても晴れやかで、危険な人物が二人も都市内部に入場していることなんて世界はまるで気にしていない様子だった。
「アルトさん、『残業確定』って遠い目してたなあ」
ジークさんと付き人の二人に気をつけてほしい、なんて言ったはいいけど。
私に……クラインという個人にできることはなにもなかった。
あの二人の魂の有り様はあまりにも強烈で、遠くから観察しようとするだけで目が痛くなる。
付き人の方は特に凄まじい。あんな……何もかもぐちゃぐちゃにしたような、混沌として魂の形は初めて見た。ううん、形と言うことすら他の人に失礼になるような、そういう、際立っておぞましい姿。
「ネメアちゃんですら、ちゃんとした形をしてるのに……」
いや、この場合ネメアちゃんにも失礼か。けど、人語を理解する蛇なんて聞いたことがない。魔法生物でもないみたいだし、『変わっている』のは事実なんだよね。けど、混ざってるとかそういう感じには見えないし……うん。やっぱりあの付き人はおかしい。
「奇妙なのは害意の
魂を奪う、本当にそういうことができるなら、そういうことをしてきたのなら。多分、奪う前の最初のひとつ……あの人固有の魂が強い害意を外に向けているはず。なのに、私が一瞬見た限りだと、付き人からは
「でもちゃんと見たわけじゃないし……もっかい見たいとも思わないし……。これはアルトさんには話せないなあ」
変な情とか思考を植え付けちゃいけない。私は元々は外様なんだし、そもそも昨日みたいな介入も本当は良くないこと。
家名を継承する前だけど、私はラクリマ家の時期当主だし。将来的に外界との関わりが活発になった時に面倒ごとになったりすると大変だしね。
「んー、でもなー。ここの人たちみんないい人だし……まだ死ぬと決まったわけじゃないけど見殺しにするのって違うような……うーん。うーん?」
私が身の振り方に悩んでいると後ろから覚えのある気配が近寄ってきた。
「何悩んでるんだ? パン屋の前ってことは…‥朝飯?」
「違うってわかってるでしょ、アルトさん」
まあな、と多分苦笑いしているだろう口調で、顔面を布でぐるぐる巻きにした変人司書さんが私の隣に並ぶ。
相変わらず死にかけみたいな魂なのに、ちょっと離れた場所からも存在感を放つ奇妙な人だ。
恐ろしさで言えば付き人さんの圧勝だけど、この人も大概変な状況なんだよね。
「今日も私の監視?」
「それとあの二人組の監視」
「流れるように業務が増えてる……」
「どうにもジークからのご指名らしい。下手に断ると面倒だし、まあ合法的に仕事サボ……休めるからな」
今、堂々と『サボれる』って言おうとしてた? 休みが実質休みじゃないから、サボる方向に舵切ったのかな?
「どうする? クラインも来るか?」
「ええー」
あの二人に会いに行くか? という誘いに私は露骨に顔を歪めた。
「私、ずっと薄目になるか変な角度向いて喋る人になるよ?」
「それでもいいぞ? というか、着いてきてくれると俺が助かる」
「そりゃあアルトさんからすれば監視対象一網打尽だからね……」
というか、要警戒対象複数いるのに監視要員が一人だけってそもそも破綻してない?
その辺の話を聞いてみると、アルトさんは遠い目をした。
「昨日クラインが警告くれただろ? あのあと司書全員叩き起こされてさ。夜通し東部方面に広がる外界の情報洗い出しと来訪者チェックして一部兵士にも緊急動員かけて出発。空いてる人員どこにもいなくてさ……」
「な、なんかごめんなさい……」
「まあそんなわけで、責任とってくれ」
「なんか意味が違うような? でも行くよ」
負い目云々とは関係なく、私自身、あの二人組については気になることが多い。むしろ私と違って普通に接することができるアルトさんについていく方が色々わかりそうだし、安心だと思った。
◆◆◆
「ほう。つまり貴殿はただの蛇でありながら人語を覚えたのか」
〈そうだよ! すんごい頑張ったんだー!〉
「であろうな。その努力は敬意を示すに能う。貴殿と出会えたことを幸運に思うぞ、ネメアよ」
〈えへへー。僕もジークの鱗、キラキラでカッコいいと思うなー〉
「違いがわかるとは流石に慧眼だな。いつか機会があれば、貴殿には俺様の“真体”を披露しよう」
〈なになにー? ジークも脱皮するのー?〉
アルトさんについて、ジークさんが滞在する宿に彼と付き人を迎えに行くと、先客?が一匹。
白蛇のネメアちゃんが、ジークさんと非常に上機嫌に話していた。
「な、仲良くなってる?」
「竜と蛇、気が合うのか……?」
確かに爬虫類っぽさは似てる——って、そうじゃなくて。
ジークさん、対等に話す条件を厳しく定めているらしいけど……ネメアちゃんも通過したってことだよね?
「脱皮とは少し違うな。俺様には鱗の剥離こそあれど、脱皮という機能はないのだ。同胞の中には貴殿と同じように脱皮する者もいるがな」
〈そっかー、残念。んー? そしたら“シンタイ”ってなーに?〉
「そう急くなネメアよ。機会は自ずと訪れよう」
テレパシーが私たちにもすぐ拾えたのは、多分ネメアちゃんがこの辺一帯を無差別にテレパシーの効果範囲にしたからだと思う。多分、ジークさんを独り言を呟くヤバい人にしないようにっていうネメアちゃんなりの配慮だ。
「アイツの合格基準わっかんねえ……。単純な武力ってわけじゃなさそうのは確かだけど」
和やかな談笑を前にアルトさんは側頭部を掻いて困り顔。ジークさんの行動指針がわからなくて困っている様子だった。
「良好ならいいんじゃない? そのうち聞ける機会があるかもよ?」
「それもそうか。んじゃ、業務遂行と行くか……遅くなってすまない、ジーク」
気持ちを切り替えたアルトさんは一転、笑顔を浮かべてジークさんに近寄っていく。
「アルトか、今日も世話になるぞ。クラインは……慣れぬか。難儀な体質だな」
「ごめんなさい……なかなか難しくて」
一日経ったことでなにか耐性でもできたかなって少し期待してたんだけど、結局ダメだった私はシワッシワの薄目で明後日の方を眺める変な挨拶をしてしまう。
「気に病むことはない。肉体とは存外、自分ではどうにもできぬことも多いのだからな」
けど、アルトさんのおこぼれに与ったのか、ジークさんの好感度は私に対しても謎に高い。それが幸いして特に咎められずに済んだ。
「えっと、付き人さんもごめんなさい。こんな調子だけど気にしなくっていいから」
「あんたも要望があれば遠慮なく言ってくれ」
……うん。付き人さんは本当に、端っこだけでも視界に入れると不味いから反応がわからないけど……。アルトさんの対応的に許してくれたっぽい?
「とは言っても、食糧の融通とかは限度があるからその辺は我慢してくれ」
「ほう? 昨日街を眺めた限りでは困窮しているようには見えなかったが……厳しいのか?」
「俺もよく知らないけど、微妙なところらしい。小麦の農地がうまいこと残ってくれてたから多少の蓄えはあるし、開拓で解消の目処も立ったけど……無制限に受け入れるだけの余裕はないって感じだ」
「なるほど。俺様たちに滞在期間を定めさせたのもそのあたりに理由があるのだな」
「多分そんなところだな。あとは、入退場管理の厳格化だな。外界の人間は、まあぶっちゃけると監視対象だから」
うっ、なんか会話のことごとくが私に刺さる。
私その辺の手続き全部すり抜けちゃってるからなあ……。なあなあで済ましてくれてるけど、そのうち出てかなきゃだよねえ……。
〈ねーねー、ジークは今日どこに行きたいのー?〉
私が罪悪感に項垂れていると、話題はジークさんの予定に。薄目の端っこで煌びやかな竜人を見ると、彼のシルエットは考え込むような格好になっていた。
「特別決めていたことはないとはいえ、籠っているのは性に合わぬからな。……そうだな、折角の機会だ。貴殿らにこの都市の案内をしてもらうとしよう」
「別にいいけど、その場合昨日みたいにローブ着てもらうぞ?」
「ふむ……多少窮屈にはなるが仕方あるまい。お前もそれで良いか?」
ジークさんの質問は多分付き人さんへのものだろうけど、ほんの少しでも彼を見ることができない私は反応を確認できない。
ただ、ジークさんの『では頼むぞ』って反応から、付き人さんも了承したんだろうってわかった。
「クライン、大丈夫か?」
「平気だよアルトさん。ちょっと会話しづらいだけで調子は悪くないから」
「ならいいけど……無理すんなよ。連れてきた側が言うのも変だけど、キツかったら帰って良いからな」
「うん、わかった」
◆◆◆
ジークさんたちを連れた都市案内は、比較的平和に進んでいたと思う。
途中、私でも気づくような幾つもの監視の視線にジークさんが『随分と警戒されたものだ』なんて笑ったものだから、アルトさんがすっごい引き攣った顔をしたりしたけども。
どうやらその程度じゃ機嫌は左右されないみたいで、彼はアルトさんとネメアちゃんの一人と一匹と終始上機嫌そうに談笑をして夕刻まで街を散策した。
「平和に終わりそうでよかった、のかな」
「そう言う割には、随分と浮かない顔をしているね?」
「うぇっ⁉︎」
遠くの空が、茜色から夜の色に変わる頃。
ホットドックを丸呑みジークさんとネメアちゃんにドン引きするアルトさんを眺める独り言に、まさか反応があるとは思わなくて、私はおもわず変な声を上げる。
声のした左側から飛び退くように距離を取ると、そこにはすこし疲れた表情の司書がいた。
「すまないね。驚かせるつもりはなかったんだよ」
「えっと……笑顔が胡散臭いって有名な——」
「グレイだよ。一応、君を最初に案内したのは僕なんだけどね……」
目の下に若干の隈を浮かべたグレイさんは、私の言葉に傷ついたように肩を落とした。……その仕草すら胡散臭く見えるのは、もはや才能なんじゃ?
「あっ、ごめんなさい。その、アルトさんとイルルさんの悪態が妙に耳に残って——」
「イルルのそれは特に強烈だからね。アルトもあれで容赦がない。胡散臭さで言えば僕と良い勝負な筈なんだけど」
自分の特徴を揶揄されたのに、グレイさんはむしろ楽しそうに笑う。おまけに、アルトさんとの差異を『やっぱり口調なのかな?』なんて冷静な分析を始める始末だ。
「グレイさん、なんでここに?」
「仕事の一環……とは言ってるけど、早い話サボりだよ。少し、羨ましくてね」
「羨ましい?」
脈絡のない発言に私が首を傾げると、グレイさんは目線で答えを示した。
「彼の周りには、いつも面白いことが起きる」
彼の灰色の先には、アルトさんたちの姿が。
私は訳あって直視できないけど、弾む声から彼らが楽しげに過ごしていることは想像できた。
「イルルの口数が前より多くなった。ネメアが夢を語るようになった。異変の中で子供たちが大人を気遣うようになって、巡り巡って兵士たちの指揮も上がった。そして、君や……あの竜人がやって来た」
「…………」
私の知りようがない変化を、グレイさんはとても楽しそうに語る。
「彼を中心に変化が起きている。僕が欲して止まなかった未知が……彼そのものという謎が、どうしようもなく僕を惹きつける。——だから、羨ましいんだよ」
そう語るグレイさんは子供のように目を輝かせていた。
私の目に映る彼の感情は様々だ。
羨望と嫉妬、興味と感謝、喜び。そして……
「グレイさんは……なんで、怒ってるの?」
「……! アルトから聞いていたけど、凄い目だね、それは」
グレイさんは『参ったな』、なんて言って頬を掻く。
「だって、ずるいだろう? 僕が欲して止まない変化を、彼は当然のように起こせるんだ。なのに、彼はそれを特別だとは思わない。勘違いしないで欲しい、クライン。これはアルトへの怒りじゃない——僕と、世界への怒りだ」
「グレイさん自身の……?」
「だって、
とても、とても寂しそうな声だと思った。
「旧態依然の世界を嫌っていた割に、僕もそっち側なのか——なんて、少しばかり失望したんだよ」
「グレイさんは、変わりたいの?」
「ああ、変わりたいよ。けど、変わり方がわからないんだ。……いっそのこと、彼みたいに記憶を飛ばしてみるのも手かもしれない」
そう言ったグレイさんは、少しの間目を閉じて、自嘲する。
「すまないね。今のは、流石に不謹慎が過ぎた」
「多分だけど、アルトさんは笑ってくれるよ。『イルルにめっちゃこき使われるぞ』って」
「……ははっ、容易に想像できるね」
「…………」
……いろんな人を見て来た。旅した時間は短いけど、元の世界にはいなかった種族や、存在しなかった魔法体系、文化、食事……色々見てきて、理解した気になって。
でも、
私が勝手に分類していた魂の法則はきっと一側面なんだ。
だってグレイさんはこんなにも悩んでるのに、彼の魂は真球のように綺麗で、透き通っていて、さざなみ一つ起きやしない。
ただ観測するだけじゃ、きっと表面的なものしかわからない。私は、見ているつもりで見ていなかった。
きっと、この両目がないアルトさんやイルルさんの方が、私よりもずっと誰かをわかっているんだ。
アルトさんを怖いと思ったのは——きっと、見ているつもりで見ていなかったから。
記憶の有無とか、魂のかたちとかどうでも良くて——えっと、嘘。どうでも良くはない。魂は人の本質だと思う。けど、それはあくまで
私は、それ以外に目を向けて——アルトさんたちを見ないとなんだ。
眩しいから、気持ち悪いから。そんな理由で避けてたら
「私もホットドック食べてくる!……そうだ、グレイさんもどう?」
勢いよく立ち上がって宣言した私に、グレイさんがほんの少し目を見開いた。
「何か悩んでるみたいだったから、声をかけたつもりだったんだけど——」
彼は肩を落として困ったように笑う。
「逆に気を遣わせてしまったみたいだね」
「悩んでたのは本当です。けど、なんか色々ふっきれちゃった」
アルトさんのこと、ジークさんと付き人さんのこと、自分の今後のこと。
結論から言って後回しだ。
見てこなかったものを見よう、今はそれだけ。
だから……一回帰って、
「どう?」
「…………まったく」
グレイさんは、ため息と一緒に私を追い越した。
「三日徹夜は覚悟しないといけないね」
◆◆◆
グレイという男は優秀な司書である。
採用試験で歴代2位の高得点を獲得し、二つ上の先輩であるイルルに迫る勢いで出世を果たす。
彼が外界調査のまとめ役に抜擢されたのは、ひとえに話術だけではなく、彼の持つ豊富な知識や真面目な勤務態度、それによる国への貢献度の高さを総合したがためだ。
つまるところ、彼は元々
——アルトという変数への興味は、彼自身が無自覚なままに、彼に僅かな変化を与えつつあった。
だからなのだろうか。
彼は、誰よりも早くその変化に気づいた。
「うん……?」
いつもより少し早足でアルトたちのもとへ向かったグレイは、ふと、その向こう側に広がる夜空に目を向けた。
あっという間に夕方から夜へと姿を変えた空。その中に、ひときわ強く輝く赤星がひとつ。
巨星とも言うべき大きさのそれは光を瞬く間に強め、夜を昼へと塗り替える。
星は月を飲み込み、太陽すら凌ぐ大きさで。
「あれは——」
非現実的な光景に、グレイに続き皆が光に目を細めながら空を見上げる。
「ダメ……っ!」
その星の
「みんな伏せて————————っ!」
眼を焼く輝きの正体を知るグレイは少女の忠告を聞くことなく、ただ呆然とそれを見上げた。
「——『魔砲』」
落着、そして大轟音。
その瞬間は未来において決して記録されることはない。
それは歴史に残らない。
それは人々に記憶されない。
夜を昼に塗り替える激しい閃光と共に、小都市ポーラの北部外縁が焼け滅んだ。
立ち昇る黒煙は、理不尽に、不条理に。
そこに根付く命を奪い尽くす、記録されることなき戦争の狼煙と変わった。
それは、古今あらゆる歴史、あらゆる物語、あらゆる口伝に残らない虐殺劇。
旧態と別れを告げる、極めて身勝手かつ横暴なわがままによって、翌日未明。
小都市ポーラは——『魔本世界』アインツリベルは滅亡する。
序章 始まりの歌
記録されることなき戦場 Ⅰ