【第一巻発売中】弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ) 作:銀髪卿
「魔砲着弾確認。目標、アインツリベル中央図書館は健在。誤差修正始めます」
「お前が外すとは珍しい」
小都市ポーラの北側に広がる丘陵地の頂上。場違いな玉座にふんぞり返る男が、深い藍色の長髪を掻き上げて鼻を鳴らした。
細身な男の全身を覆う黄金の鎧は富と権力を象徴するように、またその者の残虐性を際立たせるように燃える都市の光を受けて一層輝く。
その背後には数名の文官と万を超える歩兵が一糸乱れぬ隊列を組んでいる。
「それとも……狂わされたか?」
男はガチャと音を立てて足を組んで、鮮やかな緑の瞳を興味深げに細めた。
「流石に最大の図書館を称するだけはあるということか。予定より早いが歩兵を出そう」
「宜しいのですか、陛下」
「構わん。どうせ
文官の言葉を一蹴し、男は玉座から立ち上がる。
「俺に続け! 新たな時代に向けた供物として、その記録、一片残らず焼き尽くしてくれよう!」
「——全軍、前進準備!」
男の力強い言葉に強壮な軍靴が続く。
文官たちを押し退けて最前線に立った男の背後で、先ほど進言した部下が大きく息を吸った。
「目標、敵主要都市ポーラ! 〈皇帝〉陛下の名の下に——!」
『〈皇帝〉陛下の名の下に——ッ!』
猛々しい号令と共に、一万五千の軍隊が炎上するポーラに進軍を開始した。
◆◆◆
「んー? なんだよもう始まってんのかー?」
フードを被ったその男は立ち昇る炎と煙を見ていた。
ポーラ東部方面。河川の下流域にあたる場所に数名の部下を引き連れて辿り着いたのと着弾はほぼ同時。
伝えられていた予定時刻より数分早い開戦に、フードを脱いだ男は紫の単発を爆風に揺らして不機嫌そうに顔をしかめた。
「チッ、なんだよせっかく斬れると思ってたのに、アレじゃあ何人残るかわかったもんじゃねえや」
赤色の瞳で明確に不満を表し、子供のように足下の小石を蹴り飛ばす。
「ま、
男の問いかけに、フードを被った数人の精鋭は答えない。任務にのみ意識を割く人形のような立ち姿に、男はつまらなさそうに肩をすくめた。
「全部終わる前にちゃっちゃと行きますか。一人殺せば犯罪者、千人殺せば大英雄〜。その勇ましさは誰のために、ってな?」
直剣をまるで曲芸でも披露するように弄んで、男はポーラの東側への侵入を始める。
◆◆◆
——そして、時は着弾から数分後へ。
激しい爆風に晒されたことで、直撃を免れた区画を含めてポーラは甚大な被害を被った。
よって、アルトたちが身を寄せていた西部外縁も例外なく被害に見舞われていた。
「一体、何が……⁉︎」
クラインの悲鳴じみた警告に咄嗟に従ったアルトは、身を起こしてその惨状を目撃する。
夜だというのに、燃え盛る炎に照らされて街は昼のように明るい。だからこそ、悲劇から目を背けることは許さないと言わんばかりに壊れゆく街並みの凝視を強制される。
パチパチと音を立てて降り積もる火花と灰。家屋の残骸たる瓦礫が散乱し、負傷者がそこかしこに溢れかえって、止まることのない怒号のような悲鳴が都市を満たしていく。
「何かが、落ちてきた? いや、それより——」
アルトはその瞬間のことを想起する。夜空を焼くような閃光。その直後、大地を揺るがすような轟音が響き渡った。
クラインの一言がなければ爆風に全身を弾かれ、碌な受け身も取れずに瓦礫に埋もれて……果てはミンチになっていたことだろう。
「みんなは……クライン、ネメア、いるか⁉︎ ジーク、付き人さん……!」
「——俺様は問題ない。付き人も無事だ」
いの一番に答えたのはジークだった。フード付きのローブを脱ぎ捨て極彩の体躯を露わにした竜人は、瓦礫を防いだであろう雄々しい両翼が被った塵を吹き飛ばすように一度羽ばたいた。
「そうか、良かった……」
また、そんなジークに横抱きにされる形になっている付き人も、無口ながらアルトの言葉に応えるように頷いた。
「ネメア、クライン! 返事しろ!」
「友よ、声を聞かせろ!」
二人の呼びかけに、しかし声が返ってくることはなく。
「いない? 風に煽られたのか……?」
「あるいは、この瓦礫の山に潰されたか」
「……ッ!」
ジークの想定する最悪にアルトは舌を打ち、周囲の瓦礫をどけようと手当たり次第に手を出し始めた。
「待てアルトよ。闇雲に動かせば被害が増すぞ。それは貴殿とて本意ではないだろう」
「じゃあどうしろって……!」
「俺様の付き人に任せろ」
「その人に……?」
ジークは横抱きにしていた付き人を優しく降ろし、彼のフードについた塵を払う。
「やってくれるな?」
「……………………ジークが、友だと認めたんだな?」
「ああ、そうだ」
「……………………わかった」
付き人は、『彼女一人だけなら』と。アルトがなんとか聞き取れた程度の声量で呟いて、おもむろに少し離れた瓦礫の山に足を運んだ。
「どこにいるのかわからない。探す手段がない。だからわかる」
ぼそぼそと、他人に聞かせる気のない声量で何事か呟きながら、付き人は瓦礫に手を伸ばす。
そのうちのひとつ、一際大きな身の丈ほどもある石片を掴んだ。
「この細腕じゃ持ち上がらない。
軽々と持ち上げる。
そして次々と瓦礫の撤去を始めた。
「は……?」
その異様な光景にアルトは自分の目を疑った。
イルルがその身に似合わない怪力を発揮する時、彼女が魔力を用いていたことをアルトは知っている。クラインのような目がなくとも、そういう違和感・変化というのは感覚的にわかるものだ。少なくともアルトはそうだった。
だが、今の付き人からは何も感じない。目の前の異常な景色が、まるで正常であるかのように、違和感のひとつも感じられなかった。
「ジーク、これは……?」
「多くは語れん。だが、貴殿らには見せても良いと判断した」
上から、下から、横から。
さらにおかしな点がある。付き人が瓦礫を無造作に触っているにもかかわらず、その山が僅かも動かず、崩れる気配がないのだ。
その形が自然であるかのように、不自然な均衡を保ち続けていた。
「……………………司書。いたぞ」
その光景にアルトが目を奪われていると、はたと動きを止めた付き人が振り返る。
フードの中からチラリと覗く深紅の瞳と、アルトの灰色の瞳が交錯した。
「……………………あまり長くは保たない。これは矛盾しているから。早く救出を」
「……あ、ああ!」
呆気に取られていたアルトは慌てて付き人のもとへ駆け寄り、瓦礫の下敷きになっていたクラインを引っ張り出した。
「クライン、大丈夫か? 俺の声わかるか⁉︎」
「…………ん、ぁう。…………アルト、さん?」
「そうだ。お前の声かけで助かったぞ」
新緑色の髪にべったりとへばりつくような出血こそあったが、幸い会話できるだけの意識は健在だった。
しかし、問題は足。折れた右足は変な方向に捻れ、瓦礫に潰された左足はボロ雑巾のような有様だった。
「ジーク、治療系の魔法は……」
「最低限の状態を維持するだけの心得はある。だが——」
「充分だ、頼む」
「良いだろう」
ジークの治療を横目に、アルトは自分の頭を包む布を解き、クラインの頭を守るように巻いた。
露わになった痛々しい火傷痕に、ジークが少なくない驚きを目に宿した。
「貴殿、その傷は……」
「さあな。もしかしたら、こういうことが前にもあったのかも」
「……余計なことを言わせたな。処置はできたぞ」
「ありがと。二人は早く避難を」
アルトは上着を破り捨てて紐に改造。クラインを自分の体にくくりつけるようにしておぶさった。
「汗臭かったらごめんな」
「…………だい、じょうぶ」
「それは臭いけど大丈夫なのか、臭くないから大丈夫なのか……」
気にしてる場合じゃないか、とアルトは自分の発言を鼻で笑い飛ばす。
「ジーク、付き人さん。通りを左に。そこから直進すれば南に抜けられる。南下すれば湖があるから、多分そこが避難場所になる」
「そう言う貴殿はどうするのだ? 明らかに南下する気がない体の向きだが」
「図書館に行く。避難者で溢れかえってるだろうから人手が必要だし……クラインの手当を優先したい。あと、ネメアも探さないと」
唯一安否がわからない白蛇の名前を出して、アルトは小さく肩をすくめる。絶望的な生存率とはわかった上で、既知を諦めることは彼にはできなかった。
「……そうか。では忠告通り俺様たちは南下する。勇壮な白蛇を見かけたら俺様たちの方でも保護を約束しよう」
「助かるよ。ネメア、あんたのこと気に入ってたし」
銀髪の青年は背を向けて走り出す——その、直前。
「悪いな、巻き込んで」
一言残して、颯爽とその場から駆け出した。
「……貴殿らも、望んだわけではないだろう」
あっという間に小さくなっていく背中に、ジークはそう呟いた。
ほんの一秒だけ目を閉じて、竜人は燃え落ちゆく都市の行く末に祈る。目を開けた時には、その縦長の瞳に未練は残っていなかった。
「行くぞ、友よ。ここはもう安全ではない。身を隠す場所を探さねば——」
「…………変だよな、ジーク」
「——?」
付き人の言葉に動きを止める。
視線の先には、フード姿のまま燃える街並みを眺める男。
「彼らは敵だ。
「…………」
「誰がどんな理由でここを攻撃したのかは知らない。けど、どうでもいい。俺にとって殺し合いはむしろ歓迎すべきことだ。彼らが死ぬなら、敵が減るなら、それ以上に嬉しいことなんてないよ。……なのに、なんでだろうな」
フードを深くかぶり直して、男は深紅の瞳の迷いを隠す。
「もっと笑いが出ると思ってた。心の底から喜んで、転がる死体を蹴飛ばして……ザマァみろって、そう言えると思ってた」
「…………違ったのか?」
「ああ、違う。全く嬉しくない。むしろ……気持ち悪いよ。変だよな? あの子を助けた時、あの子がまだ生きてた時……俺はホッとしたんだ。彼が逃げ道を教えてくれた時、俺は感謝すらした。敵なのに……殺したい相手のはずなのに」
男の葛藤に、竜人は静かに耳を傾ける。肯定も否定もせず、ただ、あるままの言葉を受け止める。
「ジーク。俺は……間違ってるのか?」
「それは、友よ。お前が決めることだ。俺様は……いや。この星の誰一人とて、お前の葛藤を理解できるはずもない。孤独に、答えを出すしかないのだ」
「………………」
悲鳴渦巻く静寂に軍靴が混じる。丘を下った武装した軍勢が、焼滅した都市北部を蹂躙する足音だった。
「行くぞ、友よ。その問いに答えを出すには、今しばらくの時間が必要なのだろう。ゆえに俺様は、貴殿を守るためにここを——」
「——クハハ! 問いの答え? そんなものあるはずがないだろう」
高慢な笑い声が、刹那、ジークの言葉を遮った。
「何故なら、そもそも貴様にはなんの権利も存在しないからだ!」
黄金の鎧が炎に当てられ輝く様は周囲の惨状から明らかに浮いた存在であることを明示する。
その男は、崩れた家屋の上から顎を上げて付き人とジークを
「
顎を上向ける様はあからさまに二人を侮り、言葉の端々に滲む小さな嗤いが嘲りを加速させる。
「…………お前、は」
その声に。
顔を上げた付き人が、フードの奥で深紅の瞳を揺らす。その異変に、竜人もまた気づく。
「友よ、まさか
「お前は…………ッ!」
そして、あらん限りの憎悪に染める。男はジークの言葉すら耳に入らないほどに怒りを燃やして拳を握った。
対する黄金の鎧を纏う男は緑の眼差しを喜悦に曲げる。
「ミミズのように這いつくばり、ボロ切れのように散らばってなおも生き足掻くか! その無様な執着ばかりは俺も賞賛してやろう!」
賞賛などはなからする気のない男は心にもない拍手を送り、侮蔑の感情を込めて嗤い顔を作った。
「諦めろ旧世界の愚物!
「黙れ……」
「俺たちが正しく、有効に使ってやると言ったはずだがなあ? 古腐った思考ではそれすら理解できんとは……」
「黙れ——ッ!」
付き人が腰に手を遣ると、そこにあるはずのなかった刀が出現する。抜き放ったそれは血糊に濡れて幾重にも刃こぼれを繰り返している、とても実戦には耐えられない代物。
しかし、男が一振り払うだけで足下に散らばっていた瓦礫が残らず両断された。
「お前、は…………お前だけは——ッ!」
「待て……ダメだ……っ」
制止に手を伸ばしたジークは、しかし間に合わず。
「絶対に……ッ!」
「行くな————————————
「皇帝ェエエエエエエエエエエエエエエ————!!」
夜よりなお暗い黒髪を風に揺らし、赤眼を怒りに燃やして、錆びついた刀を