【第一巻発売中】弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ)   作:銀髪卿

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信仰心

 入学から早二週間。

 俺は定期試験を難なく乗り越え変わらず(オール)を維持し、イノリは入学直後に意気込んだように試験で目に見えた成長を発揮し、ギリギリ(ブル)に滑り込んだ。

 彼女の成長には学園の教師も驚かされるものがあるようで、その躍進によりイノリは多くの視線を集めるようになった。

 

 本人も努力が確かな結果として帰ってきたことにとても喜んでおり、昨日は終始ご機嫌で珍しく鼻歌まで歌っていた。

 あと、(ブル)の学舎は俺たちの暮らす学生寮から徒歩で通える距離にある。乗り物が苦手で酔いやすいイノリにとって、そういった面でも喜ばしい結果だったと言えるだろう。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 列車に揺られ、多くの学生と同じように学舎を目指す。

 最初はシャロンの容姿と胸に輝く金のワッペンにより集める注目に慣れず居心地の悪さを感じていたが、最近では割と慣れた。

 

 変わっていないようで変わる通学の風景。

 

 定期試験は生徒を容赦なく選別する。下位六色の変動が大きいのは当然のこと、(オール)にも七十名の入れ替わりが発生した。昨日まで同じ駅で降りていた少年の胸には、赤い刺繍のワッペンがあった。

 

 魔法学園は徹底した実力主義。その言葉に偽りなく、子供であろうと、いや、成長過程の子供だからこそ容赦はない。

 大世界であるレゾナの繁栄の裏には、こうした苛烈な競争社会が確かに存在しているのだ。

 

 そんな中(オール)を維持できた俺だが、正直、あまり喜べた話ではない。

 元々、俺の目的は《英雄叙事(オラトリオ)》の力の定着。だが、その進捗は芳しくない。

 力の定着が実感できないどころか、仮に定着させたとしても勝てるビジョンが全く浮かばない存在に出会ってしまった。

 

「ほんと、何者だよあの人」

 

 毎日ボコボコにされては実感する力の差。あの威圧の通り、俺如きではくーちゃん先生の実力の一端すら引き出すことができない。

 

「……どうしたもんかな」

 

 イノリは着々と成長し、ラルフもまた、一人何か策を講じているらしいことを定期会合で聞いた。

 

 俺一人が取り残されている。そんな焦燥に駆られながら、俺は列車を降りた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「——200年前の『鉄鋼世界』グランべオールの侵攻。これを退けたことが魔法の有用性を決定付けたと言っても過言ではない。そして、グランべオールから賠償金と技術提供を受け、我らがレゾナは今の世界の形の礎を築いたのだ」

 

 退屈な魔法史の授業をあくびを噛み殺しながら聞き流す。

 座学が大の苦手である俺にとって他世界の歴史の、とりわけ魔法に関する歴史のみに特化した講義など退屈極まりないものである。

 

 最低限耳には残っているが、数日もすれば忘れるだろう。

 

 そんな歴史に意識を割いている暇はない。目下、俺の目標はくーちゃん先生に一矢報いることだ。

 

「今日はなんとか、せめて右足程度は動かさせたいよなあ」

 

 ここ10日、毎日手合わせしているが俺は先生を1ミリたりとも動かすことができずにいる。そろそろ、何か手応えが欲しいところだ。

 

 

◆◆◆

 

 

 ——そんな俺の意気込みは儚く砕け散り、俺は今日も今日とて何もできずに敗北を喫した。

 

「畜生……」

 

 心の中に生まれる確かな焦りに、俺は悔しさを溢す。

 両手を膝につき、肩で息をする。

 

 相変わらず息一つ乱さないくーちゃん先生は、ふうと息を吹きかけ雪を散らし、今日まで進展がまるでない俺を冷ややかな目で眺める。

 

「ふむ……。ところでシャロンちゃん。キミは神様って信じてる?」

 

「……珍しいな、くーちゃん先生がそんなこと聞くの」

 

 ここずっと、手合わせが終わったら興味を失ったようにふらりと何処かへ消えていた先生は、今日は珍しく、俺にそんな質問を投げかけてきた。

 

「で、実際どう思ってる?」

 

「信じてるっていうか、現実にいるんじゃないのか? 『覇天世界』は“神”が統治してるって話だし」

 

 七強世界が一つ。天空を統べる『覇天世界』。神が統治する世界、と言えばまずこの世界が名前に挙げられるだろう。

 

「んー、そういうのじゃないんだよね」

 

 しかし俺の返答が不満だったのか、くーちゃんは少しつまらなさそうに補足した。

 

「今の私の問いに私の望む答えを返せないのがキミの明確な()()()だよ」

 

「……どういうことだ?」

 

「そのままの意味だよ。これに気づけないままじゃ、キミはずっとここで足踏みだ」

 

 それだけ言い残して、今度こそ興味を失ったように……いや、真に俺への興味を失ったのだろう。何かを言い残すことなく、くーちゃん先生はこの場から去って行った。

 

「足踏み……か」

 

 痛いところをついてくる。

 立ち止まっていることへの焦燥は当たり前のように見抜かれていた。そして、今の俺では何かが足りないらしい。

 

「ヒントは出したから、あとは自分で見つけろってか……」

 

 ヒントがヒントの体をなしていれば感謝したかもしれないが、あいにく何もわからない。

 

「ったく、信仰と俺の現状に何の関係があるんだよ」

 

 数日手合わせしただけの関係だがわかる。あの人のことだ、何かしら意味を持った問いかけなんだろうが……

 

「思考が安定しねえ……」

 

 このまま考えていても何も考えつく気がしない。かと言って何をすればいいかもわからない。

 

 本格的に思考の渦に捕まった俺は演習場のど真ん中で口を真一文字にして唸り声を上げた。

 

「……ここで悩んでも仕方ねえか」

 

 解決の糸口が見えない以上、この思考は時間の無駄だ。

 俺は切り替えて、“約束”のために荷物を纏めて正門へ向かった。

 

 

◆◆◆

 

 

 正門には、すでに約束の人物が待っていた。

 最低限の教科書だけを入れた手提げ鞄を上品に両手で持ち、正門の壁に背を預け微風に特徴的な髪を揺らしている。

 

「お待たせ、リディア」

 

 俺が声をかけると、ぼんやりと空を見上げていたリディアがこちらを向いて笑顔を咲かせた。

 

「シャロン! 5分遅刻ですわよ!」

 

 言葉では遅刻を咎めるリディアだが、声音や表情はまるで怒っていない。

 

「ごめんごめん。ちょっとくーちゃん先生との模擬戦が白熱して」

 

「最近は毎日手合わせしていらっしゃるそうですわね。素晴らしい研鑽の精神ですわ!」

 

「そう言うリディアも、定期試験一位突破おめでとう」

 

「レイザードの娘として当然ですわ! オ〜ッホッホ!」

 

 学園敷地内であれば廊下を除いて所構わず高笑いするリディアだが、ひとたび正門を潜れば嘘のように静かに、そして清楚になった。

 

「珍しいな、リディアが一緒に下校しようだなんて。帰り道、俺と方向違うだろ?」

 

 政教区に自宅があるリディアと、研究区の学生寮に住まう俺とでは乗る列車が違う。

 

「ええ、普段はそうですわね。ですが今日は人と会う約束がありますの」

 

「研究区でか?」

 

(わたくし)のお母様は属性流転(カラースイッチ)を専門にした研究者ですのよ。ですから普段は忙しくて会えませんの。ですが月に一度、定期試験の結果が発表された翌日は、結果と共に面会が許されますの」

 

 月に一度しか母親に会えない、か……。

 

「寂しくないのか?」

 

「寂しいに決まってますわ! (わたくし)、お母様が大好きですの! 言い切るのは躊躇いますが……いえ、やはり(わたくし)、お父様の十倍……いえ、百倍はお母様のことが大好きですのよ!?」

 

「お父さん泣くぞ」

 

「この自慢の髪型もお母様譲りですのよ!」

 

「それ遺伝かよ」

 

 髪型の遺伝ってなんだよ。自分で言っておいて訳がわからない。

 まあともかく、リディアは母親のことが大好きで、今日会えるのを心待ちにしているらしい。

 

 

「そう言えばシャロン。貴女、最近随分と異性から人気ですわね」

 

「——フグッ」

 

 列車に乗り込んだ頃、突然リディアからぶん投げられたキラーパスに俺は勝手にダメージを受けた。

 

「そ、そうだな。最近、やたらアプローチ受けるというか」

 

 アプローチどころの話ではない。この三日で14件の()()を処理した。申し訳ないどころの話ではない。

 シャロンとして入学した以上、留学中は性別は“女”で通すが、本来俺は男なのだから。

 

「正直、『俺に?』って思うんだよな。ほら、俺は留学生だからさ」

 

「あら、ご存知ありませんの? 留学生でも一定以上の成績を修めれば正式に入学することも可能でしてよ?」

 

「……マジ? だからみんなアプローチかけてくるわけだ」

 

 残念ながらその想いには応えられないが、疑問が一つ解消した。今後しばらくこの流れが続きそうだという問題は全く解決してないが。

 

「この秘密は墓場まで持っていかねば……」

 

 ラルフあたりに知られたら一生ネタにされる。最悪は口封じか。

 

 

 列車が駅に到着し、俺とリディアは足並みを揃えて下車する。隣を歩くリディアは一目でわかるほど浮ついていた。

 

「そういえば今日、くーちゃん先生に言われたんだ。『キミは神様を信じているか?』って。リディアはどうだ?」

 

 なんとなく、気になったから聞いてみた。

 

「信じているに決まってますわ! なにせ、魔法は神が我々に授けた祝福なのですから!!」

 

「——。そっか」

 

 だから、ここまで熱を帯びた返答をされるとは思っておらず、俺は少し驚いた。

 

(わたくし)たちは祝福を授けられた者として、恥じない者である必要がありますのよ!」

 

 リディアは胸を張って、曇りない眼差しで断言した。

 

『——魔法とは奇跡だ』

 

 入学初日、男教師のルアンが似たようなことを言っていたことを思い出した。

 

(わたくし)はレイザードの娘として、祝福を受けし者として、相応しき責務を果たす所存ですわ!」

 

 そう高らかに宣言するリディアの横顔を眺める。俺の脳裏には、ルアンの言葉が蘇っていた。

 

『魔法とは神が人類に授けた奇跡であり、つまり! ここに集う諸君らは祝福を受けし者たちである!』

 

「くーちゃん先生の求めていた答えはこれか……?」

 

 なんとなく、これではない気がする。だが、無関係とは言えない。そんな感覚。

 この()()()()()()()から目を逸らすなと、俺の“直感”がそう告げていた。

 

「しかし、くーちゃん先生も妙なことをおっしゃいますわね。あれだけ祝福を授けられたお方がそんなことを問いかけるだなんて……いえ、だからでしょうか?」

 

 不思議そうに呟くリディアの横を、俺は言い知れないモヤモヤとした胸中のまま歩く。

 

「そういえばシャロン。貴女、どこの寮に住んでますの?」

 

「……ん? 俺か? 俺はそこの角にあるあの建物だ」

 

 綺麗な外観の、周囲には緑も豊かに生える洋館のような建物。それが俺とイノリが住む寮だ。

 

「いい場所ですわね! 今度、機会があればお邪魔してもよろしいかしら!?」

 

「ああ、歓迎するよ。俺の仲間もきっと喜ぶ」

 

「イノリ、でしたわね。(ブル)に昇格していらっしゃいましたわね。流石、シャロンのご友人ですわ」

 

 イノリを褒める試験一位の言葉に頬が綻ぶ。仲間の頑張りを認めてもらえるのは気持ちのいいことだ。

 

「そう言われたら、アイツも喜ぶよ。機会があればいつでも来てくれて——」

 

「——アンタいつまで底辺にこびりついてるワケェ?」

 

 リディアを誘おうとした俺の声を遮るように、右の角から刺々しい声が聞こえてきた。

 

「……なんだ?」

 

 気になって右を見ると、三人の制服姿の少女が、もう一人、同じ制服を着た地面に座り込む少女を取り囲むように立っていた。

 地面にへたり込むボサボサ頭の茶髪の少女の周囲には実験道具や教科書類、鞄などが散らかっており、取り囲む少女たちのうち一人は、それらを踏みつけて声を荒げていた。

 

「聞いたわよ! 今回の試験も最下位! いい加減辞めてくれない? 私たち魔法使いの格が落ちるんだけど!」

 

「一丁前に道具揃えちゃって、どうせアンタに使い道なんてないわよ!」

 

「教科書だってそう! 文字が読めても魔法が使えなきゃ意味ないわよ!」

 

 端的に表現するなら、それはイジメの現場だった。

 

 茶髪の少女が胸につけるワッペンは白。そして取り囲む少女たちのワッペンは紫。弱い者虐めという言葉がこれ以上ないほどよく似合う構図だ。

 

「……ひどいな」

 

 たとえ大世界であっても、こういうところは変わらないものなのか。

 そんな大して意味もない虚しさに浸っていると、横のリディアが口を開いた。

 

「無能が無能を蹴落としているだけですわ。(わたくし)たちには無関係。行きますわよ、シャロン」

 

「…………は?」

 

 リディアが発した言葉の意味がわからず、俺は目を見開いて動きを止めた。

 

「無能って……」

 

「そのままの意味ですわ。祝福を受けた血筋に生まれながら魔法を使えない者、大した研鑽も積めず下を見て満足する者。どちらも等しく無能。(わたくし)とは関わりのない存在ですわ」

 

 本心から言っていた。そうでなければ出せない冷淡さ、酷薄さがリディアの声には含まれていた。

 

「……どうしましたのシャロン? 見苦しい争いなんて見るだけ無駄ですわよ?」

 

「……助けないのか?」

 

「助ける? (わたくし)がなぜ、自分より下のものに手を差し伸べる必要がありまして?」

 

 悪意ではない。害意でもない。

 リディアは、正しい正しくないではなく、その考えこそが唯一絶対だと信じて疑っていない。

 

 だからこそ、彼女の()()が浮き彫りになる。

 

 彼女はなぜ、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 湧き上がる疑問、未だ冷めやらぬ衝撃に、“綱引き”の手が緩む。

 

(ヤバ——)

 

 焦った時にはもう遅く。

 俺は肉体の主導権を奪われた。

 

「——そんなこと言っちゃいけないよ、リディア」

 

 黄金色の瞳が一層輝き、口元が微笑を湛える。

 とん、と自然な動作でリディアとの距離を詰め、足をかけた。

 

「きゃっ!?」

 

 可愛らしい声を出して転倒したリディアの背を左手で支え、右の人差し指がリディアの口元に触れた。

 

「無能とか、下とか。優劣をつける言葉を君が言ったらダメだよ。ね?」

 

 肉体の主導権をシャロンに奪われた俺は、一人、精神的に頭を抱えた。

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