【第一巻発売中】弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ)   作:銀髪卿

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魂の器

 目を覚ました時、異界探索で磨かれた体内時計は深夜を告げていた。

 

「やっべ門限……ってか約束!! いやここどこ!?」

 

「目覚めた途端から喧しいね、キミは」

 

ものの見事にストラとの約束をすっぽかし、見覚えのない部屋で目を覚ました俺の耳が、くーちゃんの呆れ返った声を捉えた。

 

「あれ、くーちゃん先生。ってことはここは……」

 

「私の部屋だよ。と言っても、間借りだけどね。キミ、あの後屋外で人目も憚らず爆睡したから連れてきたの」

 

「なるほど」

 

 あの後追加で治癒魔法を施してくれたのか、切り傷や打撲等の浅い怪我も完治していた。後ついでに、元の体にも戻っていた。

 

 しかし軽くなったはずの体は、心に引きずられて非常に重たかった。

 

「深夜か……やっちまったなあ」

 

「イノリちゃんと約束でもあった?」

 

「いや、イノリじゃないけど。図書館で待ち合わせの約束があったんだよ」

 

 昨日の今日で約束を反故にするのは、なんというか非常に良くない。

 

 思い出される王立学園での日々。

 まだ一年生だった頃、俺は親友になる前の親友に初日から約束をすっぽかされた。その時の俺は、怒りとか悲しみではなく、ただただ、落胆を感じていた。

 だから多分、今日のストラも。

 

「なあ、くーちゃん。ちょっと頼みが——」

 

「いいよ」

 

「ある……いや、まだ何も言ってないんだが。え、いいの?」

 

 頼みの内容を全く聞かずに即決したくーちゃんは瞼だけで肯定した。

 

「その子が今どこにいるか、でしょ? 大丈夫、ストラちゃんならまだ図書館の前に居るよ」

 

「マジか。なら急いで行かないとな」

 

「あれ? 私の想定だともっと驚くはずなんだけど」

 

「これでも結構ビビってる」

 

 どこまで知っているんだ、と。

 問い詰めてみたい興味と、『踏み込むな』と囁く直感の板挟みに俺は頬をかいた。

 

「けど、《英雄叙事(オラトリオ)》のこと知ってたくらいだし、ストラのこと知ってても不思議じゃないかなって」

 

「あははは! 順応が早いね!」

 

 くーちゃんの得体が知れないから、最早何知ってても怖くないという本音を口に出すことをなんとか回避する。(バレてる気がするが)

 同時に、俺はストラへの謝罪を考え……何を言っても言い訳にしかならないことを悟った。

 だからせめて、()()()くらいは渡すべきだろう。

 

「ところでくーちゃん先生」

 

「なんだいエトラヴァルトくん。質問かな?」

 

「長いからエトで良いよ。くーちゃん先生って(オール)の臨時講師なのか?」

 

 俺の問いを、くーちゃんは首を横に振ってはっきりと否定した。

 

「一応全色対応してるよ。ただ、私自身が感覚派だから、座学を教えるのが苦手なんだよ」

 

「アレを感覚で……」

 

 思い出される五つの氷の華に顔を青くした。本当に出鱈目な人だ。

 だからこそ、この頼みができる。

 俺は、くーちゃんに深々と頭を下げた。

 

「……くーちゃん先生。頼む、ストラに魔力を使う術を教えて上げてくれないか?」

 

「……。変なことを言うんだね、キミは。彼女はキミにとって他人もいいとこだ。そんな彼女のために、なんで頭を下げるるのかな?」

 

「先生ならわかるだろ。俺は、俺のままじゃ魔力も闘気も使えない」

 

「同族意識ってやつ?」

 

「それもあるが……1番は、ストラの姿勢だ。九年間、彼女は一人で戦い続けてきた。必死に夢を追いかけていた。なら、手伝いたい、夢が叶う瞬間をみたい——そう思うのは自然じゃないか?」

 

 暫し、熟考の沈黙が続いた。

 

「本音、みたいだけど……それだけじゃないね」

 

 重苦しい空気を、くーちゃんの声が破る。

 

「打算もあるでしょ?」

 

「約束破った埋め合わせにくーちゃん先生使おうとしてる」

 

「あははは! 素直に白状しちゃうんだ! ふふっ……あはははは!」

 

 どうやら変なツボに入ったらしく、くーちゃんは珍しく声を上げて大笑いした。

 

「ふふっ……。で、まだなんかありそうな顔をしてるのは?」

 

「ストラは冒険者に……“異界”に興味を持っていた。連れ出す口実が欲しい」

 

「……うん。いいよ。埋め合わせのお土産になってあげる」

 

「本当か!?」

 

「正直に答えてくれたからね。あと、今日は久しぶりに楽しかったから、そのお礼だよ」

 

「ありがとうくーちゃん先生!」

 

「それじゃ、早速行こっか!」

 

 うん?

 早速?

 

 やけに上機嫌なくーちゃんがおもむろに俺に近寄り、ベッドの縁に座っていた俺の首根っこをむんずと捕らえた。

 

「ん?……え?」

 

 突然の事態に理解が追いつかない俺の喉が勝手に困惑を漏らす。

 

「え? くーちゃん先生、なにを? 行くって? 今深夜——」

 

「女の子を待たせるのは紳士じゃないよ、エト」

 

 くーちゃんの体から魔力が溢れ出し、俺を巻き込むように立体魔法陣が形成される。

 見たことのない、複雑極まる魔法陣に俺は目を剥いた。

 

「なにこれ!?」

 

「何って、()()()()だよ。ほら暴れないで、座標がずれると首が飛ぶよ?」

 

「はあ!? いや、んなこと急に言われてもってか待って! 俺まだシャロンになってな——!?」

 

 抵抗虚しく転移魔法は無事(?)に発動し、部屋の中から俺とくーちゃんの姿が忽然と消えた。

 かなりの魔力を消費する大規模な魔法であるにも関わらず誰一人として、その場にいた俺すら目視するまで魔法の兆候に気づけなかったのは、流石の静謐性と言えるだろう。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 中央図書館外縁の広場は、閉館後も一般に開放されている。とは言っても、利用者はストラを除いて誰一人としていない。

 今日も、ストラが見上げる夜空に星は輝かない。

 普段であればベンチに腰掛けるか、帰宅している時間。だが、ストラは待ちぼうけるように立ち尽くしていた。

 薄暗闇が覆う曇天の夜に、少女は憂を帯びた眼差しを向ける。

 

「……やはり、諦められてしまったんでしょうね」

 

 思考を占有するのは、シャロンという名の白い少女。

 冒険者で、留学生で、(オール)で。

 初めて、自分の夢を笑わずに受け止めてくれた人。

 『無理だ』、『厳しい』、『難しい』——そんな否定的な言葉すら吐かず。ただ、『頑張ったね』と言ってくれた人。

 初めて、自分の手を取ってくれた人。目を見て、笑わなかった人。

 

 だが……そんな彼女でさえ、来なくなってしまった。

 

「私の手は、やっぱり。一生かけても……虹、には——っ!?」

 

 瞬間、ストラの目の前に複雑精緻な立体魔法陣が浮かび上がり、その中央にコマ送りのように一組の男女が現れた。

 

「ぇ——」

 

 突然の事態に動転するストラ。

 そんな彼女の目の前、一度眩い輝きが生まれ——待ち焦がれた相手が飛び出してきた。

 

「ストラ!」

 

 輝白のツインテールを靡かせ駆け寄ってきたシャロンに、ストラは思い切り抱きしめられた。

 抱擁の勢いに、二滴の雫が空中で散った。

 

「約束すっぽかしてごめん!」

 

「し、シャロンさん!? え、今どこから、え、あれ……さっきまで男の人……え!?」

 

 理解が追いつかず目を白黒させたストラはおずおずと、自分を擁く少女の背に手を回す。

 

 密着する部位から感じられる温もりが、耳元で聞こえる吐息が、夢や幻の類いではないことを少女に伝えていた。

 

「シャロンさん……」

 

「ごめん、ストラ。君を傷つけた」

 

 シャロンの柔らかな肢体に抱きしめられ、ストラはきゅっと唇を結んだ。

 

「……諦められてしまった。そう、思ってました」

 

「うん」

 

「……捨てられた、そう思って。怖かったです」

 

「うん」

 

「……来てくれて、ありがとうございます。シャロンさん」

 

「——うん」

 

 暗い夜の下で二人の少女は互いの温もりを確かめ合うように抱擁を続けた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 …………。

 とんでもないことをやってしまった気がする。

 

--<なかなか大胆なハグだったね>--

 

--<当たり前のように脳内に直接語りかけてこないでくれ、先生>--

 

 ところ変わってくーちゃんの自室。

 小動物のようにちびちびと紅茶を口に含むストラの様子を見ながら、俺は脳へ直接語りかけてくるくーちゃんにため息を吐いた。

 

--<あははは。エトはだいぶ耐性がついちゃったみたいだね>--

 

--<もう大概のことには驚かない自信がある>--

 

 『魔剣世界』の夜は冷える。

 日中は過ごしやすい穏やかな陽気に包まれているが、夜は一転する。

 そんな中、深夜まで佇んでいたストラの身体は冷え切っていた。

 なので、ひとまず転移でくーちゃんの部屋まで戻って体を温めてもらっている次第だ。

 

「……臨時講師の人、ですよね」

 

 多少体が温まったのか、沈黙を貫いていたストラがそう切り出した。

 

「お、覚えていてくれたんだね」

 

「はい。教師なのにちゃらんぽらんな挨拶をする人だな、と印象に残っていたので」

 

「…………おおう」

 

 柄にもなく狼狽したくーちゃんが非常に気まずそうな目で俺を見た。

 

「エと……シャロンちゃん。この子すごい毒吐くけど」

 

「表裏なくて好感持てるだろ?」

 

「開幕右ストレートだったけど?」

 

 事実だから仕方ない。実際あの挨拶は教師としては赤点モノだ。畏まった口調が苦手な俺ですら擁護できないのだから。

 

「あの、聞いてもいいですか? なぜ先生がシャロンさんと一緒に?」

 

「あーそれはだな、俺が頼んだんだ」

 

「シャロンさんが……?」

 

 俺は、ここに至るまでの今日の経緯を、死にかけたことを除いて詳らかに明かした。

 

「なるほど、つまりシャロンさんが図書館にこなかったのは先生のせいなんですね」

 

「ねえシャロンちゃん。この子キミにだけ甘くない?」

 

「先生に対する当たりが強いだけじゃないかなあ」

 

 

 その後少し雑談を挟み、軽口を叩き場が和んだ頃合いを見て俺は本題に切り込んだ。

 

「それで、だ。ストラ。くーちゃん先生はこう見えて魔法のエキスパートだ」

 

--<『こう見えて』は余計じゃないかな?>--

 

 事実そう見えるから仕方ない

 くーちゃんは普段、実力がわからないように誤魔化している。勘の鋭い人間でなければ気づけないし、気づけたところで力の底が深すぎて見えない。

 

「約束をすっぽかした埋め合わせに、その元凶になったくーちゃん先生がお前に魔力の使い方を教えてくれる」

 

「…………本当、ですか?」

 

 思いがけない提案だったのだろう。

 ストラの赤錆色の瞳に驚愕と期待、そして僅かな諦観が見えた。

 

 くーちゃん先生は「もちろん」と頷いた。

 

「約束を破らせちゃったから、その埋め合わせはしないとね。……ちょっと失礼?」

 

 そう言うと、くーちゃんはストラの背後に周り、当たり前のように右手を服の中に突っ込んだ。

 

「へやぁっ!?」

 

 ゾゾゾっと体を震わせたストラが飛び跳ねるように驚くも、万力のようなくーちゃんの左手に押さえつけられ離脱は叶わず。ストラはその場でじたばたともがいた。

 

「ふむふむ……うん、思ったとおりだ!」

 

 “何か”を確認したらしいくーちゃんが背中から手を抜くと、ストラは羞恥に頬を赤く染めてキッとくーちゃんを睨みつけた。

 

「突然何をするんですか!?」

 

「失礼って言ったでしょ?」

 

 答えになっていない返事をしたくーちゃんは、得意気に笑みを浮かべた。

 

「結果を言う前に、一つ話をしようか。ストラちゃんは魂の“器”について知ってる?」

 

 突然何を言い出すのか、と胡乱な視線を向けるストラではあったが、脳に蓄えた膨大な知識の中に該当箇所があったのかすぐに頷いた。

 

「はい。『魔力や闘気を生み出す才能』だと記憶してます。

 

「50点の回答だね。シャロンちゃんは?」

 

「俺もかよ。えっーとそうだな……」

 

「時間切れ、0点!」

 

「おいコラ」

 

「正解はね、『その生命が持つ()()()()()()』だよ」

 

 理不尽な配点に憤る俺を置き去りに、くーちゃんは早々に答えを提示した。

 

「「あらゆる才覚……?」」

 

 二人揃って首を傾げる俺とストラ。

 そんな俺たちを……特にストラを見て、くーちゃんはニヤッと笑った。

 

「さて、詳しい話に入る前に結論を言おうか。ストラちゃん、キミの器は、類い稀な魔法の才覚で満ち満ちている」

 

「…………え?」

 

 意味がわからない、と。

 ストラはポカンと口を開けて動きを止めた。

 

「器の全てを占有してしまうほどの魔法の才能がキミにはある。けれどその対価に、キミは『魔力を生み出す才能』を持たないんだ」

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