【第一巻発売中】弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ)   作:銀髪卿

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少女の覚悟

「それじゃ再開だ!!」

 

 紅蓮は宣言と同時にバックステップし、爪を変性させた深紅の刃を遠慮なくイノリ目掛けて投擲。

 対するイノリはうつむき加減。先ほどまでとは比べ物にならない殺気を放ち、命令。

 

「止まれ」

 

 たった一言、それで十分。

 声に乗せられた魔力が深紅の刃に触れた瞬間、刃の時間が停止し、落下した。

 

「キハハッ! マジかよ!」

 

 時間魔法の理不尽な強制に紅蓮が笑い、直後、殺意を漲らせた瞳で彼を睨みつけたイノリが短刀を水平に振り、低く構え、突貫した。

 

「やる気になって良いじゃねえの――ぁ!?」

 

 もう一歩退こうとした紅蓮の全身が蜘蛛の巣に囚われた虫のようにガクンと衰えた。

 否、紅蓮だけではなく、イノリの半径5M内の空間全ての時間が極端に遅くなっていた。

 

「おいおいマジかよ! いきなり覚悟決めすぎだろ!」

 

 心底楽しそうに笑う紅蓮に、イノリもまた昏い笑みを浮かべ容赦なく斬撃を放った。

 停滞した時間の中であってなお紅蓮は機敏に動きイノリの攻撃を捌きつ続ける。

 

「どうなってるの? これでも百分の一くらい減速させてるんだけど!」

 

「さらっととんでもねえことしてんな!?」

 

 減速された世界の中でただ一人正常に動くイノリを、速度という一点において上回る紅蓮。驚くべき力業を成す吸血鬼は涼しい顔。だが、どこか余裕のなさを感じさせる。

 

「自分を中心とした空間を常時減速――んな魔力、どっから捻出してんだ?」

 

「教えないよ!」

 

「そりゃそうだ!」

 

 激化する剣戟。

 回避だけでは立ち行かなくなった紅蓮がイノリと同じ二刀流を構え、イノリの土俵での戦闘を選ぶ。

 

「これキッツイなぁ!」

 

 自分だけが異なる時間流に置かれるこの状況。身体強化を施したイノリの斬撃速度は今の紅蓮にとって超音速を超えている。

 汗一つかかず、息一つ乱さず、並みの冒険者、魔物であればなすすべもない攻撃を淡々と繰り出すイノリに紅蓮は頬をひきつらせた。

 

「ちょっとたきつけ過ぎたか……?」

 

 いつの間にか攻守が逆転し追いつめられる立場に置かれた紅蓮。

 この時、紅蓮はイノリのスタミナ切れ、魔力切れを待つのを最善手だと考えていた。基本は待ち、避けの姿勢。適宜反撃を挟みイノリが音を上げるのを待つ算段だった。

 

 細剣(レイピア)に形を変えた深紅の刃がイノリの頬を抉る。

 

 

 チク、タク。

 かすかに響く時計の針。

 

 

 すべての前提がひっくり返る音がした。

 

 破けた頬から鮮血が噴き出した直後、()()()()()()()()()傷口が塞がった。

 剣圧で揺れた前髪の下から覗いたイノリの左目を見た紅蓮は、心の底から驚愕し声を荒げた。

 

「その眼、魔眼か!?」

 

 チク、タクと。

 イノリの左目が(ひら)く。

 そこには、逆回転を刻む時計が浮かび上がっていた。

 

「時間の回帰――自分の時間だけを巻き戻し続けていたのか!?」

 

 紅蓮の推測は当たっている。

 イノリは時間魔法に必要な膨大な魔力を己の時間を巻き戻し続けることで捻出していた。

 少女の左目に宿る魔眼が()()()()()()()()()ゆえに可能な、減速空間の永続展開。

 イノリ自身、何故この眼が魔力を必要としないのかを理解できていない。だから、わからないものを使うことを恐れて今日まで使用を避けてきた。

 

「関係ない――もう、躊躇わない!」

 

 今、イノリにとって何より恐ろしいのは、兄と姉を見つけるという目的を果たせなくなること。エトと共に旅をできなくなること。

 それ以外はすべて些事だ。

 

 時計の針が()()()進む。

 魔力供給を絶たれた減速空間が消失するより早く、イノリの全身が世界を置き去りにして加速した。

 

 空間減速×自己加速。

 

 この瞬間、紅蓮の体感ではイノリはマッハ5を超えていた。

 音もなく、ただ純粋に速いだけの致命の斬撃。

 

「惜しかったな」

 

 それでも、紅蓮には届かなかった。

 ほんの僅か、髪の毛一本程度の間合いで斬撃が空を切った。

 

「覚悟が足りなかった……とは、言わねえよ」

 

 それでも、少女の一撃は届かなかった。

 それができなければ殺す、この言葉を、紅蓮が違えることはない。背後に立った吸血鬼は無慈悲に、精魂尽き果てたように空ぶったままの姿勢で立ち尽くす少女の

背に刃を振りかざす。

 

 ――時計の針は、まだ進んでいる。

 

 刹那、()()()()()()真一文字に両断された。

 

「…………は!?」

 

 理解が追い付かず、霧化による再生も忘れるほど驚きに思考を支配された紅蓮の上半身がどさりと地面に落下した。

 

「よかった……紅蓮さんが背後をとってくれて」

 

「全っ然理解できてないんだが。アンタ、今なにしたんだ?」

 

「今の私はなにもしてないよ。やったのは過去の私。事前に斬撃を仕込んでおいたの」

 

「……なるほど。あの時か」

 

 紅蓮が寝転ぶここはちょうど、イノリが突貫の直前に短刀を水平に振った場所だった。

 

「うん。斬撃を未来に飛ばしたの」

 

「キハハッ! とんでもねえな時間魔法ってのは! ……まあ、無傷ってわけではねえか」

 

「そうだね。ちょっと堪えた」

 

 流血するイノリの左目。魔眼としては生きているが、その代償に視力が失われていた。

 

「でも、これで躊躇いなく使えるようになったから」

 

「キヒッ、いいじゃねえの」

 

 想定以上に振り切れたイノリを見て、紅蓮は内心「やりすぎたなあ」と反省した。

 だが、紅蓮はあくまで「それで良い」と笑う。

 ここで謝るのはイノリの覚悟を侮辱することと同義であることを理解した上で、紅蓮は不遜に振る舞うことを選んだ。

 

「アンタは覚悟を示してみせた。文句のつけようがねえ、完璧な方法で」

 

 上半身を霧化させ下半身を包み、数秒後、傷を完全に癒した紅蓮がいつものヘラヘラとした笑みを浮かべた。

 

「約束通り、これをアンタにやるよ」

 

 そう言って、紅蓮は虚空から取り出した一丁のリボルバー式の拳銃をイノリに手渡した。

 

「……これ、どこで見つけてきたの?」

 

「知りたいか?」

 

「うーん……いいや。またとんでもないところなんだろうなって気がする。どうやって使うの?」

 

「知らん。アンタが考えてくれ」

 

「えっ?」

 

 途端に不親切になり腕を組んでそっぽを向いた紅蓮に、イノリはパチクリと瞬きをした。左目だけはどうしても動かなくて、既に“目”としての役割を完全に終えたことを改めて突きつけられる。

 

「これ、弾丸とか何もないし、そもそもセーフティもないんだけど……」

 

「アンタやたら詳しいな? つか、俺は知らん! 自分で調べろ!」

 

「……もしかして紅蓮さん。私に斬られたの悔しいの?」

 

 ピタ、と紅蓮が動きを止めた。

 

「とにかく知らん! あとは自分で考えろ! じゃあな!」

 

「あっちょ——。やっぱり悔しいんじゃん! 図星じゃんか!!」

 

 イノリが思いきり叫ぶも返事はなく。

 霧になって颯爽とその場から消えた紅蓮の子供じみた意地によって仕様不明のまま手渡された、明らかにヤバそうな気配が漂う拳銃を眺めてからイノリは大きくため息をついた。

 

「はあ……エトくんになんて説明しようかなあ」

 

 失明のこととか銃のこととか、説明することが増えすぎたことによる精神的負担がのし掛かり、彼への怒りは、一つだけ確認したいことを残して何処かへ消えていた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「ただいまーシャろ……あれ、エトくんだ」

 

 イノリが帰宅すると、リビングには既に帰っていたエトが本来の男の姿で椅子に座っていた。

 

「おかえりイノリ。おそかっ——————」

 

 原型を留めていない制服、あちこちの擦り傷、切り傷、火傷、凍傷。極め付けは未だに血が止まらない失明した左目。

 

 ボロッボロになって帰ってきたイノリを前にして絶句したエトは、貰い物の紅茶をダバダバと口から溢れさせて硬直した。

 

「お、おまっ……な、なななななな——」

 

 何があった。

 その一言すら出せないほどに動揺するエトの様子にイノリは苦笑した。

 

「ごめんね。ちょっと色々あって。今からちゃんと説明するよ」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 諸々の話を聞き終えた俺は、一つの結論に至った。

 

「あの吸血鬼殺す」

 

 とりあえず次会った時に桂剥きは決定だ。

 

「……目は、痛くないか?」

 

 そっと、傷口に触れないようにイノリの頬を撫でる。

 

「うん、大丈夫だよ。少し痛みはあるけど、そのうち消えると思う」

 

「……わかった。明日、とりあえずくーちゃんのところに行こう。失明は治せなくても、外傷の方は綺麗にしてくれると思う」

 

 貸しをまた増やすことになってしまうが、そんなこと気にしてる場合ではない。

 

「しかし、魔眼ねえ……フォーラルで使おうとしてたやつと同じものか?」

 

「うん。魔力を使わずに時間魔法を使える私の奥の手。嫌な予感してたからずっと使ってなかったんだけど、案の定だった」

 

 えへへ、と笑うイノリを見て、俺はなんとも言えない気分になった。

 

「——大丈夫だよ、エトくん」

 

 表情にも出ていたのか。イノリは俺を安心させるように両手を伸ばし、俺の頬を包み込んだ。

 

「これくらいなんてことないよ。むしろ、これからはデメリットなしで使えるんだから」

 

「失明だけがデメリットって決まったわけじゃないだろ」

 

「かもね。でも、私とエトくんはほら。運命共同体だからさ。私ばっかり頼るわけにはいかないじゃん」

 

「運命共同体がいきなり失明して帰ってきた俺の気持ちにもなってくれよ……」

 

「えへへ。ごめんごめん」

 

 ラルフも腰抜かすだろうなあ、なんて軽い現実逃避をする。

 

「お前の兄さんと姉さんも、びっくりするだろうな」

 

「どうかな。兄ぃとお(ねえ)なら、眼帯つければ『かっこいい!』って言ってくれると思うよ」

 

「似たもの兄妹、なのかねえ」

 

 思うことは多々あれど、イノリが自分で決めて、自分で受け入れた結果なのだろう。なら、俺がどうこう言う資格はない。

 

「……ね、エトくん。湖畔世界でのこと、覚えてる? あの——」

 

 ふと、何かを確かめるようにイノリが問いかけてきた。

 運命共同体——のことではないとするのならば。

 

「二人乗りボートか? 結局ごたついて乗れなかったやつ、他の世界でも似たようなのあればいいな」

 

「……にへへ」

 

「どうした? 急に変な笑い声だして」

 

「んーん、なんでもない。……エトくん。今日、このままここで寝てもいい?」

 

 椅子に腰掛けたまま、イノリはそう聞いてきた。

 

「お風呂染みるだろうし、ベッド汚すのも嫌だからさ」

 

「……なら、肩か膝貸してやるよ」

 

「どっちもは貸してくれないの?」

 

「どっちもでもいいぞ」

 

「なら失礼して……」

 

 遠慮なく膝に座ってきたイノリは、額を俺の首元に擦り付けるようにしてあっさりと眠りについた。

 

「お疲れ、イノリ」

 

 穏やかに寝息を立て始めたイノリを途中で落とさないようにしっかり体を固定してから、俺も目を閉じた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 (ページ)が舞い散る空間で、俺はシャロンと対面する。今日のシャロンは、なんというな……すごく下世話な顔をしていた。

 

「仲が良いんだねえ、エトとイノリは」

 

「メンタルケアは歳上の役割だろ?」

 

 そう答えると、シャロンはつまらなさそうに唇を尖らせた。

 

「揶揄いがいがないなあー」

 

「今更そんなので慌てる年齢でもねえだろ」

 

「そうかな? 君は年齢の割にだいぶ達観してる方だと思うよ? ほら、ラルフくんとか見てみなよ」

 

「……なんてこった」

 

 しかしまあ、レミリオ筆頭に悪友たちもあんな感じで欲望に忠実なのを見るに、やはり俺は周りよりも多少、落ち着きがあるのだろうか。……そんな実感は全然ないんだが。

 

「わかってて気づかないふり——鈍感に徹してるでしょ、君」

 

「線引きは必要なんだよ、色々と。王立学園ではそれを間違えて痛い目見たからな」

 

「ああ監禁未遂の——」

 

「待て、なんでシャロンが知ってんだ!?」

 

 目の前の少女が知るはずのない情報を当たり前のように語り出し、俺は変な汗をかいた。

 

「さあ? なんでだろうね……そろそろ時間だよ。ストラちゃんが起きてくる前に“私”になったほうが良いんじゃない?」

 

「すっげえ気になるんだが……まあ仕方ねえ。次の機会には話してもらうからな!」

 

 本を閉じ、意識を浮上させる。数分程度の会話であればもう慣れたものだ。

 

 

◆◆◆

 

 

 翌朝、イノリをつれていくとくーちゃんは呆れてものも言えないと盛大にため息をついた。

 

「キミだけじゃなくて、まさかパーティーメンバーも大無茶やらかす人種かあ……普通の人なら命いくらあっても足りないね。ちなみに、もう一人は?」

 

「後ろ暗い奴らと鍛錬してる」

 

「馬鹿しかいないのかな? ……と、本題はそっちじゃなかったね」

 

 

 演習場で魔法の鍛錬に励む……というより没頭するストラを横目に、くーちゃんは「さてと」と本題に切り込んだ。

 

「イノリちゃんの魔眼が一体なんなのか、だったね」

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