【第一巻発売中】弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ)   作:銀髪卿

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200年前の偽り

 方々で黒煙が上がる首都ガルナタル。

 混乱の最中にある街は、しかし殺戮とは無縁だった。

 

「“剣”がどこにもいない……?」

 

 背負う愛剣により生じるであろう無用な混乱を避けるために、俺は屋根を伝い、可能な限り地上からの視線を切って居住区の冒険者ギルドを目指す。

 

 元々行く先々で寄り道をして“剣”を鎮圧する予定だったが、一向に姿、気配がない。

 

 街では多少のボヤ騒ぎこそあれどそれ以外の目立った騒ぎはなく。想定していた流血沙汰はまるでなかった。

 

「何が狙いだ?」

 

 潜伏しているような気配は先ほどからちらほら確認できるがそれらに敵意はなく、むしろ混乱しているような感情すら窺える。

 人死にが出ないのはこれ以上なく望ま事だが、逆に“剣”の中途半端な行動に違和感がある。

 

 言語化できない何か、未だ警鐘を鳴らす“直感”、止まる気配のない、魔法を妨害する出所不明の怪電波。

 こんなものではない——そんな確信と現実のギャップ。俺は胃酸が喉にこびりつくような気持ち悪さを感じた。

 

「いいや。今はひとまずイノリたちとの合流を——」

 

 

 ……この時俺が感じた衝撃は、『湖畔世界』フォーラルでの驚きや恐怖とは比べものにならないものだった。

 

「…………は?」

 

 遠方。

 都市東にあるギルドに向かう俺の右手側。

 方角にして真南。

 ()()は、大気を揺らす駆動音を発しながら飛来した。

 

「島が、浮いて……!?」

 

 思わず足を止め、その威容を凝視し、言葉を失った。

 

 船、なのだろうか。

 鋼の船体。船底を貫く竜骨は、船首に取り付けられた竜の頭部も合わさって神秘すら感じさせる逞しさを印象づける。

 側面に取り付けられた無数の砲門が下界を睥睨。

 鋼鉄の船体は二つの巨大な……浮き袋?のようなもので支えられ、同時に動力に使われているのだろうエーテル結晶体の翠緑の輝きを飛散させ空を泳いでいた。

 

 驚くべきはその大きさ。

 未だ遠く正確な全長は測れないが、逆に言えばそれほどまで遠くても全容を把握できる程度には巨大である。

 

「なんなんだよ、あれ——」

 

 地上で騒ぎから逃げていた人たちの一部も、空を泳ぐ鋼の船の存在に気付いたようで、瞬く間にどよめきが広がった。

 

 フォーラルにあった巨大な船も大概な大きさで、初めて見た時は大層驚かされた。

 だが、これは次元が違う。あまりにも大きすぎて、ただただ唖然とすることしかできない。

 

「魔法の切り札、なのか……?」

 

 首都外にアレを隠せるだけの施設があり、首都の危機に現れた? ……()()

 直感がそうではないと叫んでいる。

 同時に、かつてない、悲鳴のような警報を鳴らす。

 くーちゃんの氷の華を前にした時に勝るとも劣らない本能の警戒に、俺は無意識にエストックの柄を握りしめていた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 時は、エトが王城で剣の一団と交戦に入った頃にまで遡る。

 

 首都ガルナタル外周部。居住区の一角でベンチに腰掛けるザインは、計画の第一段階に妨害が入ったという報せを受けた。

 

「ザイン様、ガリアからの通信が途絶えました」

 

「最後の通信内容は?」

 

「部外者——あのスケベ男(ラルフ)の仲間、エトラヴァルトが王城に突入したと」

 

 ザインは前日のラルフの発言を思い出した。

 

——『師匠には悪いけど、多分エトがアンタたちの邪魔をする。アイツが死にかけだったり、何か別の事態に巻き込まれてない限り、必ず』

 

——『アイツは、そういう男だから』

 

「……フッ。思ったよりずっと早い行動じゃねえか」

 

「ザイン様……?」

 

 くつくつと喉を鳴らすザインに、周囲の同志たちが訝しげな視線を送った。ザインがそれを気にすることはなく次の指示を飛ばした。

 

「四方の門を塞げ。閉鎖が完了次第、主要インフラを制圧する」

 

『了解!』

 

 絡繰世界の闇市で購入したトランシーバーを使い、“剣”は澱みなく都市全体に指揮を飛ばす。混乱・停滞するガルナタルを制圧する作戦は、エトラヴァルトをはじめとしたごく一部の障害を除き順調に進行する。

 

「……俺は出る。あとは手筈通りにやっとけ」

 

「ザイン様はどちらに?」

 

「決まっている。()()()を取り除きに行く」

 

 目下、王城の制圧を妨害していると思しきエトラヴァルト。彼を斬り伏せるべく、ザインは錆きった剣を携え立ち上がった。

 

「あの馬鹿の仲間の顔を拝みに——おい、なんでガラクタがここにいる?」

 

 声に怒りを滲ませたザインは、困惑する同志たちを振り返って強い口調で問い詰める。

 

「俺は第二段階の陽動に使えと言ったはずだ。何故、絡繰兵が未だにここをほっつき歩いている?」

 

 カシャカシャと音を立てて物陰から出てきた絡繰兵の姿を認めた同志たちは、あからさまに動揺した。

 

「な、なんでここに!?」

「未明の時点で既に配置は完了していたはずだ!」

「誰か余計な命令をいれたのか!?」

 

 別段、絡繰兵が居なかろうと計画に問題はない。順調に事が運んでいる今ならば、多少の面倒が増えるだけのことだ。変更を余儀なくされるような事態ではない。

 

 だが、同志たちの困惑は本物であり、自分のミスを隠すための白々しい演技だとはザインには思えなかった。

 

「すみません! すぐ再配置を——」

 

「いや、いい」

 

 慌てて動こうとする同志を、ザインは右手で制した。

 

「ここで動かせばかえって俺たちの不利に働く。全ての絡繰はここで待機させろ」

 

『了解!』

 

 同志たちは即座に絡繰に近寄り、背面に取り付けられている基盤に操作を打ち込んでいく。

 

 一体の絡繰が、命令なく上体をぐるりと反転させ、赤の複眼の中にポツンと存在する緑の単眼で一人の同志をじっと視界に収めた。

 

「…………へ?」

 

 そして、右手のブレードでなんの躊躇いもなく同志の首を切り落とした。

 

『——!?』

 

「——ッ! 全員今すぐ絡繰から離れろ!!」

 

 ザインの鋭い指示に“剣”たちは即座にその場から飛び退いた。が、コンマ数秒遅れた九名の首が飛んだ。

 

「ぇ……多い」

 

 誰かがそう呟いた。

 “剣”が今回の武装蜂起に際して『絡繰世界』から仕入れた訓練兼陽動役の絡繰は三十機。

 しかし、今彼らを囲む絡繰は()()()()()()()()()

 

 転がる十個の同志の首を果実を潰すように踏みつけ、絡繰たちが一矢乱れぬ統率でザインたち90人を囲む。

 

 

 剣は、約1万人の巨大組織だ。

 本来の人数、魔法との比較が入れば微々たるものではあるが、ザインは魔法に一矢報いるには十分な数だと踏んでいた。

 虐げられ、冷遇され、日の当たらない場所での生を強制されることを知ってなお剣の道に生きることを決めた者たち。弱いはずがない。

 その意思も、武力も、決して魔法に劣らないと誰もが確信していた。

 

 今回の作戦に当たり、剣は王城突入組以外は二人一組(ツーマンセル)で首都ガルナタル各地に潜伏している。

 

 ここに残っていた100人は予備の人員であり、何かしらの不測の事態に対応するための精鋭だ。

 そんな精鋭10人が、不意を突かれたとはいえあっさりと首を飛ばされた。その事実に緊張が走る。

 

 ザインは、久しく感じていなかった背筋が冷たくなる感覚を味わった。

 

 

『——やあ、やあ。“剣”の諸君。見事な手際だった』

 

 

 そこに、神経を逆撫でする機械音声が響いた。

 パチ、パチ、パチ。

 ゆっくりとした動作で拍手を繰り返しながら、一体の人型の絡繰が六腕のボディーガードを連れ、絡繰の波を掻き分けザインたちの前に姿を現した。

 

『流石は剣だ。見事な剣閃。王城は血の海に沈んだ——お陰で大変、楽ができた』

 

 絡繰は勿体ぶった動作で、右隣のボディーガードの腹の中から《()()》を取り出した。

 

『これで我々の目的は達せられた。200年間、ご苦労様だ』

 

「気前よく喋る絡繰なんざ、俺の知り合いにはいねえぞ? 随分と馴れ馴れしいが……誰だテメェ」

 

『おや! ザイン……錆びた剣の継承者でありながら、貴方ほどの猛者でありながらこの状況がわからないと?』

 

 大層腹立たしい動作で驚きを表現する絡繰。《聖杯》を再び腹の中に仕舞う。

 

『では、端的に申し上げましょう! 我々『絡繰世界』は、『魔剣世界』を従属させるために貴方たちを利用させていただきました!』

 

 ザインの剣が暗い闘気を帯び、一閃。

 飛翔した斬撃が絡繰を真っ二つに両断した。

 

『——これは、これは。手荒な歓迎ですね。拍手の代わりに剣を打ち付けるとは』

 

「予備は……まあ、当然いやがるよな」

 

 切り裂かれた絡繰の後ろから、全く同じ容姿の絡繰が姿を現した。

 

『やはり剣は野蛮だ! 戦争の最中に王位簒奪を目論む危険思想というのも頷けます!』

 

「——黙れ!!」

 

 絡繰の一言に、これまで勤めて冷静を貫いていた同志のうち一人が爆発した。

 

「なぜ我らの邪魔をする!? 我らの大義を! 我らの——」

 

『貴方、頭悪いんですね? 言ったでしょう、『魔剣世界』を従属させると』

 

 馬鹿の相手は面倒だ、そう言わんばかりにやれやれと首を振る絡繰。

 

『利用されたんだよ、貴様らは、我らに』

 

 直後、雰囲気が変わる。

 慇懃無礼な態度から一転、非常に高圧的な態度になった絡繰の放った殺気に怯む。

 ザインも、わずかに眉を動かした。

 

『愚かな剣! 貴様らに栄光はない! 栄華はない! 利用されたのだよ、貴様らは! 今日も! 200年前も!!』

 

「……どういうことだ。200年前?」

 

 無意識に、ザインの剣を握る手が強くなる。

 剣が軋みを上げることにも気付かず、ザインは絡繰の言葉の真意を問うた。

 

『おや! 気になるかザイン!? ああ、気になるだろうとも! 貴様の先祖は200年前、濡れ衣を着せられた——貴様はずっとそう思っていたのだから!!』

 

 不協和音が鳴り響く。

 絡繰たちが嗤うように関節をガシャガシャと鳴らす。指揮者気取りで両手を握った人型の絡繰は、表情がないにも関わらず。剣の同志たちには、嘲りの笑みを浮かべているように見えた。

 

『200年前、貴様らは『鉄鋼世界』に侵攻された——()()()()()()()()()! むさ苦しい鉱夫共に侵攻を受けたのは我ら『絡繰世界』よ! 真実はこうだ!!』

 

 舞台の上の役者のように絡繰は両手を広げて雨を全身に受ける。

 

『侵攻を受けた我らは、貴様ら“剣”に打診した! 『鉄鋼世界』を攻めろと! 政争の後ろ盾をチラつかせたらあっさりと快諾したよ!』

 

 そして、目論見通り『鉄鋼世界』へと『魔剣世界』が侵攻した。奇襲を受ける形となった『鉄鋼世界』は撤退を余儀なくされた。

 

『我々としてはそれだけで十分だったんだがね! 欲をかいた貴様ら剣は王位簒奪すら目論んだ! 恐ろしい強欲だ!!』

 

 ああ、怖い怖い。

 そう言って絡繰は大袈裟に身をくねらせる。

 

「——そんなはずはねえ!!」

 

 このとき、初めてザインが感情をむき出しにして叫んだ。

 

「高祖父は、俺たち剣が魔法の策略に嵌められたと!!」

 

『——それが偽りだと言っているんだよザイン!!』

 

 鼓膜をつんざく機械音声の怒号が響き渡る。

 

『その結果招かれたのが剣の失墜と『魔剣世界』の停滞だ! 愚かな剣! 愚かな子孫! 貴様らだ! 全て貴様らが原因なんだよ!!』

 

「——ぁ?」

 

 信じてきた物語の瓦解に、ザインは力無き声を漏らした。

 

『さあ見上げろ! これが貴様らの愚かさが招いた終わりだ!』

 

 雨が止んだ。

 鋼鉄の船がザインたちの頭上を通り、降りてきたロープに捕まった六臂の絡繰が聖杯を持って回収される。

 

 同時に、船底が解放され無数の絡繰が地上めがけて投下された。

 

『城塞戦艦カラゴロム……絡繰の技術の粋と鉄鋼の異界鉱石。そして魔剣の聖杯——三位一体の飛空乗艦の誕生だ!!』

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 絡繰の落着地点で悲鳴が上がった。

 

「今度は何!?」

「落ちてきたぞ!」

「屋内に逃げ込め!!」

 

 慌てふためく住民たち。その中には、想定外の事態に混乱する剣の姿もあった。

 

『——目標数、5()0()()()()()()

 

 再起動した絡繰がゆらりと立ち上がり、逃げ遅れた子供の胴体を真っ二つに叩き割った。

 

『あ、あ——ぁああああぁあああああああああああああ

あぁああああああぁあああ!!?』

 

 混乱が加速し、同時に絡繰も行動に移る。

 

 それは一方的な虐殺だった。

 付近にいた住民を、老若男女分け隔てなく、視界に入ったもの全てを徹底的に鏖殺する。

 逃げようと隠れようと、泣き叫ぼうが抵抗しようが関係ない。

 雨で押し流せないほどの屍山血河が築かれる。

 

 それが、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「やめろ……」

 

 響き渡る悲鳴に、ザインが、剣の同志が唇を震わせた。

 

「やめろ……っ!」

 

『やめる? これは異なことを! 貴様ら剣の本懐だろう! 自らを虐げてきた世界への復讐を! 我らが代行したというのに! 一体何が不満だ!?』

 

「違うっ! 俺は……俺たちは! ただ、刻みたかった……名を、生きた証を残したかっただけだ!!」

 

『生きた…‥意味?』

 

 心底、意味がわからないと。

 絡繰は身を捩らせて嗤った。

 

『クク……クカカッ、クカカカカカッ! カハハハハハハハハハハハハハハハハハ!! くだらん! なんと愚かで、なんと子供じみた願望か!!』

 

 大雨の中でなお響き渡る笑い声を上げた。

 

『名を残す? テロリストとしてか!? なんと浅はかな思考か! なれるとでも思ったのか? 英雄に! 殺せば、世界に反旗を翻せば傑物と肩を並べられると、本気で思っていたのか!?』

 

「き、さまぁ……!!」

 

 歯を食いしばり剣を握りしめるザインを、絡繰は鼻で笑い飛ばした。

 

『貴様は道化だよ、ザイン! 自らの身の丈にそぐわない理想を! 間違った歴史に縋って追い続けた哀れな愚か者だ!! その貴様の子供じみた理想で! 今日! 『魔剣世界』は終わるんだよ!!』

 

「黙れぇえええええええええええ!!」

 

 憤怒に表情を歪めたザインが石畳を爆砕し突出し、絡繰に袈裟斬りを放った。

 

「ザイン様に続けーーー!」

 

『おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』

 

 次々に剣がその場を飛び出し、彼らを囲む絡繰兵の軍団に斬りかかった。

 

 雨が降り続ける。

 『魔剣世界』が、血で赤く染まろうとしていた。

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