【第一巻発売中】弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ)   作:銀髪卿

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撲殺天使

「いいから俺と戦え!今すぐに!」

 

 血気盛んな狼人による唐突な決闘の申し出に、ギルドが一瞬にして静まり返った。

 因縁……いちゃもんに等しい絡まれ方をした当人、エトラヴァルトは。

 

「……明日じゃダメか?」

 

『あ、決闘自体はいいんだ』

 

 なぜか戦うこと自体には乗り気だった。

 今日はちょっとなあ……とぼやくエトラヴァルト。決闘そのものは承認するような口ぶりだったが、狼人の男はそれでは不満だったらしく。

 

「ダメだ! 今すぐ俺と戦え!」

 

「ええ……」

 

 狼人の剣幕に、エトラヴァルトは露骨に面倒臭そうな表情を浮かべた。

 

「なんでそんなに拘るんだよ」

 

「俺より強えやつかどうか知りてえんだよ! それ以外に理由なんてねえ!」

 

「なんという横暴」

 

 凄まじく利己的な理由……いやそもそも公共の場でいきなり初対面の人間に決闘を申し込む時点で理由以前に自己中心的な思考であることは明白ではあるが。

 なんとも間の悪い絡まれ方をされたエトラヴァルトは「明日なら良いんだけどな……」と困り果てたように呟いた。

 

「よう、狼の兄ちゃん。相手さんああ言ってんだ。少しくらい譲歩したらどうだい?」

「ここで騒いじゃ店の迷惑になっちまうぜ?」

「まーまー落ち着きなすって!あんちゃんも一緒に飲もうや!」

 

 周りで見ていた冒険者たちは、エトラヴァルトの疲弊を知っているが故に囃し立てるのではなく仲裁に入った。

 なお、この行動は決して善意からくるものではなく、「ここで恩を売っておけば後々何かしら役に立つだろ」という損得勘定からくるものだ。

 

「うるせえ!俺は、今知りてえんだよ!」

 

 しかし狼人の男は止まらない。

 強さというものに貪欲なのは冒険者として重要なれど、周りが見えていないのは明確な欠点である。

 さてどうしたものか、ギルドに仲裁を頼むか? そんなことを一部の者が考え始めた頃。

 

 ——ガコンッ! というかなり派手な音を響かせて入り口が揺れた。

 

「あ、あいたたたた……ご、ごめんなさい。失礼します」

 

 3()M()はある入り口の天辺に盛大におでこをぶつけて中に入ってきたのは、体高5Mを超える巨人だった。

 青みがかかった肌に、隆起した逞しい肉体。焦茶色の髪をオールバック風に整えた上裸の巨人は、そこにいるだけでかなりの威圧感があった。

 

「あ、いたいた」

 

 巨人はおでこをさすりながら辺りを見回すと、狼人の男を見つけてその背後に近寄る。体の大きさに似合わぬ物腰の低さで「失礼しますね」と周囲を気遣いながら近づき、そして躊躇いなく狼人の首根っこをむんずと掴み上げた。

 

「ハルファさん、またひと様に迷惑かけたでしょ?」

 

「なっ、あっ……ヴィトウ!?馬鹿お前離せよ!」

 

 ハルファと呼ばれた狼人の男がジタバタともがくが、あまりにも体格差が大きい。ハルファがどれだけ暴れても、青い巨人……ヴィトウの拘束はちっとも弛まなかった。

 

「皆さんすみません、お騒がせしました〜」

 

 見た目とは裏腹に非常に温厚な態度のヴィトウはぺこぺこと頭を下げ、ギャーギャーと喚くハルファを外へとつまみ出してしまった。

 

「……あいたっ!」

 

 最後にもう一度、派手におでこをぶつけて巨人は姿を消した。

 

『………………』

 

 突然の出来事に、皆ぽかんと口を開けて静止する。

 あまりにも静かで、遠ざかるハルファの喚き声が聞こえてくるほどだった。

 

 ぽつりと、ラルフが呟いた。

 

「……なんか追加で食うか?」

 

「俺、温野菜で」

「私もそれで」

「わたしも少々」

「揃いも揃って草食すぎるだろ」

 

 『花冠世界』の野菜が気に入ったエトラヴァルトたちであった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 一悶着あったが、特にそれによって周囲と気まずくなることはなく、むしろ「災難だったなあ!」と同情される始末だった。

 酒場を後にした俺たちは、ギルドで教えてもらった空きが多い宿屋を目指しながら雑談に興じる。

 

「エトは成人してんのに酒飲まないんだな」

 

「一回、盛大にやらかしたからな。ラルフはどうなんだ? リステルは十八で成人だけど」

 

「俺んとこも十八だな。けど、酒はどうにも舌に合わなくてさ」

 

 このパーティーの平均年齢は非常に低い。

 俺とラルフが19歳、イノリが17で、ストラが16なのだ。ここまで若い奴らが集まっているのは珍しい、とギルド職員直々に言われてしまうほどだ。

 

「未成人でも登録証一つで身分証明になるんだから、ギルドってのはすごいよな」

 

 それだけ、『悠久世界』という名が持つ影響力が大きいことがわかる。

 七強世界の凄さを改めて感じていると、イノリが明日の確認をとってきた。

 

「結局どうする? 予定だと明日から攻略開始のつもりだったけど……」

 

「わたしは反対です。まずは事前に情報を集めるべきかと。異界に入るにしても、一層に留めて空気感を知る程度に留めるのが無難だと思います」

 

 ストラの意見に俺とラルフは迷わず同意した。

 

「俺もその案に賛成。本格的な探索は明後日に回そう」

「俺も文句なし!」

 

「わかった。それじゃ明日は休息兼情報収集の日で!」

 

 基本、俺たちの目指す先は一致している。

 金級を目指したい俺とイノリ、モテたいラルフ、魔法研究をしたいストラ。それぞれバラバラの目的ではあるが、皆一様に冒険者としての地位を欲している。

 それゆえに、こういう作戦会議は割とあっさり終わってしまう。俺たちが他の冒険者に比べて探索量が多いのは、こう言った意見の一致が早いため、という一面もあったりするのだ。

 

「そういえばエトくん、あの狼人の人との決闘に乗り気だったよね? なんで?」

 

「それ俺も気になってたわ。エトってそんな好戦的な印象なかっ……いやどうだろ。意外と戦ってるかも」

 

「そこで迷うなよ」

 

 俺は決闘を受けようと思った理由を三人に話す。

 

「俺たち、他の冒険者との交流少なめだろ? この三ヶ月、攻略したら次!ってあちこち転々としてたわけで」

 

 ラルフという異界博士と、ストラという歩く図書館がいる我らがパーティーではあるが、そこには“体験”という実感が籠っていない。

 実際に異界で見聞きしたものを知る機会が、俺たちには圧倒的に不足しているのだ。

 

「ここらでそういう情報網を広げた方がいいかなって思ったんだよ。ここにいる銀級なら等級も近いだろうしうってつけかなって」

 

「あー、確かに。言われてみりゃ、俺らそういうのと縁なかったなあ」

 

「ひたすらに異界潜ってたからねー」

 

「コミュニケーションの一環ですか……なるほど」

 

 三者三様、俺の意図を理解したように頷いた。

 

「しかし、同じ銀級ですと少し面倒そうですね。彼、人の話を聞かない類の人でしょうし、決闘するなら早い方が良さそうです」

 

 ストラの容赦のない物言いに苦笑する。

 

「まあそうだな。多分すぐに会うことになるだろうから、俺は明日中になんとかできないかやってみるつもりだよ」

 

「案外、同じ宿に泊まってたりしてるかもよ?」

 

「ははは、そんなまさか——」

 

 イノリの冗談を笑い飛ばしながら辿り着いた宿の扉を開ける。

 そこには、灰色の狼人に、純白の羽を暴れ狂わせながらブチ切れる金髪の天使の姿があった。

 

 

「——アンタはいつもいつも! 考えなしに飛び出す癖やめなさいって言ってるわよね!?」

「まあまあチカ、その辺で。ハルファも反省してるし……」

「ダメよヴィトウ! コイツ朝起きたら絶対ケロッとしてるから! 狼のくせに脳みそニワトリなんだから!」

「おめえ、それは言い過ぎなんじゃ——」

「あ゛あ゛ん゛? なんか言ったかしらグロンゾ?」

「——っス。なんでもねっス」

「ったく。相手が理性的だから良かったものの! これまで何回トラブル起こして暴れて修理費弁償したか忘れたわけじゃないわよね!? わたしらが万年金欠なのわかってる!?」

 

 

 正座する狼人、おどおどする巨人、目を覆う人族、ブチ切れる天使。

 宿のロビーのど真ん中で行われる壮絶な説教を見た俺たち四人から表情が抜け落ちた。

 

「なあ、イノリ。さっきの発言みたいなのを“フラグ”っていうんだっけ」

 

「うっそだー!」

 

 今回の異界探索は、異界の外でも騒がしくなりそうだな——そんなことを俺は直感した。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「——ウチの馬鹿が本当にごめんなさい!」

「ず、ずびばぜんでじだ……」

 

 数分後。

 俺の顔を見るなり再び決闘を申し込もうとしてきた狼人のハルファは、天使のチカによってボッコボコにされて俺たちの前で土下座をしていた。

 

 初見、「あの子かわいいな……」とぼやいていたラルフですらドン引きするほどのバイオレンスを発揮したチカと惨憺たる見た目になったハルファに、俺たち四人は揃って苦笑いを浮かべた。

 

「だ、大丈夫大丈夫。別に実害なかったからさ。そうだよな!?」

 

「そ、そうそう! ご飯を邪魔されたわけでもないし!」

 

「不快になったわけじゃねえから気にすんな!」

 

「はい。わたしたちは大丈夫ですので……」

 

 あまりにも無惨で哀れな姿になってしまったハルファに同情の念すら湧く。

 金髪の天使は、その可愛らしい童顔からは想像もできないドスの効いた声を出して土下座するハルファを足蹴にして顔を上げさせた。

 

「オイ。相手がこう言ってくれてんのよ。ありがたく思って、今後は軽率な行動慎みなさいよ」

 

「ばい。わがりまじだ……」

 

 背後で人族の……確かグロンゾと呼ばれていた壮年の男とヴィトウという名の巨人が顔を覆っていた。

 

 

「で? 今回はなんで決闘なんて突然ふっかけたわけ?」

 

 暫くして。

 宿のロビーの一画で俺たち八人は向き合って座っていた(ヴィトウだけはデカすぎるので背後で三角座り)。

 流石の回復力で口周りの腫れが引いたハルファに、借金取りも裸足で逃げ出すような威圧感でチカが問い詰めた。

 

「あ、あの……最近、名前よく聞く奴らがやってきたって言うから、気になって。だってよ、気になるじゃねえか〈英雄女児〉って——」

 

 その発言に、残念ながら俺は同意せざるを得なかった。

 それはチカも同じだったのか、羽を揺らして「んぐっ」と唸った。

 

「ま、まあ? それはわからなくもないけど……いやでもやっぱりダメよ! 双方合意ならまだしも、ご飯食べてるところに突撃するのはマナー違反よ!」

 

「ま、それに関しちゃチカの言う通りだな。反省しろやハルファ」

 

 黒いメッシュの入った深緑色の髪の男、グロンゾがチカの言葉に同意する。

 

「んで、いいのかい? エトラヴァルト、だったか。ウチの馬鹿と戦うってのは」

 

 グロンゾの確認に俺は躊躇いなく頷いた。

 

「なんの問題もない。俺たちとしても、他の冒険者たちとコネクションを増やしたいところだったんだ」

 

「そう言ってくれるとこっちとしてもありがてえ。恩に着るぜ」

 

「ホント、感謝しなさいよバカハルファ」

 

「……あい」

 

 その後、ハルファがボコボコのボッコボコにされていたこともあり、これ以上の謝罪は要らない、と俺たちが言ったことで和解が成立。暫くは互いのこれまでの道中を(俺の性転換の話題を避けつつ)語り合った。

 

 その中で、俺はハルファに決闘の日時を決めよう、と提案した。

 

「……本当にいいのか?俺の勝手で提案しちまったのによう」

 

 すっかり意気消沈してしまっているハルファに頷く。

 

「いいんだよ。俺としては明日すぐでもいいぞ。流石に今日は休ませてほしいが……」

 

「ありがてえ。それじゃ明日の昼過ぎに……」

 

「あー、あー。ちょっといいかい? そこのお二方」

 

 日時が決まりそうになっていたその時、同じ宿のロビーの端にいた、さっきの騒ぎの時にも居た青髪の人族の男が会話に割って入ってきた。

 

 タイミング悪いなあ、と内心でぼやきながら男と目を合わせる。

 

「……なんだ? アンタも力比べしたいのか?」

 

「大方そんなところだね。これは提案なんだが——その決闘、“大輪祭”にまで持ち越すのはどうだい?」

 

『大輪祭……?』

 

 俺たち四人と、同じく『花冠世界』へ来て間もないハルファたちで揃って聞き覚えのない単語に首を傾げた。

 

「そう。近々開催されると噂の祭りさ。……おっと、自己紹介がまだだったね。僕はクリス。君たちと同じ銀四級冒険者さ」

 

 クリスと名乗った青髪の男はキザな笑みを浮かべウィンクをした。チカがボソッと「キモっ」と呟き、それを聞いた俺は「容赦ねえ」とぼやいた。

 

「……ま、まあ? 感じかたは人それぞれだからね?」

 

『きこえてたのか……』

 

 かなりダメージを負ったのか目尻に涙を浮かべるクリス。気を取り直して、『大輪祭』なる祭りの内容を説明してくれた。

 

「この祭りは一言でいえば“競争”だ。ここの異界、『狂花騒樹の庭園』に複数のパーティーが同時に突入し、どのパーティーが一番早く異界主を討伐できるか競い合うんだよ」

 

「……できるのか? そんなこと」

 

 俺の質問にクリスは「勿論さ!」と頷いた。

 

「ここの異界の特徴はなんと言ってもその広さにある。穿孔度(スケール)5に勝るとも劣らない広さにね。加えて、『庭園』は入り口が複数個ある。最大で7パーティー、別々の入り口から攻略を始められるのさ」

 

 終始爽やかな雰囲気で丁寧に説明してくれるクリス。だが、直後。雰囲気が一変。獰猛な狩人を思わせる眼光が俺を射抜く。

 

「僕としても君たちには興味があってね。折角の機会なんだ。()()()()()()()()()()()、しようじゃないか。ね?」

 

 

 『悠久世界』に行く前に銀三級へ昇格しておきたい——そんな思いから立ち寄った『花冠世界』だったが。

 事態は思わぬ方向へ転がり出していた。

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