【第一巻発売中】弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ)   作:銀髪卿

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アルス

 大輪祭の起源は定かではない。

 わかっているのは、少なくとも2000年以上昔から、この祭りの原型であろう祝い事が存在しているということだけ。

 季節を問わずあらゆる花が咲き誇る『花冠世界』。そんな世界を讃えるために不定期に開催されるのが大輪祭である。

 

 元々は世界の存続を祝うためのものだったが、『狂花騒樹の庭園』が()()()として見られるようになってから、その形は少しずつ変わっていく。

 出現する魔物の危険度が他の穿孔度(スケール)5と比べて低い、ただそれだけの理由で穿孔度(スケール)4に留まり続けているこの異界はつまり、魔物の出現量、異界深度、構造の悪辣さなど、どれをとっても穿孔度(スケール)5と遜色がないのだ。

 

 『庭園』はいつしか「銀三級のための登竜門」として腕に自信のある冒険者たちの力試しの場として有名になった。

 そこで、『花冠世界』はギルドと連携して一つの催しを開催する。

 それが、大輪祭に合わせた競走だ。

 「銀三級まであと少し」という実力を有するパーティーを集め競わせ、それを大衆の娯楽として提供する。

 『電脳世界』アラハバキと提携することで異界内部と外部をリアルタイムで繋ぐ『実況』を可能とし、さらに不特定多数の目によって不正は不可能。

 優勝したパーティーには特例として銀三級への昇格が認められる。

 また金級冒険者を招集することで万が一の事態に備え、将来有望な冒険者たちの死亡を防ぐ——全ての陣営に一定の利益が生まれる娯楽が完成した。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 一悶着も二悶着もあった翌朝。

 俺は宿に併設されている空き地でボッコボコに殴り倒された青髪の男、クリスに土下座で謝罪を受けた。

 

「がっでにばなじにばびっべぶびばべんべびば」

 

「いやわからんわからん。声濁りすぎでなんもわからん」

 

 昨日のハルファ以上にボコボコにされたクリスの惨状に、ひたすら同情した。

 鉄拳制裁を成したと思われる、クリスのパーティーメンバーだというドワーフの“フェイ”は、そのずんぐりとした矮躯の内側に編み込んだ強壮な筋肉をアピールするように両手を前に組み、俺へと頭を下げた。

 

「うちのリーダーがすまなかった。あんたらの年齢が近い言うての、どうにも興奮しちまったらしい」

 

「ああ、そう……」

 

「良かったのか? 参加して。あんたらの勢いなら、わざわざ参加する意味もないだろうて」

 

 フェイの確認に頷く。

 

「いいんだ。なんか、そういう機会なんだと思う。なんだかんだ楽しそうだしな」

 

「……そうか。鍛錬の邪魔して悪かったな。ありがとうよ、エトラヴァルト。おい行くぞ、馬鹿リーダー」

 

「ばい……」

 

 去り行く哀愁漂う背中に、「リーダーはボコされるのが基本なのか?」というアホな思考がよぎる。

 

「……あの馬鹿どもと旅してたら、そうなってたかもな」

 

 思い出すのは王立学園時代の遠征。

 当時単位がヤバかった俺は、俺の班のリーダーになった腐れ縁のうちの一人、レミリオ・バーチェス(不倫クソ野郎)の奇行を止めるべく、奴のナンパを悉く鉄拳制裁した。

 苦労の甲斐あって奇行は未然に防げたが、恐ろしく疲れた記憶が蘇った。

 

「ああクソ、嫌なこと思い出しちまった」

 

 悪友共は行動こそ厄介だがリステルへの忠誠心自体はちゃんとあり、さらに一定の実力もある。なまじ強いせいで人材難のウチに手放すという選択肢はなかった。

 そんな奴らの手綱を握るのはもう御免だ。

 

 雑念を振り払うように素振りを繰り返して汗を流す。

 シャロン、エルレンシア両名との対話の成果は今日もなし。彼女たちのスタンスは基本「待ち」だ。俺が踏み込む力を持たないと、これ以上の進展はないだろう。

 

 なんて、結局余計な思考で雑念が混ざる。

 一旦切り替えようと素振りを止め呼吸を繰り返していると、昨日会った緑髪の男……グロンゾが身の丈程もある大剣を担いで空き地に入ってきた。

 

「おお、やってんな」

 

「グロンゾ。あんたも鍛錬か?」

 

「まあな。オッサンには早起きはしんどいが、仲間に置いてかれるわけにもいかねえもんでよ」

 

 ひとつ大きなあくびをしたグロンゾは、何かを始めるわけではなく、じっと俺の身体を観察するように視線を這わせた。

 

「……どうした?」

 

「いやなに。若えのに随分と鍛えてんなと思っただけさ。……これはひとつ提案なんだがな、エトラヴァルト。俺と立ち合っちゃくれねえか?」

 

 ダメで元々。そんな雰囲気を言外に含ませながら、グロンゾが頼んできた。

 

「ハルファの野郎はパーティー対抗の方に舵切っちまったけどよ。俺も、“期待の新星”ってやつの実力、肌で感じてみてえんだよ」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 早朝、リガーデの街に剣戟音が響き渡る。

 命のやり取りをするためか、冒険者という生き物は基本血の気が多い。

 実を言うと、ハルファよりもよっぽど悪質で我儘な輩というのは往々にして存在しており、また、冒険者同士の力比べというのは日常的に発生する。

 

 そのため、昼夜を問わず響く戦いの音というのは多くの異界を所有する世界にとって日常の一環だったりする。

 しかしそんな“慣れ”を持つリガーデの住民たちをして、今日の戦いの音は一際激しかった。

 

 

◆◆◆

 

 

「エトくんってさ、なんだかんだ私たちの中で一番バトルジャンキーだよね」

 

「だよなー」

 

「ですね」

 

 誰よりも早く目覚め、いつの間にかグロンゾと剣を交えていたエトを外から眺めるイノリの発言にラルフとストラはこくこくと首肯を返した。

 

 交錯する大剣とエストック。

 唸りを上げる大銀塊を、細く頼りない針のような剣が悉く防ぐ様は中々に不思議な景色だった。

 

 その珍妙な光景に、仲良く横に並んで観戦しているチカが問う。

 

「エトラヴァルトくんの持ってる剣、魔剣だったりする?」

 

「エトくん曰く、“おまじない付きのただの剣”だって。一般的には“不壊”属性の魔剣に分類されると思う」

 

 エト自身、多くは語ろうとしない過去の話。イノリが知っているのは、あのエストックが、エトの親友が死の間際に彼のために“創った”ものだということだけ。

 

 一般的に魔剣というものは、異界から産出された武具や、長い年月をかけて武器そのものがそういう“概念”を宿したものを指す。

 エトの剣はそのどちらにも当てはまらないゆえに、イノリは正しい説明ができずに返答に窮した。

 

「ふうん。にしてもすごいわね、エトラヴァルトくん。うちのグロンゾの剣を真っ向から全部受け切るなんて」

 

 剣の話には興味を失ったのか、チカは柵に肘をつき、翼をパタパタと揺らしながら興味深げに戦いを見守る。

 言葉の端々には、グロンゾへの信頼が見て取れた。

 同様に見守っていたハルファやヴィトウも頷く。なお、ハルファは飛び出さないようにヴィトウに拘束されている。

 

「ウチの“壊し屋”を()()()()()のかよ。すげえなアイツ」

 

「エトラヴァルトさんの剣、すごく守備的ですよね。グロンゾさんとは正反対です」

 

 ヴィトウの指摘は正しい。

 相手を“壊す”。布陣を、肉体を破壊し突破口を作る。その一点に特化したグロンゾの斬撃とは対を成すように、エトの剣は全てを受け切る守りに特化している。

 呆れてため息が出るほどの防御の硬さに、チカは内心で疑問を持つ。()()()()()()()()()()()()()()()()、と。

 

 エトラヴァルトの実力は、悔しくはあるがグロンゾを上回っている。得意を完全にいなされているのだ。更に、噂ではエトラヴァルトは“性転換”することで数段飛ばしで、時限式ではあるが能力を高めることかできると聞く。

 

(何ヶ月か話を聞かなかったけど、その間に修行したのかしら? いやいや、どんな修行したらここまで強くなれんのよ)

 

 実力があれば実績など二の次。数段飛ばしで昇級が可能だ。そういった事例は特例ではあるが、なにも前例がないわけではない。

 というか、話によれば十個も異界を踏破してきてるんだとか。実績と実力が階級と全く噛み合ってないじゃないかと、チカは翼の付け根を緊張させてムスッとした。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 俺とグロンゾの立ち合いはお互いに有効打なしの引き分けで落ち着いた。

 

「いやいや、若いってのは元気でいいなあ。オッサンもうヘトヘトだよチクショウ」

 

「これでも結構疲れてるぞ? 朝からアンタが飛ばしすぎなんだよ」

 

 最終的な決着はパーティー対抗でつけよう。口にしなくても、お互いの心情は一致していた。

 その後お互いのパーティーメンバーが合流し、この場はお開きとなった。

 

 

 

 その後、「前日から目をつけていた」というラルフに連れられてやってきた大通りの飯処の上階テラス席で朝食に舌鼓を打つ。

 最近は異界探索が安定していたこともあり、武器防具の破損は特にないこともあって懐に余裕がある。

 散財はできないが、多少であれば好きなものを食べられるだけの蓄えはあるのだ。

 

「改めて綺麗な世界だよね、ここ」

 

「ですね。エスメラルダ学園長にも見せてあげたいです」

 

 雑談に興じる中、ふとラルフが俺に尋ねてきた。

 

「エトの剣技ってさ、完全に我流だよな?」

 

「まあそうだな。正式な型みたいなやつは一個も習ってない」

 

「あれ? エトくんってリステルの学園に通ってたんだよね? そこでは習わなかったの?」

 

「授業全部放り出して、親友と特訓三昧。魔法使えないんだからどうせ単位足らなくて留年じゃん、って吹っ切れて、“救済措置”の方を目指したんだよ」

 

「「「ええ……」」」

 

 今思えばとんでもない悪ガキだった。当時は悪友たちの手綱を握らされて嘆いていたわけだが、まあ当然の措置と言うべきか、俺も奴らと同じ“問題児”の枠組みだったわけだ。

 

「では、あの一風変わった剣技はその親友さんと編み出したんですね?」

 

 ストラの問いに、俺は曖昧な笑みを浮かべた。

 

「いやあ、アイツと、というか……なんというか」

 

 俺は少し考えて、「まあいいか」という結論に至る。

 

「そうだな。そこの話するついでに、少し昔話に付き合ってくれるか?」

 

「それじゃ、飲み物追加で頼むね」

 

 少しして四人の手元にアイスティーが並び、俺は過去を追想した。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 ——四年前・『弱小世界』リステル。

 

 

 燦々と照りつける太陽の下、学生寮から学園への短い距離の移動すら億劫そうに歩く学生たちの姿を、学生会長であるミゼリィ・フォン・シバリアは会長室の窓から眺めていた。

 

「みんな、期末試験に向けて頑張っていますね。それに比べて……」

 

 慈愛の眼差しは即座に氷点下に。

 ミゼリィは清流を思わせる涼やかな薄水色の髪を振り乱し振り向いて、あろうことか会長室でのんびりと卵焼きを頬張る銀髪の男子生徒を睨みつけた。

 

「エトラヴァルトくん。きみ、そろそろ授業に出席してはどうですか?」

 

「嫌です」

 

 にべもなく断った15歳のエトラヴァルトは、「ご馳走様」と呟き、てきぱきと食器を重ねて流し台へと持っていった。

 

「会長知ってるでしょ、俺が魔法も闘気も使えないから単位取れないこと」

 

 慣れた手つきで食器を洗うエトに、ミゼリィはへにょりと眉を下げた。

 

「それはそうですが……せめて座学には出席してください。先生たちから苦情が来ています」

 

「眠くなるんだよなあ、座学……あとバイトで自習の時間取れないんで。単位落とす未来しか見えないから嫌です」

 

 お前はなんのために学園に入ったんだ、そんな言葉をなんとか飲み込んだミゼリィは、大きくため息をついた。

 

「お聞きしますが、バイトは今なにを?」

 

「朝夕の配達、学生食堂の二つですね」

 

「二週間前まで、居酒屋でも働いていましたよね? お辞めになったんですか?」

 

 エトが少しだけ顔を赤くした。

 

「会長が来てから、常連に死ぬほど弄られるようになったんだよ。だから気まずくなって……」

 

「その節は……大変ご迷惑を」

 

 余計な地雷を踏んだ、とミゼリィは赤くなった自分の顔を煽いだ。

 

「それでは、稼ぎは以前より減ってしまったと?」

 

「いや、その時間を山菜採りに使うようになったんで、逆に収入が上がりました」

 

「もう、どこから突っ込めばいいのか……」

 

 エトラヴァルトの突飛な行動に頭痛を覚えたミゼリィは紅茶を口に含んで目を閉じた。

 同時に、洗い物を終えたエトは時計を見た後、急ぎ足で会長室を後にする。

 

「アルスとの鍛錬があるんで、俺はここで。また夕飯作りに来るんで、それじゃ!」

 

 嵐のように去っていったエトラヴァルトが発した別の問題児の名前に、ミゼリィは頭痛が酷くなるのを感じた。

 

「私の代、なんでこんなに大変なんですか……?」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 学園裏手の山の、少し開けた場所。

 否、正確には()()()()()()場所。

 

 駆け足でそこに辿り着いたエトが目にしたのは、先客の姿だった。

 

「やあ、遅い到着だったね。親友」

 

 姫カットで切り揃えられた腰まで伸びる艶やかな黒髪。

 宝石を思わせる、見る者全てを吸い込むような薄紫の瞳。

 15歳でありながら、既に色香を漂わせる均整のとれた肉体。

 紺色の制服を誰よりも完璧に着こなした少女は、左手を腰に、右手を首に当てて「待ちくたびれたよ」と笑った。

 

「お前が早すぎんだよ、アルス」

 

 アルスと呼ばれた少女は揶揄うように笑う。

 

「そうかい? 君が会長さんとの逢瀬を楽しんでいるだけじゃないかな?」

 

「居住許可のために飯作ってるだけだよ」

 

「それはほぼ同棲みたいなものなんじゃ……というか君、本当に会長室に住んでたのか。ま、いいか。特訓を始めるとしよう」

 

 アルスが右手で軽快に指を鳴らし、空中に()を生み出した。同時に、エトも直剣を抜き放つ。

 

「今日も死ぬまで追い込むから。生き延びてね、エト!」

 

 花が咲くように笑うアルスに、エトは毎度の如く苦笑を浮かべることしかできなかった。




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