【第一巻発売中】弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ)   作:銀髪卿

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遺したものは

 善は急げと森の中へ。

 ミゼリィは「これ以上は流石に先輩に怒られちゃいますから、失礼しますね」と職務へ戻っていった。

 

 そんなこんなで、エトラヴァルト、アルス、ガルシアの三人で、普段からエトとアルスの二人が特訓に使っている場所に向かった。

 

「ここがおめえらの密会現場か」

 

「ふふ、中々良い()()()をしただろう?」

 

「まあ上手いこと隠れてるけどよ、なんでそこまでしてここを隠したがるんだよ」

 

 特訓自体は学園中に知られてるんだから隠す必要がないだろ、と傾げるガルシアに、アルスはやれやれとため息をついて首を振った。

 

「乙女心がわかってないよ王子。そんなんじゃ婚約者……リアちゃんに愛想尽かされちゃうよ?」

 

「余計なお世話……待ちやがれ。なんでテメェがそんな親しげにあいつの名前呼んでやがる」

 

「お弁当を作ってきてくれるなんて甲斐甲斐しいじゃないか。大切にしなよ?」

 

 狙って揶揄うアルスに、ガルシアが額に青筋を立てる。

 

「テメェ……来週の『序列戦』覚えてろよ。ぜってぇ泣かしてやる」

 

「残念ながらそれは無理な相談だよ。親友が登ってくるまで、僕は誰にも負ける気はないからね」

 

 両者の間で比喩抜きでバチバチと火花が散る。が、そんなことはつゆ知らず。

 さっさと自分の世界に入り込んでいたエトがアルスを呼んだ。

 

「悪いアルス! 早速始めてもいいか?」

 

「——勿論だよ親友。日が暮れても付き合うとも!」

 

 アルスは宙空に何本か、わざと形を異質にした剣を生成する。

 

「何かしらオーダーはあるかい?」

 

 

 今回の目的は、エトの並外れた身体能力を最大限引き出すことができる剣の形を模索すること。

 謎に剣以外の才能がからっきしの不器用なエトのために、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()アルスが協力して手当たり次第に色々試していこう——そんなざっくりとした進行だ。

 

「そうだな。とりあえず重いほうがいい。闘気が使えないから、押し負けないような重さが欲しい」

 

「なるほどね……因みにだけどエト。握力は幾つ?」

 

「ソイツの握力は測定不能だ」

 

「……は?」

 

 答えたのは、エトではなくガルシア。珍しく呆けた声を上げたアルスに、嫌な記憶を思い出すような表情で苦々しくガルシアは語る。

 

「ソイツ、測定器ぶっ壊しやがったんだよ。150kgまでいけるやつを」

 

 アルスが信じられないものを見るような目をエトに向けた。

 

「……冗談だろう?」

 

 エトは非常に気まずそうに目を背け、ぼそりと一言。

 

「だって、初めて使ったし」

 

「いくらなんでもゴリラ過ぎるだろう、きみ。流石の僕でも引いたよ」

 

 魔力と闘気を持たない代わり、と言っても良いのかは不明だが。エトの基礎身体能力は大凡(おおよそ)人間の範疇を超えている。

 ドワーフの如き頑強、巨人のような怪力、天使を彷彿とさせる俊敏。

 卓越した動体視力や聴力……有する本人すら持て余す、戦士としての素養をこれでもかと詰め込まれた天賦の塊である。

 

 しかし、生まれつきの素養を全て覆すことができる魔力と闘気を持たないゆえに、エトは凡人を超えることすらできずにいる。

 

「元々能力があるのはわかっていたが……いやいや、流石に人間辞めすぎだろう。というか、自分のそのとち狂った身体能力に疑問を覚えなかったのかい?」

 

「まあ、人より多少動ける自覚はあったけどさ。猪とか熊とか捕まえて村のみんな喜ばせられてたし、それでいっかなって」

 

「孝行者め……」

 

 エトの思考はどこまでも純粋。村に恩を返したい、ただそれだけなのだ。

 気になったガルシアは、少しその話を掘り下げることにした。

 

「ちなみにだが。オメエ、捕獲方法は?」

 

「ガッと首掴んでゴキッと折ってその場で締めてた」

 

「「流石におかしいだろ! 気づけ馬鹿!!」」

 

 野生児というか、野生そのものだ。

 

「これアレだ。ゴリラが人間に擬態してやがる」

 

「これは流石の僕も擁護できないよ、エト」

 

「好き放題言いやがって。俺からすれば、こんだけ基礎に差があるのに詠唱一つ、気合い一つで全部ひっくり返してくる魔法や闘気の方がよっぽどやべえよ」

 

「……お前からすりゃ、そうなるか」

 

 何も持たない方がまだ諦めがつく。そういうこともあるだろうとガルシアは内心で考える。

 ()()()()()()()()()()()()()ゆえに、エトは今苦悩しているのだと。

 

 だが、アルスの考えは違った。

 たとえ何も持たなくても、エトラヴァルトはこの道を選ぶに決まってる——そう考えていた。

 

「……確かに。エトからすれば理不尽かもね」

 

 そう言いながら、アルスはエトの周囲に様々な形をした剣を生成し、地面に突き刺していく。

 

「それでも、諦めるつもりはないんだろう?」

 

 ゆえに。

 

「当たり前だろ。絶対にお前をぶっ倒して、学園一位に登り詰める」

 

 手近にあった剣を抜きながら断言したエトの回答は、アルスの想定内。そしてなによりも求めていたものだった。

 アルスは頬を染め、妖艶に笑った。

 

「それでこそ僕の親友だ」

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 ひとり剣の物色を始めたエトを、二人は少し離れた場所から見物する。

 時折アルスが剣の消去と再生成を行うが、それ以外は静観の構えだった。

 

「オメエ、今更だがなんでエトとつるんでやがんだ?」

 

 二人の相性がいいことは、半年前に出会ったその日にすぐわかった。

 他人の関係にとやかくいう趣味はガルシアにはなかったが、やはり、この二人の奇妙な関わりには興味があった。

 

「僕にあまりにも利がない……王子はそう言いたいのかい?」

 

「ま、棘のある言い方をすりゃそうだな」

 

「……ふふ」

 

 少し、周囲の空気が冷えた。

 ガルシアはこの瞬間、最悪、自分が死ぬ覚悟をした。が、その未来は訪れなかった。

 肌を刺すような冷えは消え、アルスは尊い光を見るように目を細めた。

 

「エトはね、僕の孤独を終わらせてくれたんだよ」

 

 たった一言。

 されど、そこに込められた感情の大きさにガルシアは思わず呼吸を止めた。

 

「事実として、僕は天才……どころか、そういう言葉で表せるようなものじゃなかった。僕に比肩する人は誰ひとりとしていなかったんだ」

 

「ミゼリィとはいい勝負してたじゃねえか。アレでもダメなのか?」

 

 ガルシアが指すのは、アルスが学園一位に登り詰めた時のこと。当時の一位だったミゼリィとの熱戦である。

 男の問いに、アルスは悲しそうに目尻を下げた。

 

「あの時、僕が剣を何本使ってたか覚えているかい?」

 

「当然だろ。八本の剣が舞台を縦横無尽に駆け巡る——冗談みてえな光景だった。今でも鮮明に…………おい、なんだそれは」

 

 ガルシアの表情が凍りつき、視線がある一点を、アルスの右手を凝視する。

 そこには、右の手のひらの上で小指の爪サイズの小さな針のような剣が無数に飛び交っていた。

 

「……何本だ」

 

「ざっと三十本。()()()()()使えた限界値だよ」

 

 その答えが導き出す意味とは、つまり。アルスは、全くもって本気ではなかったということ。才女と謳われたミゼリィですら、アルスの足下にも及ばなかったという事実である。

 

「——ざけんなよ。今はどんだけだ」

 

「うーん。試したことないけど、多分100本くらいじゃないかな?」

 

 もう、言葉にならなかった。

 ガルシアは目の前の少女……否、()()()の底知れなさに目眩を覚え、額を抑えて木に寄りかかった。

 

「誰ひとり、僕とは対等じゃなかった。近所の子供も、親も、天才と持て囃される人たちもみんな。()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ああ。そうだろうよ」

 

 ガルシアは確信する。アルスならば、()()()()()()にすら辿り着けるだろうと。そういう、一握りの怪物の領域に手が届くと。

 

「僕なら、頂点に手が届く——そう思ったでしょう、王子」

 

「…………ああ」

 

「みんなそう言うんだ。——無窮の荒野を、一人。進む恐ろしさを……誰も、知らないから」

 

 それは怨みであり、怒りであり、恐怖と苦しみだった。

 

「誰にもわからない。僕は今、誰も知らない場所にいるんだから。この手が探るのは虚空、虚無だ。この目が見つめるのは果てしない闇だ。僕が進む先は、ずっとずっと孤独なんだよ」

 

 その声は、僅かに震えていた。

 

「肩を並べて勉学に励むことも、共に切磋琢磨することもできない。僕は、みんなと歩幅が違いすぎる」

 

 ——何も持たずに生まれたかった。

 そんな悲痛な叫びを、アルスは必死に飲み込んだ。

 

「——けれどエトは、私の手を取ってくれた。暗闇で、私の手を引いてくれた」

 

 夜遅くまで特訓していた日の帰り道、カンテラの火が消えた。

 辺りを包むのは果てしない闇。自分の立っている場所すらわからなくなるような暗中。

 アルスは暗闇が嫌いだ。寝る時に目を瞑るのだって怖いのだ。

 先が見えないというのは恐ろしい。道がないというのは脚がすくむ。人生の全て、既知はとっくに過ぎ去った。これから先に待っているのは果てしない夜の荒野。

 暗闇は、否応なく事実をアルスに突きつける。

 

 それでも、エトはアルスの手を取った。

 

 ——『急に止まるなよ、迷子になるぞ』

 ——『俺は夜目が効くからな。なんだよ、ちゃんと苦手ものあるじゃん』

 ——『強がんなよ。いや、強いのは事実か』

 ——『じゃあ、とんでもなく強いだけのただの女の子だ』

 ——『大丈夫、離したりしないから安心しろ』

 

 

 生まれて初めて、アルスは光を見た。

 生まれて初めて、誰かに前を歩いてもらえた。あまりにもちっぽけで、陳腐で。けれどその瞬間、確信した。

 

 この時までアルスは、なぜエトの特訓に手を貸していたのかを自分自身でもよく理解していなかった。

 だが、理解した。

 心が、命が、魂が。

 全身全霊が運命を叫んでいた。

 

「私はね、エトと出会うために生まれてきたんだよ」

 

「……とんでもねえ女に目ぇ付けられたな、アイツは」

 

 アルスがため息をついた矢先。

 エトが一本の剣を振った。

 

「…………お?」

 

 他の剣とはなにか違ったのか、エトは難しい顔をしながらその剣を眺める。

 細長く頼りなさを感じさせる、一本の巨大な針のような剣。形状としてはエストックに近いが、剣身含めエトの身長と同じくらいの長さを持つという明らかに剣としては不出来な代物である。

 が、エトはこれをひどく気に入った。

 

「これ、良いな」

 

 小気味よく風を切る音が響く。まるで長い間連れ添ってきた愛剣のようによく手に馴染んだ。

 

 その様子を見たアルスが無言で剣を生成。

 

「オイ、おま——」

 

 ガルシアの静止に聞く耳を持たず、躊躇いなくエト目掛けて十本の剣を乱射した。

 

「うえっ!?」

 

 思いきり不意を突かれたエトだったが、一年以上特訓を重ねてきた肉体は無意識に行動を起こしていた。

 周囲の雑多な剣を回し蹴りでへし折り空間を確保。針のような剣を持った右手が閃き、しなり、うねった剣が飛翔する剣を迎撃した。

 

「……ふふ。さすがは僕の親友だ!」

 

 心の底から楽しそうにアルスが笑い、エトは手に残る確かな感触を確かめるように暫く呆然としていた。

 

「……ったく。ついていけねえぜ、バカップル共」

 

 そんな二人をみて、ガルシアは吐き捨てるように呟いた。

 

 

◆◆◆

 

 

 

 ——現代・『花冠世界』ウィンブルーデ

 

「えーと、つまりどういうことだ?」

 

 一連の話を聞いたラルフは、ゆっくりと噛み砕くように思考を整理した。理解が全部追いついていないのはイノリやストラも同様で、エトは情報を補足した。

 

「一緒に作ったってより、親友の馬鹿みたいな攻撃捌くために自然とこうなったって感じだな」

 

「「「親友さんが化け物すぎる」」」

 

 予想通りの三人の反応にエトが苦笑する。

 

「まあ、それは俺も同意する。実力だけなら今の俺でようやく追いつけたか?ってくらいだったからなあ」

 

 『護るための剣』、その原点は。

 自分の身を守るための苦肉の自衛策だった。

 

 懐かしむようにエトが目を細める。その表情は、イノリたちが見たことがないものだった。

 

「ねえ、エトくん。この話に出てきたアルスさんって、その……」

 

 イノリの控えめな質問にエトは首を縦に頷いた。

 

「ああ。ラドバネラの大氾濫(スタンピード)で死んだ。結局一回も勝てなかったから、アイツの完全な勝ち逃げだ」

 

 カラン、と。汗をかいたコップの中で氷が揺れる。

 いつのまにか、アイスティーは空っぽになっていた。

 

「……長居しすぎたな。そろそろお暇するか」

 

「そうですね。情報収集もぼちぼち始める必要がありますし」

 

 そう言って席を立ったエトとストラを追うようにラルフとイノリも立ち上がった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「……とんでもねえ置き土産だよな、アルス」

 

 エトは呟く。

 アルスが遺したものは、剣と、()()()()()()()()。そして、世界。

 

「たった一人でどでかいもの残していきやがって。……さて! 情報収集始めますかー!」

 

 少しだけ昔に戻ったようにやんちゃな声を上げて、エトは異界攻略のための情報集めに乗り出した。

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