【第一巻発売中】弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ)   作:銀髪卿

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土の中って暖かい byラルフ

 ——なにがどうしてこうなったのだろう。

 

 『花冠世界』のとある隠れ家のような酒場。

 入り組んだ路地裏のさらに奥、そこから普通では見落とすような壁に擬態した扉を潜り、階段を下った先の地下に店を構える「こんなふざけた立地でやる気あんのか」とマスターに聞きたくなるような僻地。

 

「そこでさ!? ウチのバカハルファが『望むところだハゲ頭ゴルァ!』なんて喧嘩にのるもんだから酒場巻き込んで大乱闘! 店の中ぐっちゃぐちゃにして、お陰で私たち全員二週間タダ働きよ!」

 

「そっちは謝ってるからまだマシじゃないっすか! クリスなんて悪びれずに『美しいレディを放って置けなかったのさ』って! ウチがいるのにあっさり美人局に引っかかって!」」

 

 狼人のハルファのパーティーメンバーである天使のチカ。そして、いつのまにか合流していた猫人のリンクス。こちらは青髪の人族クリスの仲間である。

 

 そして、イノリ。

 

 別々のパーティーの女三人、気づけば合流して酒場にいた。唯一未成年であるイノリはノンアルカクテルにストローをぶっ刺し、二人の愚痴を聞きながら遠い目をする。

 

「……なんでこうなったんだっけ」

 

 聴くに耐えない酔っ払いたちの愚痴から意識を外すように、イノリは意識を過去へと飛ばした。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 随分と長居してしまった大衆食堂を出た後、イノリたちは自然に四方に散らばった。

 ラルフが解散の音頭を取る。

 

「それじゃ、各人情報収集! 陽が落ちる頃に宿屋に集合!」

 

 いち早くストラが頷く。

 

「わたしは魔道具店を中心に回ってみようと思います。陳列されてる商品などから傾向を調べるつもりです」

 

 エトは振り返ることなく異界の方へと足を向ける。

 

「俺は軽く異界に潜ってくる。即興でパーティー組むつもりだから、心配しないでくれ」

 

 皆それぞれ迷わず進んでいく中、イノリだけは一人、三人の背中をその場で見送った。

 

「…………アルスさん、か」

 

 イノリの思考を支配するのは、エトラヴァルトの親友だった……否。今もなお、彼にとって唯一の親友であり続ける少女のこと。

 

「というかエトくん、剣技の由来殆ど話さなかったじゃん」

 

 蓋を開けてみれば、うん。あれは惚気以外の何者でもなかったとイノリは振り返る。見たことのない表情で楽しそうに過去を語るエトの姿が虹彩に焼きついている。

 

「話しても良いかって思ってくれるくらいには信頼してくれたってことなんだろうけど……」

 

 それは素直に嬉しかった。だが、同時に距離が生まれてしまったようなそんな感覚があった。

 

「うぬぬ。ストラちゃんは気に……なってないだろうなあ」

 

 全く気になっていないわけではないだろうが、おそらく彼女はその辺を割り切っているんだろうな、とイノリは勝手に合点した。

 

「ぬう〜〜!」

 

 一人悶える。

 

「あれ、イノリさんひとり?」

 

 そんな頭を抱えるイノリの真上から、金髪天使のチカが純白の羽を優雅に揺らしながら降りてきた。

 

「どうしたの? 今日はパーティーで異界の情報集めって言ってたわよね?」

 

「チカさん。そだよ、今は別行動中」

 

「効率重視ってわけね。にしてはイノリさん、そんな素振りは見えないけど……」

 

 首を傾げ羽を揺らすチカに、イノリは「あはは……」と曖昧な笑みを浮かべる。

 

「なんかちょっと……色々考えちゃって」

 

 濁した発言をするイノリ。

 

「なるほど。エトラヴァルトくんが関係しているわけね」

 

「——へっ!?」

 

 視線、声音、息遣い、肌の色……そんな些細な情報だけから、チカはイノリの憂鬱の理由をズバリ当ててみせた。

 

「ふっふっふ。私たち天使は他人の感情の機微に敏感なのよ。まあ、そんなものなくても今のイノリさんが『なんでわかったの!?』って驚いてるのは簡単にわかっちゃうけどね」

 

「ぬぅっ……」

 

「ね、何があったの? 失恋!? 別れちゃったの!?」

 

 瞳をキラキラさせながらパーティー崩壊の危機に直結するようなエグい推測を口走るチカに、イノリはぶんぶんと首を横に振った。

 

「ち、違う違う! 私とエトくんはそんな関係じゃないし! 私もそんな感情ないもん!」

 

「えー、そうなの?」

 

 不満そうに唇を尖らせるチカにイノリは重ねて「そうだよ!」と念押しする。

 

「でもなー。イノリさん、エトラヴァルトくんに向ける視線がどうにもしっとりしてるというか……ただの冒険仲間に向けるものじゃない気がしたんだけどなー?」

 

 納得いかないのか、チカはグイグイとイノリを問い詰める。

 

「そりゃあ死線を超えてきたら普通の友達よりは親しくなるわよ? けどさ、イノリさんのはそれよりもっと深いと言うか、重い? 感じがするのよねー?」

 

「重っ……!?」

 

「うーん。これは……」

 

 まじまじと正面からイノリの目を覗き込むチカ。

 気圧されるように肩を緊張させるイノリに対して、天使は「うん!」と頷きむんずと少女の右手を掴んだ。

 

「ち、チカさん?」

 

「よし!」

 

「なにがよしなの!?」

 

 そして勢いよくイノリの手を引き、ついでに近くを通りかかった猫人に声をかけた。

 

「リンクス!」

 

「ん? ああ、チカじゃん! どしたのー?」

 

「女子会しよー! 今から!」

 

「乗った!」

 

「えっ!?」

 

 イノリの意見をガン無視し速攻で女子会が決まる。当然、人選の中にはイノリも入っていた。強制参加である。

 

「詳しく聞かせてもらうわよ、イノリ!」

 

「あなたが噂の〈黒百合〉ね! ウチはリンクス、よろしく!」

 

「え、あちょ……私、情報収集が——」

 

「酒場でできるできる!」

 

「そうそう! 行こう行こう!」

 

 わけのわからない怒涛のハイテンションに押されるがまま、イノリは二人の先輩冒険者に引きずられるようにして女子会への参加が運命付けられた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 一方、異界に向かったエトラヴァルトは臨時パーティーを組んでいた。

 

「どうやら僕たちは惹かれ合う運命にあるようだね!」

 

「オイ! 俺たちで組んだらなんかこう……だめだろ!」

 

「ダメなことはないだろうけど……言わんとすることは分かる」

 

 青髪を大仰な動作で揺らすクリスに形容し難い表情で「うがー!」と唸るハルファ、そして「なぜこの面子に?」と首を傾げるエト。

 

 奇妙な縁で集まってしまった三人は「「「まあ、行くか」」」と割り切って異界の下見に出発した。

 

 

◆◆◆

 

 

 

 ——穴場(直喩)の酒場に集った女3人。

 イノリについて根掘り葉掘り聴くはずだったこの変則会合はしかし、普段のパーティーメンバーへの不満をぶちまける場になっていた。

 

「そりゃ、ハルファには感謝してるわよ? 私らみたいなはぐれものを受け入れてくれたわけだし、こうして居場所作って貰ったことに恩はあるけどさあ……!やっぱりアイツ短気すぎよ!」

 

 天使は、星全体を見渡しても珍しい種族である。

 というのも、天使は基本『覇天世界』以外の世界では絶滅した種族であり、天使の殆どは自世界から外に出ることがない。

 チカのように()()()()()()()()天使はごく稀である。とどのつまり、チカは爪弾きに、或いは自ら世界を出奔したのだ。

 

「お陰で最近は居心地いいけどさ。やっぱりもうちょっと怒り癖を無くして欲しいのよねー」

 

「ふうん……さて! 愚痴はこの辺にして、今日の本題といこうよ!」

 

 リンクスが縦長の瞳孔を肉食獣さながらに光らせグイッと顔をイノリに近づけた。

 

「イノリちゃんはズバリ! エトラヴァルト氏のことどう思ってるの!?」

 

「——うぐしゅ」

 

 リンクスの直球な質問にイノリは鼻からカクテルを吹き出した。

 音もなく颯爽と現れたマスターにお手拭きを貰って周辺を拭いたイノリはこまりながらも答えを返した。

 

「どうって、ただの冒険仲間だよ?」

 

 チカがにんまりと笑みを深めた。

 

「ダウトだよイノリ。私の勘がそれはあり得ないって言ってる。というか、同じベッドで寝れる相手をなんとも思ってないわけないでしょ!」

 

「ねえ待ってチカさんなんでそれ知ってるのねえ」

 

「ラルフくんだっけ? あの赤髪の子が教えてくれたよ?」

 

「ラルフくんの馬鹿ぁ〜!」

 

 この瞬間、ラルフが翌日の朝日を拝めないことが確定した。

 頭を抱えて唸るイノリにチカとリンクスがにやにやと笑いながら両脇を固め肩を触れ合わせた。

 

「ほらほら、早く吐いて楽になっちゃいなよ〜!」

「そうだぞ〜。言っちゃえば良いんだよ〜!」

 

「うなぁ〜〜〜〜〜〜!」

 

 ガン詰めされたイノリが許容量を超え、手近にあったドリンクを一気飲みした。

 

「あ待ってイノリ、それ私の——」

 

「〜〜〜〜〜ッ! エトくんのばーーーか!」

 

 ドンッ! とテーブルにグラスを叩きつけたイノリが思いきり叫んだ。

 

「やっぱり学生の頃からたらし込んでたじゃん! 絶対会長さんだけじゃないじゃん! というか! 親友が女の子だったなんて聞いてない!!」

 

「これは……」

「ウチら、やっちゃった?」

 

「私たちは剣技の由来知りたかったの! エトくんが昔堕としてた女のことを聞きたかったわけじゃないの!!」

 

 辺鄙な酒場でなければ確実に他の客に迷惑になっていること請け合いの大声でイノリが本音をぶちまける。

 

「私の知らない顔で! 私の知らないことばっかり! ずるい! そりゃ、私たちパーティー組んでまだ半年だよ? アルスさんの4年間に比べたらほんのちょっとだよ? けどさあ! もうちょっとさあ! 特徴的な思い出私にも欲しい! 異界踏破ばっかりじゃん! 記憶が灰色だよ! レゾナじゃクラス違ったし! 私もっとエトくんと同じ学園通いたかった! そういう思い出欲しかった!! うあ〜〜〜〜〜! 私にもエトくんの“記録”寄越せよぉ!」

 

 無茶苦茶な発言だ、とイノリの右側でリンクスがドン引きし、左側でチカが苦笑いを浮かべる。

 この時、二人の思考は当然の如く一致していた。すなわち、『この子、重たっ』である。

 

 

◆◆◆

 

 

 イノリという少女は、“繋がり”に飢えている。

 彼女の記憶にある繋がりは、今は離れ離れになってしまった兄と姉の二人。五年近く彼女を養ってくれた、今は亡き老夫婦二人。そして今、共に旅をするエト、ラルフ、ストラの三人だけである。

 

 血の繋がりを知らない彼女にとって、“繋がり”とは記憶だ。

 イノリという少女は『唯一無二の記憶』を強く特別視する傾向にある。ゆえにこそ、目指す高みが一致しているエトとの記憶を一層欲していた。

 

 イノリは自分を理解している。

 

 これは恋ではない。これは愛ではない。

 

 だが、横にいるだけでは足りないのだ。

 過去現在未来、あらゆる時間軸における繋がりが欲しい——そう思ってしまうのだ。

 

 だから羨ましい。妬ましい。

 記憶の全てを共有しているエトとアルスの関係性を、“ズルい”と思ってしまうのだ。

 

「……死んじゃった人に嫉妬するなんて、さ」

 

 アルコールに弱かったイノリは、好き放題叫んだ後その場で蹲るように寝てしまった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「「調子に乗ってすみませんでしたぁ!」」

 

「なんか最近ずっと謝られてるなあ」

 

 天使のチカと猫人のリンクスに土下座されながら、俺は妙にスッキリした顔のイノリを引き取り、おんぶする。

 

「ちなみに、この集まりはなんだったんだ?」

 

「「女子会」」

 

「こんな辺境でか……多様性だなあ」

 

 

 特に立ち話をする関係でもないため、その場で速やかに解散する。別れ際にもう一度謝られたが、彼女たちに悪意がないことは分かる。……が、それはそれとして

 

「イノリ、起きてるだろ」

 

「…………」

 

「意識がない人間ってのは重いんだよ。今のお前、羽みたいに軽い」

 

「……ごめんなさい、エトくん」

 

 申し訳なさそうな声に思わず笑いをこぼした。

 

「謝られる理由がねえよ。まあ、相手に悪意がなかったからよかったけど、次からは気をつけろよ」

 

「……ん、わかった」

 

 下ろす理由もないため、イノリをおんぶしたまま宿への帰り道を進む。少し、イノリから何やら話したそうな気配を感じて、俺は気づかれない程度に歩くペースを落とした。

 

「エトくんが、さ。金級を目指すのは……アルスさんのためなの?」

 

「……どうだろうな。原動力の一部なのは間違いない、けど」

 

 俺は一旦、言葉を区切る。

 

「学園がさ、楽しかったんだよ。最初は村に恩を返すための踏み台程度にしか思ってなかったのに、気づけば人がいて……本当に楽しかったんだ」

 

 戦争という別れがあった。全て円満に終われたわけじゃない。だけど、振り返るとつい笑みが溢れる馬鹿馬鹿しくて最高の日々。

 

「ずっと遺しておきたいんだ。いつか、全ての記憶と記録が風化して消え去っても、俺たちの日々は残り続ける。残滓は、必ずそこにある。死は命の終わりだけど、人の終わりじゃない。何かは必ず残るんだ。だから、俺は世界を守りたい」

 

 確信がある。

 財政難がどうだこうだ言ってるが、どうせその辺はフェレス卿がなんとかするんだろうって。だから、彼が見ているのは多分その先。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()が、そう遠くない未来にやってくる。

 

「アルスのためだけど、アルスのためじゃない。俺は、俺の“記憶”の全てを失わないために金級を目指してる」

 

「……そっか」

 

 それだけ呟いたイノリは、なぜか両手でぐにぐにと俺の肩を揉んだ。

 

「その記憶にさ、私たちって入ってる?」

 

「当然入ってるよ」

 

「………………」

 

 ポコ、ポコと。イノリが俺の頭をリズム良く叩く。

 

「イノリさん、痛いです」

 

「嘘つき。全然痛くないでしょエトくんなら」

 

「いや割とマジで痛い痛いリズム良く叩くなペース早い!」

 

 十一の異界を超えてきたことでそれなりに“魂”と肉体の出力が向上していることを理解していないイノリの容赦のない小突き(おそらく石を砕ける)の雨を受ける。

 

「ちょ、マジで加減してくれって!」

 

「うるさい! 全部エトくんが悪いんだ!」

 

「横暴! つかお前今日の情報成果は!?」

 

「なし! ぜろ! すっからかん!」

 

「誇るな!」

 

 

 なお、ラルフは美人局に引っかかりかけただけ、ストラは魔道具店の店主と仲良くなっただけだったので、今日の実質的成果は俺の体験談のみであった。

 

 当然、明日以降の単独行動は俺の強権で禁止。翌朝、何故かラルフが空き地で上半身を土にめり込ませ根菜類の真似事をしていた。

 

 

 同時に、『大輪祭』の開催が決定——勝負は、十日後に決まった。

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