【第一巻発売中】弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ)   作:銀髪卿

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裏切りの刃

 翌日、俺たちは懲りることなく異界に潜っていた。

 というのも、今更『大輪祭』に出ないという選択肢はなく、そもそもうだうだと悩んでいても問題が解決するわけでもない。

 残された選択肢は、「体動かしてたら気分も晴れるだろ!」という思考から異界で魔物を斬り刻むことただ一つだった。

 

 

「いくぞラルフっ!」

 

 バーバリアンの群れの後方へ狙いを定め、ラルフの左足首をがっちりと掴む。

 

「待て待て待てマジでやる気じゃ」

 

「挟み撃ちだ!」

 

「——話を聞けぇえええええええええ!!」

 

 大絶叫を無視して放り投げ、前と後ろ、無理やり挟み込む。味方を躊躇なくぶん投げた俺の行動にバーバリアンが困惑し露骨に動きが鈍った。

 知能の高い魔物はある程度こちらの動きを予測してくる。逆に言えば、こっちがトンチキなことをしでかせばそれだけである程度相手の思考を縛ることができるのだ。

 

「どうした蛮族! 足が止まってるぞ!」

 

 ストラの生み出した風の護りが俺の体を包み、異界の熱気を軽減する。それだけで動きやすさは段違いで、昨日は怠く思えたバーバリアンたちの棍棒を用いた連携を軽々と捌き首を刎ねた。

 

「新作戦全部クソじゃねえか! 没だ没! 俺は断固抗議するぞ!!」

 

 後方からラルフの怒りの声が聞こえる。怒りに任せた大振り——ではなく、短く持った大戦斧と直剣による歪な二刀流が小さな嵐を齎していた。

 理性的に暴れるラルフによって血飛沫が上がり、生き残りの数頭が堪らず撤退を選択する。

 

「逃しません!」

 

「仲間は呼ばせないよ!」

 

 そこにストラとイノリの容赦ない追撃が炸裂し、数十のバーバリアンは瞬く間に全滅した。

 

「俺は結構いいと思うけどなあ、ラルフ囮作戦」

 

「作戦名からもう碌でもねえじゃねえか!」

 

「でもいい囮でしたし、実際有効でしたよ?」

 

「だからってやっていいことと悪いことがあるだろ!」

 

 本人がノーを突きつけたため、やむなくこの作戦はお蔵入りである。

 実際問題、ラルフの闘気は防御偏重。火力も“青炎”によって補える以上、囮としてこの上なく有能なのだが……まあ、囮以外にも役割はいくらでもある。

 

「そろそろ日が傾く頃だけどどうする? イノリ」

 

 俺の体内時計では現在時刻は16時。異界内では日没は関係ないが、そろそろ戻らないと地上に辿り着く頃には空腹が心配な時刻だった。

 

「うーん。もう少し試したいところなんだけどなあ。ほら、明日が()()()でしょ?」

 

「そういえば、大輪祭前に一度異界主を討伐するんでしたね」

 

 『大輪祭』は俺たち冒険者にとって実力を証明する場であると同時に、多くの民衆にとっての娯楽という側面を持つ。その性質上、しっかり異界主を討伐しておかないと安全性をアピールできないのだ。

 そのため、大会一週間前に異界主を討伐し、再出現のタイミングを調整する。そのため明後日以降は大会当日まで異界への入場は禁止される。

 

 イノリが言う最終日というのは、本番までに連携を試すためのチャンスが明日しかない、というものだ。

 

「イノリちゃんの気持ちもわかるけど、ここは帰ろうぜ? 多分……つか間違いなく、エトとイノリちゃんいつもより疲れてるぞ?」

 

「そうかな? 私は全然……」

「俺もまだ余裕あるけど……」

 

「いいや嘘だね。二人、呼吸が荒いぞ。飛ばしすぎだ」

 

 言われて、俺は胸に手を当てる。ラルフの指摘通り、いつもより息が上がっていた。

 

「『湖畔世界』の一件は間違いなく尾を引いてる。今日は大人しく退いて明日に備えるべきだ。つか、する。最悪引きずってでも今日は帰るぞ」

 

 断固とした態度でラルフはそう宣言した。ストラもラルフ寄りの意見らしく、強い目力で俺に帰還を促していた。

 

「……わかった帰ろう。イノリもそれでいいか?」

 

「……うん。わかった」

 

 やや不満そうではあったがイノリも頷き、俺たちは帰還を選択。十回ほど会敵を経て、地上に帰還した。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「……帰宅早々、ご飯も食べずにここに来るなんて。よっぽど私に会いたかった?……なんて、冗談冗談。それどころじゃないよね」

 

 (ページ)舞う空間で俺はシャロンと向き合う。俺の目的を、シャロンは聞くまでもなく理解していた。

 

「『湖畔世界』の一件、だよね?」

 

「ああ。疑問を解消しておきたい」

 

 時は解決してくれない。俺は早急にこの違和感を解消すべきだと判断し、あの場にいた当事者であり第三者でもあるシャロンに協力を仰いだ。

 

「うん。それじゃ早速……といきたいんだけど」

 

 シャロンは申し訳なさそうに眉尻を下げた。

 

「私の生前って冒険者とは全く縁がなかったから、異界の穿孔度(スケール)?とか全然わからないんだよね。危険度とか言われてもちんぷんかんぷん!」

 

「マジか……いや、薄々そうなんじゃないかとは思ってたけどさ」

 

 『魔剣世界』で対話して以降、断片的に流れてくるシャロンの記憶の数々。その中には異界や魔物に関する知識はあれど、『冒険者』に関わっていたような記憶は皆無だった。

 予想はしてたが、これでは……

 

「エト、今『使えねー』って思ったでしょ?」

 

「……そこまでは思ってねえよ。当てが外れたなってくらいだ」

 

「むっ!? 確かに君が期待するほどの知識はないけど、これでも多少は役に立つと思うよ? まず、君が不安視しているのは“催眠攻撃”のことじゃないでしょ?」

 

 頷く。

 認識の齟齬について、俺は一つの結論を出した。

 俺たちはなんらかの精神攻撃……催眠的な何かを受けていたと。

 そういう魔道具の存在は何度か聞いたことがあるし、規模はちょっと洒落にならないが、可能性は十分にある。

 

 俺の知識は間違っていなかった。しかし、そうと知りながら穿孔度(スケール)を誤認していた。これはもう、「思い込み」をするように仕向けられていたと考えるのが自然だ。

 

「ああ。俺が疑問に思ってるのはグルートたちのことだ」

 

 なぜ、彼らが異界内部で足踏みをしていたのか。挙句死者まで出した——()()()()()()()()()()()

 

「エトはそこの検証がしたいんだね。……と言うより太鼓判が欲しいのかな?」

 

 間髪入れずに頷いた俺にシャロンが不敵な笑みを向ける。

 

「生意気だね。私を答え合わせに使うだなんて」

 

「……なんか、その言い方くーちゃんみたいだな」

 

「え、嘘!?」

 

「いやほんと。ツインテールと言い、金眼といい、割と共通点多いから結構それっぽかったぞ」

 

 もう三ヶ月ちょっと前か。懐かしいなあ、なんて感傷に浸っていたら、シャロンが頭を抱えて「嫌だー!」と割と本気で嫌がった。

 そこまで嫌がられるとは、哀れくーちゃん。

 

「そこまで嫌なのか……」

 

「当然! あんな正真正銘の化け物と同じにされるのはごめんだよ!」

 

 生前のシャロンも分類的には割と化け物な部類に入ると思うのだが……そんな彼女にすら化け物と呼ばれるのかくーちゃんは。

 

「一体どんだけ……いや、違う違う。本題ここじゃねえよ」

 

 議論を元に戻し、俺は真剣な表情でシャロンの金眼を見つめ返す。

 

「俺はあの調査隊の中に()()()()がいたと思ってる。死者に数えられている銀三級のうちの誰かが、なんらかの認識阻害・催眠を用いてグルートたちを足止めしていたんじゃないかって」

 

 しばしの静寂。俺の考えを受けたシャロンは、たっぷり時間を使ってから頷いた。

 

「——うん。その考えは合ってるんじゃないかな。というか、それ以外考えられないと思う」

 

 シャロンからのお墨付き。俺は頭を抱えた。

 

「マジかあ……!」

 

「君と認識を共有してる私と……あとエルレンシアも同じ結論に達してる。大問題だね」

 

 本当に、超大問題だ。

 

「なんでそんなことを……観光業を生業にする別世界からの刺客とかか?」

 

「あり得そうな線だけど、字面と現実のギャップが酷いね」

 

 大氾濫(スタンピード)に加担する——これは一つの世界に留まる問題ではなく、人類全体への裏切り行為に他ならない。

 なにせ、大氾濫(スタンピード)には限りがない。誰かが止めない限り終わらない厄災を、あろうことかその被害が拡大するように仕向けるなんて前代未聞だ。

 

「けどなあ……銀一級が危険度5に手間取るはずないもんなあ」

 

 今の俺たちですら、危険度5は個々人の実力で倒せるのだ。

 危険度6からはちょっと段違いに強く、悪辣になるため一概に「いける」と断言はできない。が、それなりに善戦はできるだろうし、《英雄叙事(オラトリオ)》を解放すれば単独討伐も可能だろう。

 

 要するに、裏切り・同士討ちのようななにかがなければ今回の事象には説明がつかないのだ。

 

「まあ、俺の全く知らない特異な力が働いた可能性もあるんだが——」

 

「そこで思考を止めちゃダメだよ、エト」

 

 シャロンが強く窘めた。

 

「確かに君の言うとおり未知は多い。でも、『どうせわからないから』で諦めたらただの思考停止だよ。……まあ、君は言うまでもなく知ってるけどね」

 

「そーだな。わからないなりに考えてみるよ。それじゃそろそろ起きる。ありがとな、シャロン」

 

「またおいで。今度はお土産期待してるよ」

 

「どうやって持ってくるんだ……?」

 

 ひらひらと右手を振って別れを告げるシャロンにこちらも手を振りかえし、俺は意識を浮上させた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 ところ変わって、『花冠世界』ウィンブルーデ第二都市・リガーデの繁華街。

 エトラヴァルトたちが宿泊している宿とは、都市中心の異界入場口を挟んでちょうど対極の南側に位置するここに、イノリは一人足を踏み入れていた。

 

 ——『ちょっと今からシャロンと話してくる。悪いけど、飯は先に食べていてくれ』

 

 そう言って僅か三秒で眠りについたエトを見届けた後、イノリ、ラルフ、ストラの三人は「一昨日調査できなかった負債を返そう!」と意気込みそれぞれが当たりをつけた場所に別れて夜の街に繰り出したのだ。

 

「ギラギラしてるなあ……全然雰囲気違う」

 

 ネオンの光が大通りをゆく現地住民や冒険者たちを分け隔てなく照らす。その雑踏に紛れながら、イノリはバケツサイズの容器に山盛り入った唐揚げをひょいひょいと口に運びながら周囲を見回す。

 

「聞き込みってどうやればいいんだろ……唐揚げを代価に? いやいや、桃太郎じゃないんだし」

 

 それなりに小柄なイノリがバクバクと唐揚げを胃に流し込む光景は否応なく周囲の人間の目を引く。同業の冒険者すらギョッと驚くような健啖家ぶりを発揮するイノリは周囲の目を気にすることなく、どうやって異界の情報を集めようかと真面目に考えていた。

 

「うーん。エトくんやラルフくんにやり方聞くべきだったなー」

 

 ぶっちゃけた話、イノリは他者とのコミュニケーションが苦手だ。故にエト相手にスッと話しかけられたことはイノリ自身も意外だったのだ。

 

「どことなく兄ぃに似てるからかな……うぎぎ」

 

 人たらしなところとかそっくりだ、と彼の思い出語りを思い出し、無意識に手に力が入った。

 

「——あっ!」

 

 グシャッ!っと容器が音を立てて潰れ、唐揚げが宙を舞う。

 イノリは反射的に時間魔法を発動——世界の時間から取り残された唐揚げを容器の中に再収容し「ふう」とひと息ついた。

 

「あの……」

 

「なんか最近やたら食べる量が増えた気がする……はっ! もしかしてこれ成長期!?」

 

 真下を見下ろし、全く視界に引っかからない悲しき平原を虚な瞳で眺める。

 

「ちょっと……」

 

「お(ねえ)までとはいかなくても、せめてニブンノイチお(ねえ)くらいには……!」

 

「——ちょっといいかな?」

 

「はいっ?」

 

 背後からの声にキョドりながら振り返る。

 目があったのは、同じ冒険者らしい女性。その背後に男二人、全員首に銀の登録証を下げていた。

 

「あ、やっと気づいた……って、え!? その量一人で!?」

 

「やっぱり多いかな?」

 

「いや、うーんどうだろ……じゃなくて! あなた〈黒百合〉よね?」

 

 女性冒険者に異名で呼ばれたイノリは、なんとも気恥ずかしく、同時に優越感を感じて口元をモニョらせた。

 

「ま、まあ? そう呼ばれたこともあ、あるかなー?」

 

 ここにエトラヴァルトたちがいたら「なんかキャラブレてね?」と突っ込まれること請け合いの反応に、イノリに声をかけた冒険者たちは「褒められ慣れてないのかな?」と疑問符を浮かべた。

 

「なあ、少しいいか? アンタに聞きたいことがあるんだ」

 

 しかし一転、真面目な調子でそう聞いてきた男性冒険者に、イノリもまたつられるように表情を引き締めた。

 

「うん。いいけど……ここじゃダメ?」

 

「あまり他人には聞かれたくねえ。って言ってもアンタは不安だろうから、少しだけ端に寄るだけでいい。頼めるか?」

 

 紳士的対応を意識する男にイノリは二つ返事で頷き、四人は大通りから少しだけ逸れた脇道の入り口で向き合った。

 

「いきなり悪いな。どうしても確認したいことがあったんだ。アンタ、『悠久世界』の異界に……穿孔度(スケール)3、『不知火鳴骨』に行ったことはあるか?」

 

「『悠久世界』に? ううん、行ったことないよ。なんでそんなことを?」

 

「ああ、いや……そうだな。そこでアンタに似た人に会ったっつうか見かけたっつうか……すまん! 人違いだった!」

 

 ガバッと勢いよく男が頭を下げ、イノリがギョッと目を見開いて驚いた。

 

「いきなりで悪かった! 後ろ姿見かけて気になっちまったんだ!」

 

「え、ええっと……私は全然大丈夫だけど」

 

 烈火の勢いで謝る男にイノリはどうすべきか視線を彷徨わせ、とりあえず唐揚げを差し出した。

 

「……食べる?」

 

「…………一つ、いただこう」

 

「「貰うのかよ」」

 

 仲間二人に突っ込まれた男は、バツが悪そうに目を背けた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 モリモリと唐揚げを胃に納めながら去っていくイノリの後ろ姿を見送りながら、男は極めて静かな声を発した。

 

「やっぱ、本人だよな?」

「だいぶ成長してたけど、間違いねえ」

「別人ってことは……ないと思うわ」

 

 男の手には、一枚の写真の切れ端が握られていた。

 三人並んだ写真。しかし、両脇の誰かは破れ、或いは焼けこげ顔が確認できず。しかし唯一、真ん中に陣取る黒髪の少女だけははっきりと認識できた。

 

 その少女は、イノリと瓜二つの顔をしていた。

 

「写真、だよな?」

 

 現像された一枚のボロボロの写真。

 

「異界に落ちてたって言うべきだったかな……?」

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