【第一巻発売中】弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ)   作:銀髪卿

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『大輪祭』① 馬鹿と変態は両立する

『——さあやって参りました! 今回は三年ぶりの開催となった『大輪祭』!開催の音頭などありません! 今日、目が覚めたその瞬間が、皆さんの祭りの始まりなのですから!!』

 

 早朝から拡声器に乗ってハイテンションな声が第二都市リガーデに拡散する。

 現地住民、冒険者、観光客問わず、誰もが始まった祭りに胸躍らせる。日が登って間もない時間から既に始まっています祭り、お天道様が高く高く登るほどにその熱気をにわかに高めていく。

 

『『大輪祭』のメインイベントの開催は十四時を予定しています! みなさん、昼食を取ってどっしり構えるのも自由! 食べ歩きを楽しみながらのんびり見るのも自由! 参加資格さえあれば飛び入りでの参加も受け付けていますよ〜! ガンガン盛り上げてこうぜ〜〜!!』

 

 都市のそこかしこで雄叫びのような歓声が上がり、『大輪祭』は好調の滑り出しを見せた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 そんな盛り上がる外を他所に、俺はギルド併設の酒場で吐きそうになっているイノリとラルフの背をなでていた。

 

「ひ、ひとがあんなに……も、もっと増えるの? ううそでしょ? お、オエッ——」

 

「き、緊張が……ゆ、有名になると思うと心臓が千切れ飛ぶ……中身出る…………うるぇっ」

 

「自分の妄想に負けるなよ」

 

「小心者なのか豪胆なのかハッキリさせてください」

 

 俺たち大会出場者の最終エントリーは十三時。まだ時間があるにも関わらず、二人は既にプレッシャーにやられていた。いや、一人は自業自得というか「知るか馬鹿」という話なんだが。

 

「落ち着けイノリー。大氾濫(スタンピード)の時と比べてみろ。聴衆全員人類なだけましだぞー」

 

「エトくん、慰め方下手っぴ……」

 

「んなこと言われてもな……全員ジャガイモだと思えとか言ったほうがいいか?」

 

「た、玉ねぎの方がいい……」

 

「さてはお前結構余裕あるな?」

 

 軽口を叩ける時点でイノリは大丈夫だろう。遅かれ早かれ、本番までには回復してる。問題は……

 

「お前はなんで勝手に潰れてるかな……」

 

「だ、だってよう……いざとなると身構えちまうんだよう」

 

「ったく……情けない声しやがって」

 

 前提というか、目標というか。

 ラルフは冒険者として有名になりハーレムを築くことを目指している。つまり、彼の原動力の全てはここにあり、ハーレム以前に『モテたい』のだ、この男は。

 

 なるほど確かに、そういう意味ではこの大会はファンを獲得するための絶好の機会である。そして、今まで美人局にすら逃げられるという女性とは全くの無縁だったラルフにとっては、たとえ「なるかもしれない」という可能性であっても未知の領域。

 期待と緊張でこうなってしまうのは仕方のないことかもしれない。

 

「にしても困ったな」

 

 下手すれば、イノリよりラルフの方がよっぽど重傷だ。どうにかして本番までに立ち直らさせなければならないが……どうしたものか。

 

「ストラ、なんか良い案ないか?」

 

「……一つ。賭けではありますが、ないこともありません。ただ……」

 

「ただ?」

 

 ストラは思いきり言い淀み、俺を気遣うような視線を送ってきた。少女は意を決したように息を吸い込み、非常に申し訳なさそうに言葉を発した。

 

「……ただ、エト様に多大な心労をかけてしまうやり方です」

 

「オーケー理解した」

 

 俺は全てを理解した。つまりはアレだ。無理やり()()()()()のだ。

 パーティーのための選択肢ということを強く理解した上で言おう。

 

「嫌だぁ…………っ!」

 

「エト様、そこをなんとか」

 

「やだやだやだぁ……!」

 

「幼児退行しないでください。エト様にまで折れられてしまってはわたし一人ではどうしようもできません」

 

「いやだぁ! 戦いのためなら断腸の思いで変身するけど、コイツの免疫つけるためだけの性転換とか絶対ヤダァ!!」

 

「普段の変身も断腸の思いだったんですね……」

 

 当然である。『魔剣世界』では必要だからしていたが、アレだけ長時間変身していると本当に心がシャロンに寄っていってしまう。『対話』という手段を得た今、わざわざ普段から性転換する必要などどこにもないのだ。

 ましてや男のために性転換するなど……!

 

「俺は絶対に嫌だぞ!!」

 

 断固として動かないで決意を固めた俺は腕を組み徹底抗戦の意思を示した。

 

「……仕方ありません。奥の手です」

 

 対するストラは、「この手は使いたくありませんでしたが」と呟き俺にグッと詰め寄った。

 

「エト様。ここで優勝しないと路銀に不安が生まれます。それだけではありません。これは好機です」

 

「好機……?」

 

「はい。この『大輪祭』で優勝し銀三級に昇格すれば、『現状の銀三級クラスの実力者たちの一歩先を行く』という評価を得ることができます。しかも、遠隔放映によってこの『大輪祭』はウィンブルーデ全域、及びアラハバキの一部地域でも観測されます。つまり、エト様の目標である『名を挙げる』のにこれ以上ない好機なんです」

 

「それは……確かに」

 

 ストラの言うことはもっともだ。だが、そんなことは俺も理解している。俺が危惧しているのは、同時に俺の生態が知れ渡る可能性だ。というか、本気で勝ちに行く以上“完全解放”を使わないという選択肢はなく、確実に俺の意味わからん力が世間の目に言い訳のできないレベルで認知されてしまう。

 

 その心労がすでにあるにも関わらず……いや、無理だろうやっぱり。俺にはできない、やりたくない!

 

「エト様のお気持ちはわかります。ですがここは涙を飲んで変身してください。優勝のため、イノリの家族を見つけるという目的のため、そして何より……、はい。エト様のご親友のために」

 

「……………………それは、反則だろ」

 

 俺は頭を抱えた。

 ストラは覚悟を決めた顔で頷いた。

 

「卑怯な手とは理解しています。ですがどうか」

 

「ぐぬぬ……うぐぐぐぐ……ぬおお、ぎぬぇあああああ

ああああ——!!?」

 

 苦しみ抜いた果てに、俺は本を手に取った。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 この日、ハルファたちは珍しく寝坊したチカを待っていたために祭りに参加するのが1時間ほど遅れていた。

 

「にしてもチカが寝坊ってのは珍しいな! いつもは大体俺なのによ!」

 

 ハルファの呑気な声にグロンゾが苦言を呈する。

 

「おめえよう、自覚あんならちゃんと治せってんだ。ま、珍しいのは事実だわな。どうした、祭りが楽しみすぎて眠れなかったのか?」

 

「馬鹿ハルファと一緒にしないでよ! たまたま疲れが溜まってただけよ! ヴィトウはわかるわよね?」

 

「僕はショートスリーパーだから、あんまり寝坊とかは……」

 

「そこは同意しときなさいよ!」

 

 ふわりと羽を揺らし飛び上がったたチカがヴィトウの巨体にローキックを叩き込む。が、5Mを超える巨人はびくともしなかった。

 ヴィトウの巨体は祭り中であっても自然と目を惹く。道ゆく人皆々から視線を集めるヴィトウは、「上着着てくればよかったな」と上裸の自分を見下ろして呟いた。

 

「気にすんなヴィトウ! どうせ大会本番じゃ今の数十倍の視線に晒されんだから今のうちに慣れとけ慣れとけ!」

 

「おめえなあ…….」

 

 ハルファの暴論にため息をつくグロンゾ。だが、ヴィトウ本人は存外その意見に肯定的だった。

 

「確かに……今更気にしてられませんね」

 

「だろ? ま、とりあえずギルド入ってひと息つこうぜ!」

 

 入り口を壊さないように慎重に入る。彼らの視線は、当然のように酒場の一画に集う四人の冒険者たちを捉えた。

 

「あ、イノリたちだ! やっほー!」

 

 一目散に近づくチカに倣って、グロンゾ、ヴィトウ、ハルファも合流する。

 

「なんか随分とグロッキーじゃねえの……うん? 見覚えのねえ嬢ちゃんがいるな」

 

「本当ですね。お知り合いですか?」

 

「またちっこい……白いな。つかエトラヴァルトはどこ行った?」

 

 背筋を正し「おはようございます」と律儀に礼をするストラの横には、緊張からダウンしているイノリとラルフが机に突っ伏していた。

 その横。ハルファたちの視線は、見覚えのない少女に向いた。

 

 虚な金色の瞳でぽけ〜っと見つめる白髪ツインテールの少女。イノリと二人でラルフを挟むような形で座る彼女の首には、銀の登録証が下げられていた。

 

「銀級なのね。貴女も大会に参加するの?」

 

 チカの言葉に、少女がハッとしたように肩を震わせた。

 

「……んっ? ああ、ハルファたちか。遅かったな」

 

「「「「はっ?」」」」

 

 初対面にも関わらず距離感が近い……と言うより馴れ馴れしい態度の少女に四人はかなり面食らった。

 

「誰か寝坊したのか?」

 

「あ、ああ。チカが珍しく、な……」

 

 距離感が友達に対するソレな白髪少女にハルファがしどろもどろに答えた。

 記憶を精査してもやはり覚えのない相手にグロンゾが問う。

 

「悪い、俺たちゃお前さんにこれっぽっちも覚えがねえんだが……何処かで会ったか?」

 

「いや、何処かもなにもついこの間……あっ」

 

 何かに気がついたらしい少女は、途端に瞳から光を消した。その姿をストラが憐れみと謝罪の意を内包した瞳で眺める。

 

「俺……こういう者です」

 

 白髪少女は名刺を差し出すようにして首から外した登録証を四人に見せた。

 代表してハルファが覗き込む。

 

「なになに……えー、エトラ、ヴァルト。へえ、エトラヴァルトって名まえ、……………………は?」

 

 絶句だった。

 ハルファが覗き込んだ姿勢で硬直しその後ろからチカ、グロンゾ、ヴィトウ、そして何故かいつの間にか混ざっていたクリスが覗き込み、同様に絶句し固まった。

 

『………………はぁあああああぁああぁあああああああああああああ!!?』

 

 ギルド職員が飛び上がって様子を確認しに来るほどの大絶叫だったという。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 シャロンの姿になった俺を、ハルファたちは珍獣を見るような視線でまじまじと観察する。

 

「女になるって噂はマジだったのか……」

「変身魔法……とかじゃないわね。魔力の気配が一切ない。これどうなってるの?」

 

 頬をツンツンしたり金色の瞳を覗き込むハルファとチカの後ろでクリスが青髪を揺らして腹を抱えて笑う。

 

「ハハッ! 随分と可愛らしくなったじゃないか“トラ氏”!」

 

 クリスの発した特徴的な略称にグロンゾが片眉を上げる。

 

「クリス、なんだおめえ、そのよくわからねえ略し方は」

 

「うちのリンクスが言い出したんだよ」

 

「猫科視点すぎるだろ……にしても、まあ随分と“ヤバく”なってんな」

 

「……一応、本気出す時は性転換しなくちゃならんからな」

 

『難儀な身体だなあ』

 

 全くもってその通り。まあ、今は本気を出すためと言うより『本気を出させるため』なんだが。

 

「で、今はなんで変わってんだ? 女として大会に出んのか?」

 

 首を傾げるハルファの発言を否定する。

 

「いや、男として出るよ……少なくとも最初は。今は横の馬鹿の免疫つけるために仕方なく、な」

 

 死に体のラルフを憐れんだ目で見たクリスが、数日前に異界に潜った時の話を振り返った。

 

「なんだっけ。彼は確かハーレムが作りたいんだっけ?」

 

 チカの視線が絶対零度になった。

 

「そう。もっと言うとただモテたいだけ。コイツ美人局にすら逃げられるんだよ」

 

 チカの視線が哀れみを多分に含んだものに変わった。

 

『前世でどんな業を背負ったんだ……?』

 

 全員から同情されたラルフは『うえっ』とえづいた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「騒がせちゃって……うっぷ。本当に、ごめんね……うるぇっ」

 

「胃が痛え……頭も痛え……心が痛えよう…………」

 

 最終エントリーを済ませ控え室(各パーティー毎)に案内されてなお、イノリとラルフの体調が万全になることはなかった。

 

「こんな調子で大丈夫かなあ……」

 

 時間が経って多少の改善はあったが、普段の調子とは程遠い。

 

「腹を括るしかありません。最悪、魔物の殺気に当てられて復活すると思います」

 

「なるべく危険な橋は渡りたくねえんだが……そこは仕方ないか」

 

 最終手段として、俺がシャロンになって全員抱えて突っ走ることも視野に入れるべきかもしれない。

 

 もうまもなく、選手入場の時間だ。

 

『——イノリ様、エトラヴァルト様、ラルフ様、ストラ様。ご入場お願いします』

 

「呼ばれちまったな。行くぞ!」

「はい。行きましょう」

「が、頑張る……!」

「これはモテるためモテるためモテるため……!」

 

 不安しかない現状を抱え控え室を出る。

 既に熱気は最高潮に達している。おそらくクリスたちが大いに盛り上げてくれたのだろう……余計なことを。

 

『——さあ次のパーティーを紹介だ! 半年前、大氾濫(スタンピード)でその名を轟かせ、彗星の如く第四大陸を北上する新星たち! 下馬評では今回大会の優勝候補筆頭!! それではご入場頂こう! “ラルフと愉快な仲間たち”〜〜〜〜!!』

 

 

「「お前とんでもねえ名前で登録しやがったな!!?」」

 

 俺とストラ迫真のマジギレにラルフが頭を下げた——やめろ、今頭下げたら吐くだろお前。

 

「ウプッ……面目ねえ」

 

「ここまでして主役になろうとしてんのになんで肝心の本人が緊張でダウンしてんだよ!!」

 

「というか、完全にこの登録名で無駄にプレッシャーかけてますね。この男馬鹿すぎませんか?」

 

「は、吐きそう……」

 

「あーもー行くぞ二人とも!」

 

 遅々として歩みの進まないイノリとラルフの背を押して壇上を登った。

 

 ——瞬間、怒号のような歓声が俺たちを迎え、迸る熱気に全身の産毛が逆立った。

 

「ひっ……人、多すぎ……!」

 

 そして緊張がピークに達したイノリが限界を迎え、堪えきれなくなった彼女はその場に膝をついて盛大に嘔吐した。

 

「+*#¥×$¥€<〆☆♪〒々*::€:¥→=%・〆☆」

 

「………………」

 

 俺は静かに目を覆って天を仰いだ。

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