【第一巻発売中】弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ)   作:銀髪卿

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大輪祭③ 挑戦権

 ——攻略開始から四時間が経過した。

 

 全6パーティー、それぞれが中層に差し掛かったことで魔物の密度が増加。これにより序盤の力押しが効かなくなり、攻略速度は開始直後に比べて停滞気味になっていた。

 

 

 その様子を、個室に備え付けられたモニターから観戦する男——金五級冒険者、〈落陽〉のヴァジラはつまらなさそうに眺めていた。

 

「慎重派ばっかじゃねえか、ったく……もっと観客のこと考えやがれってんだ」

 

 濃い紫と黒の入り混じる長髪に櫛を入れながら舌打ちをする吸血鬼(ヴァジラ)の人相の悪さに、パーティーメンバーの人族、アリアンが苦言を呈す。

 

「何言ってんのよヴァジラ。そうやって無茶やらかされて困るのはアタシらじゃない! 三年前、()()()()()()()()()()()()()、先輩たちがどんだけ苦労してたか覚えてるでしょ!?」

 

「キーキーうっせえなあ。わかってらぁんなこと!」

 

 三年前に開催された『大輪祭』の出場パーティーは、今年と同じ6。優勝を掴み取ったのはヴァジラたちで、同時に4つのパーティーが()()という終わり方をした。

 

「落ちたのはソイツらの実力がなかっただけだろうが。現に銀一級に上がれてねえどころか、引退した奴らだって少なくねえ」

 

 三年前の出来事であるにも関わらず、自分たちと競った相手の動向をきちんと把握しているヴァジラの粗暴な言動に反するような()()な性格にアリアンが苦笑する。

 

「……まあ、ね。最も穿孔度(スケール)5に近いって言われてても、『庭園』は穿孔度(スケール)4だものね」

 

「この程度、日帰りで攻略してくるような奴らじゃなきゃ面白くもなんともねえな」

 

 この程度の異界を軽々と越えられるようでなければ、上に上り詰めることは到底できない。アリアンもそこには強く同意していた。

 

「——えぇ、でもぉ。冒険者ってぇ、世間的には銀二級で成功者の部類なんですよぉ?」

 

 ヴァジラの正面のソファを占有して寝転がる小人の少女、ピルリルが欠伸を噛み殺しながらそう言った。

 

「何が言いてえんだよお前は」

 

 苛立ちを孕むヴァジラの詰問に、ピルリルは伸びた前髪の奥で瞳を濁らせて力無く笑う。

 

「銀二級より上に上がってくる人はぁ、早々いないってことですよぅ。ヴァジラは期待しすぎだよぉ」

 

「……チッ」

 

 ピルリルの発言には一定の信頼に足る情報の裏打ちがある。

 『銀三級の壁』という単語が広く知られていることからわかるように、銀四級と三級の間には大きく隔たりがある。

 では、銀三級と二級の間の隔たりは小さいのか? 答えは否である。むしろ、その隔たりは大きくなる一方だ。

 

 ほとんどの冒険者が銀四級で一度足踏みをすることからそこに『壁』が生まれただけであり、それより先にはより過酷な道が待ち受けている。

 

「いるんだよねぇ、自分の実力を勘違いしちゃうやつ。三級と二級の間には埋められない差があるし、二級と一級の間には差なんて言葉が使えないほど馬鹿馬鹿しい“格の違い”があるのにさぁ」

 

 銀二級のピルリルは、銀一級のアリアンを見て恨めしそうに呟いた。

 

「壁を一個越えたくらいで二流になれるだなんて、烏滸がましいよねぇ」

 

「——そこまでだピルリル。泣き言は俺のパーティーには要らねえぞ」

 

 ヴァジラのキツい言葉にピルリルが眉を下げた。

 

「……はぁい。ごめんねヴァジラ」

 

 ピリつく個室に、時計の秒針が刻む音だけが響く。

 全員が視線を手元に落としていると、そこに香り高い紅茶の注がれたティーカップが置かれた。

 

「皆さん、慣れない仕事だからと緊張しすぎですよ。これでも飲んで落ち着いてください」

 

「カイエか。俺は緊張なんて——」

 

「嘘はいけませんよヴァジラ」

 

 カイエと呼ばれた痩身の人族の男は、三人の手元にミルクとティースプーンを配膳しながら微笑む。

 

「今回の仕事は言わば人命救助。()()()()()()()()()()()と違って、有望株を生かすのが君たちの仕事……君の責任感が強いことを、僕は知っていますからね」

 

「わかった気になってんじゃねえよ、召使い風情が」

 

「そんな召使いをわざわざ拾い上げてくれた君を知っているんですよ」

 

「……チッ。口だけは達者になりやがって」

 

 ヴァジラは不機嫌そうに紅茶を口に含んだ。

 

「……。悪くねえ」

 

「それは何よりです。それより、モニターを。君の言う“面白い”人材足り得る者かもしれませんよ?」

 

 カイエの言葉に従うまま、三人はモニターに視線を移した。

 そこには白髪のツインテールを風に揺らし、三人の冒険者を抱えて爆走する少女の姿があった。

 ヴァジラの眉間に皺が寄る。

 

「……誰だアレ? あんなの参加者名簿にいたか?」

 

「いませんでした。いえ……いないと言うのは少々語弊がありますね」

 

 カイエはヴァジラから「お前が持っとけ。俺はもう覚えた」と投げ渡された出場者名簿をめくり、机の上に置いた。

 

「彼女の名はエトラヴァルト。ほんの先ほどまで、彼は男でした」

 

「…………はあぁ?」

 

 なんのこっちゃわからん、とヴァジラは間抜けな声を上げた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「やっぱりガス欠しやがったな馬鹿野郎!!」

 

「面目ねえ……!」

 

 『狂花騒樹の庭園』第十七層への侵入直後、唐突にラルフの燃料が切れた。魔力や闘気が底をついたわけではなく、ちょっと復活した理性が「あれこれ以上はやばくね?」とラルフにブレーキを踏ませたのだ。

 

 まあそんな経緯はどうでもよくて。

 当初の陣形の維持ができないと判断した俺は早速奥の手を解禁。

 今日の目標階層である第二十一層の休息予定地へと全力で三人を運ぶべくシャロンの姿になった。

 

「エトくん大丈夫!? 体力もつ!?」

 

「問題ない! 最速で移動して可能な限り休む!」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

『え……はぁ!? な、何がどうなってんの!?』

 

 最早デフォルトとなった女司会者の解説放棄。しかし、それを責めるものは誰一人としていなかった。何故って、モニターに映った光景は到底理解し難いものだったからだ。

 

『ええええエトラヴァルト選手、変身魔法か!? いきなり白髪の美少女の姿になったんだけど!!? なぜ? なんで!? なんのために!!?』

 

 

 困惑は、個室でモニターを眺めるヴァジラたちも同様だった。

 

「なんでコイツ、無駄に魔力使ってまで性転換してやがるんだ? 馬鹿なのか?」

 

「そっちの方がテンション上がるから、とかかしら? いやでも、わざわざ身長を縮めた意味がわからないわね」

 

「うへぇ、随分とクオリティの高い変身魔法だねぇ」

 

「凄まじい怪力ですね。人間三人抱えて危険度5の魔物の大軍に走力で勝っていますよ」

 

 言いたいことは色々あったが、細々としたことをわざわざ話すまでもない。

 ヴァジラは自然と口角を上げた。

 

「良いじゃねえか! 頭のネジ外れた馬鹿は大歓迎だぜ、好き勝手暴れちまいな!」

 

 獲物のチャクラムの状態の確認を始めたヴァジラは、切り替わるモニターには目もくれず、異界のある方角を直接凝視した。

 

「ケツは拭いてやるよ、行けるとこまで行っちまえ、変態野郎!」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 悪寒がした。

 確実によくない誤解をされているという悪寒が。

 

「なんか嫌な予感するなあ! 俺が女児変身趣味の変態に思われてる気がする!!」

 

「エト様、おそらく手遅れかと」

 

「そこは慰めが欲しかったなぁ!? ——ストラ、左右に砲撃! イノリはマッピング続けろ!」

 

「了解です——解錠・遅延点火(ファイア)!!」

 

 発動直前で待機状態にあった氷塊の砲撃が進行方向脇の木々を破壊し魔物たちの足を一瞬止めた。 そこに、闘気の残像を残しながら加速を断行——強制的に突破する!

 

「イノリ! 後ろの様子どうなってる!?」

 

「割と地獄! これ本来の攻略でやったらめっちゃペナルティ受けると思う!!」

 

「だよなぁ!? ストラは砲撃準備! 階層移動前にある程度間引くぞ!」

 

「了解です!——『楚に水を、木々よ栄えよ、火に焚べよ。我は五行の道行を示す』

 

 抱えられたまま器用に後ろを向いたストラが言霊を紡ぎ、属性流転(カラースイッチ)の相生が始まる。

 

 

 こと異界という場所において、ストラには魔力の制限は存在しない。

 この三ヶ月、ストラは肉体への負担が少ない属性流転(カラースイッチ)を重点的に鍛えてきた。

 

 魔力を生み出せないストラの肉体は、未だに魔力を流すという行為に対してショック症状がある。

 だが、これは一度に流す魔力の量を減らせば予防できることがわかっている。ゆえに、威力に対して必要魔力量が少ない属性流転(カラースイッチ)を主武器とする。それが彼女の成長方針だ。

 

 属性流転(カラースイッチ)の明確な弱点は、起点とする五行のうちいずれかが自然に存在しないと使えないという点。だが、好都合なことに異界には資源が溢れている。異界は、ストラが輝くための『燃料』と『武器』を備えた完璧な舞台なのだ。

 

「——エトくん、あと2000M直進! 情報通りなら十八層への連絡路がある!」

 

「撃て、ストラ!」

 

「了解です!」

 

 後ろは振り返らず、そのまま直進。

 直後、前方の景色すら焼く強烈な光が断続的に瞬いた。数秒後、背中を叩く強烈な爆風により全身が思わぬ加速——意図しない挙動に俺の前足がつんのめった。

 

「うおおっ!?」

 

「なんかやばい音聞こえてくるんだけど大丈夫!? 大氾濫(スタンピード)起きない!?」

 

「一層程度なら大丈夫だろ! ダメだったら責任持って不眠不休の異界主討伐すりゃあいい!」

 

 異界内部での過剰な破壊活動による大氾濫(スタンピード)を怖がるイノリとテンションが振り切れたラルフ。

 

「ここは良いですね! 燃料がいくらでもあります!!」

 

 そして、思う存分魔法が使えてご満悦なストラ。

 俺の背中と両脇は非常に騒がしいことになっていた。

 

「あーあー! なんかの間違いで画面暗転しててくれないかなぁ!?」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 エトのやけっぱちの願いは当然と言うべきか届かなかった。

 

『と、とんでもない火力だあ〜〜〜〜〜! ストラ選手、追い縋る魔物たちを特大の炎でまとめて焼き払ってしまいました!! というか、え!? アレで銅一級!? 詐欺すぎるでしょギルドはちゃんと仕事しろよ!!』

 

 お前がそのギルド職員だろ! と飛んできた野次に『うるせえーー!』と絶叫する女司会者。『大輪祭』を迎えた『花冠世界』は、夜であっても一向に寝静まる気配を見せなかった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 ——時刻が0時を回り、各パーティーがそれぞれ休息の準備に入った頃、ようやく街は一応の落ち着きを取り戻しつつあった。

 しかし、祭りは祭り。このまま夜通し飲み歩く者や軽い仮眠の後即座に応援に復帰する者、そんな者たちのために不休で働く者など、灯りが消える気配はまるでなかった。

 

 

 そんな中、明日最高の盛り上がりを見せるであろう異界主との戦いに備えてギルド職員たちは機材の再調整を行っていた。

 

 手を動かしながらもどこか上の空の彼らの話題は、当然開幕した競争についてである。

 

「すげえ始まりだったな」

「ああ、見てて鳥肌立ったぜ」

「今年は例年以上に拮抗してるな。みんな優秀だぜ」

「全くだ。にしても驚いた——まさか中間順位の一位が“愉快な仲間”、“天狼巨人”、“水平線”……そのどれでもねえんだからな」

「ほんと、勝負ってのはわからねえもんだなぁ」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 北西ルートから攻略を始めた“下剋上”。

 名の示す通り、今回最も賭けのオッズが高い——言わば最も期待されていない四人パーティー。そんな彼らが、中間順位とも言えるこの休憩時点で単独首位に躍り出ていた。

 

「現在第二十四層……異界主は三十二層だったか?」

 

 異界の壁を掘り抜いて一時的に生成した横穴の中。パーティーリーダーである人族の男、シユウの問いにブレインの鳥人、ハヤテが頷いた。

 

「だね。予定じゃ二十一層まで進むつもりだったけど、運が良かった。魔物と殆ど会敵しなかったからね」

 

 踏破すべき階層はあとたった七つ。しかし、それが長い道のりであることを彼らは知っている。

 

 無味無臭の干し肉を虚無の表情で貪る獅子人族のメーネラと、早くも仮眠の姿勢に入った人族のオナナが提案する。

 

「どうする? 俺ぁ少し休んだらすぐにでも発つべきだと思うぜ?」

「メーネラに賛成。巡ってきたチャンスを逃す手はないよ」

 

 無謀とも言える提案。しかし、勝つためなら、その手は大いに有りと言えた。

 

 ハヤテが呟く。

 

「確かに、僕らの突破力は他パーティーに劣る。特に、あの巨人のいるパーティーは脅威です。ここからの残り七層、僕らの倍の速さで突破してくる可能性は大いにある」

 

 初日の踏破量が各パーティーそれぞれ似たようなものになっているのには理由がある。

 それは、『庭園』の下層の面積と魔物の密度。

 『庭園』の下層は上層部の2倍の面積、1.5倍の魔物の密度を有するとされている。

 

 全員、二日目に差し掛かるそこに対して照準を定めて力をある程度温存しているのだ。

 

 つまり、自力に差がある場合、2〜3階層分のアドバンテージなど無に等しい可能性が高かった。

 

 少し考えた後、シユウは力強く膝を打った。

 

「よし。今から二時間後、俺たちは異界主への挑戦(アタック)を開始するぞ。この勝負、絶対に勝つ!」

 

「「「応!」」」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「……なんてことを考えていると思う。というか、ハルファとトラ氏のところ以外は確実にそうするだろうね」

 

 腹を満たす最中にそう分析したクリスに、ドワーフのフェイが眉を顰めた。

 

「根拠はあるのか?」

 

「根拠ってほどではないけど……まあ人読みかな? 今回、僕含め殆どの参加者はトラ氏を強く意識している。当然だよね」

 

 突如頭角を表した冒険者。実力で言えば既に銀三級を超えていると目される、そんな若い冒険者に対抗心が生まれないほど()()()()()者はこの大会にはいない。

 

「なら、ハルファくんも先んじようとするんじゃないの? あの子が一番対抗心剥き出しでしょ」

 

「リンクスの言う通り、ハルファは強い対抗心を持っている。でも、彼はその危険を犯さない。彼は問題行動が目立つけど、根は仲間想いだからね。()()()()使()()()()()()()()、更に()()()()()()()()()()()なんかとずっとパーティーを組むくらいに、彼は仲間を大事にしている」

 

 捉え方によっては強い侮辱とも取れる発言を躊躇いなくしたクリスは、冷静に、冷徹に戦況を分析する。

 

「まあ問題を抱えていても僕らより強いんだけどね。で、トラ氏のほうは言うまでもなく全員銀級下位のレベルじゃない。——ってことでトラ氏とハルファ、この二人のパーティーは後出しでも僕らに勝ちうる。つまり、よーいどんでは決して勝てない」

 

「要するに、お前は賭けに出るつもりなんだな?」

 

「決して分が悪いとは思ってないよ。最終判断は二人に委ねる」

 

 リンクスとフェイは即断した。

 

「やるに決まってるよ!」

「やる以外の選択肢がないな」

 

「重畳。それじゃ、二時間後に再出発しようか」

 

 

◆◆◆

 

 

 

 二時間後、深夜の二時を回った頃、四つのパーティーが同時に攻略を再開——異界主への最速挑戦を賭けて激しく火花を散らす。

 

 

 地上の中継は、途絶えている。

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