【第一巻発売中】弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ)   作:銀髪卿

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竜殺し

 聖炎が燃え盛る、ほんの少し前。

 

「ああもう! 本当にどうなってるんだよぅ!?」

 

 一向に治らない、治療を受け付けないエトの傷に業を煮やしたピルリルが魔法を中断して頭を抱えた。

 

「生きる気力のない奴を助ける気はこっちにもないんだよぅ!!」

 

 というか、なんでこれで生きてるんだ。人の形保ててるの奇跡だろと言いたくなる、心臓以外もうボロッボロのエトの肉体にピルリルがありったけの罵倒を投げつける。

 

「ヴァジラの頑張りを無駄にすんなよぉ……!」

 

 普段のどこか抜けた緩い口調とは真反対の早口で捲し立てるピルリルの横、イノリは懸命に手を握り続ける。

 

「……!」

 

 思考がまとまらない。声が言葉にならない。即ち、魔法を使えない。

 戦線離脱という言葉では表現がぬるい……冒険者としての死を告げられたイノリは、()()()()()()()()()()()()()と必死にエトの手を握り続ける。

 

 起きろ、起きて。立ってくれ。

 

 願いはただ一つ、まだ一緒に旅をしたい。思い出が、記憶が足りない。こんなものじゃ満足できない。

 

 だからどうか、立ってくれ。

 

 厄災に立ち向かうラルフとストラを信じて。そして、もう一度エトが立つことを信じて。

 

 ——大丈夫だよ。

 

 そこに。

 優しく、それでいて少しだけ羨ましそうな思念が流れ込む。

 その声に、イノリが大きく目を見開いた。

 

 ——大丈夫。エトは、こんなところでは折れないよ。

 

 どこからともなく聞こえてきた声。

 

 そして、聖火が燃え上がる。

 

 声に、火に、想いに応えるように。

 

 ……ざり、と。

 

 左の指が地面を掻き、——ドクン! と一際強く心臓が脈を打った。

 

「…………っ、ガホッゴホッ!」

 

 肺の中に溜まった血液を無理矢理吐き出し、エトラヴァルトが、血溜まりの中でもがくように動いた。

 

「うへぇ……」

 

 ——ありえない、と。

 ピルリルは、エトの生命力にドン引きした。

 

「いやいやないないなんで動けるのなんで生きてるのなんで形保ってるのなんでまだ戦おうとするの!!?」

 

「ぁ、がぁああぁ、ぁあああああ——!!」

 

 緩みかけていた右手が、万力のようにエストックを強く握り直した。

 

 罅が修復していく。

 折れかけていたエストックが、立ち上がるエトに呼応するように傷を癒やした。

 

「……君自身に」

 

 遥か上空から戦いを見下ろすグレイギゼリアは、今日初めてエトラヴァルト“自身”を見た。

 

「興味はなかったんだけどね」

 

「……テメェの興味なんざ、欠片も、必要ねえよ」

 

 その声音に乗る()()は、殺気を向けられたわけではないピルリルが「うぇっ」とえづいてしまうほどに凄まじいものだった。

 

「竜を討つ……そんでテメェをぶん殴る!!」

 

 エトラヴァルトは、もう一度立ち上がった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 《英雄叙事(オラトリオ)》の(ページ)の上で、俺は魂を焼き焦がす怒りの根源と向き合う。

 

 灼熱に身を焦がす、黒い人影。

 炎の奥から、声がした。

 

「……殺せ、竜を。厄災を殺せ」

 

「アンタの、名前は?」

 

 人影は黙り込んで——残滓たちが騒ぐ。

 

『ないよ』

『名前ない』

『なにも残らない』

『なくなっちゃった』

『なにもかもないない』

『みんななにもない』

 

 

 ……かつて、滅亡惨禍と呼ばれる大厄災があった。

 200に迫る世界を滅ぼした、歴史上最悪の異界が齎した災害。

 

 《英雄叙事(オラトリオ)》の所有者()()は、なにもできずに死んでいった。

 

 ちょっと身体が頑丈なだけの俺が何かの拍子に継承してしまったらしいこの本が、何を基準に依代を選んでいるのかはわからない。

 

 だが結果として、継承者たちは何もできずに死んでいって——

 

「……俺、なんでこんなこと知ってんだろ」

 

 知らないうちに記録でも閲覧したかそんなところだろうが、少し不思議だった。

 

 シャロンの故郷——ラドバネラがすでに滅びたように。

 辛うじて魂の残滓だけが引っかかった無数の名もなき継承者たちの故郷もまた、厄災の波に呑まれていた。

 

「滅亡惨禍って2000年とか前だった気がするんだが……どんだけ古いんだよこの本」

 

 目の前の人影は、俺の言葉に何の反応も示さない。ただ、『竜を殺せ』と呟き続ける。

 

 ……ふと。

 

 人影と目が合った気がした。

 

「……なぜ、戦う」

 

 怒りに満ちた声だった。憎悪と、それがすべてだったかのように。生涯を竜を殺すことに捧げた無銘が俺に問う。

 

「語り部よ……紡ぎ手に足りえないお前は、なぜ戦う」

 

「俺が、語り部だからだ」

 

 答えは、とっくに得ている。

 

「この身は延長線上にある。みんなが、ガルシアが。アルスが紡いだリステルを、その未来に語りに行くんだ」

 

「その、弱さでか」

 

 無銘は、俺の弱さを穿つ。

 

「その弱さで、お前は……何を成せる」

 

「……今の俺じゃ、何もなし得ない」

 

 そんなことは百も千も承知だ。

 

 アルスに助けられた時。

 フォーラルでシャロンの力を借りた時。

 レゾナで多くの魔法と剣の架け橋になったリディアを見た時、それに感化されたエルレンシアの手を取った時。

 

 俺は、俺自身の力で得た勝利を、ただの一つも有していない。

 

 それでも、「俺は何もできない」だなんて蹲っている暇はない——今だって。

 

「俺は弱い。イノリ、ラルフ、ストラ……頼もしい仲間たちの足下にも及ばない」

 

 けれど、現実は待ってくれない。時間は止まってくれない。だから、俺は持ちうるもの全てを使って、物語を語る。

 

「語って、語って、語り尽くして。いつか必ず、紡ぎ手(アルス)に追いつくんだ」

 

 燃え盛る人影。

 名もなき人生の果て。敗北の生涯の果て。

 たった一頭だけ、竜を殺した。たったそれだけの一生を刻んだ男に、俺は手を伸ばす。

 

「だから、アンタの力を貸してくれ。アンタの……アンタ()()の物語を、俺に語らせてくれ」

 

 弱さを嘆くのは、これで最後だ。

 俺は、俺が弱いことを受け入れる。その上で、いつか必ず、この弱さを克服してみせる。

 

「…………、ハ」

 

 俺の宣言に、人影は。

 

「ハ、ハ、ハ、ハ、ハ」

 

 なんとも不器用な笑い声を上げる。

 同時に、火が燃え盛り、魂たちが焚べられていく。

 

「……良いだろう、弱者。俺()()を、使ってみせろ」

 

 烈火の怒りが、俺を飲み込んで荒れ狂う。

 

 その者に名前はなく、家族はなく、恋人はなく、知己もなく、記憶はなく、過去も、現在も、未来もなく。

 

 ただ胸を焼く怒りに従い、負けて負けて負け続けて。命の最後の一瞬、たった一頭の竜と相討ちになった。

 

 ゆえに、《英雄叙事(オラトリオ)》に男の偉業は刻まれず。技も、力も遺らず。

 あるのは、たった一つ、竜殺しの事実だけ。

 

 男の炎は俺の怒りに寄り添うように身に溶けていく。

 無銘の魂たちは、火を燃やす薪のように自らを炉にくべていく。

 

 たった一枚の(ページ)を手に取って……俺は、たった一つ、残った魂と向き合った。

 

「……いたなら」

 

 その声は、意図せず少し湿ってしまった。

 

「いたなら、声くらいかけてくれよ——アルス」

 

「ごめんね、親友」

 

 魂が、懐かしい人の形を得る。

 

「魂の接触は危険だから、迂闊には出られなかったんだよ」

 

 姫カットで切り揃えられた腰まで伸びる艶やかな黒髪。

 宝石を思わせる、見る者全てを吸い込むような薄紫の瞳。

 別れの日と寸分違わぬ容姿で、腰に手を当てたアルスがにこりと笑った。

 

「だから、君が折れそうな時に喝を入れようと思っていたんだ。……僕がそんなことをするまでもなく、君は立ち上がったけどね」

 

 ……自然と、涙が溢れる。

 もう泣き枯らしたとばかり思っていたのに、感情というのはままならない。

 

「……ごめん、アルス。俺はお前を、俺の怒りの理由にした」

 

 ずっと、ずっと悔やんでいた。

 自分の力が及ばないばかりに、約束を果たせなかったばかりに、アルスは俺を庇って死んだ。

 

 俺は自分の無力感や後悔を、目の前に降って湧いた仇を憎むことで発散しようとしたのだ。

 

 知っていたのに。

 俺は、アルスの記憶、その全てを死に際に共有した。だから、彼女が俺に「悔やまなくて良い」と言ってくれたことも、彼女が俺を「光だ」と言ってくれたことも、全部知っていたのに。

 アルスという少女が、ただの一つも無念を抱いてないことを、俺は知っていたのに。

 

 俺は、見ないふりをして、楽な怒りに逃げたのだ。

 

「人としてそれは健全なことだと思うけどね。全部溜め込むなんてこと、できないよ。でも——」

 

 アルスの魂の()()は、かつてと変わらぬ笑みを浮かべる。

 

「背負うと決めたら背負う——それが、僕の親友だもんね」

 

 アルスが近寄って、側で俺を見上げた。

 

「背が伸びたね、エト」

 

「……お前が死んだ日以降伸びてないぞ」

 

「えー」

 

「えーじゃないが」

 

 アルスが少し不満そうに唇を尖らせた。

 

「なぁんだ。懐かしさを演出しようとしたけど、そう上手くは行かないね」

 

「謎のいたずら心……なあアルス。お前も、《英雄叙事(オラトリオ)》を持っていたのか?」

 

 俺の問いに、アルスは首を横に振る。

 

「これは、僕が記憶を見せた時に投げつけた魂の切れ端。それが奇跡的に本の端っこに引っかかっただけなんだ。だから——」

 

 だから、僕はもうすぐ消える。

 

「だからこれが、最後の機会」

 

「……ここは、暗かっただろ」

 

 アルスはもう一度首を横に振って、両手で俺の頬を包み込んだ。

 アルスの手は、すこし()んやりしていた。

 

「君の中なんだよ? 暗いわけないじゃないか」

 

「……そうかよ。なら少し、安心した」

 

 ——俺の右手が暖かい。名前を呼ぶ声がする。

 もう、行かなくてはならない。

 

 俺は、左手でアルスの髪を撫で、頬に触れる。

 

「……ふふ。くすぐったいよ、エト」

 

「ちなみに、喝ってどんな感じで入れるつもりだったんだ? ビンタとか?」

 

「黒焦げ危機一髪みたいな感じで滅多刺しに」

 

「死ぬわ」

 

 自力で立ち上がって良かった、と安堵のため息をついた。

 

「……アルス。俺は必ずお前に追いつく。だから、だから待っててくれ。少し、長く待たせることになるけど」

 

 アルスは、あの日と変わらない微笑みを湛えて頷いた。

 

「うん。あの丘で待ってる。だから必ず、私を迎えにきて」

 

 頷いて、目を閉じて——俺は、道標の聖火を頼りに浮上した。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「……キスのひとつでもすればよかったかな」

 

 残滓が終わりを迎える。

 末端から崩れていくアルスは、振り返らずに浮上していったエトを見送り、少しだけ不満そうにつぶやく。

 

「というか、本当に躊躇いなく登っていっちゃって……もう少し名残惜しくしても良いのに」

 

 本来、魂の同居とは不可能。ゆえに、接触からの崩壊は早い。

 

「……でも、まっすぐ進むのが君だもんね」

 

 眩しさに目を細める。

 

「ねえ、エト。君は自分を弱いと言うけど、それは嘘だよ。君は強い。だって私の手を引いてくれたのは、この星でたった一人、君だけなんだから」

 

 崩れていく魂。最後の力を振り絞って、アルスは“剣”に一つの贈り物を託し、見えなくなったエトの背中に声をかける。

 

「——いってらっしゃい、私の運命」

 

 ひらひらと。花弁が散るように少女の残滓は役目を終えた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 暴嵐と聖火が対峙する空間に戻る。

 まず戻って思ったのは——何あの炎ヤベェ、だった。

 

「ええ……何あれ」

 

 仮に。

 かの炎が敵の技だったら冗談抜きで心が折れた自信がある。あともう一つ。

 

「剣が、クッソ重いんだが……?」

 

 元々重かったし、今は体ボロボロだからその分重く感じるのもあるが……それを差し引いても重すぎる。100kgくらいないか? なんだこれ?

 

「なんで、こんな急に——」

 

「ごめんエトォ!! 俺そろそろ限界だぁ!!!」

 

 ひとり思索に耽っていると、明らかにキャパオーバーの炎を放出するラルフが絶死の戦場に似つかわしくない声で泣き叫んだ。

 

「お前のこと待ってたんだけどちょっとマジでこれ以上待てねえ!! やるぞ!! 俺が死ぬ!!」

 

「うるさいですよラルフ! 制御が乱れます! というか、こういう時くらいしっかりキメてください!」

 

「……ふはっ!」

 

 何故か、自然と笑い声が出た。

 不思議と心が軽かった。

 

「ありがとうイノリ。右手、暖かかった。ピルリルも、治療ありがとう」

 

 眼窩を左手で隠したイノリが力強く頷き、ピルリルが「呼び捨てにされるほどぉ、仲良くないんだけどぅ」と不満げに唸った。

 

「ラルフ、ストラ! 道標助かった! ヴァジラも救援ありがとう!」

 

 竜と相対する三人は、どこか吹っ切れた俺の明るい声に少しだけ驚いたように一瞬こちらを見て、すぐに視線を戻した。

 

「いくぞ、無銘」

 

 最後、俺は胸を焦がす怒りに声をかける。

 空いた左手にたった一枚の(ページ)が出現し、俺と溶け合うように消えた。

 

「お前の物語を、語り部(おれ)が世界に刻み込む!」

 

 たった一つ。

 命の果てに竜を殺した無銘は、その存在の全てを“竜殺し”という事実で塗りつぶした。

 

 無銘の物語の再演は不可能である。彼には呼び覚ます記録がないのだから。だが、たった一つ彼の記録を事実たらしめる方法がある。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 物語の逆転。語るために、その過程を再現する。

 

 この瞬間、この身は全て竜を殺す“概念”と成る。

 

「『概念昇格——竜殺し(ドラゴンスレイ)ッ!!』」

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 (ページ)が舞わない。

 姿に変化がない。

 強者を前にした時の、肌が泡立つ感覚がない。

 ヴァジラは復活を喜ぶラルフとは対極的に、ボロボロの姿のエトラヴァルトになんら希望を見出せなかった。

 

 根性、執念はある。だが、それだけだ。力は、この場の誰よりも劣っていると。

 

『オ/オ……』

 

 しかし。

 竜の怯えたような呻き声がヴァジラの思考の全てを否定した。

 

 ——刹那、カンヘルが絶叫する。

 

『オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ——ッッ!!!』

 

 それは、天敵を前にした生物の本能的恐怖からくる叫びだった。

 

「……いけるのか」

 

 ——否、いくしかないのだと。

 ヴァジラは仲間の生存も、竜への勝機も全てを託すと決めた。

 

「テメェら! 全力でやりやがれ!! ケツは俺が拭いてやる!! だから——」

 

 ありったけ叫ぶ。

 

「ぶちかませッ!!」

 

 その声援に、エトが叫んだ。

 

「……ラルフ! 道を、切り開いてくれ!!」

 

「任せろっ!!」

 

 返事は明瞭。

 一切の疑問、躊躇いなく。

 聖炎を纏うラルフが剣を大上段に構え、聖炎が煌々と輝いた。

 

「道を開けろ、クソトカゲッッ!!」

 

『Wo----!!』

 

 大嵐球と聖炎が激突——接触点から拡散した炎の残滓が世界を青白く照らす。

 

「こ、んのおぉおおおおおおおおおおおおっ!?」

 

 嵐と炎、優勢は嵐。

 奇跡的に指向性のみは制御に至った青白い聖炎だが、現状のラルフの技能では嵐を押し切れるだけの火力の維持が不可能だった。

 ストラによるバックアップを受けてなお、劣勢。

 ……無意識に、ラルフは笑っていた。

 

「……くっそが、危険度12がなんだってんだ!!」

 

 足腰を据え、骨を埋める覚悟で叫ぶ。

 

「こちとらハーレム目指してんだよ!! 無性生物なんぞに負けてたまるかぁあああああああああ!!」

 

 ——拮抗。

 道を切り開く、その一点に己の全てを賭ける。エトラヴァルトが竜を討つことを信じて疑わないラルフが吼え、この一瞬、竜の一撃と張り合った。

 

「が、ぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!」

 

『オ/オ/オ——!?』

 

 ラルフの咆哮に呼応するように勢いを増した青がカンヘルの視界を埋め尽くし、

 

 刃が空を切る音をかき消した。

 

「我が名はエトラヴァルト——無銘の偉業の語り部なれば!」

 

 頭上。

 炎を目隠しにヴァジラの爆炎刃に()()()飛翔したエトが肉薄した。

 

 今日初めて、カンヘルの瞳が驚愕に揺れる。

 大上段の斬り下ろし——防御が、間に合わない。

 

 

「剣身一切、竜滅を詩う!!」

 

 

 ——斬断する。

 

 魔法も闘気もない、ただの斬撃。

 しかし今この瞬間、『竜殺しの概念保有体』と化したエトの一挙一動は、全てが竜という存在に対する“特攻”を得た。

 

 結果、身を捻り辛うじて致命傷を避けたカンヘルの左前足が根本から断ち切られ鮮血が吹き出した。

 

『GaAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA--!!!?!?』

 

 傷口が再生しない。

 エトの一撃を、カンヘルは治療できない。

 見えた光明。

 その時、なんの前触れもなく聖炎が拡散した。

 

「……ごめん、エト」

「すみません、エト様……」

 

 精魂尽き果てたラルフとストラ。両者共に魔力、気力、精神力を使い果たしてその場に崩れ落ちた。

 辛うじて残る意識は、単身竜と相対するエトを視界に収める。

 

『WoOOOO---!!』

 

 怒り狂ったカンヘルが尻尾を大気を爆ぜさせながら振り抜いた。

 対するエトは、エストックで防御——受け切る。

 つい先ほどまでロクな防御もできなかったはずの尻尾の一撃は重さを増したエストックによって阻まれ、

 

「ぐぅっ……!?」

 

 しかし、空中で踏ん張りの効かないエトはその場から大きく弾かれてしまった。

 その身をヴァジラが受け止めた。

 

「た、すかった!」

 

「礼は要らねえ! ケツ拭いてやるって言ったからなぁ!!」

 

 エトを再び爆炎刃に立たせたヴァジラは、周囲——使い手が倒れても未だ消えない凄まじい威力を内包した聖炎に目を向ける。

 

「テメェに賭ける。俺たち全員の命を賭けるぞ!!」

 

 腰から短刀を引き抜いたヴァジラが、躊躇いなく()()()()()刃を突き立て鮮血を撒き散らす。

 

「『隷属 血盟 竜滅の聖火』!!」

 

 拡散する青白い聖炎に、風に乗ってヴァジラの血が染み込んでゆく。

 

「『我が御魂喰らい、輝け焔』!!」

 

 七枚の円刃が空を舞い、ラルフの制御を離れ散り散りになってゆく聖炎を受け取り、燃え上がった。

 

「喰らえよ厄災! その鱗、魔法そのものには弱えんだろ!!」

 

 輝きを取り戻した聖炎刃たちが飛翔——左前足を失いバランスを欠くカンヘルの加速に追いつき、緑白と青がドッグファイトを演じる。

 

「俺がテメェを連れて行ってやる! テメェはただ、竜を殺すことだけを考えろ!!」

 

「——応!!」

 

 傷だらけの体を引きずって、男二人が竜へと立ち向かう。

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