【第一巻発売中】弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ)   作:銀髪卿

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諸行無常

「…………生きてる」

 

 目覚めて第一声、俺は自分の生存に驚愕した。

 いや、生きてなきゃ困るというか生き残るために死ぬ気だったから生きてないと困るわけだが。(特大の無常)

 

 それはそれとして、全容は把握できてないが自分自身でも「あーこれ死ぬわ」と確信するほどの体で竜に喧嘩を売って、よくもまあ生きてるなぁ、と自分のタフネスにため息が出た。

 

「……指先一つ動かせねえ」

 

 傷の治り自体はまだなのか。全身が熱を持ち、重い。指先一つ動かせない……というかちゃんと五体満足なのだろうか?

 

 自分の肉体の状況が気になりつつも首も動かせないのでベッドに仰向けになり天井のシミを数える。……と、扉が開いた。

 

「あっ! エトくん起きてる!」

「マジか!?」

 

 少しだけ視線を動かすと、何やら凄まじく禍々しい呪布のような眼帯を巻いたイノリと、全身包帯ミイラのラルフが部屋の中に入ってきた。

 

「良かったあ〜〜〜〜〜〜〜エトくん目ぇ覚まして」

 

 イノリがフラフラと倒れ込むようにベッドの縁にもたれ掛かり、安心した、と大きく息を吐いた。

 

「……俺、そんなヤバかったのか」

 

「ヤバいなんてもんじゃなかったぞ」

 

 呆れたような半眼のラルフ。

 

「治癒師の人が『なんでこれで死んでないんだ』ってドン引きしてたからな」

 

「具体的には?」

 

「心臓以外ミックスドリンク」

 

 ……本当に、どうして死んでなかったのだろうか。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「テメェがテメェ自身の魂を認識できてるからじゃねえか?」

 

 そう答えたのは翌日、容赦なく尋問にやってきてた金五級冒険者、〈落陽〉のヴァジラである。

 俺が目を覚ました話を聞きつけるや否や、「あの野郎との関係を一切合切聞かせろ」と問答無用で殴り込みに来たのだ。

 

「生き物ってのは自分の“魂”をきっちり認識できてりゃそう簡単には死なねえ。強え奴は、全身バラバラにされようが自己治癒で再生しちまうんだよ。理不尽なことにな」

 

 そう言うヴァジラ自身も「心臓抉った程度じゃ死なねえよ」と、俺が頭をぶっ飛ばしても平然と復活したグレイギゼリアの不死性に文句を言えないようなタフネスをしているのだが、そこを突っ込むとめんどくさいので「へえー」とスルーしておく。

 

「……で? テメェは本当に無関係なのか?」

 

 ヴァジラの問いに、俺は推し黙った。

 慎重に……しかし正直に答えなくてはならない。動けない身では逃走は不可能。俺に「話さない」という選択肢はなかった。

 

「無関係……では、ないと思う」

 

「曖昧だな」

 

「俺も初めて知ったんだ。俺の《英雄叙事(オラトリオ)》と類似する力があるってことを」

 

「そこだ、そもそもテメェらの力の根源はなんだ?」

 

 それがわかっていたら苦労はしない……のだが。

 俺は辛うじて動く右手を胸に置き、一冊の本を出現させる。

 

「俺と、多分グレイギゼリアも。魂と“本”が同化してる」

 

「んだその無茶苦茶な。……ってこたぁアレか。テメェが女に姿を変えてたのは」

 

「この本の力だ」

 

 俺は《英雄叙事(オラトリオ)》の能力を公言しないことを条件に、ヴァジラに自分の力の詳細とそこから推測できる《終末挽歌(ラメント)》の能力を可能な限り話した。

 

「………………っ」

 

 一通り話し終えた後、ヴァジラの顔には目に見える疲労が浮かんでいた。

 

「……つまり、テメェは降霊術もどきを使えると?」

 

「まあ、雑に言えば」

 

「で、あのクソ野郎はどんな過程を経たかは知らねえが、過去の事象を集めて、ついでにそれを現代に再現できると?」

 

「アイツの言ったことを真実とするなら……になるけど」

 

「………………」

 

 ヴァジラは両手をあげて降参のポーズをした。

 

「お手上げだ。俺には到底背負える問題じゃねえ。あと、無闇矢鱈に公言していいもんじゃねえな。とりあえずグレイのことは上に報告する。で、テメェのことだが……今回は黙っといてやる」

 

「……いいのか?」

 

 ヴァジラは神妙な面持ちで頷いた。

 

「テメェのことを報告すりゃ、上は確実にお前をマークする。下手すりゃ《終末挽歌(ラメント)》解析のためのモルモットだ。仮にも一緒に戦ったやつを飼い殺しにできる報告をするかよ。それに……」

 

 一度区切って、ヴァジラはベッドの横に立てかけられた剣を見る。

 

「テメェは竜を殺せる。それだけで、リスクを承知で野放しにする価値がある」

 

「……ありがとう、ヴァジラ」

 

「目上の奴には敬語を使いやがれ。じゃあな、俺は報告に行く。……ああそうだ。テメェを銀三級に推薦しといた。金級の進言だ。確実に昇れるだろうよ」

 

「……マジかよ」

 

 最後に爆弾発言を残してヴァジラは部屋を去っていった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 俺が最終的に退院許可を貰ったのは、目を覚ましてから2週間後だった。

 意識不明の間も混みで入院期間は3週間。文句なしのぶっちぎり最長入院だ。

 ひと足先に退院していたイノリたち。「顔も見たくねえ」と言い残し去ってしまったハルファたちよりも長いこと休んでしまった俺は、やはり、明らかに重量を増したエストックを背負い3週間ぶりの外の世界へ繰り出した。

 

 

「エトくん退院おめでとう!」

「おめでとうございます」

「よし! 飯行こうぜ!」

 

 街ゆく人々は案外、俺たちのことを気にしなかった。

 グレイギゼリアによって掌握された中継放送により、俺たちの戦いと惨状は放送を見ていた人たち全員が知るものとなったらしい。

 にも関わらず、俺たちは普通に出歩き、以前俺がアルスのことを話したカフェのテラス席に座ることができていた。

 

「……思ったより注目されてないな」

 

「緘口令の影響だと思います。それに皆さん、口にしたい話題ではないでしょうし」

 

「……それもそうか」

 

 17人の冒険者が死に、一人の冒険者が引退した。

 

「グロンゾ、引退したんだってな」

 

「うん。傷はギルドが派遣した治癒師の人のお陰で治ったらしいんだけどね。折れちゃったんだって」

 

 グレイと俺の力の類似性。

 ハルファたち4人が死の淵を彷徨い、最終的にグロンゾが引退を決めたことで、仲間思いの狼人は俺を強く責めたという。

 

「……そうか」

 

 ……いつか。

 いつか、ここにいる誰かも辞めてしまう日が来るのだろうか。

 いや、確実に訪れるのだろう。

 

 高みを見た。今のままでは決して辿り着けない遥かな高みを。

 俺が目指す金級の世界。そこは、あのカンヘルのような化け物を日常的に相手取る世界だ。

 才能の有無だけじゃない。ああいう世界を垣間見て、折れずにいることができる桁違いの精神力。そういう、どこかぶっ飛んだ者にしか辿り着けない世界があった。

 

 未来にある別離。その気配を感じ取った俺は、なんとなくラルフを見て——目が合う。

 

「俺は辞めねえからな、エト」

 

 俺の考えていたことを見抜いたのか、ラルフは真剣な表情で断言した。

 

「銅級の頃から金級目指すって言ってる奴ら二人についてくって決めてんだぞ? 今更壁の一つや二つ見たところで折れたりしねえって」

 

「わたしも」

 

 隣、ストラも決然と告げる。

 

「わたしも、貴方のそばを離れることはありません」

 

「勿論、私は最後までエトくんと一緒だよ」

 

 約束があるからね、とイノリは笑う。

 

「……そうかよ」

 

 杞憂だったな、と自分の不信頼を恥じた。

 

 地獄が待っている。

 難易度を増す異界だけじゃない。《英雄叙事(オラトリオ)》と《終末挽歌(ラメント)》。両者の間にあると思われる因縁と、“無限の欠片”と呼ばれる何か。

 

 たった四人のパーティーなのに、明らかにとんでもない因果の中に俺たちはいる。

 

「……まあ、今考えても仕方ないか」

 

 病床で動けない間に散々考えた。散々考えて、考え抜いた結果——強くなるしかない、というとてつもなくシンプルな結論に辿り着いた。

 

 何が来ようと跳ね除けられる強さを、自分の道を切り開けるだけの強さが必要だと。

 全てを「杞憂」で済ませられるだけ強くなれば、何もかも解決なのだ。暴力的な解ではあるが。

 

「暗い話はここまでにしようぜ! ってことでエト! これを見てくれ!!」

 

 俺を気遣ってか、テンションを上げたラルフが一冊の新聞を机に広げた。

 

「珍しいな、お前が新聞なんて」

「変な商売に引っ掛かりでもしましたか?」

「ラルフくんまだどこか悪いんじゃない? 検査する?」

 

「ボコボコに言われすぎだろ!?」

 

 新聞一冊で正気を疑われたラルフが半泣きで「俺そこまで馬鹿に見えるかなぁ」と唇を尖らせつつも新聞を開く。

 

「これこれ! 面白い記事があったんだって!」

 

 それはそれとしてラルフの言う記事を3人揃って覗いてみる。

 

「えーとなになに……は? 傾国の美女出現〜?」

 

 見出しからいきなり怪しさ全開の文言で、やはり俺はラルフの正気を疑うべきではないかと考えた。

 

「まーまーいいから読んでみろって!」

 

「はいはい……ここ三十年発展の目覚ましい『岳崖世界』を支える“鉱夫”たちが一斉にストライキを決行した。その裏には約四ヶ月ほど前から『岳崖世界』に現れたとされる一人の娼婦がいると目され……?」

 

「なんか……割と真っ当な記事ですね」

「ラルフくんのことだからお色気ネタ全振りとばかり」

 

「お前ら俺のこと馬鹿にしすぎじゃね?」

 

 長々と続く記事を要約すると。

 

・『岳崖世界』は閉鎖的世界であり、現地のドワーフたちを中心に異界の豊富な鉱物資源を採掘して自世界の産業基盤を整えていた。

・労働環境が劣悪で、大した医療設備もないのに1日十二時間を超える肉体労働。

・発展を優先し、民草を蔑ろにする政治。

 

・上記の不満が爆発しストライキが発生——背後には他世界出身と思われる娼婦がいた。

 

「……これ、たまにあるような話じゃないか?」

 

 閉鎖的世界が他世界との接触で内部崩壊を引き起こす——頻度自体は少ないが、ない話でもない。

 

「そうですね。広義的に捉えるなら、レゾナもエト様たちをここの娼婦に置き換えれば、それなりに通じるところがありますし」

 

「それが違うんだよ! ここ読んでくれ!」

 

 何故か奇妙に熱を持つラルフに従い読み進める。

 

「娼婦の名は誰も知らないにも関わらず、その評判は瞬く間に広がっていった。ひとたび会えば夢心地、労働の疲れが瞬く間に癒やされる。一晩に二十を超える鉱夫を癒やしたともされ……はあ!? その噂を聞きつけた王自ら娼館に出向いただぁ!? 挙句しっかり癒されて労働者の待遇改善を約束したぁ!? なんじゃこれ!!?」

 

 思わず素っ頓狂な声を上げる。

 隣でイノリも「どういうこと……?」と困惑しており、ストラは「馬鹿しかいないんですか?」と痛烈なお言葉を新聞に投げかけていた。

 

「しかも騒動の最中に国宝を奪われた!? なんだこのクソアホ世界!!?」

 

 なんでこんな世界が今日まで生き残っていたんだと、我らが『弱小世界』を棚に上げて言いたくなるようなアホすぎる惨状だった。

 

「俺たちが死にかけてた間になんとも呑気な危機を迎えてるもんだな……」

 

「え、エトくんの声に殺意が……」

 

 怒りの一つや二つ湧くというものだ。揃いも揃って本当にアホすぎる。

 

「いやまあ……だから傾国の美女か」

 

「な! 面白いだろ?」

 

「不服だが、面白かったと言わざるを得ない」

「ですね。正直笑いました」

「世の中いろんな人がいるね」

 

 暗い気持ちを晴らすためにわざとこんなアホな記事を持ってきたのだろうか。内容に反して、ラルフに感謝すべきなのかも知れない。

 

「さてここで提案なんだが……この『岳崖世界』に行かないか?」

 

 俺はラルフの顔面にメニュー表を叩きつけた

 

「却下」

 

 イノリがラルフの頭部で呼び出しベルを鳴らした。

 

「論外」

 

 トドメにストラが言葉でぶった斬った。

 

「俗物」

 

「……俺、今日ボコボコに言われすぎでは?」

 

 やってきた定員に注文を頼み、俺は改めてラルフの提案を却下する。

 

「実際無理だろ。この『岳崖世界』第二大陸じゃねえか。第五大陸の『幻窮世界』超えなくちゃならねえし、そもそも俺らの次の目的地は『悠久世界』じゃねえか」

 

「何言ってんだエト! 傾国の美女だぞ!? 一回会ってみてえと思うのは男として当たり前だろ!?」

 

「お前の当たり前を押し付けんなよ!! いや確かに興味はあるけどさぁ!?」

 

 当然興味はある。というか、『岳崖世界』の現状は実際にこの目で見てみたいほど気になっている……が、それはそれ、これはこれ。

 

「ほら、ギルバートに誘われただろ? 悠久世界で開かれる剣闘大会」

 

「……そういえば」

 

 今さっきまで忘れていた、とばかりにラルフはグッと身を起こした。

 

 

 

 俺は預かり知らぬ話だったが、カンヘル討伐、同時にグレイギゼリア撤退後少ししてから、俺たちが『湖畔世界』お世話になった銀二級冒険者、〈迅雷〉のギルバートが救援に来たらしい。

 

 曰く「『湖畔世界』の借りを返しにきた」らしいのだが、悲しいことに彼が到着した時には全てが終わっていた。

 

「……あの時のギルバートさん、物凄く悲しそうだったなあ」とはイノリの話。ヴァジラの「もう終わったぞ」という言葉に「…………そうか」とだけ呟き、帰還の護衛を一手に引き受けてくれたそうな。

 

「ギルバートさん、銀一級クラスの実力があるってヴァジラさんが言ってたよ。実際すごく強かった」

 

 そんな彼の活躍あって俺たちは無事地上へ帰還した。

 そんなギルバートだが、去り際に俺たちに剣闘大会への出場を打診してきたのだ。

 『名を挙げるという目的に最適だろう——』と。

 

「というわけで俺たちの次の目的地は『悠久世界』で確定です」

 

「えー!」

 

「えーじゃねえよ。ごねるな」

 

 そんなこんなで俺たちの次の目的地は悠久世界で確定。ごねるラルフに関してはストラが「『悠久世界』の総人口は10億を超えています。可愛い女の子の数は絶対多いですよ」と諭し、イノリがトドメに「数打てば確率上がるよ!」と(奈落へ)後押ししたことで納得した。

 

 それでいいのか、ハーレム願望者よ。

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