【第一巻発売中】弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ)   作:銀髪卿

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娘は10歳、母親は19歳男性。

 成り行きでシーナを匿うことになった結果、俺たちの行動予定は大きく狂うことになった。

 

 まず第一に、4人全員での異界への挑戦ができなくなった。

 シーナを単独で地上に置いてけぼりにするわけにもいかず、結果として地上での“アルバイト”と異界探索を2チームに分けることとなったのだ。

 そして、シーナを拾ってきた俺は責任を持って地上での資金稼ぎに単独で繰り出すことが満場一致で決定した。

 

 

 

 4人で相談した結果、都市国家リーエンでの滞在時間は最長一ヶ月に定められた。

 

 その間、イノリ、ラルフ、ストラの3人は可能な限り『不知火鳴骨』を探索しイノリの兄……“シン”の痕跡を探す。

 そして俺はと言うと……“エルレンシア”として新しく、銅三級冒険者として冒険者登録し、地上での依頼解消に勤しむことになった。

 

 なぜ、わざわざ新しい身分を作ったのか。

 理由は、俺が思っていた以上に“銀三級”という肩書きが持つ力というのが大きかったからである。

 

 俺はあの槍使いの女に顔を見られている。つまり、人の出入りが激しいギルド等に張り込みされた場合身バレから大逃走劇の始まり……となりかねないのだ。

 

 

 ……これは意図的に隠してきた結果なのだが。

 

 俺が性転換すること自体は知られていても、シャロンとエルレンシア、二人の姿になれることを知ることは未だに知られていない。

 

 『花冠世界』の一件で露呈すると覚悟していたが、緘口令及びグレイギゼリアの配信掌握、唯一の目撃者であるハルファたち一行が口外しなかったこと。

 そしてなにより、〈英雄女児〉という全力で中指を立てたくなるクソったれな異名のせいで俺の性転換=シャロンという構図が広く浸透しているのだ。

 

 ゆえに、エトラヴァルト=エルレンシアという図式は多くの者にとって成立しないのだ。

 身分の詐称は犯罪? 知るかそんなこと。冒険者なんて多かれ少なかれ後ろ暗いこと抱えてる奴が一定数いるんだよ!

 

 とまあ自分の思考に勝手にキレていると、シーナのオーロラの瞳が不思議そうに俺を見上げた。

 

「お兄ちゃん、何に怒ってるの?」

 

「世の中の理不尽ってやつさ……と言うか、いい加減にその“お兄ちゃん”と言う呼び方をやめなさい。今の俺は不本意ながら“お姉ちゃん”だから」

 

「お兄ちゃんはお兄ちゃんだよ?」

 

「頑固者め……」

 

 

 リーエン滞在から2週間。

 俺を除く3人は今日も異界に痕跡探しに、俺は小銭を稼ぐべく地上の依頼を受けていた。

 

 ギルドには案外、多種多様な依頼が舞い込んだりする。冒険者ギルドとは基本的に冒険者の異界探索を支援するための組織だが、同時に地域貢献的な活動を行っているギルドもそれなりの数ある。

 

 命のやり取りを日常とする冒険者は、一般人と比べてどうしても荒い……或いは荒く見えてしまうことがままある。

 冒険者たちの心象の悪化はギルドの経営にも影響を与える……ということで地域活性化、或いは単純な人助けなど、所謂草の根活動をギルドは積極的に推奨しているのだ。

 

 リーエンは面積だけで言えば小世界を軽く凌駕し、下手な大世界に匹敵するほど。日帰り可能な首都近郊に絞ってもかなりの依頼が毎日張り出されている。

 

 

 ……さて。今日の俺がやたらと独り言が多い理由だが。言ってしまえば現実逃避である。

 

 人混みではぐれるのを避けるためシーナとしっかり手を繋いで早朝からギルドに入る。すると、この数日で顔見知りになった冒険者たち(主に女性)が「おはよう!」と気さくに声をかけてきた。

 

「今日も早いね〜!」

「昨日はありがとねー!」

「エマちゃんも早起きだね!」

 

 “エマ”と呼ばれたシーナが手を繋いでいない左手でグッと親指を立てた。

 今現在、シーナは黒のウィッグと藤紫のワンピースを着てお気持ち程度の変装をしている。同様に、追手が名前を知っているとのことで外では“エマ”という偽名を使っている。なお、この名前はシーナが強く推した。理由は不明。

 

 顔見知りと軽く挨拶を交わし、いつもの流れでカウンターへ。

 

「おはよう」

 

 と挨拶すると、受付の女性は満面の笑みで応対してくれる。

 

「おはようございます、エルレンシアさん! 今日も都市近郊での依頼ですね?」

 

「ああ、頼む」

 

「はい。こちらにリストアップされているものが該当する依頼です」

 

 受け取った“情報端末”なる、指で触るだけで画面がスルスルと動き無数の依頼を視界に流し込んでくる便利な機械で依頼を選別していく。

 

「エマちゃん、朝早くから眠くない?」

「お母さんのお仕事手伝ってるんだって? 偉いなぁ」

「ほんと! うちの子にも見習ってほしいわ!」

 

 ギルド職員たちから褒められてご満悦なエマもといシーナ。

 

 そう。俺は今、「女手ひとつで娘を育てている冒険者」と認識されているのである。

 シーナのウィッグとエルレンシアの地毛が同じ黒であることが災いしたのか。特に関係性を自ら吹聴して浸透させたわけでもないのに、1週間ほど経った頃からなんか「そういう感じ」で広まっていたのだ。

 

 エトラヴァルト19歳、童貞にして10歳?くらいの娘ができました。

 頭がおかしくなりそうだ。

 

「畜生が……」

 

「?」

 

 思わず漏れた嘆きにエマが首を傾げた。

 俺は手早く依頼を決め、女性に手渡す。

 

「これとこれで頼む」

 

「区画清掃と運搬業務ですね。では、こちらの契約書をお持ちください」

 

「ありがとう。それじゃ」

 

 依頼を受けた、という証明になる契約書を二枚受け取り、俺はエマを連れてギルドを後にする。

 

「お気をつけてー!」と元気に見送ってくれる職員に振り返り、軽く手を振ってから雑踏に紛れた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 区画清掃……要するに掃除のお仕事である。

 壁の塗装や不法投棄等の処理を行う上で、人手はいくらでも欲しいものだ。

 

「公共の場はみんなで綺麗に使いましょう……ってな」

 

 この区画清掃の仕事、エルレンシアの姿とすこぶる相性が良い。

 魔力があることで魔法がそれなりに自在に使える。リーエンは非殺傷系の魔法であれば街中でも合法的に使用が可能であり、辺りのゴミを風で集めてゴミ袋に入れたり、水圧で壁を洗浄したりと非常に便利だ。

 

「いつか元の姿でも魔法使えるようになりてえなあ」

 

 ないものねだりな気がしなくもないが、言うだけでタダの精神でぼやいてみる。

 シーナは何をしているのかと言うと、俺の後ろを張り付くように移動しながら大きなゴミ袋を広げ、俺が操作を誤り取りこぼした細かなゴミ等を熱心に回収している。

 

 魂を直接覗いてるらしき規格外の瞳だったり、妙に年不相応な貫禄を感じさせる彼女だが、こうして共に過ごしている分には全く普通の女の子である。

 

「天才ってのはどこかしら浮世離れしてるもんなのかね……」

 

 昨日なんて、俺を見て「前より賑やかになった」と明らかに《英雄叙事(オラトリオ)》を観測していなければ出てこないであろう発言をしていた。

 今思うと、レゾナでの『仲直りしてね』という発言は彼女なりの《英雄叙事(オラトリオ)》と向き合えという警告的なものだったのではないかという気がする。

 

「……流石に考えすぎか?」

 

「お兄ちゃんは前より元気になった」

 

「またお前は脈絡なくそういう意味深なことを……」

 

 話が通じる時と全く通じない時、シーナはかなり両極端である。多分、この少女は本質的な情報しか話さないのだろうな、という風にここ2週間の付き合いでなんとなく理解した。

 まあそれがわかったところでわからないものはわからないんだが(混乱)。

 

「前はもっと辛そうだった」

 

「俺、そんなに疲弊してた?」

 

「しなしなだった」

 

「マジかよ」

 

 シーナの発言に驚くが……なるほど確かに、あの頃は色々と余裕がなかった。

 確かにあの時は半月ほど元の体に戻れなくて精神がかなり参っていた。なるべく隠していたつもりだが、通りがかりの少女に見抜かれるほど疲弊していたというわけか。

 

「…………そろそろ、現実逃避はやめるか」

 

 ……さて。そろそろ少し離れた場所から明らかに俺を睨んでいる頭に角を生やした……恐らく鬼人族の女性をなんとかせねば。

 

「エマ。アレは俺のことを見てると思うか?」

 

 俺の質問に、シーナは器用にゴミを拾いながら自然な演技で背後を確認した。

 

「……あれ、お兄ちゃんのことは見てない」

 

「え、そうなの?」

 

 いきなり勘違いである。

 最近視線を気にしすぎか? と自戒する。

 

「うん。お姉ちゃんを見てる」

 

「……それはもしかして、俺の“ガワ”を見ているという認識で正しいか?」

 

 念の為の確認に、シーナは「そうだが?」と言わんばかりに真顔で一つ頷いた。

 

 この瞬間、俺の脳が高速で回転しラルフの「種族教室」の記憶が蘇った。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「長命種と短命種が子を成せるってさ、結構残酷な話だと思わねえ?」

 

 『花冠世界』から『悠久世界』への移動中。ぼんやりと外を眺めながらラルフがふとそんなことを言った。

 

「どうした? 急に真面目な話して」

 

「俺はさ、『エルフとか鬼族とか良いよなぁ』って思ったわけよ」

 

「どうした? 急に不真面目な話して」

 

 良かったいつものラルフだ、と安心する俺を他所に、ラルフは(本人的には)至って真面目に続ける。

 

「けどさ、エルフや鬼族みたいな長命種なんかは、必ず俺が先に死ぬわけじゃん」

 

 かつて人類に、ここまで虚しい人生設計があっただろうか。

 

「混血の子供は殆ど長命種寄りの寿命になるって話だけどさ、実際のところはわからねえじゃん。つまり、必ず苦しみを背負わせることになるわけだろ?」

 

「……なるほど」

 

「まあ、俺は未亡人ってのも悪くはないと思うが——」

 

「おい、俺の共感を返せよ」

 

 情緒乱高下のラルフの戯言。が、少し気になったことがあったので踏み込んでみる。

 

「なあ。長命種ってさ、エルフ以外にはどれくらいいるんだ?」

 

「鬼族、巨人族、狐人族、吸血鬼、天使……()()()()()寿命が長いのはそれくらいじゃねえかな? わかってたぜエト。お前ならこのジレンマについて理解してくれるとな」

 

「悪いが今回はその限りじゃない」

 

 ひどくショックを受け「そんなあ」と嘆くラルフに、俺は軽い思いつきを話す。

 

「《英雄叙事(オラトリオ)》のさ、記録された人たちの知り合いに会うことってあるのかなーって思って」

 

「あー、そういうことな」

 

 レゾナでお世話になったエスメラルダ学園長やくーちゃんなんかは、生前のエルレンシアを知っていた。

 千年以上前の人間であるシャロンを知る人はすくないだろうが……三百年前の人間であるエルレンシアを知る誰かは、案外いたりするのだろうか——そんなことを考えた。

 

「案外いるんじゃねえか? 世間は狭いって言うし」

 

「会ったら、色々話聞いてみたいな」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 ……なんてことを話したからだろうか。

 言霊とはよく言ったものである。詠唱や祝詞が存在する以上、あって然るべき必然ともとれるかもしれない。

 

「エルレンシア! 貴女よね!? 生きて……生きていたの!?」

 

 必然、かもしれないのだが……

 

「生きてたなら、どうして連絡してくれなかったの!? わ……っわ゙だじ、ずっ゙どま゙っ゙でだの゙に゙ぃ゙……!!」

 

 薄紅色の丈の短い袴もどきを着こなした麗人が、俺の胸に縋り付いて恥も外聞もなくみっともなく泣き散らす。

 

「悪かったよカルラ。その辺のことちゃんと話してやるから、一回離れておくれ?」

 

「や゙だぁ゙……!!」

 

 カルラという名前らしい鬼族の麗人は、赤みが差した艶やかな黒髪を振り乱して喚く。

 

 頼むから、仕事中に騒ぐのは勘弁してほしいです。

 あとエルレンシア、緊急事態とはいえ俺の防御をスルーして表面化しないでくれ。

 

 半ば暴れるように俺に抱きつくカルラ。

 定期的に顎を強襲する、丁寧に磨かれた白磁の角を紙一重で避け、

 

「ママ、次のお仕事遅れるよ?」

 

「バカお前今その呼び方は——」

 

 内側でエルレンシアが苦笑する気配を感じたが時すでに遅し。

 

「ま、ま……ママ!? あああああ貴女いつの間に子供産んだのよ!!? 相手は誰なの!? も、もももしかして私!? 私なのね!?」

 

「あーもーめちゃくちゃだよ」

 

 淡々とゴミ袋を縛るシーナの一足飛びな代名詞によってもたらされた混乱に、俺はひたすら途方に暮れた。

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