【第一巻発売中】弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ)   作:銀髪卿

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混沌と、痴話喧嘩

 その後、赤子のようにぐずるカルラを引き摺りながら運搬業務を終えた俺は、その足で宿に帰ることをせず、個室居酒屋(子供入店可)に入った。

 

「——で? あんた結局誰なのよ」

 

 神速の抜刀。

 個室に案内された直後、俺の首元にコマ送りのように小太刀が添えられた。

 

「ええ……情緒の落差どうなってんだよ」

 

 敵わないことを瞬時に察した俺は両手を挙げて降伏宣言。俺の真似をしたシーナも同様に両手を挙げ……バンザイした。

 

 カルラの飴色の瞳が鋭く、冷たく光る。

 

「三百年ぶりよ? 懐かしい顔を見たら少しくらい取り乱しもするわよ」

 

 思い出す醜態に、俺は思わず疑問の声を上げてしまった。

 

「アレが少し……?」

 

「あ゙?」

 

「なんでもないですハイ」

 

 グッと押し込まれた小太刀の冷たい感触とそれだけで人を殺せそうな眼光に内心悲鳴を上げながら謝罪する。

 カルラが刃を引く気配はなく、最初の問いに答えない限り解放される未来は見えない。

 

「顔と声が同じでも、所作が違う。あんたはエルレンシアじゃない。答えなさい、あんたは何?」

 

「ただの冒険者だよ、ちょっと訳ありだけど」

 

「ただの冒険者があの子の声帯まで再現できるとは思わないのだけれど?」

 

「それはごもっとも……」

 

「まあいいわ。さっさと訳を話しなさい」

 

 刃を引いて欲しいという俺の要望に応えたカルラが小太刀を鞘に納め、胸の前で腕を組み席に座った。

 

「俺はエトラヴァルト。銀三級冒険者だ」

 

「エトラ……名前は聞いたことあるわ。最近昇格したそうね。で? 私の記憶が正しければソイツは男のはずなんだけど?」

 

 カルラは不機嫌そうに「今更煙に巻こうってんの?」と睨みを効かせた。

 

「んなつもりはねえよ。アンタの言うとおり、俺は正真正銘男だよ——ほら」

 

「へっ——!?」

 

 変身を解き、元の姿に。

 

「エルレンシアの姿になってたのは、その……ちょっと縁があってだな」

 

「…………」

 

 《英雄叙事(オラトリオ)》のことをどこまで説明すべきか迷いが生まれ、言い淀む。

 わざわざ隠すようなものではないのかもしれないと思い始めていた矢先、《終末挽歌(ラメント)》と邂逅した。()()が比較対象に上がりかねない以上、無闇にこの力を公言すべきではない。

 

 しかし、ちゃんと説明しないとエルレンシアの旧友らしいカルラに失礼を働くことになる。

 はてさてどうしたものかと高速で頭を回転させていると、ツンツン、とシーナが俺の脇腹を突いた。

 

「どうした?」

 

「アレ」

 

 シーナが指差すのは、俺の目の前で白目を剥いて堂々と座るカルラ……って。

 

「気絶、してる……? なんで?」

 

「————」

 

 手を振ってみるも起きる気配はなく。

 

「お兄ちゃんが変身したら、びっくりして気絶した」

 

「ええ……?」

 

 シーナの淡々とした状況説明に困惑する。

 非常に居た堪れなくなった俺の元へ、店員が「ご注文どうなさいますかー?」と扉を開けた。

 

「あーっと。とりあえずお会計で」

 

「……はい?」

 

 店員の疑問に満ちた(まなこ)は、1週間くらい忘れられそうになかった。

 

「お釣りは、いらないぜ?」

 

 シーナさん、それはお金を払った時に言う文句なんですよ。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 異界・『不知火鳴骨』は、発生から十年と経過していない異界の中でも特に新しいものに分類される。

 ここに出現する魔物はただ一種類、“スカルレイス”という名のしゃれこうべ。()()()の魔物のみである。

 

 スカルレイスは冒険者たちから「面白い」と評される生態をしている。彼らは冒険者の思考をある程度トレースし、その者が最も苦手とする()()()()()を生成するのだ。

 ふよふよと浮遊する非実体の髑髏から体が生える様子は珍妙の一言に尽きる。

 

「非実体の相手に攻撃が当たるって変な感じだよね」

 

 異界・第十層。

 今日も今日とて異界に潜り兄と姉の痕跡を探すイノリは、スカルレイスの頭部を白夜で切り裂き当然の疑問を口にした。

 その疑問に答えたのは、同様に左手の剣で骸骨霊を寸断したラルフ。

 

「この異界は()()()()()が起きてるからなー。ここでは俺たちも()()()()()()()らしいぞ」

 

穿孔度(スケール)3なのに、随分と馬鹿げた特性をしていますよね」

 

 ストラの言葉に、二人は強く同意した。

 スカルレイスの危険度は精々が2。更に殺傷力は極めて低い。異界主含めてこのレイス一体のみしか魔物が出現しないこの異界の穿孔度(スケール)が3と判定されているのは、ひとえにこの馬鹿げた特性にある。

 

 異界内に侵入した者に対して、問答無用で性質の反転を仕掛ける。同時に発生する、異界内での()()()()()()

 実体と霊体。魂が「霊体(こっち)が本来の肉体だ」と誤認するまでの猶予は、凡そ十三時間。

 

 この制限時間(リミット)が、イノリたちの痕跡探しの難易度を大きく引き上げ。

 同時に、手綱を握っていなければ霊体になってもお構いなし——な勢いで周りが見えなくなるイノリにラルフとストラの心労は増すばかりだった。

 

「エトってさ、なんでもない風にイノリちゃんの手綱握ってたけど……あいつすげえんだな」

 

 普段であれば役目云々を考える以前にイノリの暴走を抑制していたエトの不在に、ラルフは「これが失って初めて気づくってやつか……」と感傷に浸った。

 

「ですね。まあ、今回ばかりはエト様も苦労しそうではありますが……」

 

 鬼気迫る、という言葉がこれ以上なく適切なイノリの剣幕に若干気圧されるようにストラがぼやく。

 自らも異界の中の“違和感”を探す片手間、イノリが視界からいなくならないように常に注意を払い続けたストラは否応なく、イノリの内側に占める“兄”と“姉”の比重の大きさを理解させられていた。

 

「ストラちゃん、そっちどう!?」

 

「すみません、依然変化なしです」

 

「わかった! 私ちょっと奥行ってくる!」

 

「待ってくだい、わたしも行きます!」

 

 言ったそばから単独行動しようとするイノリの背を慌てて追いかける——刹那。

 ストラは、魔力の()()を感知した。

 

「……!? イノリ、待ってください! 歪みが……魔力の歪みがあります!」

 

 ストラの静止の呼びかけにイノリが土煙を上げながら急制動する。

 

「どこ!?」

 

「こっちです!」

 

 ストラの誘導を受け、イノリたちは第十層のやや奥まった——異界主の待つ第十一層への連絡路近辺へ足を運んだ。

 

「この辺りの魔力が、なんと言いますか。澱んでいる? ような感覚がありまして…….」

 

 外部から魔力を意図的に体内に供与する術を持つストラにとって、空間に溢れる魔力とは神経の延長線そのものである。

 魔法を使う者であれば誰しもが持っている感覚ではあるが、ストラのそれは凡人を凌駕している。

 

「俺には何も感じねえけど……まあストラちゃんが言うなら間違いねえか」

 

 特段、他の場所と視覚的差異はないように見えると、ラルフは異界の壁を触診しながら痕跡を探す。

 

 ——それは、突然訪れた。

 ラルフとストラ。両名がほぼ同時に奥まった小部屋のような空間に足を踏み入れる、その瞬間。

 

 ———— 死 ————

 

「「——ッ!!?」」

 

 二人は同時に、踏み込んだ右足が引きちぎられる光景を幻視した。

 転がるようにその場から退避したラルフが、一瞬にして大量の冷や汗をかいて呼吸を荒くした。

 

「……っ、……っ、今、のは……!?」

 

「足、ついて、ますよね……?」

 

「二人ともどうしたの!?」

 

 異変に気づいたイノリが二人に駆け寄る。

 外傷はなく、しかし一目でわかるほど憔悴していた。

 

「すごい汗だけど——!?」

 

「い、今……あの、小部屋に入ろうとしたんだ」

 

 わけもわからないままラルフは語る。

 

「そしたら、急に……なんだ、アレ。闘気……?」

 

 違う、と。

 知識、経験、思考をラルフの本能が否定した。

 ほんの僅か。一瞬だけ感じた何か。

 それは、闘気などではない。もっと本質的……或いは根源的な力の奔流だと。

 

「…………」

 

 イノリは、二人を庇うように前に出て、小部屋へ向かう。

 

「イノリ、気をつけてください!」

 

 ストラの忠告に小さく頷いたイノリは眼帯を外し、左手に極夜、右手に魔弾の射手(フライクーゲル)を持ち臨戦態勢で小部屋に一歩、踏み込んだ。

 

「…………ぁ」

 

 小さく、呻いた。

 その右目から、涙が溢れた。

 

「兄ぃの、気配だ」

 

「「……は?」」

 

 困惑する二人を他所に、イノリはなんの躊躇いもなく小部屋の中に踏み込んでいく。

 

 ラルフは、一度踏み込んだからこそ感じられていた。あの力の奔流は、未だにあの空間に滞留していると。

 

「イノリちゃん……?」

 

 にも関わらず、イノリはその力を気にも留めずずんずんと進み小部屋の中央で立ち止まった。

 その光景は、ラルフとストラからすれば異常の一言に尽きた。

 

「……間違いない。兄ぃだ」

 

 確信を持ったイノリは眼帯をつけ直し、武器をしまう。

 

「懐かしい……ここに、いたんだ」

 

 暖かい気配。

 ずっと自分を守ってくれていた気配。今もまだ、変わらず。

 

「イノリちゃんの、兄貴……? まさか、この気配の主が……!?」

 

 冗談だろう、とラルフはただひたすらに絶句した。

 気配が残る、と言う事象は往々にして発生する。

 足跡や匂い、空気の乱れやその他様々な事象……そういったものを人はしばしば鋭敏な感覚で捉える。

 

 だが、そこにいないにも関わらず。()()()()()()()()()()()()()()()など、およそ人になし得るものではない。

 

「何者だよ、イノリちゃんの兄貴」

 

 ラルフの驚愕を他所に、イノリは小部屋をぐるりと見渡す。

 

「兄ぃ、なんでここに来たんだろう……」

 

 その時。

 ずっと意識しないようにしていた疑問が思わず口をついて出た。

 

「なんで、会いに来てくれないんだろう」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 良くも悪くも。

 今、イノリは目立っていると言っても過言ではない。

 元々少女が金級を志したのは、行方知れずの兄に「ここにいるぞ」と伝えるためである。

 

 ……そもそも。

 

 兄……シンがなんらかの目的を持って異界に踏み込んでいたことが判明した時点で、シンがイノリの動向を認知していないという文脈には矛盾が発生する。

 

 なぜなら、『湖畔世界』フォーラルの大氾濫(スタンピード)の一件で、エトラヴァルトが1番目立ってこそいるが、イノリもまた名を上げた新人の一人である。

 そして、つい先日銀三級への昇格も発表された。

 

 外的要因で記憶の欠落が生じていない限り、「知らぬ存ぜぬ」を通すにはあまりにもイノリは——相棒のエトラヴァルト含め、目立ちすぎている。

 

「……()()()()

 

 イノリは。彼女自身が()()と考えている可能性を呟いた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 少女を包む気配は答えない。

 

 立ち尽くして、気配に包まれ——イノリは、頭を振ってから小部屋の外に出た。

 

 戻ってきたイノリの表情は、手がかりが見つかったにも関わらずあまりにも消沈していた。

 

「イノリ……」

 

 思わず名前を呟いたストラに、イノリは力無く笑った。

 

「来るのが、ちょっと遅かったみたい。戻ろ?」

 

「……そう、ですね。制限時間に余裕はありますが、はい。帰還しましょう」

 

 帰り道。三人は、ただの一言も話さなかった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 三人が宿に帰ると。

 鬼人族の麗人と、人族の青年が部屋の中で白熱した議論を交わしていた。

 

「じゃああんたはエルレンシアのなんだって言うのよ!?」

 

「だから“継承者”だってさっきから説明してるだろ!」

 

「わかんないわよそんなの! あの子その……オラオラ王? について何も話してくれなかったもん!」

 

「本人死後に気づいてたって説明したろ!? あと《英雄叙事(オラトリオ)》だ! そんなチンピラみてえな名前じゃねえよ!!」

 

「「「……」」」

 

 世の中には、タイミングというものがある。

 今日はやけ食いしたい、気が済むまで寝たい、趣味に没頭したい——そんな欲が大きく顔を覗かせる時がある。

 

「うわぁあああん! エルレンシアが反抗期だ! あんなに「お姉ちゃん、お姉ちゃん!」って慕ってくれてたのにぃ!!」

 

「反抗期もなにももう死んで墓に入ってんだよ! 俺はエルレンシア本人でも生まれ変わりでもねえ!!」

 

「じゃあそこの子はどう説明するのよ!? あんたのこと『ママ』って呼んでたじゃない!」

 

「言葉のあやだって! いや俺もなんのあやなのかは全く知らねえけど! エルレンシアの子でもアンタの子でもねえって!」

 

「「「…………」」」

 

 イノリにとって、今日がそれだった。

 なんというか、兄のことを強く意識してしまったからか。無性に甘やかして……もとい労わって欲しいと。

 だと言うのに……

 

「産んでないの!? えっ……、単為生殖!?」

 

「はっ倒すぞ!!? ……あ、イノリおかえり! ラルフとストラもちょうどいいところに来た!」

 

 

 こっちの気も知らないで。

 なにをまた新しい女とイチャついているのか。

 センチメンタルな気分はどこへやら。

 

「エト、くん……?」

 

 その声に混ざる怒気に、ラルフとストラが悟った。

 

「「あっ……」」

 

 二人は静かに合唱して火の粉が飛んでこないように3歩下がって扉を閉める。

 

「この人エルレンシアの旧友らしくてさ! いやマジで話通じないからちょっと手伝ってくれ!」

 

「エトくんの……」

 

「?」

 

「ねえ、私の娘にならない?」

 

「嫌」

 

 イノリの震える声音にエトが首を傾げ、珍客のカルラがシーナの頬をむにむにと挟み狂った提案をし即時却下される。

 

 そこに、少女の特大の雷が落ちた。

 

「エトくんの、ばか〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」

 

 加速する混乱に、シーナが一言。

 

「あーもー、めちゃくちゃだよ?」

 

 隣の部屋の宿泊客から苦情が来るまで、混沌とした痴話喧嘩は延々と続いた。

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