【第一巻発売中】弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ)   作:銀髪卿

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欠片を集める者たち

 平原の中に一本整備された畦道を一台のトラックが進む。

 “レンタカー”なる、お金を払えば誰でも運転が可能らしい公共物。カルラが管理者に小切手を握らせ強奪すれすれで借り出したそれに俺たちは揺られていた。

 

 運転席にカルラ、助手席に地図を持ったラルフ。

 後ろの荷台にストラ、シーナ、俺、イノリが乗って暖かな陽気に照らされる。

 

 意外と波長が合ったのか。

 シーナはストラにかなり懐いていた。

 

「シーナさん、そのクッキーいつの間に回収していたんですか?」

 

 昼飯を透かすことになったことで特別ルールが発生したらしいシーナは、ストラの体を背もたれにもそもそと小動物のようにクッキーを()んでいた。

 

()()いちゃんが逃げる時に回収してくれた」

 

「エト様が?」

 

 ストラが確認の視線を向けてきたが、心当たりがない俺は首を横に振った。

 

「お兄ちゃんじゃないよ?」

 

「え? でも今、おにいちゃんと……」

 

「うん。()()いちゃん」

 

 シーナが指を刺したのは、運転席。

 俺は「まさか」と思いつつも確認を取る。

 

「もしかして、カルラのことか?」

 

「うん」

 

 何を当たり前のことをとでも言いたげな真顔のシーナ。俺は、その呼び方の起源にピンと来てぐったりした。

 

「おま……()()()()()()()ってことか?」

 

「うん」

 

「シーナさん、本人には言わないようにしましょうね」

 

「鬼いちゃんはいい人……!」

 

「手遅れみたいですね」

 

 そんな会話をしていると、荷台の中で寝転がって俺の太ももを枕にするイノリと目が合った。

 

「ねえエトくん」

 

「どうしたイノリ。吐くなら外に頼むぞ」

 

「エトくんは私のことなんだと思ってるの?」

 

 乗り物と人混みに極端に弱い定期的に嘔吐する相棒——とはっきり言えば拗ねるのは間違いないので、とりあえず頭を撫でて誤魔化しておく。

 

「なんか、誤魔化してる気配がする」

 

「ハハハそんなまさか……で? 大体言いたいこと想像ついてるけど」

 

「うん。()()なんだけどさ」

 

「ああ、()()のことだよな」

 

 言葉にせずとも伝わる。俺たちが脳裏に浮かべるのは、カルラがこの短時間で二度も取り出した“小切手”。

 

「私の勘違いじゃなければ、アレって書いたお金が実際に振り込まれるっていう幻の紙なんだけど……」

 

「俺の記憶が正しければ、宿では家一軒余裕で建つくらいの金額が見えたんだけど……」

 

 二人揃って、考えることは同じだった。

 

「「金級冒険者って怖……」」

 

 金級……“金”がつくだけあって金の使い方のスケールが違う。テント一個で胃を痛めていた過去の俺たちが馬鹿馬鹿しくなるほどの金を半日で消費したカルラの金銭感覚に、俺たちは戦々恐々とした。

 

「しかし、とんでもない力でしたね。小太刀を()()()()()()()()屋根が……というより家が消し飛びましたよ」

 

 ストラが想起しているのは無惨にも両断された宿。羽虫を追い払うような気軽さで振りかれた小太刀は、それだけで俺の最大火力に匹敵……いや、超えていた。

 

 イノリが少し難しい顔をして呟いた。

 

「金級冒険者……ヴァジラさんも大概凄かったけど、カルラさんは“別格”って感じするね」

 

「……」

 

 あの時……カンヘルとの戦いの最中は必死でそんなことに気が回らなかったが、ヴァジラも大概可笑しな戦闘力をしていた。

 シャロンに変身した状態の俺の闘気×身体強化魔法の最大火力を無傷で受け止めたカンヘルの装甲を紙屑のように切り裂いた爆炎刃。それを八つ同時に手足のように操作し、自らもまた前線で戦う……かなり人類卒業な挙動である。

 

「……エトくん大丈夫? 難しい顔してるけど」

 

「……大丈夫だ」

 

 俺は。

 俺は今、何処にいるのだろうか。ふと気になってしまった。

 冒険者としての階級ではなく……今、どれくらい強くなれたのか。

 冒険者になってそろそろ九ヶ月が経つ。あのアルダートの異界の大地を踏んだ時から、俺はどれだけ成長できたのだろうかと。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 最近、エトラヴァルトが難しい顔をすることが増えたとイノリは感じていた。

 笑顔、呆れ顔、困惑、嘆き、真剣な顔……色々見てきたが、最近の表情にはどこか思い詰めたような、切迫したものを感じる節がある。

 

 原因は分かりきっている。

 

 ——グレイギゼリア・ベルフェット・エンド。《終末挽歌(ラメント)》の持ち手にして、エトラヴァルトの親友、アルスを筆頭にした多くの友の仇。

 

 エト本人は「恨むのはこれっきり、怒るのはこれが最後」と言っていたし、実際そうなのだろうとは思う。だが、それでグレイへの興味の全てが消えたわけではないこともまた確かである。

 

 《英雄叙事(オラトリオ)》と《終末挽歌(ラメント)》。この二つの力は、はっきり言って()()()()()()

 魔法や呪い、精霊の祝福からは逸脱した全く別の力。

 同じ“本”を外殻とした能力……意識するなという方が土台無理な話である。

 

 わかっていた。

 この旅が、楽しいだけの旅ではないことくらい。

 目指す場所は遥か高み。その過程は、凡百はおろか天才すら容易に淘汰されるほどの過酷を極める。

 決して、常に笑顔でいられるような世界ではないことくらいわかっていた。

 

「……エトくんはさ、()()に着いたら何したい?」

 

 だけど、それでも。

 

「バイト」

 

「灰色すぎる……! なんかこう、ないの!?」

 

 その旅路の脇道だけでも彩れたなら。

 

「アレが食べたいとか、これがしたいとか!」

 

「本国のこと何も知らないからなあ……多分、働きながら観光してるだけで結構楽しめると思う」

 

「エトくんってかなり労働中毒者だよね」

 

「なんだその不名誉な称号は」

 

 振り返った時、少しでも鮮やかな花があって、笑顔になれるような“思い出”があれば。

 それはきっと、いい旅なのだと……良い記憶なんじゃないかと、イノリは想う。

 

「最近ずっと仕事に追われてたからエトくんは労働禁止! 本国滞在中は休暇を強制します! リーダー命令!」

 

「横暴!」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 リーエン出発から三日後。

 

 その威容は、車であと半日はかかるであろう場所からも容易に観測できた。

 助手席に座るラルフはもう道案内の必要すらないことを悟り、あんぐりと口を開けた。

 

「なん、じゃありゃ……」

 

「本国を見るのは初めて?」

 

 隣で運転するカルラの問いに、壊れた人形のように頭を揺らして肯定する。

 

「ならその反応も納得ね。アレが、エヴァーグリーン本国——この星で最も栄えている都市よ」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 目算通り半日後、俺たちはエヴァーグリーン本国に辿り着いた。

 

『————————やっべ〜』

 

 揃いも揃って、カルラ以外絶句。

 言葉が見つからなかった。

 

 大自然と大都市の融合、大雑把に言ってしまえば、本国は緑の世界だった。

 

 立ち並ぶ巨大樹を切り抉った超高層建築。無窮の広がりを見せる平野に広がる無数の建築物。

 

 建物の合間を縫って()()()()()、カルラが“リニア”と呼んでいた高速で人を運ぶ列車。なんと線路が要らないんだとか。すげえな七強世界。

 

 隙間から漏れる陽光の暖かさ、道ゆく人々の活気、生活基準……どれを取っても、感嘆しか出てこない。

 

 遥か奥に聳え立つ山を切り崩し建てられた繁栄の象徴たる巨城(パレス)——王国を照らす光(エヴァーライト)は、その情報圧だけで知恵熱が出てきそうだ。

 

『悠久世界』エヴァーグリーン、その本国。

 敷地面積は、魔剣世界レゾナの推定約4倍。

 

 推定6億を超えるとされている人口を余裕で許容する都市でもある本国は、穿孔度(スケール)8の異界を含む六つの異界を擁しながら、有史以来ただの一度も異界災害を経験したことがなく、また他世界の侵攻を一切許したことのない大要塞の側面をも有する。

 

「リステル何個入るんだろ……」

 

「エトくん、気持ちはわかるけどその絶妙に伝わらない例えやめよう?」

 

「イノリ、なんか辛辣じゃない?」

 

 入り口で棒立ちになる俺たちの背中を後ろに回ったカルラが「ほらほら」と押した。

 

「呆けてないで、せっかくの大都会なんだから楽しめばいいのよ! ほら行った行った!」

 

 半ば強引に背を押されるお上りさん五人。

 そんな俺たちの様子をひとしきり楽しそうに観察していたカルラのもとへ、かっちりとスーツを着こなした一人の男と護衛と思しき2mの巨躯で威圧する男……って。

 

「グルート……?」

 

 俺の呟きが聞こえたのか、男の視線が俺を捉え、直後笑顔を浮かべた。

 

「エトラヴァルトたちか!」

 

 グルートは護衛対象らしい男に一言二言断りを入れ、周りの人間がギョッと驚く鍛え抜かれた筋肉を躍動させ俺たちの前へやってきた。

 

「フォーラル以来だな。活躍は耳にしているぞ。銀三級へのスピード出世、お前たちには何度も驚かされる」

 

「ああ。グルートも、金級昇格おめでとう」

 

 元銀一級——現金五級冒険者グルート。

 『湖畔世界』フォーラルでの異変解決の際に派遣された冒険者であり、〈双斧の竜巻〉の異名を持つ。

 

 一ヶ月前、順当に金級に昇格した男は人の良い笑みを浮かべる。

 

「お前たちには直に会って感謝を伝えたいと思っていたんだ。あの日、俺たちに代わって大氾濫(スタンピード)を止めてくれたこと、改めて礼を言わせてくれ。ありがとう」

 

 巨体をくの字に曲げたグルートの礼を素直に受け取る。

 数秒で顔を上げたグルートは、背後を確認。

 

「すまないな。お前たちとは多くを語りたいところだが……生憎今日は護衛の最中だ。また話す機会を設けたいんだが、ここにはどれくらいの滞在するつもりだ?」

 

「悪い、ここは通過しにきただけなんだ。剣闘大会に出るためにムーラベイラに向かってる」

 

「そうなのか!」

 

 グルートは嬉しそうに笑う。

 

「俺も“お披露目”として参加する予定だ。であればムーラベイラでまた会えるな。その時、()()()話させてくれ」

 

「ああ。その時は是非」

 

 互いに頷き合って、グルートは護衛対象のもとへ戻って行った。同時に、カルラが俺たちに手を振った。

 

「それじゃあ再合流は1週間後、北西の()()()()()()()でね!」

 

 グルートとスーツの男に連れられていくカルラの背に声をかける。

 

「迷子になるなよー!」

 

「自信ないわ! やっぱり迎えに来て!」

 

「予定ギリギリだから無理! 遅れたら置いてくぞ!」

 

「そんなあ〜!」

 

 情けない声をあげながら、カルラは雑踏の奥に消えていった。

 

「……さて」

 

 残された俺たちは、各自。

 緊張が少し解けたことで、それぞれ我慢の限界に来ていた。

 

「イノリ、頼む」

 

 頷いたイノリは、思いっきり拳を突き上げた。

 

「今日から1週間は完全休暇! 集合は北西フェリー乗り場! みんな楽しんでいこう!! 解散っ!!」

 

『お〜〜〜!!』

 

 周りから微笑ましい視線を受けながら、俺たちは元気よく拳を突き上げた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 とあるホテルの一室。

 カルラはスーツの男……エヴァーグリーンの外交官、ゼフと向き合って座った。

 

「では、リーエンでの騒動についてですが」

 

 鋭い眼光がカルラを射抜く。対するカルラは不敵に笑い——

 

「ごめんなさい良いとこ見せようとして調子乗りましたぁっ! ポラリスには告げ口しないでください許してください!!」

 

 初手、黄金比の土下座をかました。

 着座からコンマ5秒。あまりにも()()を感じさせる無駄のない土下座にゼフとグルートは大きなため息をついた。

 

「大丈夫ですよ。相手が【救世の徒】でしたから」

 

「ありがとうございます……っ!」

 

 ひとしきり土下座し感謝の言葉を述べたカルラは今一度席に着き、グルートへと祝いの言葉を述べた。

 

「久しぶりねグルート君。金五級昇格おめでとう」

 

「先ほどの一幕を見せられた後に言われても、困惑が勝ちますね」

 

 露骨に苦笑いを浮かべるグルートだったが、すぐに気になる単語に言及する。

 

「すみません、ゼフ外交官。先ほどの【救世の徒】とは?」

 

「おや、君はまだ知りませんでしたか」

 

「何分無知ゆえに。できればご教授願いたい」

 

「そう難しい顔をしなくても良いですよ。知らないのは当然です。基本、単語そのものに緘口令が敷かれていますからね」

 

 ゼフとカルラは視線を交わし、言っても問題ない相手であると互いに確認を取った。

 ゼフが口を開く。

 

「【救世の徒】……大雑把に言ってしまえば武装テロ組織です」

 

「それはまた、穏やかではありませんね」

 

「ええ。直近の関与で言えば、『岳崖世界』の国宝簒奪……アレは彼らの仕業です」

 

「岳崖……傾国の美女が云々と話題になった世界と記憶していますが」

 

 グルートの回答にカルラがにんまりと笑った。

 

「ふぅん。グルート君、堅物っぽいのにそういうのちゃんとリサーチしてるのね?」

 

「……揶揄わないでください。それで? 【救世の徒】はなにを目的とした組織なのですか?」

 

「「わからない」」

 

 ゼフとカルラ、二人同時に断言した。

 

「わからない……とは?」

 

 困惑するグルートに、今度はカルラが説明する。

 

「言葉通りの意味よ。構成員、規模、目的……その殆どが不明なのよ。何度か末端をとっ捕まえて()()()みたけど有益な情報はなし。おまけに、ほんの一瞬目を離した隙に()()()()()

 

 カルラは数十年前、目の前で牢屋から忽然と消えた構成員と思しき男女の姿を思い返して舌打ちをした。

 

「〈天穹〉っていう()()()()の使い手がいるのよ。超凄腕のね。魔法の妨害なんてものともせずに、あらゆる防御をすり抜けては構成員を回収していく。私も何回かやられたわ」

 

 グルートが唸る。

 

「尻尾切りをしないとは、厄介な組織ですね」

 

「そうなのよ! アイツら妙に連携取れてるというか……そこらのチンピラとはモノが違うわ」

 

 

 この時、カルラには敢えて伏せた情報があった。

 それは、【救世の徒】の戦力。

 先日カルラが蹴散らした四人は、戦力的には銀三級クラス。その四人全員が()()である。

 

 【救世の徒】は、冒険者の上位25%とされる銀三級クラスの戦力を末端として起用しているのだ。

 

「……一つだけ。彼らの目的の中にはっきりとしているものがあります」

 

 そう付け足したのはゼフ。

 ゼフは茶を一口含み喉を潤した後、断言する。

 

「彼らは、世界に散らばる()()()()()を集めています。『岳崖世界』の“改竄の欠片”もその一つ。我々やポラリスが所有する“無限の欠片”も何度か標的にされた過去があるため、これは確定でしょうね」

 

 グルートの表情が険しくなる。

 

「ゼフ外交官。これは、俺が聞いてもよかった話なのですか?」

 

「いずれ、知らなくてはならなかった話ですよ。『悠久世界』の金級となった以上、君は否応なく、こういった暗部と対峙することが増えるのですから」

 

 答えになっていない回答にグルートはこっそり額を抑え、その様子を見ていたカルラが楽しげに笑った。

 

「それではカルラ、()()()情報交換といきましょうか。騒ぎの分、色をつけてくれて構いませんよ?」

 

「嫌よ。私絶対余計なことまで喋るもの」

 

 自分のポンコツ具合をよく理解しているカルラの発言にゼフもまた笑顔を浮かべた。

 

「では、始めましょうか。グレイギゼリア・ベルフェット・エンド。彼の持つ《終末挽歌(ラメント)》について、我々は知る必要がある」

 

 

 ホテルの一画が、重苦しい空気に包まれた。

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