【第一巻発売中】弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ)   作:銀髪卿

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竜の名前

 屋内訓練施設に、何度目かわからない轟音が鳴り響いた。

 粉砕された壁がエーテル結晶体の光を伴い修復されると同時に、その壁を破壊する()にされたエトラヴァルトが吐き出され、ボロ雑巾のようにその場に転がった。

 

「……驚いた。あんた本当に頑丈ね」

 

 そう口にするのは、エトラヴァルトを夜通しボコボコにし、何度も壁を破壊する弾丸に変えた鬼人族の麗人、カルラ。

 女は埃一つついていない赤みが差した黒髪を揺らし、心底感心した様子で呟いた。

 

「多少の加減はしたけど、まさか夜通し私の攻撃受け続けて()()を留めているなんてね」

 

「……こちとら」

 

 有り合わせの鎧はとっくに粉々。身一つで金二級の攻撃を受け続けたエトは、フラフラになりながらも自分の足で立ち上がった。

 

「竜の攻撃から生き延びた実績があるからな……」

 

 謎に体だけは頑丈なんだよ、とエトは自虐めいた言葉を吐いた。

 

「竜……《終末挽歌(ラメント)》の仕業ね」

 

「あれ、それ緘口令が」

 

「金級の一部には知らされているわよ」

 

 しれっと言ったカルラは、少し考える素振りを見せた。

 その後小さく「うん」と頷き、小太刀を仕舞ってエトを座らせた。

 

「エトラヴァルト。《終末挽歌(ラメント)》が竜を呼び出した時のこと、詳しく教えてくれるかしら?」

 

「……別に良いけど。と言っても、ほとんど見たまんまになるぞ?」

 

「構わないわ。実際に見たあんたの証言が重要なのよ」

 

 カルラの強い要望に頷いたエトは、当時のことを思い出すように語る。

 

「胸から一冊の本を取り出して、アイツは(ページ)を破った。祝詞を紡いで、(ページ)から竜を——カンヘルを呼び出していた」

 

()()()()、そうなのね」

 

 その反応の違和感に気づく。

 エトが訝しむようにカルラの顔を見た。

 

「カルラは、グレイギゼリアを知ってるのか?」

 

「名前を知ったのは初めてよ。でも——そうね。その悪行は知ってるわ」

 

 カルラは、「あんたは当事者だから良いわね」と呟く。

 

「これは他言無用よ、あんたの仲間にもね。……《終末挽歌(ラメント)》は、()()()()に関わっているわ」

 

「——冗談だろ」

 

 滅亡惨禍。

 『幽峡世界』を始めとした、200に迫る世界を飲み込んだ史上最悪の大氾濫(スタンピード)。それに、グレイギゼリアが関わっている。

 

 一笑に付したくなるカルラの発言。が、表情を変えないカルラにエトの頬が引き攣った。

 同時に思い出す。

 竜殺し——無銘と、無数の魂の原点を。

 

「いや……そうか。《英雄叙事(オラトリオ)》の起源が古いなら、《終末挽歌(ラメント)》も大昔からあっても不思議じゃないのか」

 

「そうらしいわね。私自身は()()4()0()0()()()()だし、ただの伝聞だから詳しいことは知らないんだけれどね」

 

 しれっと長命種としての貫禄を見せつけてきたカルラにエトが閉口する。

 

「……400年生きたなら方向音痴は改善しろよ」

 

「あー! それ言っちゃダメなやつよ! 良い!? 人間、得手不得手があるの! 私はそれがたまたま方向感覚だったのよ!」

 

「そんな体たらくでどうやって金二級にまで上り詰めたんだよアンタ」

 

 全くもって当然の疑問に、カルラは拗ねた子供のようにそっぽを向いた。

 

「ここ300年は空間拡張型の地上の異界を中心に回ってたわ。あと金級の遠征は三十人単位になるもの。私が方向音痴でも問題ないのよ」

 

「遠征か……穿孔度(スケール)7以上のか?」

 

 エトの問いにカルラは頷いた。別に隠すことでもないと。

 

「そうよ。モノによっては一ヶ月単位の遠征になるわ」

 

「桁が違いすぎる……」

 

「先に釘刺しておくと、内容は話せないわ。内部情報には守秘義務が発生するから」

 

「そこまでは求めてないから大丈夫だ……と、すまん。話逸らした」

 

 エトは「何の話だっけ?」とのたまうカルラに小さくため息をつく。

 

「グレイギゼリアが滅亡惨禍に関わってるって言って話だ。具体的にはどう関わってたんだ?」

 

「……一応結界張るわね」

 

 カルラは懐から術式の刻印されたエーテル結晶体(お値段ひとつ200万ガロ)を取り出し、砕く。

 瞬く間に二人を結界が取り囲み、外部と内部であらゆる情報が遮断された。

 

「これは『極星世界』の機密情報なんだけど——」

 

「え待って急に聞きたくなくなってきた」

 

「諦めなさい。エルレンシアと縁があったのが運の尽きよ」

 

「どんな脅しだよ……」

 

 今からお前に機密情報を教える——つまるところ、実質的に「他言したら殺すぞ」という宣言である。一瞬で逃げたくなったエトだったが、展開された結界がそれを許さなかった。

 

「《終末挽歌(ラメント)》の存在自体は、最低でも2000年前——滅亡惨禍の時代から確認されているわ。で、結論から言うわね。——《終末挽歌(ラメント)》は、滅亡惨禍を“蒐集”しているわ」

 

「……そんなこったろうとは思ったよ」

 

 二人揃って苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

 

「その規模、対象は不明だけど、少なくとも過去20回に渡って()()()1()5()の魔物を地上で召喚している」

 

「最強クラスの魔物をぽんぽん使ってんのかよ……」

 

「ほんと、気が滅入りそうになるわよね」

 

 頭を抱えたエトの反応に強い親近感を覚えたカルラが微笑む。

 

「だから、私個人はあんたが強くなりたいって言ってるその動機は尊重するわ。その気持ちは、痛いほどよくわかるから」

 

 一瞬。ほんの一瞬だけ。カルラは奥歯を噛み締め、拳を万力で握り込んだ。

 変化としては些細なもので、エトはそれに気づかない。

 

 両者の沈黙を破ったのは、魔力供与が途絶えた結界の儚い破砕音だった。

 少しの間過去を懐かしんだカルラが気を取り直すように自分の腿を叩いて立ち上がった。

 

「——さ、もう朝よ。宿に戻りなさい」

 

「ああ、そうするよ」

 

 立ち上がったエトは、しかし宿に足を向けず。しばしカルラをじっと見つめる。

 

「どうしたの? 私の顔なにかついてる?」

 

「角は付いてるな」

 

「これは生えてんのよ」

 

 間髪入れずに突っ込んだカルラにエトが小さく笑った。

 

「——頼みがある。明日も稽古をつけてほしい」

 

 丁寧に頭を下げる。

 

「ムーラベイラに行くまでの道程、俺に戦い方を教えてくれ……ください」

 

 苦手な敬語を使って、最大限の敬意を払って。

 真剣に頭を下げるエトラヴァルトに、カルラは眩しいものを見るように目を細めた。

 

「……あんたは強いね」

 

 その呟きは、エトの耳には届かなかった。

 

「顔を上げなさい、エトラヴァルト」

 

 姿勢を正したエトの灰色の瞳を、カルラは己の飴色の瞳で真っ直ぐ見つめ返した。

 

「良いわよ。ムーラベイラまでの道中、私があんたに稽古をつけてあげるわ」

 

「ありが——」

 

「ただし!」

 

 ビシッと手のひらを突きつけ、条件があるとカルラは付け加えた。

 

「本国は目一杯楽しむこと。あんたはまだ20歳にもなってないクソガキなんだから、遊びだって大切なことよ。いろんな経験があんたを強くするんだから、寄り道も楽しみなさい? これは“師匠”からの最初の課題よ」

 

「ああ。ありがとう、カルラ」

 

 もう一度頭を下げ、エトはカルラよりひと足先に宿へと帰る。

 

「……お礼を言うのは私の方よ、エトラヴァルト」

 

 去り行く背中に、カルラは心の底からの感謝の言葉を送る。

 

「『魔剣世界』を、エスメラルダを、エルレンシアを……救ってくれてありがとう」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 宿の朝食食べ放題を目前にして。

 俺は部屋のど真ん中で仁王立ちするイノリの前で正座をしていた。

 

 絶対零度の視線で俺を射抜くイノリが、凄まじくドスの効いた声を出した。

 

「エトくん。何か言うことは?」

 

「……隠れて訓練してすみませんでした」

 

「他には?」

 

「鎧壊してごめんなさい。あとボロボロになってすみませんでした」

 

 ——ミシ、と宿の床が悲鳴を上げた。

 

「ほんっとうにエトくんは! 目を離したらすぐに変なことして!!」

 

「……はい」

 

「休暇なのに死にかけるまで訓練するって何!? エトくんはマグロなの!? 動いてなきゃ死ぬの!?」

 

 魚の名前に半覚醒状態だったシーナの目がぱっちりと目覚めた。

 

「お魚!」

 

 ここ数日の食べ歩きでお菓子好きからグルメへと進化したシーナの食欲は止まることを知らないらしい。

 

「朝起きたらボロッボロだし! せめて治療くらいはして!」

 

 そこに、ガチャリと。

 躊躇いなく扉を開けてカルラが中に入ってきた。

 

「エトラヴァルト、いる? あんたの治療忘れてたから——」

 

「カルラさんも正座〜〜〜〜〜〜っ!!」

 

 その後、食べ放題最終入店時刻5分前までイノリの説教は続いた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 ——ところ変わって大図書館。

 寝食を惜しんで活字の海に溺れ続けたストラはふと、「今日は何日目だ?」と唐突に正気に戻った。

 

「……五日目じゃないですか」

 

 リニアなる乗り物に乗れば半日足らずで北西の港にたどり着けることを加味しても、猶予は僅か一日半しかないことに気づいたストラは「そろそろ竜について調べるか」と重い腰を上げた。

 

「宿泊施設も併設されているとは……大図書館、やはり素晴らしいです」

 

 五日間の平均睡眠時間が二時間以下という割と人間を辞めた挙動で本を読み漁ったストラの肌艶は、何故かよくなっていた。

 代償に目の下の隈は酷いものだったが、本人は非常に満ち足りた表情をしている。

 

「さてと。竜に関する本は——ん?」

 

 ふと見上げた壁に立てかけられた幾人もの肖像画が目に入り、ストラは何となく足を止めた。

 

「この方たちは……図書館建設に関わった人たち、でしょうか?」

 

 丁寧に、心を込めて描かれた肖像画は、絵に興味のないストラであっても不思議と引き込まれる力を感じた。

 

「それは歴代〈勇者〉様たちの肖像画ですよ」

 

 ストラの背後からそう語りかけたのは、ここ数日、彼女がお世話になった女性職員のハロだった。

 

「ハロさんでしたか。おはようございます」

 

「おはようございますストラさん。今日はまた一段と酷い隈ですね」

 

「必要経費です」

 

 見た目<<<<<<知識なストラにハロが苦笑する。

 

「ここに勤めて10年になりますが、ストラさんほど熱心な読書家は初めてですよ」

 

「本はわたしの人生ですから——と。〈勇者〉とは、確か『悠久世界』の“守護者”に与えられる称号だったと記憶していますが」

 

「そうですよ。ここに並ぶのは、今代の〈勇者〉様を除いた39人のご尊顔です」

 

「そんなにいたんですね」

 

 聞いてみたものの、特段ストラの興味を引くことはなく。

 

「すみませんハロさん。“竜”に関する書物はどこにあるでしょうか?」

 

 ストラの何気ない質問に、ハロの表情が凍りついた。

 

「り、竜……ですか? ストラさん、どんな意図を持ってお調べに?」

 

「わたしの故郷には竜に関する記述がほとんど無かったので。教養として知りたいんです」

 

「……なるほど」

 

 ハロの態度は致し方ないものだ。

 竜はすべからく世界の敵であり、歴代〈勇者〉の中には竜に殺された者も少なくない。

 今代の〈勇者〉が歴代最強と謳われる傑物であっても、その恐怖はそう簡単に取り去れるものではないのだ。

 

「竜の書物は45階より上に収納されています。他の本とは違い持ち出し禁止、併設ホテルにも持ち込めない仕様ですのでご留意くださいね」

 

「ありがとうございますハロさん。それでは」

 

 丁寧に一礼し、ストラは足早に45階へ向かった。

 

 

 

 ——それが、昨日の出来事。

 

 エトラヴァルト達4人とラルフがそれぞれ北西を目指し始めた頃、ストラは変わらず竜に関する書物を読み耽っていた。

 同時に、違和感——一つの矛盾に気づく。

 

「名前が、ありませんね」

 

 どんな竜だったのか、危険度や見た目、能力、被害等が詳細に記述されている書物は数あれど、竜の“固有名称”は一体を除いてどんな本にも記述されていなかった。

 

「わたしの読み込みが足りてない可能性は大いにありますが……少なくとも他の魔物とは違うのは間違いありませんね」

 

「あの男は確かに“カンヘル”と……竜の名前らしきものを呼んでいたのに」

 

 以前ストラは、エトに《英雄叙事(オラトリオ)》で変身する際に「どうやって」変身しているのかを尋ねたことがある。

 その時エトは『名前を呼ぶ』と言っていた。

 

 エトとグレイギゼリアを同列に語るのは凄まじく不快で思わず舌打ちが出てしまったが、能力に類似点がある以上、考察には必要不可欠であるとストラは嫌悪感を抱えながら思考を続ける。

 

「エト様の《英雄叙事(オラトリオ)》とグレイギゼリアの《終末挽歌(ラメント)》……恐らく、トリガーはどちらも名前を呼ぶこと。であればあの竜の名は“カンヘル”で間違いありません」

 

 名を呼ぶことがトリガーであると条件づけた際に生まれる謎——グレイギゼリアは、どうやって竜の名前を知ったのか。

 

「いえ。或いは——自分で名付けたのでしょうか」

 

 どちらにせよ、およそ真っ当な人間でないことは確かだった。

 

「——仮定を変えて、竜の名を知る方法、或いは名付ける術が一般にあると条件づけてみましょう」

 

 するとどうなるか? ストラは自問する。

 

「メリットは、他の多くの魔物のように名前と対策を紐づけられます。これは大きい——やるべきです」

 

 むしろ、多くの魔物達が名付けられてきた背景を考えれば、竜のみがその対象から外れていると考えることができる。

 そちらの方が、グレイギゼリアのみを異端とするよりよほど信憑性が増す。

 

「いえ、あの男は紛れもない異端ですが……そうですね。名付けによるデメリット……存在の周知、でしょうか」

 

 名を与えることで、人はその存在を正しく認識する。

 

 竜に名付けを行うことが、何か致命的な破綻を引き起こすのではないか? そんな推論が立った。

 

「恐怖によって力を増す……或いは、存在が確定することで“異界の外”での形を得る……ダメですね。全て妄想の域を出ません」

 

 これ以上は今の知識では論ずることができないと判断したストラは本を閉じた。

 

「さて……」

 

 外に出るのは実に1週間ぶり。

 湯浴み自体は毎日していたため臭いに問題はないはずだが、やはり日光浴とはそれなりに大事なんだなと陽の光を浴びたストラは唐突に眠気に支配された脳でぼんやりと考えた。

 

「ムーラベイラ……これも()でしょうか」

 

 大図書館最上階の駅からリニアに乗り込んだストラは、寝過ごさないように太ももをつまみながら窓の外、恐ろしい速度で流れていく景色を眺めた。

 

 北西の都市、ムーラベイラ。

 未だ命尽きぬ山を呑む竜が磔にされた土地。

 

「雲竜キルシュトル……()()()()()()()()()()()()。考察の足しになるといいのですが——ぐぅ」

 

 抵抗虚しく、ストラはあっさりと寝落ちした。

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