【第一巻発売中】弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ)   作:銀髪卿

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最悪の呪い

 『観魂眼』を淡く輝かせるシーナが、ラルフが“呪い”に罹っていると断言した。

 その衝撃たるや、師匠を含めた俺たち全員、口をあんぐりと開けて二の句を継げなくなっていた。

 

「えっと……」

 

 暫くの沈黙を経て、最初に再起動したのは当の本人であるラルフ。非常に戸惑いながら、シーナに言葉の意味を問うた。

 

「呪いって……具体的には?」

 

「魂の奥に、がっちり」

 

 ラルフの表情が絶望に染まった。

 

 

 そも、呪いとは何か。

 これに対する正確な答えを俺は持っていない。

 というのも、呪いというのは魔法のように体系化された技術技能ではなく、非常に曖昧な……()()の多い力なのだ。

 

 術者の命を対価にした呪い。

 自然を介した呪い。

 自己完結型の呪い。

 

 これまでの人生で何度か耳にし、俺自身も過去に一度——『服を着ると体調がありえないほど悪化する』というアホらしさの極みのような呪いを受けたことがある。

 ……いや、これが戦場だったら割と馬鹿にできない凶悪さなんだが、()()()の動機がやはりアホの極みだったため……話が逸れた。

 

 要するに、俺の認識では呪いとはとてもふわふわしたものなのだ。

 

 

 少し離れた場所で酒を飲んでいた師匠も流石に気になる話だったのか、手を止めてこちらへ寄ってきていた。

 

「師匠。呪いってここまでガッツリ作用するものなのか?」

 

「あるんじゃない? 事実、ラルフが患ってるわけだしね」

 

 俺の質問に師匠は顔を顰める。

 

「女性と縁がなくなる呪い……いえ、性的接触と縁がなくなる呪いかしら? よくもまあ、ここまで酷い呪いがあったものね」

 

 ラルフの経歴から呪いの内容を推測した師匠は、ラルフに「心当たりはある?」と問いかけた。

 

「あったら苦労してないんだよなあ……」

 

「そりゃそうね」

 

 絞り出したような嘆きに師匠は哀れみの視線を送り、シーナの方を向いた。

 

「あんた、呪いの形とかわかる?」

 

「多分……鎖?」

 

『鎖?』

 

「うん。奥の方に、引っ張ってる」

 

「聞いたことない呪いね……そもそも呪いなのかしら?」

 

 どれだけ唸っても答えは出ない。

 

「なあシーナちゃん。これ解呪する方法ないか?」

 

「わかんない」

 

「わかんないか……そりゃそうだよなあ」

 

 静かに、ラルフはソファの上に崩れ落ちた。

 

「エト……俺はもう、ダメみたいだ」

 

「「「ほ、本気で萎えてる……」」」

 

 冗談みたいな理由で、今この瞬間、ラルフの心は折れかけていた。

 

 しかし、考えてみれば当然のこと。

 

 “ハーレムを作る”ことがラルフのこの旅の目的である。なればこそ、この推定『性的接触と縁がなくなる呪い』は彼にとっては致命的である。

 この呪いの効果が“どこまで”、“どんな状況で”及ぶのかはわからないが。どのみちハーレム願望の最大の障害であることは疑いようがない。

 

「なあ師匠、これどうにかできないか? せめて効果を減らすとか、呪いの元を辿るとか」

 

 俺の頼みに、師匠は非常に難しそうな顔をした。

 

「私じゃ無理ね。その道の専門家じゃないとちょっと手がつけられないわ。……でも、対策がないわけじゃないわ」

 

 ——ピクッ、とラルフの耳が動いた。

 

「この子の話を聞く限り、呪いは魂に繋がっているタイプのもので間違いないわ。ってことでエト、あなたなら答えを出せるはずよ」

 

「え、俺!?」

 

 唐突なパスに面食らうが……なるほど。師匠が俺に答えさせる意味はなんとなくだが掴めた。

 

「……魂を、細部まで理解する?」

 

 師匠はその通りと頷いた。

 

「呪いに抗う方法はあるわ。なんなら、呪詛返しって単語、聞いたことあるわよね?」

 

「単語くらいなら」

 

 と答えたのは俺。

 

「ありますね」

 

 と頷いたのはストラ。

 

「やったことあるよ」

 

 と言ったのはイノリ。

 

「「えっ!?」」

 

 と驚いたのは俺とストラ。

 ビクりと肩を震わせたイノリに、俺は恐る恐る問いかける。

 

「イノリ、呪いの経験あったのか?」

 

「うん。と言っても、ラルフくんみたいに酷いものじゃなかったけどね? 小さい頃の私でも簡単に返せるような呪いだよ」

 

「そもそも呪詛返しの経験あること自体が貴重なんだよなあ……」

 

 呆れる俺を他所に、師匠が「続けるわね?」と咳払いをした。

 

「要するに、ラルフがやるべきことはエトと同じよ。魂の扱いに習熟して、自分で呪いを解く、或いは軽減するのよ。不可能じゃないと思うわ。『観魂眼』で見えた以上、高度な隠蔽を施されているわけではなさそうだし」

 

 ピクピクッ! とラルフの耳が躍動した。

 

「そうすれば、まあえっちくらいできるようになるんじゃないかしら?」

 

 ラルフが、両拳を天へと突き上げた。

 

「——俺、復活!!」

 

『早すぎるんだよなあ』

 

 全く、慰め甲斐のない男である。ウジウジされるよりずっとマシだが。

 生暖かい目で復活したラルフを眺めていると、ラルフは勢いよくこちらを振り向き俺の両肩を掴んだ。

 

「エト! 一緒に頑張ろうな!!」

 

「おう。頑張ろうな」

 

「あと今度一緒に夜の街行こうな!!」

 

「お前本当に懲りないよなあ……」

 

 あとそれ、俺にその気がないから揃って相手が見つからないというとんでもなく悲しい未来が確定している気がするんだが……その辺はどうするんだろうか?

 

 呪いの存在が判明してなお可能性に縋る男の逞しさに謎の感慨を抱いていると、ノックの音。どうやら昼食が出来上がったようだ。

 

「どうする? ここで食べることも、食堂の車両に行くこともできるわよ?」

 

 師匠に問われ、皆と視線を交わす——俺が決めろと?

 

「ならせっかくだし車両を移動しよう。こんな機会は()()()()だろうから」

 

 いずれ金級になる、と言外の覚悟を滲ませると、意図を汲み取った師匠が少しだけ口角を上げた。

 

「わかったわ。それじゃ移動しましょうか」

 

 車窓を流れる景色と共に食べる昼食はめちゃくちゃ美味しかった。というか、およそ三日ぶりのまともな人間らしい食事行動。涙が出るほど美味かった。

 

「これが生きているということか」

 

「エトくんが追い詰められすぎて変な思想に目覚めてる……」

 

 24時間の安息、噛み締めさせていただきます。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 24時間とはまことに一瞬にして過ぎ去るものである。

 

「さらば安息のひと時よ——」

 

「言うてもエト、お前寝てる間はシャロンちゃんとかエルレンシアさんと体術訓練してたんだろ? あんま変わらなくねえか?」

 

「いやいやめっちゃ変わるから。肉体的にキツいか否かってかなり重要だからな?」

 

 あと、シャロンはなんだかんだ言って優しいし。師匠と違って優しいので。

 改めて目隠し鍛錬は頭おかしいと思います。

 

 そんなことを考えていると、師匠が俺の髪の毛をわしゃわしゃと掻き立てた。

 

「予選会まであと五日、四日はしごくから覚悟しなさいね!」

 

「ワー、ウレイシナー」

 

「エト様の瞳が濁り切ってますね……」

 

「心なしか剣の元気もない気がするね」

 

 ストラとイノリがそれぞれ前と後ろから俺を見てそんなことを宣ったりするのを聞きながら、俺たちの目は当然と言うべきか、()()()()()()に奪われていた。

 

「アレが、ストラの言ってた“竜”か」

 

 視線の先。山を呑む巨体がムーラベイラを睥睨するように空を覆う。

 その身は封印されて尚、雲のように流動している。全身を縛る長大かつ強大な鎖が軋む音を幻聴した。

 

「はい。雲竜キルシュトル——遥か昔からこの地に縛り付けられ封印され続けている危険度15の()()()だそうです」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 『竜啼く天蓋山脈』。

 ムーラベイラ北部に位置する、空間()()型の穿孔度(スケール)8の異界。

 出現する魔物は、たった一体の異界主——雲竜キルシュトル。

 

 地上の空間を侵食するように出現したこの異界は、あらゆる異界資源を産出しない。そして同時に、()()()()大氾濫(スタンピード)()()()()()()()()()

 

 この異界が出現したのは、七強という区分が生まれるより以前のこと。

 

 悠久世界はこの未曾有の異界に対して最大の武力を持ち、これを討伐した。しかし異界は消えず、十日後、さも当然のようにキルシュトルは復活した。

 

 

 正しく悪夢そのもの。既存の知識では対処のしようがないこの異界に対して、『四封世界』が名乗りを上げた。

 

 ——“聖女の鎖”と呼ばれる聖遺物による、雲竜キルシュトルの()()。倒せないのであれば、倒さなければ良いという逆転の発想により、キルシュトルはその身を石に変え、鎖は悠久と四封、双方の和平の証として人々の心に深く刻まれる。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

「あんなのがあるのによくその膝下で暮らそうだなんて考えるよな……」

 

 俺の呆れ果てた声に、師匠が「そうね」と同意した。

 

「それだけ本国の戦力……とりわけ〈勇者〉が信頼されているってことだと思うわ。今代の〈勇者〉アハトは歴代最強と謳われる剣士だもの」

 

「師匠と比べてどんくらい強いんだ?」

 

 俺の質問に、師匠はムッとしたように頬を膨らませた。

 

「私が負ける前提で聞いてるのは腹立たしいけど……そうね。()()()()()()()()()()()()()()()()かしら?」

 

 ……それはまた、とんでもない化け物ではなかろうか。

 ちょっと強さの指標があまりにも桁違いすぎて、なんとなくこの話はこれ以上しない方がいい気がして俺は無理やり話題を変える。

 

「——ま、とりあえず大会にエントリーしに行ってくるよ。師匠、帰ったら稽古の続きを頼む」

 

「名前は書き間違えちゃダメよ?」

 

「師匠、昔間違えたんだな」

 

 実力は申し分ないが、師匠はどうにもポンコツ感が拭えない。そこが彼女のいいところではあるんだが。

 

「歴代名簿とかあったりするのかな」

 

「探したら鍛錬5倍にするわよ」

 

 恐ろしくドスの効いた声に俺は両手を挙げて反省した。

 

「おとなしくエントリーだけしときます」

 

「よろしい!」

 

「行ってらっしゃい2人とも」

 

「ご健闘を」

 

「じーじをよろしく!」

 

 ……忘れていた。

 危うく大事な目的を一つ逃すところだった。

 

「シーナ、じーじの名前ってなんだ?」

 

「フォロス」

 

「了解だ。行こうラルフ!」

 

「応よ!」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 ムーラベイラは、数十年前から冒険者たちの交流の場として大きく発展した、エヴァーグリーンでは珍しい比較的新しい都市である。

 

 始まりはどこかの馬鹿が『あの竜って観光に使えね?』と口走ったことなんだとか。

 その流れを汲み、命知らずの冒険者たちが集まるようになり、互いに切磋琢磨するように交流し、発展。

 ついには剣闘大会のような催しまで開かれるようになったんだとか。

 

「言い出しっぺのやつ頭おかしくねえか?」

 

「激しく同意する」

 

 ラルフの言うとおり、紛れもない狂人の類だ。

 

 ムーラベイラ中央闘技場。

 剣闘大会のエントリーを受け付けている巨大な円形の建物であり、()()()()でもある。

 ここでエントリーした1000人を超える参加者は東西南北に存在するこれまた別の闘技場で開催される予選によって篩にかけられる。

 と言っても、予選自体はさほど厳しいものではなく、参加者をほんの4分の1程度に減らすための措置なんだとか。

 

 これを聞いた時、俺とラルフは揃って「それ十分厳しくね?」と首を傾げた。

 

 無事エントリーを終えた俺たちは、参加者名簿の中から“フォロス”の名を探しながら雑談に興じる。

 

「ラルフ、予選の形式ってどんな感じだった?」

 

「四人で乱戦、勝者1人が本戦トーナメントに出演——って感じだったぞ」

 

「なるほど、だから4分の1か……」

 

 1000人を超える参加者たちの中から“フォロス”と言う名を探すのは中々骨が折れる。

 いよいよ名簿の上を目が滑るほど集中力が切れてきた頃、ラルフが帰宅の提案をした。

 

「じーじが予選勝ち抜くこと願おうぜ? エトの稽古の時間も作らないとだろ?」

 

「……それもそうか」

 

 シーナにはお詫びのお菓子を一個くらい買って帰るとしよう——そんな話をしながら俺たちは中央闘技場を後にした。

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