【第一巻発売中】弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ)   作:銀髪卿

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「——違う。もっと下」

「下って……このへん?」

「そこも違う。もっと奥、怖がらないで」

「怖がってるわけじゃねえんだが……初めてだからよ」

「ラルフ、下手くそ」

「それかなり傷つくからやめてくれシーナちゃん……」

 

「——なんですか? この絶妙にいかがわしく聞こえない中途半端な会話は」

 

「ストラちゃん、出会い頭の罵倒はやめて? 死ぬよ?」

 

 時は、船旅の二日目の夕食後にまで遡る。

 ちょうど、シーナによる唐突過ぎる『観魂眼』の暴露があった日のこと。

 ラルフは、恥を捨ててシーナに頭を下げていた。

 

「で? いたいけな少女に何をやらせているんですか? 通報必要ですか?」

 

「違えよ! アレだアレ! その……」

 

 ラルフは自室であるにも関わらず、露骨に周囲を気にするように声を落とした。

 

「シーナちゃんに、俺の魂を見てくれってお願いしたんだよ」

 

「魂の観測ですか……なるほど、つまり補助輪付きで自転車に乗ろうとしていたんですね」

 

「その通りなんだけど釈然としてねなその喩え」

 

 『観魂眼』は、他人の魂を視覚的に捉えることができる代物であると同時に、そこに至るための道筋をサポートすることもできる。

 

 元々観魂眼の存在自体は知っていたラルフは、これが我欲によるものだと理解した上でシーナに協力を仰いだ。

 

「エトがさ、魂の扱いが上手いって話だろ? 俺も負けてらんねえって思ったんだよ」

 

 ラルフにとって、エトラヴァルトは変わらず目標であり続けている。

 『湖畔世界』フォーラルの大氾濫(スタンピード)、あの時見た背中の熱が、いつまでも網膜の裏を焼いて離れない。

 

「追いかけっぱなしってのは、なんか悔しいだろ」

 

「……なるほど、良いと思いますよ。シーナさん、わたしにも何か手伝えることはありますか?」

 

 ストラの問いに、シーナは少し考えた後にラルフの胸を指差した。

 

「ラルフに魔力を流して」

 

「……大丈夫なんですか?」

 

「ちょっと危ない。魂をびっくりさせて、ラルフに居場所を知らせる」

 

 とんでもない荒療治にストラがギョッと目を剥いた。が、当の本人であるラルフは臆せず頷いた。

 

「ストラちゃん、頼む」

 

「……わかりました。行きますよ?」

 

 ストラを媒介に、空間の魔力がラルフの魂へ触れた。

 直後、ラルフの胸の奥から激痛が迸った。

 

「が、ぁあああああああッ!!?」

 

 突然悶え苦しみだしたラルフにシーナが目を見開く。

 

「ラルフ!?」

 

「やめないで」

 

 あくまで冷徹に。シーナはラルフの要求である魂の観測を手伝い続ける。その真剣な瞳は、普段お菓子で一喜一憂している姿からは想像できないものだった。

 

「だ、いじょ……ぶ。続けて、くれ……!」

 

 玉のような汗を垂らしながら息も絶え絶えになったラルフは、ストラに続行を訴える。

 

「ですが——」

 

「ちょうど……なんか、触れた気が、したんだ……だから、頼む——!」

 

「……。わかりました」

 

 ラルフは右手を胸に当て、左手で体が崩れないように地面を押さえて不敵に笑った。

 

「続けてくれ、シーナちゃん、ガイド頼む」

 

「わかった」

 

 

 ——こうして、ラルフもまた過酷な特訓に身を置いた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「実際どうだったの? 魂の輪郭に触れる……だっけ? 成功したの?」

 

 自身もまた魔眼の制御に注力していたゆえに修行の成果を知らないイノリは、隣に座るストラに可否を聞いた。

 

「結果から言えば、おそらく失敗の部類です」

 

 ストラは贔屓目なしで、純粋に修行の結果をそう評した。

 

「エト様のように輪郭を掴むまでには至っていないという点において、修行はラルフにとって未到達です。ですが——間違いなく成果はありました」

 

 その成果とは、魔法の昇華。

 

「自分の中にある、未使用だった魔法に関する才能野……ラルフはそれを掴んだと言っていました」

 

 その結果は、今、眼下に広がる灼熱の青炎。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 大番狂わせ、と言うべきだろう。

 三人の銀二級冒険者を、たった1人、銀三級冒険者が相手取る。

 階級差はたった一つ。だが、その一つが限りなく遠い道のりであること、遥かな壁であることは最早語るまでもない。

 その階級差を、青炎を纏うラルフは三人まとめてひっくり返していた。

 

 

「オラァッ!!」

 

 前方、突撃槍を構えた男の突進をラルフは真っ向から迎え撃った。

 炎のブーストがかかった大戦斧の唐竹割りが真正面から男の突進を弾き飛ばす。

 

「ぐぬぉっ……!?」

 

 自慢の突進を弾かれた男の顔が驚愕に歪み、同時にラルフの両側面に2人の剣士が躍り出た。

 

「まずはお前を倒す!」

「卑怯とは言うまいな!」

 

 試合開始直後と目的は変わらず、三人の銀二級冒険者の第一目標はラルフの排除である。が、大きく変化したことが一つ——それは、彼らの意識。

 

 初めは「その後の戦いを安定させるため」にラルフの早期退場を目論んだ。が、今は違う。

 今、この状況。1人でも欠ければその時点で己の敗北が決定することを三人は理解していた。とどのつまり、ラルフを最大の脅威と認めるゆえの共同戦線。

 

 対峙するラルフは心の底から嬉しそうに笑った。

 

「当たり前だ!」

 

 舞台に一直線の罅を入れた大戦斧に乗り上げるように宙へと身を踊らせる。

 2人の剣士の斬撃は空を切り、その身軽さに驚いた瞳は半ば無意識にラルフの肉体を追った。

 

「今度はこっちから行くぞ!」

 

 直剣を両手で力強く握ったラルフが、左の青髪の剣士へと大上段の斬り下ろしを放った。

 

 互いに闘気を、ラルフに関しては青炎を纏った剣同士が衝突し甚だしい火花を散らす。

 青髪の男の顔が苦悶に歪んだ。

 

「重い……っ!」

 

「まだまだ!」

 

 舞台を溶解させる灼熱の踏み込み。

 ラルフの剣が一方的に銀二級冒険者を圧倒した。

 

「アイツ、剣も使えるのか!?」

 

 突撃槍を持つ男がラルフの剣に備わった確かな術理に目を見張った。

 

 然もありなん。ラルフは僅か三ヶ月という短い期間と言えど、『魔剣世界』レゾナの剣、その頂点であるザインから直接指導を受けた。

 別れてからも絶えず努力を続けてきたその成長は、僅かと言えど魂に触れたことで今この瞬間すら加速する。

 

「オオ——!!」

 

 一閃、刻むごとに加速する。

 呼吸と歩法、肉体の駆動、闘気の流れ。全てが一つの方向を向くことで、灼熱を帯びた斬撃が加速する。

 

 三人の冒険者たちはなりふり構わずラルフを取り囲む——しかし、捉えきれない。

 一合打ち合う度に速くなる。加速を続ける肉体と勢いを増す青炎の猛威が三人の本来の力量を封殺し、ラルフに一方的な有利をもぎ取った。

 

「ふざけるな……! これが、銀三級だと!?」

「冗談だろう!!」

「今までどこで油を売っていた!?」

 

「——」

 

 三人の声は、最早ラルフには届いていない。

 

 ——どこまで行ける。

 ——今、どこまで届く?

 

 銀二級三人を前に、ラルフは遥かその先を見つめる。

 

 

 ——悔しかった。

 口にはしなかった。誰にも言わなかった。

 

 金級に名を連ねたグルートがエトラヴァルトとイノリの名前だけを呼んだ時、ラルフは密かに拳を握りしめた。

 

 当然だ。あの時の自分は恐怖に足を止めたのだから。

 わかっている。その上で、悔しいと思った。

 視界の中にいるのに、その人の目に自分は映らない——そんな苦しい思いはしたくないと、そう誓って旅に出たはずだろう。

 願いは、たった一つだけ。

 

 ——俺を見ろ。

 

 無視なんてさせない。

 

 ——俺を見ろ!

 

 知らないなんて言わせない。

 

 ——俺を、目に焼き付けろ!!

 

 

「世界! 俺の名前を知ってくれ!!」

 

 気迫一声。

 炎が円弧を描き、銀二級冒険者たちの獲物を根本から熔断した。

 三人が降参したのは、全く同じタイミングだった。

 

『——そこまで! 第八試合勝者、ラルフ。本戦出場決定!!』

 

 瞬間、会場全体が爆発的に盛り上がった。

 第九試合移行のアナウンスをかき消す怒号の盛り上がりにラルフは、はたと青炎を解除し呆然とスピーカーを見上げた。

 

「……かっ、た?」

 

 どさりと、気が抜けてその場に尻餅をついた。そこに、予選敗退が決まった冒険者たちがやってきた。

 

「よう、やられたぜ兄ちゃん」

「完敗だった! 文句のつけようがねえ!」

 

「あ、ああ……」

 

 未だ勝利の実感が薄いラルフの手を取った青髪の剣士がラルフを強引に立ち上がらせた。

 

「勝者に尻餅は似合わねえよ、な?」

 

「……!」

 

 勝者という単語が、ラルフに勝利の実感を植え付けた。

 

「そう、か……ああ。そうだな」

 

 勝者の顔つきになったラルフの胸に、ドンっと少し強めに拳が突きつけられた。

 

「俺たちの分まで、本戦で暴れてくれよ!」

 

「——おう!」

 

 惜しみない拍手が送られる中、打ち解けたラルフたちは友人同士のように舞台を去った。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「——ラルフは危なげなく本戦出場を決めたみたいね」

 

 各会場の予選結果は、リアルタイムで全ての会場に通達され、反映される。

 エトラヴァルトの試合開始予定時刻の5分前、激戦が続き予定より10分ほど進行が遅れていた西会場から反映された結果にカルラが楽しげに笑った。

 

 ラルフの試合開始時刻は、予定であればエトラヴァルトの20分前。それが10分遅れで開始され、予定通りに進行している北会場の試合開始5分前に結果が通達された。

 

 これはつまり、ラルフが銀二級冒険者3名を僅か5分で舞台上に沈めたことを意味する。

 

「次はあなたの番よ、エトラヴァルト」

 

「——応」

 

「過度な緊張はしてないみたいね、意外に場慣れしているのね」

 

 エストックの傷ひとつない剣身を眺めながら、エトはふっと懐かしさに笑みをこぼす。

 

「学生時代、こういう勝負事で序列決めてたからな。多少は耐性あるんだよ」

 

「良いことね。それじゃ存分にやってきなさい。私の弟子が凡百に負けるのは許さないわよ!」

 

「任せとけ、師匠」

 

 あえて強気に気勢を吐いたエトに、カルラは満足そうに頷いた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

『北会場予選第九試合——開始!!』

 

 第九試合の出場者は、銀二級冒険者三人と、銀三級冒険者一人。

 そのうち、唯一の銀三級冒険者がエトラヴァルトである。奇しくもラルフと同じ逆境であり、彼の試合とは対極的に立ち上がりは静かなものだった。

 

「…………」

 

 誰もが互いの間合いを測るように慎重に目を動かす中、エトラヴァルトが動く。

 

「「「——!」」」

 

 三人の銀二級に緊張が走る。一歩一歩、舞台中央へ向けて足を運んだエトラヴァルトが足を止める。そこは舞台中央——三人の試合相手からの攻撃が等しく届く狂気の間合いだった。

 

 その場で、エトは目を閉じる。

 

 エトの顔が見える位置で観戦していた観客たちが戸惑いの声を上げた。

 

「アイツ……正気か!? 目を閉じてるぞ!?」

 

 ざわめきが広がる中、シーナと共に観戦するカルラは頬杖をついてニヤッと笑う。

 

「なるほど。考えたわね、エト」

 

 食べ歩き期間が終了し、普段のおやつは一日二個までルールが再適用されたシーナは、無表情で売店で買ったお茶を飲む。

 そんな少女にカルラが問う。

 

「シーナは誰が勝つと思う?」

 

「お兄ちゃん」

 

 即答だった。

 

「あの中で、お兄ちゃんが一番強い」

 

「それは、《英雄叙事(オラトリオ)》込みで?」

 

 シーナは何を言っているんだ? とでも言いたげに首を傾げた。

 

「抜きでも、お兄ちゃんが強いよ」

 

 観魂眼の持ち主の太鼓判に、カルラはぐっと笑みを深めた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

「目立ちたがりなら他所でやれ——」

 

 一人、痺れを切らしたように一対の短剣を抜いた。

 二本の鋼が擦れる音を聞いたエトラヴァルトの耳がピクリと動き、奇妙な形をしたエストックを抜刀——脱力姿勢で暗に迎え撃つと宣言した。

 

「死んだって文句言わせねえぞ!」

 

 突貫する。

 直線軌道、最短距離でエトラヴァルトとの距離を詰めた男は右に構えた短剣を首の根本目掛けて叩き込んだ。

 

 その男の手首を、エトの左手がむんずと掴み、すんでのところで刃を止めた。

 

「はっ——!?」

 

 目を閉じたまま、しかし男の気配を色濃く感じ取ったエトラヴァルトは左手による追撃が入るより速く、左手一本で男を軽々と後方へ投げ飛ばした。

 

 

「「よし、ちゃんと覚えてる」」

 

 

 弟子と師匠の声が重なった。

 

 エトは呼吸を深く、目を開ける。一周視線を回すと、警戒の色を濃く表情に表す三人と目が合った。

 

 どこまでも静かに、心音すら聞こえる舞台。

 エトラヴァルトの空間認識能力は、舞台全体を把握していた。

 

「行ける」

 

 それは驕りや慢心ではなく、自らを鼓舞する言葉。

 《英雄叙事(オラトリオ)》に頼らない、「エトラヴァルト」という個人にしかできない戦い方で勝つ。

 

 これは否定ではない。名を刻んだ過去の彼らに、どんどん先をゆく仲間たちに、未だ遥か高みにいる親友に、追いつきたいが故の我が儘だ。

 

 ゆえに、不遜に宣言する。

 

「アンタら全員、俺が倒す!」

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