【第一巻発売中】弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ)   作:銀髪卿

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がむしゃら行進曲

 薄皮一枚先に、あの奇妙に細長い剣が添えられている気がした。

 長槍を獲物にした銀二級冒険者の女は、確実に間合いの外にいる筈なのに、吐息を感じる距離にエトラヴァルトがいるような錯覚を覚えた。

 

 銀三級冒険者、〈剣界(ソードスフィア)〉エトラヴァルト。

 

 同じ銀級で彼と、ついでに〈黒百合〉の名を聞いたことない奴は間違いなくモグリだと断言できるほど有名になった名前。

 一緒に“女児”だの“ロリ”だのわけのわからない異名? の話もついて回ることが一層彼らの話題に花を添える。が、そんなこと今はどうでもいい。

 

「銀三級……アレで?」

 

 おかしい。

 低すぎる。

 最低でも同格——或いはそれ以上だと女の心臓が早鐘を打つ。

 

 魔力も闘気も使わず、ただそこにいるという()()()だけでこちらを威圧してくる。

 

 女は、自分の中の常識がぶっ壊れる音を聞いた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「ダメね、エト。勝ち気が先行しすぎて相手を威圧しちゃってるわ」

 

 もっと潜めて、穏やかに張り巡らせないと減点だ、とカルラは厳しい採点を告げる。

 

「にしても、()の助けがあったとはいえ、二人ともまあ随分と伸びたわね」

 

 本当に、人間伸びる時はあっという間だと、鬼の麗人は弟子とその友人の成長を評した。

 

「特にラルフは数日で見違えたわね。もう銀一級に指先届いたんじゃないかしら?」

 

 贔屓目なしに、銀二級三人を蹴散らせる時点でその枠組みの中でも上位に位置するのは間違いない。結果は嘘をつけないと、カルラは別会場のラルフに賛辞を送った。

 

「魔力と闘気がないエトは、魄導(はくどう)を使えない分まだ()()()()だけれど……ま、そこは私がいえた話じゃないか。……うん、それでも銀二級と遜色ない実力はありそうね」

 

 いやまあ、魔力も闘気もなしに銀級上位の世界に片足を踏み込んだ時点で十分に異常……稀な天賦を持つ側であることは間違いない。

 魔剣の恩恵も無視できないが、そもそも魔剣の性能が本人の意思の強さに依存しているため本人の力と同列に語っても問題ないだろう。

 

 「直感の掌握には至らなかったけど……あれは実戦でどうにかするしかない力だし仕方なし。その前段階まで磨けたことだし、()()()()も盗んでたし、よしとするわ」

 

 舞台の戦況が変わる。

 エトに投げ飛ばされた一対の短剣を持つ男が詠唱——空間に雷の鏃の群れを生成した。

 

「ここからが正念場よ、エト」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 背後に感じる魔法の気配にエトラヴァルトの全身の肌が粟立った。

 

「やっぱ来るよな……!」

 

 射出の気配——反転しながらエストックで舞台にメスを入れ、右足で蹴り上げ即席の盾を生み出す。

 盾に殺到した雷の鏃が轟音と共に軽々と盾を破壊し土煙が舞い上がった。

 

 一瞬の意識の隙間。舞台を蹴り砕き疾走、肉薄する。

 一拍の間、眼前に迫ったエトに短剣使いの男の顔が歪んだ。

 

「はやっ……ごっ!?」

 

 振りかぶったエストックを振り下ろし——背後、魔術の気配を五感が感じ取った。

 咄嗟に折りたたむように剣を肩に預け、斬撃を中断。鳩尾に全体重を乗せた肘を叩き込んだ。

 

「〜〜〜〜〜〜っ!!?」

 

 エトはそのまま悶絶し生唾を吐き出した男を背負い、反転。背後から迫っていた火球の盾にした。

 

 ドッ————!!

 

 凄まじい破裂音が鼓膜をつんざき、エトが盾にした男が声なき悲鳴を上げ派手に炎上した。

 

 火球を放った長槍使いの女がギョッと驚く。

 

「エゲツなっ!」

 

「これも作戦だよ!」

 

 無防備で大火球を喰らい、どうしようもなく意識を失った男を舞台袖に放り投げたエトに、鎖鎌という珍しい武器を持つ男と火球を放った女が揃ってドン引きした。

 

「状況判断が頭抜けてうまいですね……鬼畜ですが」

「畜生だけど強いわね……畜生だけど」

 

「俺の評価下落が止まるところを知らない」

 

 残った三人が軽口を叩いて間も無く、エト以外の二人が互いに目配せをし、散開。

 

「あなたを脅威と認めましょう。故に——」

 

「あんたを倒すわ、全力で!」

 

 ()()()()()()()を倒す。その宣言に、エトの口元はどうしようもなくニヤけた。

 

「——来いっ!」

 

 無数の刺突と変幻自在の多角攻撃がエトを中心に据え、襲いかかる。

 銀二級二人の全開の攻撃。一撃一撃が危険度5……或いは6を容易く粉砕する威力を秘めた連撃はしかし、当たらない。

 

 円環が生まれる。

 エトを中心に剣の切先が空間に弧を描き、攻撃の悉くを弾き返した。

 

 捌いて、捌いて、捌き続ける!

 

 魔力も闘気も使わず、己が身と折れない剣のみで攻撃の嵐を掻い潜る。

 

 自らの攻撃が徹底的に通用しない事実に、二人の銀二級冒険者が再びの驚愕に目を見開いた。

 技術はある。剣の埒外の強度も。

 だが、それ以上に無駄がない。まるでこちらの次の一手を読んでいるかのように的確に。

 

「予備動作が、ない……!?」

 

「コイツ、何が見えてるのよ!?」

 

 

 舞台全体を俯瞰できるだけの空間把握能力は、エトラヴァルトの思考時間にこれまでとは比較にならない猶予を与えた。

 結果何が起こるか——それは、動きの最適化である。

 

 エトの剣の円環は、相手の攻撃に合わせて半ば無意識に合わせられるレベルにまで至っている。

 それは戦闘の遅延、高速化に関わらず、『そういう技能』として肉体に染み込んだものだ。

 

 そこに、自覚的になった空間把握能力から来る()()()()()()()()()()

 無意識に迎撃する肉体に、思考がほんの少し、次の無意識のために手を添えるような感覚。

 

 そうして生まれたのは、途切れない、より美しさを増した円環である。

 

 元より学生時代、アルスとの修行で培われた“捌く”力は、相手の攻撃を読み切ることでより一層その凶悪さを増した。

 

 だが、言ってしまえばそれだけ。

 エトが修行で得られたのは、本人の自覚では前より少し、捌くのが上手くなったという実感だけ。

 

 相手を滅するラルフのような強力な青炎(武器)も、ストラのような無尽蔵の魔力も、イノリのような特別な眼もない。

 あるのはただ、人より少し頑丈な己の肉体。

 

 銀二級の苛烈な猛攻。

 予備動作を知覚しても、反撃を挟む隙のない研ぎ澄まされた連撃に、エトラヴァルトは円環と共に舞台中央に封じ込められていた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 技量の高さとは相反するように、エトラヴァルトの戦い方は、はっきり言って観客の目には地味に映っていた。

 

 いつまで持つのか。どこまで耐えるのか。

 防戦一方のエトに対する視線は『いつ負けるのか』というものさしであり、決して上向きの思想ではなかった。

 

 剣闘大会は参加者が強さを示す場であると同時に、観客にとっては娯楽である。エンターテイメントの側面もある大会なのだ。

 

 彼らは華やかな闘争を求めている。

 色とりどりの魔法が空間を席巻し、参加者同士が己の技量をぶつけ合い、時には大番狂わせで熱狂する——そんな心臓が跳ねる戦いを求めているのだ。

 

 言ってしまえば。

 エトラヴァルトの戦いは、観客が求めているものではなかった。

 

 

 

「なんか……すげえ」

 

 観客の一人が、思わず呟いた。

 

「凌いでる……押してる?」

 

「よく、わかんねえけど……」

 

 だが、徐々に。

 果敢に攻め立てる二人の銀二級の猛攻をひたすらに凌ぎ続けるエトラヴァルトの姿に、その鬼気迫る表情に、気迫に。

 

「なんかアイツ、凄くね?」

 

 泥臭く、必死に、持てる全てを賭して勝利を掴もうとするエトの声なき叫びに。

 

 ほんの一部の観客の、見る目が変わった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 魔力も、闘気も使えないエトが現状唯一二人の銀二級に勝る点。それは持久力。

 

 冒険者としての歴としては二人の方が遥かに上だろう。だが、潜り抜けてきた死線の数は引けを取らず、戦いの密度はエトラヴァルトが上回る。

 

「パフォーマンスが落ちない……!」

「体力お化けめ……!」

 

「——、……!」

 

 金二級冒険者のカルラをして『一流の一歩手前』と評した自己の魂に対する理解は、エトラヴァルトに肉体、精神共に他者の追随を許さない莫大なタフネスをもたらす。

 

 声を発することなく。

 戦況通りに余裕のないエトラヴァルトは奥歯を噛み締めて踏ん張り続ける。

 

「くっ……オオオッ!!」

 

 雄叫びを上げる。

 

 人より頑丈なだけの肉体。たったそれだけしか今の自分にないのであれば——ならば、それ一つでいいじゃないかと。

 

 相手をこちらの土俵に——体力勝負に引き摺り込めば良いのだと、エトラヴァルトは開き直っていた。

 たった一つしか勝利の方程式がないのであれば、血反吐を吐いてでもそこへ這って進めば良い。

 今日までずっと、そうしてきただろう——青年は自らを鼓舞した。

 

 

 その時が来る。

 鳴り止まない鋼の演奏に、ほんの僅か綻びが生まれる。

 一歩、長槍使いの女のテンポが遅れた。

 

 灰の瞳が輝く。

 綱渡りの先に見えた勝機。か細い蜘蛛の糸。唯一の道筋。

 

「フッ——!」

 

 我慢比べに耐えかねたように、エトラヴァルトの円環が解れ、息の上がった女に狙いを絞る。

 袈裟に狙いを定めたその剣に、背後から鎖分銅が巻きついた。

 

「——」

 

「ようやく綻びましたね!」

 

 一本の細い勝ち筋を、相手もまた狙っていた。

 

 男は理解していた。

 エトがこの瞬間を狙って動くしかないことを。だからその瞬間、自分から意識が外れる一瞬を狙って防御の要であるエストックに狙いを定めたのだ。

 

 一瞬、エトの万力と鎖分銅の引力が拮抗する——男と、エトラヴァルトの目が合った。

 

 まるで、最初からこちらを向くつもりだったかのように自然に、滑らかに。

 エトの体が男と正対した。

 

「……は?」

 

 灰の視線は雄弁に、『その動きを待っていた』と告げていた。

 

 その右手が、剣を手放すことはあり得ない。

 鎖分銅の()()の動きに歩調を合わせたエトが男の懐に潜り込んだ。

 

 自然な歩幅に、男の対応が一拍遅れた。

 

 挑戦者が鋭く息を吐いた。

 観客席に座る鬼人が笑った。

 

「「——今」」

 

 刹那、エトラヴァルトの左の掌底が男の顎をかち上げた。

 

「〜〜〜〜〜〜〜っ!!?」

 

 その一撃は、全身を連動させた、俗に言う発勁のようなもの。魔力も闘気もない人間の一撃などたかが知れている——が、エトラヴァルトにおいては例外が生じる。

 

 数十キロを軽く超える獲物を軽々と扱うエトの身体能力の連動。銀二級冒険者であれば耐え切ることは可能。しかし、こと“脳”においてその防御は外殻である肉体と比べ限りなく脆くなる。

 

 ——結果、至近距離から最大威力の掌底を顎に受け、直接脳に衝撃を叩き込まれた男は一撃で昏倒に追い込まれた。

 

 男の意識の消失を確認したエトは、背後、長槍を持ち直した女冒険者を振り返り、踏み込み。

 

「くっ……!」

 

 疲労による握力低下、男が一撃で落ちたことへの衝撃、()()すら感じさせるエトの眼光に怯んだ女の手から、エストックが瞬く間に武器を奪い、首筋に刃が添えられた。

 

 ゆっくりと、息を吐いた女が両手を上げた。

 

「ああ、もう……。降参よ」

 

 

『——試合終了。第九試合勝者、エトラヴァルト! 本戦出場決定!!』

 

 

 試合時間、18分。

 泥臭く、そして静かな決着だった。

 

 剣を下ろしたエトは、大きく深呼吸を一つ置いて、舞台を去る。最後に一度振り返り、三人の対戦相手に敬意を示すように一礼してから姿を消した。

 

 ……パチ、パチと。

 

 一人の観客が、躊躇いがちに拍手をした。

 そこに、カルラとシーナの拍手が加わる。

 少しずつ、着実に拍手の輪が大きくなっていった。

 

 健闘を讃える拍手は、第十試合の選手が入場するまで続いた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「30点、赤点ね」

 

「厳しっ!」

 

 試合後、控え室に戻る気分じゃなかった俺はそのまま闘技場の外へ。そこで待っていた師匠に厳しい採点を受けた。

 

「自分でも大体わかってるんでしょ?」

 

「40点くらいはあったと思うんだけどな……」

 

「そうね。マイナス10点は『どうせ言うことなくて師匠面できない』っていう私の悲しみよ」

 

「おい、完全な私情じゃねえか」

 

「人間そんなもんよ——さて、真面目な話をしましょうか」

 

 シーナを間に挟んで宿への帰路。師匠は今日の試合の反省点を振り返った。

 

「まず最初、相手に気配を気取られてたわね。アレがなければもっと楽に勝ててたわ」

 

「肩の力が抜けなくてな……自分でも()()()()()ってのはわかってる」

 

「なら良いわ。次は……まあ、防御ね。守りに傾倒しすぎて、相手を()()ことを疎かにしたわね」

 

「いまいちその感覚がわからなくてな……」

 

 防御で崩す、要するに、守りながら相手のテンポを乱す。稽古の中で何度か経験したため形としてはわかるのだが、いまいち自分でやろうとすると勝手が掴めないのだ。

 

 渋い顔をする俺に師匠が少し得意げに笑う。

 

「ま、すぐに真似されたら私の立つ瀬がないから、これの減点は低めよ。最後、全身の連動が甘かったわ。剣を取られないことに意識を割きすぎたわね」

 

「師匠には悪いけど、これを手放すのは死んでもごめんだからな。この減点は甘んじて受ける」

 

 俺の宣言に師匠は柔らかく笑った。

 

「そこだけは()()要素ね。自分の芯があるのは良いことよ。これ、結構大事だから」

 

「ルールを守るのは大事。私もお菓子我慢してる」

 

 会話に入ってきたシーナの頭を撫でる。

 

「そうだな。お前もちゃんとルール守ってるな」

 

 しかし、守っているルールがルールなのでご褒美にお菓子がもらえることはない。そのことがわかっているシーナは悔しそうに唇をキュッと結んだ。

 

「それじゃあエト、今日は休んで、明日からは“崩し”を叩き込むわよ」

 

「……お、お手柔らかに」

 

 本戦が1週間後で良かった、と心の底から安堵した。

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