【完結】機動戦士ガンダムSEED Infancy 作:丹寺 錯視屋
巻き込まれた幼い少女
コズミック・イラ70。血のバレンタインの悲劇によって、地球、プラント間の緊張は、一気に、本格的な武力衝突に発展した。誰もが疑わなかった数で勝る地球軍の勝利。が、当初の予測は大きく裏切られ、戦局は疲弊したまま、11か月が過ぎようとしていた。
今はただ、哀れな避難民である少女もまた、この世界に溢れる悲劇のうちの一つに過ぎなかった。彼女が、コックピットに乗り込むその時までは。
――
「はぁ……。はぁ……」
自分の吐く息が荒い。彼女の視界は涙で潤んでいる。さっきまで炎に煽られていた肌が暑い。背中の温もりがどんどんどんどん冷たくなっていく……。大好きな父が、冷たくなっていく。震える手で操縦レバーを握る。息も絶え絶えに、できる限り操縦方法を教わった。だが……できるかどうかは、わからなかった。
「パパ……私無理だよ……」
まだ、10歳になったばかりの幼い少女はそうつぶやいた。短く肩口でカットされた黒髪に、ぱっちりとした茶色の瞳。すっきり通った鼻筋に、小さな口元。愛らしさを全力で表現するかのような、可愛らしい服装。袖口にはレースのフリルがついているようなよそ行きの服を着ていて、赤いチェックスカートの丈は膝上程度の長さ。愛らしい見た目の少女の顔は今、絶望と恐怖で染まっていた。フットペダルに足がぎりぎり届くか届かないかという小さな体躯。大人向けに作られたレバーは手に余る。コンソールの画面には専門用語が羅列するように表示されており、知識のない彼女はその意味が全く理解できない。
「戦うなんてむり……しんじゃうよ……」
――死。彼女は強く自身の死を意識する。……もしかしたらあるいは、そっちの方がいいかもしれない。瀕死の父親に担ぎ上げられて、一緒にグレー色のロボットに乗り込んだまではいいものの。戦って勝つビジョンなんて浮かばないし、なんなら百万歩譲って仮に勝ったとして……その先は?
それを思うと、ここで殺されるまでボーッとするのもいいかもしれない。少女ミーシャは諦め気味にそう思った。
「パパも……ママも……死んじゃったし」
もはや身寄りはない。あるにはあるかもしれないが、少なくとも彼女は今までの人生で両親以外の親族に出会ったことがなかった。知識のない彼女にはこれからどうやって生きていけばいいのか皆目検討がつかない。
「……パパもこれ未完成だって言ってたし」
おーえす? とかいうシステムが全くできてないらしい。ほんのちょっとでもシステム関係に齧ったことがある人間なら、OSが未完成の兵器というのはすなわちめちゃくちゃ綺麗なガラクタか、金のかかったポンコツであるということがわかるだろう。
ミーシャの父はそんな機械で生き残れと言ってきたのだ。ミーシャは恐怖に強張る体を自覚して……ふと、体から力を抜いた。どうあがいてもどうにもならない状況に絶望し、全てをあきらめてしまったのだ。
「……ねぇパパ。死ぬのって痛かった? 苦しかった? 私ね、パパとママのところにいけるなら、どんなに痛くても、どんなに苦しくても……我慢するよ。だからね、天国で褒めて。『よく我慢したね、偉いね』って」
ミーシャは操縦レバーから手を離し、父親の亡骸に寄り添う。胸から流れていた血は、もう乾き始めていた。このまま目を閉じてもいいかもしれない。きっと次に目を開けたら、天国にいて、パパとママが待ってくれている。そんな夢想をしながら、彼女は運命を受け入れようとした。
――その時。
『こちらストライク。聞こえますか!? マリューさん、味方の識別信号がまだ生きてる! ……バスターっていうんですかこれ? 聞こえますか、バスター! こちらストライク!』
ぶつん、と音がして通信が入った。パッとコクピット上部に備え付けられている通信用のコンソールには16歳ごろの少年が映っていた。上腕部にベルトがついた変な服を着ている少年だった。ミーシャは息絶える前の父親から通信のやり方をしつこく教えられた。武器の使い方はざっくりとしかやらなかったのに。
ミーシャは教えられた通りに通信を開いた。
「……こちら、えっと、地球軍、大西洋連邦所属クラウス・バレンタイン大尉……の娘です」
『子供!? マリューさん、クラウスさんって知ってますか? ……え? 同僚?
とにかく、そっちは動かせそう?』
「うごかすだけならたぶん……? 戦うのはむり……」
ミーシャが言うと、画面の向こうの少年は驚いたような顔をした。
『動かせるの……? それなら、フェイズシフト装甲をオンにして! それならそっちにいくまで持ち堪えられるはず!』
「ふぇいずしふとそうこう……? 確か……弾とか大砲とか弾ける装甲だっけ……?」
そういえばその装甲をオンにする方法も詳しく教えられた。まるで幽霊のような拙い手つきでスイッチ類を操作すると、ミーシャの乗っているロボット……バスターの装甲に色がついた。緑色の装甲と、ベージュカラーが全身に色づく。
『助けに行くから待ってて!』
「……うん、待ってるね、おにいちゃん」
通信が切れて、またコクピットが静寂に包まれる。
「ねぇパパ。さっきあんなこと言ったけど……もうちょっとだけ、天国で待っててね」
少女は見えてきた希望に奮起した。生き残れる。レバーを握り、フットペダルを操作する。立て。
「立ってよ、パパのロボット……」
ゆっくりと、緩慢に。しかし確実に。彼女の拙い操作をさらに拙く実現して、亀のような動きでゆっくりと立ち上がる。
「ぶき、ぶき、ぶき……」
教わったのは『的当て』の仕方。
――彼女の父は、今際の際に生き残るための方法を教えた。戦う方法を。戦乱に巻き込まれるであろう娘が、せめて無残に殺されることのないように。
立ち上がると、ディスプレイに格納庫の様子が映し出される。
今まで見たどんなものより残酷な、地獄のような光景が広がっていた。
どこを見ても炎。どこを見渡しても瓦礫の山。破壊の後。殺戮の痕跡。この機体を守っていた地球軍兵士の死体がちらほらと映っている。倒れ伏す彼らの周囲を夥しい量の血が汚している。
ミーシャは顔を苦しそうに歪める。平和だったヘリオポリスでどうしてこんなことに?
「パパは、ここは戦争とは関係ないって言ってたのに」
――なんで違うの?
まだまだ世界に対する認識が幼いミーシャだったが、このロボットが正義のヒーローが使うロボットでないことはわかる。このロボットに正義はなく、このロボットは無敵でもない。
「もびる……すーつ……」
人の形をした、大きな兵器。モビルスーツ。普通、戦争と関係ないなら、こんなのしまっておく必要ないはずなのに。……作る必要も、ないはずなのに。
「……わからないよ、パパ……」
ただ状況に困惑しながら、ゆっくりと、歩く。歩行をさせるだけでも一苦労。バランスが悪く、制御が全く安定しない。初めてであるが故にこんなもんかと思っているミーシャだが、兵器とはこんなにも歩かせにくいものであってはならないのだ。格納庫の外に出ると、同じくグレーになった機体が二つあった。
「あれも……ロボット……?」
敵なんだろうか。判断に迷う。敵だったらどうしよう。ミーシャはまごまごともたついて、何もできない。だが、二体のモビルスーツが攻撃してくることもなかった。
――
「狭い、ですね……! アレ動かしてるの子供って本当なんですか、ディアッカ」
緑髪の幼い顔立ちが残る少年、ニコル・アマルフィはブリッツのコクピットの中で背後にいる仲間に声をかけた。
「ああ。親父の方は中でくたばってるはずだ」
「……これ、とても動かしにくいんですよ? 子供に操れるものとは思えません」
遺伝子調整された新人類、コーディネイター。電子機械類に特に強いニコルですら操縦に四苦八苦して、動かすのだけでも精一杯のこの機体を、子供が操縦できるとはとても思えなかった。
「あなたは、地球軍の人?」
甲高い子供の声がオープン回線で聴こえてくる。暗号化の知識もないことが如実に伺える。なおさらなぜ目の前の、緑とベージュがメインカラーの機体が動いているのだ。そもそもなぜ色がついているんだ。
「なんと答えます?」
「そうだと言えば、攻撃してくることもねぇだろ」
「こ、攻撃? あの子が?」
どうやって? 戸惑うニコルだったが、ディアッカの懸念は現実のものとなる。ゆっくりと、まるで亀みたいな動きだが、しかし、確実に背後にマウントされている長銃身の武器を構えたのだ。右側背面に装備された散弾銃と、左側背面に装備されたビームライフルを、二刀流するように持って、ニコルの方に構える。
「答えてください」
「こちら……地球軍所属、ニール・ディランディです」
ニコルは苦し紛れに偽名を使う。子供相手で、ここは戦場。きっと誤魔化せるとたかを括っていた。
「ここには、何をしに来たの?」
「この機体の開発をしていました。今から安全なところに移します」
こう誤魔化せばきっとうまくいくだろう。ついていきたいと言われたら、そのまま捕獲してしまえばいい。そう考えていたニコルは、次の質問に凍り付く。
「パパの名前は?」
「……え?」
「かいはつ……主任? のパパの名前は?」
答えられるわけがない。開発主任? なんでよりにもよってそんな人間の娘がモビルスーツに乗っているんだ。
「だから言ったろ。あのガキ只者じゃねぇぞ。あのガキ……」
ディアッカは痛む腕を押さえながら言う。モビルスーツ奪取に失敗した時に負傷したのだ。撃ったのは、撃ち殺したあの男――
――ではなく、反撃もできずに死んだ男の銃を拾った、小さな小さな女の子だった。父が落とした拳銃を拾うと、あっという間に狙いを付けて撃ってきたのだ。子供を撃つかどうか迷っているうちに、腕を撃たれて撤退するしかなくなってしまった。
「ナチュラルにも天才はいるってことかねぇ」
「言ってる場合ですか! 狙ってきてますよ!」
ニコルはもどかしい思いをしながら、スラスターを稼働させて射線から離れる。起動も満足にできてないしそもそもブリッツの武装すら把握しきれていない。いや、あることは分かっているが制御系統を把握しきれないのだ。何せブリッツの武装は頭に超をつけてもいいくらい特殊なのだ。
「――盾にビームサーベルとライフル仕込むなんて狂気の沙汰ですよ!」
おまけに射出槍という世にも珍しい兵器もある。補給はどうする気なんだろうか……? 左側には巨大なアンカー射出機まである。どういう状況で使う想定なのかすら今のニコルにはわからない。
ニコルは内心奪った機体を心配になりながらも、仲間と一緒に逃げ出した。
――
ミーシャの緊張状態は白いモビルスーツが機敏な動きで走って来るまで続いた。反射的に銃口を白いモビルスーツに向ける。
「誰!?」
「助けに来たよ!」
通信が聞こえてきて、ミーシャはほう、と息をついた。
「ありがとう、お兄ちゃん」
「歩かせられる?」
「うん、なんとか」
ミーシャは白いロボット……ストライクに手を引いてもらって歩く。しばらくすると、真っ白で大きな宇宙船が見えた。船体の部分から両サイドに真っ直ぐ、斜め下に向かって足が2本伸びている。見たこともない形だった。
「うわー……あれ、宇宙船? 私初めて見た……」
「僕も……戦艦なんて初めて見たよ」
「せんかん? ……あ、そうだお兄ちゃん。あのあとね、でっかいツノ付けたやつと変な盾持ってるやつと、普通のロボットがどっかに飛んでいったけど……大丈夫なのかなぁ?」
当然大丈夫ではないのだが、彼女が事の重大さを知るのはもう少しだけ後になる。
――
ストライクとバスターが戦艦、アークエンジェルの格納庫に入ったところで、二機のモビルスーツが銃を持った人に囲まれた。ただ、構えてはおらず、敵対的でもない。
「降りてきてくれ!」
その中で最も階級の高い金髪の男、ムウ・ラ・フラガが大声で呼ぶと、ストライクが跪いてコックピットハッチを開く。中からまだ大人になっていないような年齢の少年が出てきて、周囲がざわめく。続いて女士官、マリュー・ラミアスが格納庫に降り立った。
「そっちのモビルスーツ! 早く降りてくれ!」
「あ、あの」
「ん? なんだボウズ」
ムウが聞くと、キラはなんと説明したものかと思いつつ、正直に言うことにした。
「その、多分降りたくても降りられないんだと思います」
「……はぁ?」
ムウの疑問は尤もだったが、キラの言葉は事実だった。
――
……泣く声が格納庫に響き渡る。慟哭の声だった。父を亡くした幼子の、悲しみの声が響く。コクピットから引き揚げられ、格納庫に横たえられた遺体に、ミーシャが縋りついて泣いている。
「……坊主、あのちっこい嬢ちゃんがさっきまでアレ動かしてたって本当か?」
「僕も信じられません……。もしかして、あの子のお父さんが?」
「それはないわ。……OS周りはまだ未完成。誰にも動かせるはずはなかったの。よほどの天才でもなければ」
女士官、マリュー・ラミアスが痛ましい表情で、父に泣き縋るミーシャを見つめる。彼女の父とは同僚だった。今日は娘にOSの制作を手伝ってもらうんだ、親子の共同作業だよ、なんて笑っていたことを思いだす。手伝ってもらうと言っても、シミュレーターを動かしてもらって所感を聞いて今後の開発の参考にする……なんて、若干職権乱用だと内心思うような内容だったが。
――もしかして、主任は本気だったのだろうか。未完成とは言えぶっつけ本番でMSを動かした少女を見ながら、ラミアスは思った。
「一人は未完成のOSをその場で完成させて動かして……もう一人は、未完成のまま動かした。なぁ坊主。もしかしてだけどさ」
「はい?」
「君……コーディネイターだろ?」
ざわり、と周囲がさらにざわめいた。
コーディネイター。調整されし者。
出生前に遺伝子操作を受け、特定の分野に才能のある人間を人為的に生み出そうとした試みのことで……。
現在発生している戦争が、泥沼化している原因でもある。
コーディネイターとナチュラル……遺伝子操作を受けていない『自然な人類』との対立が深まるにつれ、戦争は種族間闘争の様相を呈し始めている。人々がそう思ってしまったなら、終着点は滅ぶか滅ぼされるか……そんな段階まで過激化しかねなかった。
――そして、現在キラとミーシャが乗っている戦艦は地球軍所属。つまり、ナチュラル側である。
キラは額に冷や汗が流れるのを感じた。
周囲の軍人がキラに銃を向けている。キラの友人たちがかばってくれてはいる。だが銃口は一向に下がらなかった。なんと言い訳をすれば……。そう考えていると、ふと耳を震わせ続けていた泣き声が収まり、不思議そうな声が聞こえた。
「ねぇ! どうしてその人に銃向けてるの? 仲間じゃないの?」
幼い少女の無垢な質問が兵士の一人に飛ぶ。その兵士はしどろもどろになった。
「え、えっと……そ、そうだよ。敵か味方かわかんないだろ?」
「なんで? もし敵ならお兄ちゃんの後ろに乗ってた軍人さんがやっつけてるはずでしょ? だってその軍人さん、お兄ちゃんの真後ろにいたんだよ?」
「う……」
その兵士は上手い具合に言い訳ができなかった。その時、ムウがパン、と手を叩いた。
「やめやめ。嬢ちゃんの言う通りだ。こんなところで仲間割れしてどうなる。とにかく嬢ちゃん。お父さんは俺たちに任せて、ちょっと難しい話をしようか」
「え……あ、うん」
ミーシャは名残惜しそうにしながらも、父親の亡骸から離れ、ムウのそばにやってくる。
「まずは自己紹介だ。俺はムウ・ラ・フラガ。階級は大尉。どれくらいの階級なのかはまぁ、嬢ちゃんには省略だな」
「私ミーシャ。ミーシャ・バレンタイン。10歳だよ」
「僕はキラ・ヤマト。ヘリオポリスの学生です」
「私はマリュー・ラミアス大尉。……お父さんとは、同僚だったわ」
マリューが自己紹介すると、またミーシャの顔が曇る。しかし、潤む眼を袖で拭うと、マリューにぎこちない笑顔を向けた。一瞬握手しようとするが、彼女の手は父親の血でべったりと汚れていた。
「よろしくお願いします!」
「ええ。よろしく」
「うん。まずは確認だが、アレ動かしてたのは嬢ちゃんか?」
「うん。そうだよ」
「ん……。そうか。嬢ちゃんはコーディネイター……ってもなぁ」
ムウは頭をかく。まともな親ならこんな小さな頃からコーディネイターだのナチュラルだの教えたりはしない。敵味方を疑っているわけではないのだが、彼女がコーディネイターかナチュラルかは、今後を左右する可能性があった。
「私よくわかんないけど、軍人さんになんか聞かれたらね、えっとね、パパは『青いお花』が好きだって言えばわかるって言ってたよ?」
マリューとムウが目を見合わせた。
「……ブルーコスモスか?」
「そうそれ! なんかの暗号なのかな?」
「ああ……そいつはとびきり素敵な暗号だな……」
ムウはなんとも言えない顔をしながらも、ほっと胸を撫で下ろしていた。確かに、ブルーコスモスに所属していたなら、娘をコーディネイターにすることはあり得ないだろう。だが……ムウは苦い顔を少女に向ける。ブルーコスモス、かぁ。
「ということは嬢ちゃん、ナチュラルなのにアレ動かせたのか……?」
「んー、確かに難しかったけど……できなくはなかったよ」
「……天才ってやつなのかねぇ、ナチュラルの」
ムウは独り言のようにそう呟くと、マリューに視線を合わせる。
「さて……とりあえずこれからどうするよ?」
「私はこの船の状況を知らないんです。フラガ少尉はご存知ですか?」
「正規兵がほぼ全滅してるってことくらいしか。あと、今船の掌握はバジルール少尉がやってる」
「彼女なら安心ね。とりあえず……」
船が僅かに揺れた。
「……なに?」
「敵襲!?」
「僕、ストライクで出ます」
キラは反射的に駆け出した。その後ろ姿にラミアスが声をかける。
「でもあなたは民間人よ!」
確かにそうだ。キラは思う。本当ならこんなところで戦うなんて絶対にごめんだし、嫌だった。
だが、今現実に襲われているのだ。OSを自分用に書きかえってしまったこともあり、動かせるのは自分だけなのだ。
「ならアレ僕以外に動かせるんですか!……バレンタインちゃん、君のOSも書き換えていい?その、操作しやすいように頑張るから」
次に、ミーシャの方を見て言う。彼女の為にOSを書き換えなければ。大変な作業だが、一度弄ったOSだ。そこまで時間はかからないだろう。
「ま、待ちなさい。彼女はまだ子供なのよ」
「私が、一番うまくこれを動かせると思う。……今ルールにこだわってても、死んじゃうよ! ……よろしくね、ヤマトお兄ちゃん。それからさ、ミーシャでいいよ」
「……なら、僕もキラでいい」
二人は揃って、バスターのコックピットに向かっていった。
「……クソッ……俺たち何やってるんだ」
ムウは苦い顔をする。彼も凄腕のパイロットだが、全く未知のMSに初めて乗り込んで戦えるとも思っていなかった。勢いに任せて彼女が乗り込むのを許してしまったが、これが本当に正しいことなのか。
「――ええ」
「あの子らばかりに危ないことはさせられん。俺も出る」
「私はブリッジに」
軍人二人も、行動を開始した。
――
バスターのコクピットで、キラはOSを書き換えていた。コクピットシートは血で真っ赤に汚れており、乗る瞬間は覚悟がいるが……作業に入ると、すぐに気にならなくなった。
「これでどうかな?」
完成したOSで、シミュレーションモードでミーシャに動かさせてみる。彼女はいまいちしっくり来ていない様子だった。
「のろっちい」
子供でも動かせるように、と調整しても彼女にとっては反応が鈍すぎるようだった。キラが再度調整し、ミーシャが動作を確認。さらに調整。本来父とするはずだった作業を、想定の何十倍のスピードで進めていく。これだ、という頃には、キラの機体とそこまで大差なく……しかし遥かに洗練されたOSになっていた。操作難易度は相変わらず高いが、キラとミーシャなら問題なく操縦できるレベルに仕上がった。
「ありがとう」
「うん、どういたしまして。……本当に戦うの?」
「もちろん。死にたくないし」
ミーシャは淡々とスイッチ類を操作しながら言う。先ほどまで泣いていたとは思えないほど、冷静で、現実的だった。……ここで泣いて父の遺体に縋りついていてもなんにもならないと、彼女は気付いているのだ。コクピットハッチを解放するとミーシャはキラをじっと見つめる。
「一緒に戦おうね」
「……うん」
キラはバスターから降りて、自分の機体へと向かっていく。
ミーシャは随分使いやすくなった機体を改めて確認する。戦うために必要な操縦方法は粗方習得できた。あとは実際に戦うだけだ。
「ミーシャちゃん、聞こえる?」
ストライクに乗り込んだキラから通信が来た。ミーシャは通信を繋げると、頷く。
「うん、かんどりょーこー。敵……見えないなぁ。ねぇキラ、これってレーダー見ればいいの?」
「き、キラ……」
「キラでいいって言ったじゃん?」
「……まぁいいか。そうだね。レーダーで敵影……赤い点があれば、それが敵だよ」
「ふーん……」
赤い点はまだ見えない。
「こちらブリッジ。ナタル・バジルールだ」
「こんにちは、軍人さん。ミーシャ・バレンタインだよ」
通信がブリッジから入ったので、手慣れた様子で出る。目つきの鋭い女の軍人がコクピットの通信コンソールに出る。
その間にも各機体の状態をチェックしていく。異常か正常のどっちかしか判断できないが、その手つきは淀みない。命の危機と、幼いが故の習得の速さ。そしてミーシャ自身の才能。それが彼女を早くも戦士にしようとしていた。
「お前のような子供を戦わせるのは心苦しいが、状況が状況だ。簡単な指示を出すから、それに従ってくれ」
「うん」
「まず、確認されている敵はジン……灰色のロボットが4機、白色のロボットが1機。白いやつはフラガ大尉が対応する。他のロボットを倒してくれ」
「ん、ということは私とキラで2体ずつ?」
そんなに一杯倒さなくても大丈夫そう。ミーシャは内心安堵する。
「その通りだ。いいか、我々は死ぬ覚悟が出来ている。だがお前は違う。もし殺されそうになったらオープン回線で助けを求めろ。地球軍に戦わされていたといえば悪いようにはされないだろう」
「え……? 私別に戦わされてなんか」
「いいや。戦わせている」
ナタルは断言した。軍規に忠実な彼女にとって、ミーシャがコクピットに座ってこれから出撃するという状況が何より我慢できない。そして、それを許すしかない現状に怒りを覚える。
「……今回のことが明るみになれば幹部何人の首が飛ぶのか。……ともかく。お前はお前が生き残ることを優先しろ。何を置いてもだ」
「ん……」
「この指示には何があっても従ってもらう。わかったな?」
「……わかった」
ミーシャは渋々頷いた。戦わされてなんかないのに。そう言いたいのは顔を見るだけでわかった。
「よし。連絡は密に取る。不安なことがあればなんでも言うといい。私が答えよう」
ミーシャは通信パネルに表示されているナタルの顔をじっと見る。顔立ちは流麗で、話し方はちょっと高圧的で怖い。けど……なんだか、優しい気がする。
「ねぇバジルールさん。人殺しでも……天国に行けるかな?」
ミーシャの問いに、ナタルがぐっ、っと息を詰まらせる。にこりと微笑むと、ナタルは思ってもいないことを口にした。
「安心しろ。神々は戦士を無碍にはしない」
神など存在するかもわからない。そんなものに縋ることはない。
――言えるわけがない。
「……そっか」
ミーシャは操縦桿を握りしめる。
そう、ミーシャは生き残ればいいとか、いざとなれば逃げるとか、そんなことを考えていたわけではなかった。
勝つつもりだった。
だってそうだろう。パパが作ったロボットになって負けるなんて、そんなことあり得ない。
「じゃあ……行ってきます」
「名前と、機体の名前を言ってから出発だ」
ミーシャはふっと微笑んだ。
「ミーシャ・バレンタイン。バスター。行ってきます!」
ブースターが点火し、カタパルトで射出される。滅びつつあるヘリオポリスがミーシャの視界いっぱいに広がる。
――そして、彼女は見つける。コロニーに空いた、大きな大きな穴に。
あれも……敵が?
アラートが鳴り、ミーシャはコクピットに顔を向ける。敵機発見、という表示と共にレーダーに赤い点がいくつか見える。
「……敵……!」
ぎゅ、と操縦桿を握りなおす。敵意がたくさんやってくるのを感じる。息をするのもやっと、というくらいの重圧を感じる。
「……私は、負けない!」
少女の初陣は今始まった。