【完結】機動戦士ガンダムSEED Infancy   作:丹寺 錯視屋

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地球降下作戦

 モビルスーツ隊が格納庫に収容され、パイロットに休息が命じられているさなか、ブリッジは喜色に満ちた中で合流作業が続けられていた。

 

「アークエンジェル、減速。相対速度合わせ。第8艦隊旗艦、メネラオスにつける」

「はっ」

「少し休むわ。ナタル」

「了解」

 

 ラミアスはナタルを連れてブリッジを後にする。後の合流作業はマニュアル通りにやるだけでいい。以降は艦長の指示がなくとも作業はできるようになっているはずだ。

 

「ハルバートン提督はきっとストライクとバスターに興味を持たれるわ」

「でしょうね。艦長はストライクとバスターをどうするおつもりですか?」

「質問は正確にお願いしたいわね。キラとミーシャちゃんをどうするか、でしょう?」

 

 ナタルは黙った。

 

「――ミーシャちゃんは避難させるわ。これは決定事項よ」

「しかし、彼女の実力は」

「10歳なのよ、あの子は」

「……それは、わかっています」

 

 ナタルは複雑そうな顔をした。自分は何を言っているのだ。いくら実力があるからと言って、彼女はまだ10歳なのだ。それを改めて指摘されるまで、気づかなかったとは。彼女が齎す戦果に少し酔っていたのかもしれない。

 

「あの子は強いわ。でも、子供なの。もう、戦場からは離れさせてあげないと」

「……では、キラ・ヤマトはどうです?」

「――それはあの子次第よ。でも、きっと……降りると思うわ」

 

 ――

 

 バスターのコクピット内で、ミーシャはキーボードをカタカタと打っていた。

 

「そう、もしエラーが起きたらここを見て……そう、この項目と、この項目をマードック軍曹に報告するんだ。そうすればわかってくれる」

「うん。難しいけど……パズルみたいで楽しい」

 

 ミーシャは機体の各機能のチェック方法を教えてもらっている最中だった。コクピットには同じようにキラがいて、一緒に画面を見ながらミーシャに教えている。ふと、格納庫に誰か軍人がやってくるのが見えた。

 

「あれ……誰だろ。行ってみよう」

「え……」

 

 ミーシャはキーボードをしまうと、ぴょん、と飛び上がる様にしてその軍人のそばに降り立った。子供がやるような可愛らしい敬礼をすると、その軍人は律義に答礼した。

 

「おじさん、見慣れない顔だけどどちら様?」

「私はハルバートン。第8艦隊の提督をさせてもらっているよ」

「えっ……お偉いさん?」

 

 ミーシャが聞くと、彼は鷹揚に笑った。

 

「君にとってはただの軍人さんで構わないよ」

「すみません……。ミーシャちゃんがご迷惑を」

 

 キラも同じように隣に立つと、ハルバートンは二人をじっと見つめる。

 

「君たちが、この機体のパイロットだね」

「ええ、まぁ……」

「うん。私がバスターで、キラがストライク!」

「そうかね」

 

 ハルバートンは二機の機体を見つめて言う。

 

「ヤマト君はコーディネーターなんだね。バレンタインさんはナチュラルと」

「あれ、名前……」

「先ほど、ラミアスたちと話をしてね」

 

 ミーシャ達がコクピットで作業をしている間、ハルバートンはラミアス、ナタル、ムウの三人と面談をしていた。キラをなんとしても味方に引き込むべき――親兄弟を人質にとってでも――と考えるナタルに対し、ハルバートンは自分の意思で戦わなければ兵士の意味がないと断固として拒否したのだった。

 

「一人は裏切者のコーディネーターで、もう一人は幼い英雄、か。君たち、戦うのを辞められるなら、やめたいかね」

 

裏切り者のコーディネーター。その言葉にキラは深く傷つく。だが、ハルバートンの悪意が見えないその表情を見て、言い返したい気持ちをなんとか堪える。

 

「もちろんです。でもこの船は僕たちがいないと……」

「私は……まぁうん、できれば辞めたいかなー。でも、戦わなきゃいけないなら、戦えるよ」

「ふむ。なら、君たちは避難船に乗り給え」

 

 ハルバートンはきっぱりと言った。

 

「意思無き兵士は脆い。それに、君たちのような子供に戦ってもらわずとも、我々地球軍には人手がちゃんといるのでな」

「もう戦わなくていいの?」

「もちろんだとも」

 

 ハルバートンが言うと、しばらくミーシャはその言葉をかみしめていた。そして、その言葉が完全にしみこむと、大きく万歳してキラに抱き着いた。

 

「やったーーー! もう殺さなくていい! もう戦わなくていいんだ! やったー! やったね、キラ!」

「う、うん、そうだね、ミーシャちゃん。僕もうれしい……」

「ね、早く避難船行こう! 平和になったらキラの家に遊びに行ってもいい?」

「うん……別にいいよ。行こうか、ミーシャちゃん」

「じゃあね、ハルバートンさん! いい軍人さんなんだから、死んじゃダメだよ!」

 

 そう言って二人はあっさり格納庫を後にした。

 

「……あれでいいのだ」

 

 ハルバートンは動かす者がいなくなった二機のMSを前に、静かに呟いた。

 

 ミーシャはルミナと並んで避難船に乗り込もうとしていた。その後ろにはキラがいて、その手には折り紙で作られた花があった。先ほど、ミーシャより2歳くらい年下の女の子が、今までのお礼としてプレゼントされたものである。キラは微笑ましそうな表情で、手の中の花を見つめている。自分はここに来るまでにたくさんの人を殺した。だが、あんな小さな女の子を守れたのだとしたら……少しは、自分を許せるような気がしていた。

 

「よかったじゃん、キラ。あんなお礼してもらえるんなら、何人も殺したかいがあるってもんだよね」

「……嬉しいは嬉しいけど、そんな風には思えないかな――」

 

 そろそろミーシャ達が乗り込む番、というときになって、大きな振動が船を揺らした。

 

「――また戦闘なのかな」

「……僕たちには関係ないよ」

「そりゃそうだね。さ、私たちはさっさと安全なところに……」

 

 その時、通路の奥からキラの友達が軍服のまま、こっちにやってきていた。

 

「あれ、ハウさん。どうしたの? 早く避難船乗りなよ」

「ミーシャちゃん、私たちは乗らないことにしたの」

「え……?」

 

 その言葉に、キラは面食らう。トールがキラとミーシャに紙きれを渡す。

 

「何これ?」

「除隊許可証。これないと、犯罪したことになっちゃうだろ?」

「別に、私は犯罪でもいいんだけどな」

 

 紙を受け取って内容を見る。そこには確かに、ヘリオポリス崩壊の日、徴用されて軍人になった旨が書かれている。そして、今日付けで除隊をしてもよいとも書かれている。別に、ミーシャとしては何人も殺した殺人鬼として捕まり、死刑になったって全然かまわなかった。――むしろ、そうならない方が、ミーシャの中の道徳感と乖離していて気持ちが悪かった。

 ぴょん、と飛んでキラの紙を見ると、同じようなことが書かれていた。ただ、キラのところには『志願』と書かれている。どうやら、キラもミーシャも、犯罪者となることはないらしかった。

 

「みんな……避難船に乗らないってどういうこと? もしかして軍人を続ける気なの!?」

 

 キラが悲鳴のような声を上げた。対するトールやサイの表情は今から戦闘を生業にしようとしているとは思えぬほど明るいものだった。

 

「フレイがさ、軍に残るって言ってさ。一人にしておけないだろ?」

 

 サイが言った。

 

「サイが残るなら、俺もって思って」

 

 トールが笑いながら言う。

 

「トールのそばには、私がいてあげないと」

「みんなが残るのに俺だけ逃げるのもね」

「な、なに言ってるのさ」

 

 ミーシャは狼狽える。こんなにも簡単に軍人になると決めるなんて信じられなかった。みんな、まるで学生の部活動を決めるかのようなノリで軍艦に乗り込むことを決めたように思えるくらい表情が明るかった。ミーシャも、キラも、モビルスーツにどんな気持ちで乗っていたのかきっと想像もしていないのだろう。人殺しの片棒を担ぐと、ほんのカケラも思っていないとしか思えなかった。

 

「キラとミーシャは避難しろよ。――もう、解放されていいと思うぜ」

 

 トールはミーシャとキラの二人に除隊許可証を押し付けると、アークエンジェルの通路の奥に消えていく。キラは焦ったような表情で、通路を見つめていた。――また船が揺れる。戦闘。もしかしたらアークエンジェルだって墜ちるかもしれない。そうなったら……。キラの中で考えがぐるぐる巡る。そして、意を決したように手の中の除隊許可証をくしゃくしゃに握りつぶした。

 

「――」

「もしかして、行くの?」

「……僕は」

「あんなに……あんなに人殺し、嫌がってたのに」

 

 キラはミーシャを見る。泣き笑いみたいな顔だった。ミーシャも不安そうな、心配そうな顔になる。このまま行かせてしまってはいけないと、そう思わずにはいられないほど不安定な表情だった。

 

「――友達のためなら、僕は……きっと戦える。戦って、守らないと。ミーシャちゃん、僕行くよ」

「……そっか。ねえ、ルミナ」

 

 ミーシャは許可証を折りたたむと、ポケットにしまった。

 

「ミーシャ……本気なの?」

「一足先に逃げて。私、アークエンジェルが安全なところにいくまで一緒に戦うよ。ま、長くても半年かそこらで軍抜けて……また一緒に学校に通おうね」

「――なにもミーシャが戦わなくても……」

 

 ルミナの手を握って、それからミーシャはにっこり微笑んだ。

 

「キラも、ムウも、心配だから。一番強い私が、一緒に戦ってあげないと。だからルミナ、ルミナのパパとママと一緒に逃げて」

「……絶対、生きて帰ってきてね」

「もちろん。何せ私は、最強のパイロットなんだから」

 

 ミーシャが言うと、ルミナは目に涙をためながら、頷いた。ぎゅっと抱きしめ合うと、お互いの目をまっすぐ見つめ合う。

 

「……うん、私、信じてるよ」

「うん。じゃあね、ルミナ。また会おうね」

「うん、ミーシャ。また会おうね」

 

 ミーシャはキラに向き直ると、キラの手を握った。

 

「一緒に行こう。戦友だからね」

「うん。ありがとう、ミーシャちゃん」

「ミーシャって呼んでよ、いい加減にさ」

「あ……ごめん、ミーシャ」

 

 にっこりとミーシャは笑うと、通路に向かって歩き出す。

 

「じゃあね、元気でね!」

 

 ミーシャはルミナに手を振って別れを告げる。

 

「ミーシャちゃんこそ、死なないでね!」

 

 通路を曲がるまで、二人はずっと手を振り合っていた。

 

「……よかったの?」

「ん。よくはないよ。でも……」

 

 また、アークエンジェルが大きく揺れる。今度は大きい。もしかしたら、脱出艇の準備が整うまでに船が墜ちるかもしれない。そうなったらルミナは……。絶対に守らないと。

 

「こんな戦場でルミナを守るためなら、何人殺したってかまわないし、殺されたってかまわないよ」

「……すごい覚悟だね」

「別に。ルミナには、安全なところで幸せになってほしい。きっと私がいても……迷惑かけちゃうし」

 

 人殺しの自分が隣にいてもきっといいことなんてないだろう。悲壮な決意と共に、ミーシャは格納庫に向かう。

 マードック軍曹がやってきた二人を見て驚愕する。

 

「二人共なんで来たんだ!?」

「そりゃ戦うためだよ! さぁ、楽しい楽しい人殺しの時間だよ! 除隊しないなら……私はまだ、軍人だからね!」

 

 ミーシャがバスターのコクピットに向かいながら、笑って言う。コクピットハッチを閉めて一人きりになると、大きくため息を吐く。

 

「……はあ。これからは、自分の意思で……か」

 

 さっきまではきっと成り行きだった。でも今からは、自分の意思で人を殺す。

 

「地獄ってどんなところなんだろうな」

 

 ミーシャは死んだあとのことを考える。色々調べてはみたものの、宗教によって異なるのでコレ、といったものはなかったのだ。漠然と、自分は死んだら地獄に行ってひたすら痛い思いをするんだろうな、という程度しか理解できなかった。

 

「……神様」

 

 ミーシャは目を閉じて祈りを捧げ始める。どんな神相手かもわからずに、ただ神というイメージを相手に、ただ祈る。しばらくしていると、通信コンソールが開く。ミーシャはそれに気づくと、笑顔を作る。

 

「ハウさん、出撃許可は出た?」

「いえ、まだよ」

「まだ? なんで? もう襲われてるんだよね?」

 

 ミーシャが聞くと、同じく通信に出ているムウが答える。

 

「嬢ちゃん、なんでアークエンジェルに残ってるのかは今は聞かねえ。現状報告すると、俺たちは今から地球に降りる」

「地球に? なんで?」

「大西洋連邦本部……アラスカを目指すんだ。脱出艇もいったんメネラオスに預ける。――だから、MSは出さないかもしれん」

 

 ストライクに乗り込んだキラが頷く。ミーシャと違ってしっかりとパイロットスーツを着込んだ彼の表情は暗い。だがその目には決意が見てとれる。

 

「でも……」

「大気圏突入は高熱になる。MSは極力出せん」

「――出た方がいいんじゃない? だって私達以外、ジンに対抗できないんだよ?」

「……それはそうかもしれんがな」

 

 悩んでいると、キラがブリッジに対して叫ぶようにして言う。

 

「ラミアス大尉! バジル―ル少尉! 僕たちが出て第八艦隊を護衛します! バスターもストライクも、スペック上は大気圏突入能力があります!」

 

 キラの進言に、ナタルが困惑しつつも鋭く支持を出した。

 

「……! ヤマト機、バレンタイン機、時間とアークエンジェルとの距離は常に意識しろ! ステージ3までには必ず戻ってこい! お前はともかく、バレンタインに大気圏突入の為の知識はないのだからな!」

「了解!」

「わかった!」

 

 ナタルの命令に、キラとミーシャは元気よく返事する。

 

「出撃許可が下りたわ。ミーシャちゃん、キラ、行ってらっしゃい!」

「うん、行ってくるね、ハウさん。ミーシャ・バレンタイン、バスター、行ってきます!!」

「キラ・ヤマト。ストライク、行きます!」

「今までで一番の修羅場だな。ムウ・ラ・フラガ、メビウスゼロ、出るぞ!」

 

 三機はアークエンジェルから飛び出す。宇宙での最後の戦いが今始まる。

 第8艦隊の戦力は着々と減少傾向にあった。艦艇の数こそ優勢があるものの、肝心要の保有戦力は相変わらずメビウスのみである。大量のメビウスを運用するのが現在の地球軍の戦い方なのだ。しかし、MS相手には明らかに戦力不足。第8艦隊のメビウスはまるで的当ての標的であるかのように次々墜とされていき、航空戦力を減らしている。

 なんの障害もないようなわが物顔で、ロクに警戒もせずにジンの一機が一隻の戦艦のブリッジに向けて突撃銃を構える。射撃しようとするその瞬間、ロックオンアラートも鳴らずにビームが飛んできて、コクピットを貫いた。

 

「こちらアークエンジェル所属、ミーシャ・バレンタイン!」

 

 第8艦隊の人間はその通信に士気を一気に上げた。『戦場の天使』の天真爛漫な声に、希望が湧いてくる。

 

「ジンをぶっ殺すから、敵の戦艦を任せたよ!」

 

 ミーシャが3回射撃し、ビームが3条宇宙を駆ける。艦艇に取り付いていたジンが3機、爆炎に変わった。

 

「勝手に通信していいのかな……」

「いいんじゃない? ナタルさんなんにも言わないし」

「呆れているんだ、バレンタイン。勝手な行動は慎んでもらいたいものだな」

「ごめんなさい」

「まぁまぁ、味方の士気も上がったし、結果オーライってやつだよ」

 

 ムウのとりなしに、ナタルはため息を吐く。

 

「――戦場では戦果がモノを言う。ならばお前の権限はおそらく誰より強い。好きに戦え。タイムリミットは忘れるなよ」

「わかった! キラ、暴れるよ!」

「うん、アークエンジェルはやらせない!」

「若いコたちに情けない姿ばっかり見せるわけにはいかないでしょ!」

 

 ミーシャの狙撃の援護を受けて、キラとムウが敵の集団へと突撃する。

 

「MS隊、注意して! Gタイプと狙撃タイプのジンがいるわ!」

「――!」

 

 アスラン。キラは遠くに見える赤い機体を視界に収める。

 

「……僕は……僕は君を撃つ!」

「キラか!?」

 

 戦闘は地球軍優勢に傾きつつあった。キラがアスランをはじめとする強力なエースたちを一人で押さえ、ミーシャは一般兵を虐殺する。ムウが二人の援護をすることで、少数においても戦闘は有利に進む。

 

「……ちょっと機体の制御しんどいんだけど! これ、重力!?」

「負荷が……! ミーシャ、アークエンジェルから離れないで! 戻れなくなる!」

「も、戻れなかったら……! 私地球に殺されるなんて嫌だからね!」

 

 ミーシャは狙撃をしつつ、アークエンジェルに近づく。ブリッツは出てこないが、デュエルが前線に出ている。ただ、その姿は前回とまるで違う。

 

「あれ、デュエル? なんかゴツくなってる!」

「追加装甲……? もうそんなのを作ったのか!」

「どんな技術力してるんだか……! 坊主、嬢ちゃん、未知の敵だ、気を付けろよ!」

 

 ミーシャは牽制として、ストライクに迫りつつあるデュエルを撃つ。速力も強化されているのか、あっさりと躱される。

 

「スゥトラァイクゥゥゥウウウ!」

「デュエルか……!」

 

 肩に備え付けられたミサイルポッドを発射し、同じく追加装甲部分の肩に装備されているレールガンを射撃する。ビームライフルもついでに撃たれ、ストライクはたまらず回避に集中する。そこをイージスのMA形態でしか撃てないビーム砲、『スキュラ』の砲撃が襲う。

 

「くぅっ!」

「キラ!」

「僕は大丈夫! 敵を……ジンを!」

「……! わかった!」

 

 ジンを撃つが、遠くにいたためか外してしまう。熱のせいか赤く染まる機体周辺。振動も激しい。

 

「振動でブレるよ……! でも、私なら……!」

 

 照準にいつもより集中して、2秒。もう一度同じ敵に向けて射撃。ややあって、そのジンは背中のバックパックを貫かれ、誘爆したことによって推力を喪失。母艦に戻れず宇宙の塵になる運命が決定した。

 

「……可哀そうなことしちゃったな」

 

 きっと怖いだろう。きっと絶望しているだろう。今あのジンに通信を繋ぐと、悲鳴と絶叫、助けを求める声で一杯になるはずだ。

 

「ごめんなさい」

 

 度重なる射撃で敵を減らすが、敵の艦艇は少ししか減ってない。だが、減りそうな艦艇の一つに散々襲ってきたガモフの姿があった。アークエンジェルのゴットフリートが直撃したのだ。爆発こそしていないが、ボロボロになってあちこち穴が開いている。

 

「やった! あのガモフをやっつけたみたい!」

 

 喜ぶのも束の間、ガモフが味方艦隊に……もっと言うなら、アークエンジェルに向かっていることに気付く。

 

「あれ、ガモフ……アークエンジェルに向かってない!?」

「玉砕か!?」

「え、じ、自爆する気!?」

 

 ミーシャは慌ててガモフに照準をして、何度か射撃をする。だが、バスターのライフルでは戦艦の装甲までは貫けても、致命傷は与えられない。エンジン部に攻撃を当てればどうかわからないが、ここからエンジン部を狙うのは無理だ。

 

「アークエンジェル! 逃げて!」

「……アークエンジェル、進路そのまま!」

 

 ハルバートンの命令が、ミーシャの懇願を上書きした。

 

「進路そのまま、って……」

「メネラオスが護衛する! 進路そのまま、アラスカに降りろ!」

「了解!」

 

 ラミアスの返答がミーシャにも聞こえた。ミーシャもアークエンジェルの援護をしようと近づこうとして……ほんの少ししか進まないことに気付く。機体速度が上がりすぎて、進路変更が困難になっているのだ。

 

「やばいやばいやばい!」

 

 機体が熱で赤くなっている。コクピットがだんだんと我慢できないくらい熱くなってくる。

 

「あっつい! 服、邪魔!」

 

 片手間で移動しながら、ミーシャは服を脱ぐ。熱いのが少しはましになったが、現状はよくない。ちらりとコンソールを見ると、ステージ3……タイムリミットまであと少ししかない。周りを見渡すと、ほとんどの艦艇が降下準備に入っており、攻撃をしているのはもはやデュエルとストライクだけと言える状態だった。

 

「キラ! もう戻って!」

「ダメだ! デュエルは僕狙い……! 僕がアークエンジェルに戻れば、あいつは船を狙う!」

 

 ビームを撃ち合う二人をよそに、ガモフがメネラオスに近づく。ミーシャはガモフに照準を合わせると、何度も引き金を引く。しかし、どこが戦艦の弱点なのかを知らないミーシャにとって戦艦は手も足も出ない相手だった。

 

「ど、どこを狙えばいいの!」

「ミーシャ、ブリッジを狙え!」

「ブリッジ!?」

 

 ミーシャは言われた通り、ブリッジに照準を向ける。高性能な光学カメラがブリッジを映す。

 ――そして、ミーシャの指が止まる。

 

「人が」

 

 ミーシャの目には、米粒みたいな小さな人影が、わちゃわちゃと動いているのが見えている。

 

「人が、たくさんいる」

 

 呟くようなその言葉を、ナタルは敏感に聞き取った。同情してやりたい。やめろと言ってやりたい。だが、ここは戦場で、彼女はMSに乗っている。是非もなかった。

 

「ミーシャ、撃て」

「でも」

「撃つんだ!」

「う、うああああああああああああ!」

 

 いつものように、冷静に、射撃をする。狙いは過たず、ブリッジにビームが直撃。ガモフは完全に沈黙する。倒した。そうミーシャがほっとする間もなく、メネラオスから脱出艇が射出された。アークエンジェルから移された脱出艇で……ルミナとその両親が乗るシャトルだ。

 

「ルミナ……」

 

 しばらくして、ガモフの残骸は残った慣性でメネラオスに激突。メネラオスは大破に留まったがこれ以上の戦闘は不可能だろう。逆に言えば、戦艦にぶつかってそれで済んだともいえるが。

 

「ハルバートンさん、無事!?」

「なんとかね……アークエンジェル、降下を続行! アラスカへ降りろ!」

「了解!」

 

 ミーシャとキラの機動力が落ち、アークエンジェルを守ることで手いっぱいになると、あっという間に地球軍が不利になっているのが見えた。人があっという間に死ぬ。それも一人二人じゃない。山のようにたくさん。それを悲しむ暇もなく、状況が動いていく。熱が限界に近く、様々な計器が異常状態を知らせていた。これ以上はもう無理だ。

 

「もう限界かも。ナタルさん、アークエンジェルに乗るよ!」

「ああ、よくやった!」

 

 ギリギリで、ミーシャはアークエンジェルの上に乗り、安全を確保した。ふう、と息を整え、手で自分を仰いでいると、未だ戻ってこないキラに視線を向ける。

 

「キラ、早く戻ってきて。もうあいつだってどうにもならないよ」

「それでも……!」

 

 揺れが激しくて、両者の速度はそんなに早くないというのに全然当たらない。デュエルがストライクに向けて、さらに一射しようとした、その時。

 

 ミーシャはその光景に目を疑った。

 

「嘘でしょ? ……待ってよ」

 

 シャトルが、キラとデュエルの間を通った。

 

「違うの」

 

 デュエルが、ビームライフルを構えた。その銃口はシャトルに向いてる。ルミナが殺される。

 

「やめて」

 

 ミーシャは即座にビームライフルを変形させ、狙撃状態にする。一撃で殺さないと。間違ったら当たる。

 

「お願いします」

 

 揺れで照準が定まらない。涙で画面が見えない。デュエルの銃口はシャトルに向いてる。ミーシャは経験からわかる。ここからデュエルは撃ち落とせない。もうミーシャにできるのは祈ることだけだった。

 

「なんでもするから、撃たないで。私を撃って。私を撃ってよ!!」

 

 願いは、虚しく。デュエルが撃ったビームライフルは、あっという間にシャトルを撃墜する。爆発し、その機体がバラバラになって宇宙に散っていく。残骸が少しずつ燃え尽きていく。奇跡など起こるはずもなく、シャトルにいた人間は全員、一人残らず、死んだ。

 ――キラにお礼を言った女の子も。

 ――ミーシャの親友のルミナも、その両親も。

 遺体すら全て燃え尽きて、遺品の一つも残らずに、死んだのだ。

 

「あ、ああ、ああ」

 

 感覚が、弾けるような。自分を縛っていた種の殻を割るかのような、そんな感覚がして、ミーシャの思考がクリアになる。どんな雑念もなく、ただ一つ、デュエルを殺すというその意思だけに集中する。

 

「おまええええええええええ!」

 

 ブレる照準も、熱くなる身体も気にせず、ミーシャはアークエンジェルの上から飛び出してデュエルに襲い掛かった。あっという間に高熱がコクピットを襲う。だが気にしない。死んだってかまうものか。

 

「ダメよミーシャちゃん! ステージ3はもうとっくに超えてるのよ!」

「知るもんか! あいつはルミナを殺したんだ! 友達を……! あの子は人の殴り方だって知らなかったのに! ただ逃げてただけだったのに! 殺してやる! あいつだけは私の手で地獄に送ってやる!」

 

 何度も射撃し、デュエルを殺そうとビームを撃つ。何発撃っても当たらない。それも当然で、熱で頭が茹だっている上に揺れが酷くてデュエルを視認することすら難しいのだ。

 

「キラくん! ミーシャちゃんを回収して! このままだと二人とも燃え尽きちゃうわ!」

「わかりました! ミーシャ! 僕だって悔しい! でも、でも……」

「うるさい! 私なんか死んだところで誰も悲しまない! でもルミナは! ルミナは!」

「僕が悲しむ!」

 

 キラの叫びに、ミーシャは動きが止まる。

 

「お願いだ。もう僕に、友達を失わせないで……戦友、だろう? 一緒に帰って……一緒に戦おうよ」

「――キラ」

 

 ミーシャはバスターの腕をつかむストライクを見た。ずっと戦ってきた戦友がいる。彼も守ってきた人々を失った。同じ気持ち。同じ恨みを持っている仲間。

 

「――私、キラとなら……。いつまでも、いつでも戦えるよ」

「……僕もだ」

「だからキラ。嫌なのはわかってる。それでも――お願い。一緒にルミナの仇、取ってほしい」

 

 キラは息を飲む。今から言う言葉の重みを考えて、一瞬ひるむ。きっとこれからの自分を縛る呪いになるだろう。だが、キラはしっかりと言った。

 

「――うん。一緒に……仇を、取ろう」

「……ありがとう。ごめん、ね。無茶しちゃった。ああ……熱い。熱いよ。もし私が死んだら……私の物、全部キラにあげるね」

 

 ミーシャはそう言うと、気を失ってしまった。

 

「アークエンジェルをストライクの下につけて!」

「しかしそれでは!」

「ストライクとバスターを失えば、なんのために第8艦隊が犠牲になったのかわからなくなるわ! 急いで!」

 

 ――アークエンジェルは、地球に降り立った。

 当初予定していたアラスカから大きくずれて、北アフリカの砂漠地帯に降下してしまう。そしてその場所は。

 

 ザフトの勢力圏……完全な敵地だったのだ。




 ちなみ、大気圏内で地球に引かれるように移動しているときミーシャが重力だと言っていますが重力ではありません
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