【完結】機動戦士ガンダムSEED Infancy 作:丹寺 錯視屋
夢を見ている。
燃え盛るシャトルで火に包まれるルミナが見える。焼けただれた指先でミーシャの頬を撫でる。
熱いよ……熱いよ……ミーシャ。痛いよ。どうして守ってくれなかったの……。信じてたのに。どうして……。
どうしてミーシャは一緒に死んでくれなかったの?
「っ!」
ミーシャが目を覚ますと、そこはアークエンジェルの医務室の中だった。さっきまで見ていたのは……夢?
「ここ、は……」
「目が覚めた?」
「ハウ、さん。ルミナは……ああ、デュエルに殺されて……」
ミーシャは体を起こすと、立ち上がろうとする。体中に目立った傷はない。これなら大丈夫そうだとミーシャは思ったが、慌ててミリアリアがミーシャを押さえつけ、ベッドに戻す。
「ダメよ、寝てないと。あなた長い間眠ってたのよ?」
「ここ、どこ……? アラスカ?」
「違うわ。北アフリカ」
「……遠いの……?」
ミリアリアは頷く。
「とっても遠くね。ゆっくり休んでてね。私、艦長に報告してくるから」
「キラは……?」
「キラは今部屋で休んでるわ。キラもキラで大変だったんだから」
「――そっか」
ミーシャはミリアリアが去ったあとの部屋を抜け出し、キラの部屋に向かう。とにかくキラの無事を確かめたかった。ぼーっとする頭のまま部屋の扉を開けた。
――その声を聞いた時、最初は悲鳴に聞こえた。だがそれは、痛みから発せられるものでも、苦しみから発せられるものでもなかった。
「え」
キラが、フレイを襲っていた。……ように見えた。キラがフレイに覆いかぶさっているのだ。
「何してるの……キラ……」
「!?」
二人はなぜか裸だった。なぜか、フレイは泣いていた。なぜか……知っている気がした。そう言えば昔ルミナが言っていたな。学校の授業でもやった気がする。これは確か……ああ。そうだ。
「なんで……その、ええっと……」
「ち、違うんだ、ミーシャ、僕は……」
慌てふためくキラと、呆然とした様子でキラとフレイを見るミーシャ。見られてしまったことは恥ずかしいが、黙ってもらえれば……そう思ったその時、フレイはにんまりと怪しく笑う。自分の計画に必要なピースがまた一つ、見つかったような気がした。
「ねえ、ミーシャちゃん、おいで」
手招きしてミーシャを呼ぶ。――きっと自分は地獄に堕ちるだろう。だがそれでもいい。
「え……」
「私達、なんにも悪いことなんてしてないのよ」
「そ、そうなの?」
ミーシャがキラを憎からず思っているのには気が付いていた。別に……それが恋心というわけでは、まだないだろう。でもこのまま一緒に戦っていればいつかそうなるかもしれない。だから、ここで『そう』であるということにさせる。
キラがいればミーシャは戦って、ミーシャがいればキラは戦うだろう。そして、ミーシャはルミナの仇を取るまで戦うことを辞めないし……取ったら取ったで、コーディネーターへの憎悪を植え付けていけばいい。お父さんがブルーコスモスだったって言うし、それなら受け入れてもらえやすいだろう。
「ええ。私とキラはお互いのことが好きなの」
「え、そ、そうなの?」
「あなただって……キラのこと好きでしょう?」
「わ、私は、別に……戦友だし」
「ふふふ、隠さなくってもいいのよ。ねえ、ミーシャちゃん」
――この子だって、あんな大きな口を叩いて、結局パパを守れなかった。ちょっとした意趣返しだ。堕ちるところまで、一緒に堕としてやろう。
――それに。
「な、なに?」
「気持ちよくて、辛いことや苦しいことを忘れられる素敵なことを……キラと一緒にしない?」
「え……?」
――それに、ルミナを失ったばかりのミーシャのことは……ほんの少し、同情だってしているのだ。だから、そう、一石二鳥というやつだ。気持ちいいことをして、辛いことが少しでも楽になれば……最後に残った良心のようなものが、そう思わせた。
フレイはベッドから起き上がると、扉の前に立つミーシャのところまで歩く。汗ばんだ裸体があらわになって、ミーシャの視線を釘付けにする。呆然として、思考がまとまる前にミーシャの手を引いて、部屋に連れ込む。
「フレイ、彼女に何を!」
「ねえ、キラ」
「こんなこと、よくない。許されない」
「ミーシャちゃん、あなたのこと好きみたい……」
キラは常識的だった。怯えるような表情をしているミーシャを見て、断固拒否の様子である。だが、フレイは説得するように言葉を重ねる。
「ねえ、大人になれるかどうかもわからないのに大人よりも辛いことしてるミーシャちゃんは……大人がしていることをする権利があると思わない?」
キラにしなだれかかり、フレイは囁く。軽く股間に手を添えて撫でてやると、キラの思考が欲望に支配されつつあるのが手に取るようにわかる。――無理もない。娯楽もなければ安息もなく、ただただ戦闘とストレスの日々だったのだ。死と常に隣り合わせで安堵できる瞬間は数えるほどしかなくて、しかもそのすぐ後に、結局殺し合いが待っていたのだ。精神が限界まで追い詰められて……短絡的な快楽を求めてしまったとしても、誰も責められないだろう。
「……そ、それは」
理性と、常識と、欲望がせめぎ合い、わけがわからなくなる。平時ならキラはなんなくフレイの提案を跳ねのけただろう。だが今は余裕がなかった。みんな死んだのだ。守れなくて。辛くて、苦しくて……。思考がどんどんあやふやになる。フレイの声だけがキラの耳に、脳に響く。
「ねえ、ミーシャちゃん。嫌なら嫌って言っていいの。私は無理強いなんてしないわ。ただ、私たちがこんなことをしていることを黙ってくれるだけで、それでいいの。でも、もしミーシャちゃんが興味あるなら……」
それはミーシャにだって言えることだった。ミーシャはキラと全く同じ境遇、状況であることに加えて、自分を偽って戦っていた。戦うのが好きなどと、殺すのが好きなどと。そして、周囲の人間にとってそれは真実となりつつあった。戦いが好きで、人を撃つのも好きで、いつでも明るい守護天使ミーシャ。そんなのが大真面目に信じられつつあるのだ。もう偽りを辞めることなどできないし、するつもりもなかった。
――本当に笑ったのなんて、いつだっただろうか。
ミーシャの手を引いて、フレイはベッドに彼女を引き込む。
今から自分はいくつ罪を重ねるのだろう。幼子相手にこんなこと……バレたらただでは済まないかもしれない。でも、構いやしない。あの宇宙に巣食うバケモノ共を全滅させるまで……キラとミーシャには戦ってもらわなければならないのだ。そのためならどんなことだってする。別に好きでも何でもないキラを好きだと言うし、レズというわけでもないのに同性とベッドを共にすることもやる。3人いっぺんになんて考えたこともないし気持ち悪いとすら思うが構わない。
「――一緒に、楽しみましょう? 好きな人とするなんて……普通のことだよ」
ミーシャはごくりと喉を鳴らした。服に手をかけるフレイの手を、彼女は振り払わなかった。フレイは笑みを深くする。
「さ、キラ……。キスしてあげて」
キスをするその瞬間も、彼女は逃げず、避けず……受け入れるように目を閉じた。二人の世界は、三人の関係は、歪み、崩れ……狂っていく。
ミーシャもキラも、これがおかしいことだとは最初から分かっていた。間違っているとわかっていた。
だが抗えないのだ。人のぬくもりが。身体的な快楽が。たとえ咎められるような関係であろうと……真実それは、安らぎであり安堵であり、癒しだったのだ。快楽に蕩ける身体が、脳が、辛いことを一時的にとはいえ忘れさせてくれたのだ。縋りつくように求めて、何が悪いというのだろう。
――格納庫にいるムウは新機体の調整作業を手伝っていた。メネラオスから支給された新機体のことを知りたかったのだ。
「ったく……避難船を撃つとか、ザフトは一体どうなってんだ」
作業中のマードック軍曹がぼやく。ミーシャの友達であるルミナとマードックはあまり交流があったわけではない。だが、知らないわけでもなかった。そんな子が抵抗の予知もなく撃ち殺されるなど、納得できるわけがない。悪逆非道だ。いくら戦争だからと言って、許される限度を超えている。マードックと同じことをムウは思う。
「――奴さん、焦ってんのかねぇ。だからってふざけんなって感じだが」
「地球軍も地球軍だ。戦時任官だからってキラの坊主とミーシャの嬢ちゃんが少尉?」
「まぁ、パイロットだからなぁ。他の連中は揃って二等兵。ただ……あんな子供のうちから戦争なんて……早く前線から離してやらないと、どっかおかしくなっちまうぜ」
あるいは……。ムウは嫌な想像を振り払う。もうすでに、坊主も嬢ちゃんも、おかしくなっちまってるのかもな……。
今キラとミーシャが何をしているのかを知れば、『かも』ではなくなるだろうが、今のムウには知る由もなかった。
「……こっからアラスカまで、か」
「フラガ大尉、もうそろそろ遅くなる。今日はこの辺で切り上げましょうや」
「そうだな。こっから先は実際に飛ばしてみないことにはな……」
ムウはコクピットから降りると、新機体であるスカイグラスパーを見上げる。大気圏内専用の戦闘機で、ストライカーパックを装備できることが特徴の機体だ。
「医者の見立てだと、坊主と嬢ちゃんはもう起き上がっても大丈夫らしい。あとは目ぇ覚めるのを待つだけなんだが……」
「ミーシャの嬢ちゃんはショックなことがありましたしねぇ」
「――だな」
ムウはそう言うとマードックに別れを告げて自室に戻る。……辛いことばかりだ。誰にとっても。
――深夜、アークエンジェルに大きな振動があった。
「敵……! キラ!」
「わかってる!」
バッ、と二人は飛び起きると慌てて服を着始める。
「もう絶対に、誰も死なせない……! ザフトは皆殺しにしてやる!」
「これ以上死なせるもんか……アークエンジェルは僕が守る!」
二人は服を着替えると、部屋を飛び出して走り出す。
「僕はパイロットスーツを着てくる! ミーシャは……」
「私のはないから気にしないで!」
途中で別れて、ミーシャはまっすぐに格納庫に向かう。子供用のパイロットスーツなんてものが存在するわけもなく、ミーシャは未だに普段着でコクピットに乗り込んでいるのだ。格納庫についたミーシャはバスターに乗り込もうとジャンプして、浮かないことに首を傾げた。
「あれ? ……あー、ここ地球か」
「なにやってんの嬢ちゃん! 元気になったのか!」
「ムウ! 私はバッチリ! っていうかその飛行機何? それで戦うの?」
ミーシャは格納庫にあるスカイグラスパーを見て不安そうに聞いた。
「メビウスゼロは地球じゃ使えない。あるもんで戦うしかないんだよ!」
ムウはスカイグラスパーを見る。作業員がまだ作業をしている姿が見える。……間に合わないかもしれない。
ミーシャもバスターのコクピットに備え付けられている梯子を使って乗り込むと、OSを起動する。ややあって、キラが通信コンソールに表示された。
「キラ、こっちはいつでも行けるよ」
「ミーシャ、僕も大丈夫だ」
「二人とも素早いもんだねぇ。悪いが俺は無理みたいだ」
「無理!? なんで!」
ムウは苦々しげに言う。
「まだ弾の積み込みすら終わってねぇんだ。まともに飛ぶかすら……」
「わかったよ! 私達だけでいく! キラ、一緒に戦おうね」
「うん、一緒に戦おう」
しかし、準備を完了させたはいいものの、いつまでたってもブリッジから通信が来ない。
「何やってるのブリッジは? まさか私たちを出さないつもり?」
「僕が聞く! ブリッジ! 何モタモタやってるんだ? 僕たちはいつでも行ける!」
「まだ出撃許可が下りてないの、ダメよキラ!」
ミリアリアの言葉に、キラはイラついたように叫んだ。
「僕たちが行って敵をやっつける! さっさとハッチ開けろ!」
「でも」
「いいから開けろって! 僕たちが守るから!」
ブリッジではキラの言葉に困惑する人間が多かった。こんなに乱暴なことを言う子ではなかったのに。
「――言い方はちょっと気に入らないけど、出てもらうしかないわね……。いいわ、出てもらって」
ラミアスは困惑気味に許可を出した。
「ハウ二等兵、現状の伝達を忘れるなよ!」
「了解! みんな聞こえる? 今私たちはザフトに襲われてると思うんだけど、敵の姿が全然見えないの。ミサイル撃ち込まれてるってことしかわかってないの」
「敵見つけるところから? レーダーは壊れてるの?」
「レーダーは分厚い砂丘を透過できないんだ」
キラが言うと、ミーシャは舌打ちする。
「めんどくさ……。雑魚のくせに生意気な」
「油断はしないでね、ミーシャ」
「……そんなのしないよ」
ぐ、と体が持ち上げられるような感覚がする。アークエンジェルが飛び始めたのだ。ゆっくりとハッチが開き、カタパルトが見える。
「よーし、皆殺しだ。ザフトは、殺す! ミーシャ・バレンタイン、バスター、行ってきます!」
「僕が守る! キラ・ヤマト。ストライク、行きます!」
キラとミーシャが出撃し、砂地に着地する。砂場に足を取られてバランスを崩し、倒れ込んでしまう。
「嘘っ!? なんでこんな……地面が砂だから!? ああ、もう! 動けないじゃん!」
その時、砂丘の端からちらりとプロペラ機がこっちを狙っていることに気が付いた。
「ヘリコプター? そんなので私を殺る気!? バカ言わないでよ!」
ミーシャはさっと右側に装備されている散弾砲を構えると、マニュアル照準で射撃。2機一気に撃墜する。
「ははっ! 弱いくせに私の前に出るからそんなことになるんだよ! キラ、そっちはどう?」
「ダメだ、敵が……あれはMS?」
ミーシャとキラの視界に映っているのは、四つ足で、足に装備されたキャタピラで砂漠を疾走するMSだった。
「何あれワンちゃん?」
「バクゥだ! 気を付けろ、アレは素早いぞ!」
「ナタルさん、見たらわかるって! 私の腕を舐めないでよね……! 早いくらいでよけられるとでも!?」
ミーシャはマニュアル照準で敵を狙う。どうせ動いたら砂地に足を取られてバランスを崩すのだ。それなら今のままで敵を倒した方が絶対にいい。
「死んじゃえ!」
未来位置に向けて正確に撃たれたビームは、バクゥの一機を撃墜する。
「やった! 私狩りも上手なのかな?」
だが、妙な感覚もする。ビームが上手く届いていない気がするのだ。散っているというか、ブレているというか。後でキラに調整してもらわないと。ミーシャは射程が短くなった武器を手に、戦闘を続ける。
――
アークエンジェルの戦闘を、遠くで見守る影があった。ザフトのアフリカ方面指揮官、『砂漠の虎』、アンドリュー・バルトフェルトだった。彼は副官のダコスタと一緒に、アークエンジェル、ストライクとバスターを観察していた。
「あれがストライクと……『魔弾』か」
「はい。凄まじい腕ですね。足を取られながら砂漠地帯のバクゥを一撃とは」
「ビームだって地球じゃかなり散る。普通なら宇宙と同じ感覚で撃って当たるわけがないんだが……。兵が嫌がる理由もわかるねぇ、あれじゃ」
魔弾の悪魔。ミーシャの新しい……正式なザフトでの呼び名だった。その一撃は回避不能。というのは誇張されてはいるが、緑服にとっては事実そのままなのである。魔弾の射手は7発目が必ず外れるというところから、『どうか自分への射撃が外れますように』という願いもかかっているという、なんとも言えない由来があった。
「……機体操作はベテランってわけでもなさそうだ」
「そうですね。新兵に毛が生えた程度……というには動けていますが」
「ストライクの方も……ヤバそうだな」
ストライクの方は大きく飛んで空に浮いている間に、キラがOSを書き換えて砂地に完全対応していた。うかつに近づいたバクゥが膝蹴りを食らって姿勢を崩し、後ろから襲い掛かったバクゥがアグニの銃床で迎撃されていた。仰向けになったところをアグニのゼロ距離射撃を食らい、コクピットブロックがまるごと焼失した。
「MS隊だけじゃありゃ無理だな。そろそろ本気出そうかね」
「はい」
バルトフェルトは無線で母艦、レセップスに連絡する。主砲での攻撃と、残りのバクゥを出すよう命令した。
――
ビームライフルでヘリコプターを全滅させたミーシャは、荒い息を吐きながら戦況を見回す。
「全滅させた……?」
「多分……うわっ!」
アークエンジェルに向かって、大質量の砲弾が何発も飛んできた。
「何!?」
「敵母艦の主砲よ! ……敵MS多数確認!」
「まだいるの!?」
ミーシャは舌打ちしてレーダーを見る。バクゥが数機、こっちにやってきている。
「ミサイルの雨に敵の主砲……狙うのが大変なバクゥ。ピンチってやつ?」
「ミーシャちゃんはそこでちょっと待ってて。OSをアップデートする!」
「アプデ? 戦闘中に!? え、地球だからサーバー繋げれるの?」
「違うよ! 僕がさっき書き換えたOSにアップデートするんだ! そうすれば砂地でも動ける!」
「ありがとキラ!」
OSのことをよく知らないミーシャは、戦闘中にOSを書き換えるなんて芸当がどれほど困難であるか想像もできない。だが、戦友ができるなら、それはできることなのだと理解していた。
「OSアップデート完了。これでミーシャちゃんも戦えるよ!」
「よーし、的当てを……嘘っ、キャアアッ!」
バクゥや、追加で発進してきたヘリコプターのミサイルに晒され、ミーシャとキラはそろって衝撃に耐える。
「ミサイルってどうやって防げばいいのさ! こんなの続いたら電池切れになっちゃう!」
「僕のアグニはエネルギー消費が激しい……!」
二人して息を整えながら、ゆっくりと対策を考える。何も思いつかないうちに被害ばかりが増える。
「私が突っ込んで撃ちまくる!」
「危険だ!」
「どっちにしろ撃たないと……!」
「ビームライフルを撃つのは避けて!」
「わかってるって!」
散弾をメインにヘリコプターを中心に撃墜していく。しかし、攻撃されるペースに比べ、撃墜するのは明らかに遅い。ミーシャのコクピットにエネルギー減少を知らせるアラートが鳴り始める。ヘリは倒せても、まだバクゥは一体も倒せていない。焦る内心とは裏腹に、その射撃は正確。しかし、どんなに確実に敵を葬り去れたとしても、数には勝てない。
「キラ!」
「ミーシャ!」
二人は持てる武装の限りを尽くして奮闘するも、敵の全滅には至らず……もうダメだ、とミーシャがあきらめかけたその時、バクゥの一体が、どこからともなくやってきたミサイルにやられ、姿勢を崩した。砂漠の遠くからやってきたのは、MSでもMAでも、戦闘機ですらもなく、ただの軍用ジープが数台、それだけだった。戦闘用にミサイルポッドを付けて武装はされていたが、あまりに頼りなかった。
「そこのMS! こちらにこい! 罠があるから誘導したい!」
ジープの一つがストライクの方に有線通信でキラに声を伝えた。若い女の声……キラと同年代に聞こえる声だった。
「え?」
「誰!?」
キラは直観に従い、即座に機体をジープが誘導する方向へと進ませた。
「僕を信じて、ついてきて!」
「……死んじゃっても恨んだりしないからね、キラ」
ミーシャは必死になって機体を移動させる。重力下での操縦をぶっつけ本番でやっているので、かなり操縦に苦労する。だが、キラのおかげでかなり使いやすくなっているMSは、初めてでもそれなりには動く。ジープが示したポイントに着くと、残りのバクゥが追いかけてきた。
「信じるしかない!」
キラのストライクがその場を退避し、バスターがそのあとに続いたその瞬間、地面から爆発が起こり、バクゥをその場に足止めした。何度も起こる小規模な爆発に四苦八苦している隙に、少女は起爆スイッチを押す。あたり一面を吹き飛ばす巨大な爆発が起こり、バクゥを全て葬り去った。
「ど派手だねー」
「……嫌な光だ」
ドサ、ドサ、とバクゥの残骸が落ちてくる。人が生き残っている可能性はなさそうに見える。
「……で、この人ら誰なんだろね」
ミーシャは撤退する敵部隊を見送りながら、機体の足元にいるジープに乗った人たちを見る。
「さあ……でも、助けてくれたんだと思う」
「ふーん……。ねえキラ」
プチン、とミーシャはキラと個別通信に切り替える。キラも不思議に思いながら、個別通信に切り替えた。
「改めて、なんだけどさ」
「う、うん」
「私、キラのこと好きなの。……付き合ってほしい」
「え……」
キラは絶句する。だが……だが、手を出しておいてここで断るなど、そんなことは許されない。――たとえ、同じような気持ちでなかったとしても。
「……うん。これから、よろしく」
「こちらこそ、よろしく」
青臭い会話。ここが学園で、会話だけを切り取ったなら、微笑ましい一幕にも見えることだっただろう。年の差を考えれば、何かの物語の題材にすらなったかもしれない。
だがここは戦場で、その気持ちは戦闘中の物なのだ。
心の中の高揚が、恋心なのかまた別の気持ちなのか。幼いミーシャに判断できるはずもなく、フレイによって狂わされた価値観は、容易に関係を進めるきっかけとなってしまった。
――それから、しばらく。
「レジスタンスゥ?」
ムウから通信で教えられた彼らの正体に、ミーシャが素っ頓狂な声を上げた。ミーシャもキラも、まだコクピットの中だ。とっくにエネルギー切れでフェイズシフト装甲も落ちているので早く格納庫に戻りたいのだが……。そうはいかないようだった。
「らしいぜ。ラミアス大尉は何とか協力関係になろうとしてるらしいが」
ムウが通信コンソールでミーシャに現状を伝える。彼は結局、戦闘終了まで出撃することができなかった。歯がゆい気持ちがとめどなく湧いてくる。報告を終えたムウは、アークエンジェルの降着口からナタル、ラミアスと共にジープの方へと向かう。
「ふーん。で、キラ。レジスタンスって何?」
小さな恋人の質問に、キラは苦笑しながら答える。
「ザフトの支配に抗う人たち、だね。無理やり支配しようとすると、こういうレジスタンスが反体制組織を作って抵抗するんだよ」
「へー。ってことは、この人たちもMS持ってるのかな?」
「うーん……そうは見えないね」
「MSもなしに戦うの? もしかして……この車で戦うの?」
ミーシャの素朴な疑問に、キラは顔を曇らせながら頷く。
「多分、そうだと思う……。こんな、こんな装備で一体何をどうやって戦うっていうんだ……」
「バクゥもヘリも雑魚っぽかったけど、この人たちが使う車は輪をかけて雑魚っぽいよね」
「……この人たちに悪いよ」
キラはため息を吐いた。眼下ではラミアスとナタル、ムウの三人がレジスタンスの代表と話し合いをしている。しばらくその様子を見守っていると、ムウが二人に手を振って、手招きをしている。
「降りろ、ってことかな?」
「そうみたいだね……嫌だなぁ」
キラは思わず、愚痴みたいにこぼした。ミーシャはそんなキラに母性のような感情が沸き上がると、励ますように言った。
「まぁでも、自分を踏みつぶせる相手を前に話し合いとか無理じゃない? ここは広い心で降りてあげようよ」
「……わかった。撃たれそうになったら僕の後ろに隠れてね」
「まっさかー。そうなるときは、一緒に死のうよ」
キラとミーシャは自分の機体を跪かせ、コクピットハッチを開ける。昇降装置で降りると、ミーシャはキラの方に手を向ける。
「え」
「手、繋ご」
「……うん」
二人は手を繋いで、レジスタンスたちの方に向かって歩く。
「地球で歩くって大変だね。久々」
「僕もだよ。暑いし……」
「ヘルメット外したら?」
「あ……それもそうだね」
キラは片手でさっとヘルメットを外すと、小脇に抱えた。
和気藹々としている二人だったが、対するレジスタンスたちは動揺が隠せない。
「まだガキじゃねぇか……」
「しかも女の子? あんな年の子がなんで戦ってるんだ……?」
そして、レジスタンスの中から一人の少女がキラ達に向かって駆け出す。
「……何?」
「お、お前、お前……なんであんなもんに乗ってるんだ!」
その少女はいきなりキラをビンタしようとする。キラがそれの手をあっさり受け止める。
「何すんのさ! なんでいきなり叩こうとするの!?」
「うるさい! なんでお前たちがあんなもんに乗ってる!」
「そんなの人の勝手じゃん!」
「あれは人殺しの道具だ!」
「バクゥ爆殺した人に言われたくないし!」
ミーシャの言葉に、少女の動きが止まった。まるで、自分の所業を今初めて自覚したかのような反応に、ミーシャは困惑する。
「……離せバカ!」
ややあって、キラの腕を振り払うと、裏拳でキラの頬を殴った。
「人の彼氏に何すんの!」
「彼氏だと!!!??」
少女だけでなく、レジスタンス全体、さらにはアークエンジェル組まで驚愕の表情で二人を見た。
「……なんであんたらも驚いてるんだ」
「いや……二人がそうなってるって今知ったもんで……」
「……お互い、年頃の女の子には苦労してそうだな」
「――まあ、そうですね」
レジスタンスとアークエンジェル組が変なところで相互理解したところで、少女が怒り心頭の様子でレジスタンスのところまで戻ってきた。
「なんなんだあいつ!? あんな小さな女の子が……! 彼氏彼女だって!?」
「落ち着けカガリ。……俺もどうかと思うが」
レジスタンスの頭目、サイーブはため息をついて、改めてラミアスに向き直る。
「俺たちのアジトに案内する。大したおもてなしは出来ねぇが……まあ、休むくらいはできるだろう」
アークエンジェルはようやく、羽を休めることができそうだった。